ボブの聖杯戦争 ~F/sn Unlimited Lost Works~   作:黒兎可

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冒頭部、タグ適用範囲が怖いのでカットしました;



今は全て遠きAvalon その1

 

 

 

 

 

 月の光がわずかに。重なった影は一つ。

 

 彼女はもう、少女に戻って良いはずだと。どれほど罪を重ねても、それでもなお、たった一人のその誓いを。そんなものを抱いている彼女を放って置けないと。

 

 言い訳のごとく、今を、あくまで俺の気がすすまないならと言い張る彼女。

 

 

 

「貴方の身を守り、聖杯を手にすることです。それ以外のことなど、考えられない。

 そうでしょう? だって貴方は、この戦いを終わらせるために、戦うと選んだのだから」

 

 

 

 ――――嗚呼。俺はそれを、裏切ることができない。

  

 

 

「…………明日になったら、良い考えも浮かぶかもしれません」

 

 朝になったらいつも通りと、そう強がる彼女に。それでも、今のひとときをもう少しだけと。 

 拒まない彼女の身体を抱きしめる。今にも消えてしまいそうな、そんな幻想的な少女を。

 

 夜はいずれ明ける。

 自覚のない、不可逆の言葉であったとしても。お互いはお互いに、今は手を繋ぐ。全てが終わった後に、彼女の手をにぎっていられるかなんて、わからないまま。

 

 

 

 

 

   ※

 

 

 

 

 

 朝食をとる習慣はこの家に来てから出来たものだけど、最近はなれたものなのか、自然と身体が起きようとしてくれる時がある。特にそれが、心配事をかかえてる時なんてなおさらだ。

 

「んん……、と。着替えよ」

 

 パジャマを脱いで私服を装備し、和室へ向かう。どこへ向かうかって言えば、まず家主というか士郎のところ。

 昨日、あの金ぴか(ギルガメッシュって聞いてびっくりしたけど)と戦ったらしく、その体はあまりにボロボロのはずとかなり焦った。でも実際は、少なくとも表面上は無傷に見える。

 

「つまり、またあの回復能力を使ったってこと? いい加減、カラクリがわからなくて恐ろしいわね……」

「いえ。心配することはありません。これに関しては、やはり私に由来したものでした」

「セイバーに由来するもの?」

 

 

「――――私の鞘、と言えば、凛なら察しがつくでしょうか」

 

 

 そういわれて、つい二日前に士郎に言って聞かせたことを思い出した。アーサー王が不死身だった理由。無限の治癒を与える宝具。

 彼女の最後の戦いの際には、失われていたとされるそれ。

 

「おかしいじゃない。なんだってそんなものが士郎の中に?」

「ギルガメッシュのことを説明した際、凛にも話したと思います。私はカテゴリ的には生者に属する。故に他の英霊と根本は異なる」

「?」

「英霊は、最盛期の肉体と最盛期の精神をもって元来、召還されるものです。条件は英霊ごとに分岐することでしょうが、私の場合なら槍と、剣と、馬と、そして鞘をもった頃でしょうか」

「確かにそれは貴女の最強の時だとは思うけど――――って、あー、そっか。

 つまり、セイバーはまだ生きているから、その『生きている時代の』装備をもとに召還されるってことね」

「ええ。ですから、この鞘は『現世に実在する』ものなのです。

 前回の聖杯戦争の際は、これを触媒に召喚されました」

「……納得。通りで衛宮くんが貴女を召還できたわけね。ずっと疑問に思ったけれど、これならつじつまは合うわけね。

 私とアーチャーでいうところの宝石みたいに、士郎とセイバーは鞘で繋がったと」

「ええ。……しかし、少し聞き捨てならないところがあります。例え鞘がなかったとしても、私はシロウに呼ばれたことでしょう。それほどに、彼の理想の追い方は私に近い」

「あら、失言だったかしら?

 いやそんなつもりはなかったけど……。ん? あ、へぇ……」

「…………なんです、凛」

「別に? ただ何ていうか。

 士郎はセイバーのことしか見てないし、セイバーは士郎のことしか見てないんだなーって思って」

「~~~~、り、凛! 私とシロウは、サーヴァントとマスターの関係です! その言い回しは誤解を――――」

「あら? 主と従者がお互いに慮ってるってだけで、別に今のはなんでもないことだったと思うけど?」

「あっ……」

「ま、それは一旦おいておいてあげる。そういう場合じゃないしね。

 ――――好きよ、私。あなた達のそういうところ」

 

 

 それならたぶん、鞘の回復力でなんとかなるでしょうと。あくまで士郎を一人で看病したがってるセイバーを残して、私は寝て。まぁランサーのマスターに関する情報が、ある程度集まったからというのが理由といえば理由。

 思えばあのランサーは不可解な点が多かった。聖杯戦争に何か異常があるというのなら、そういう「穴」みたいなものは徹底的に調べないといけないと考えたから調査したんだけど……。

 でも、流石に様子見くらいはしないといけないでしょうと、まぁ当たり前といえば当たり前の思考で、士郎の部屋を軽くノック。

 

 返事はない。

 

「開けるわよ、しろ――――!」

 

 そして、ちょっと、赤面した。してるかどうかなんてわかんないけど、流石にこれは照れる。気付かれないよう声を押し殺して、じっと彼女を見つめた。

 

「ん……、……」

 

 寝てる。セイバーが寝てる。髪を解いて、士郎の枕を抱き閉めて、冬だってのに薄着で。上から毛布がかけられているのが、ちょっと前までここに居ただろう誰かさんの気遣いを感じさせて、まぁらしいなと、普段通りみたいなことを考えた。

 というか……、んー、まぁ、考えるのは止め止め。

 

 少しだけ険のとれた、緩んだ表情のセイバーに笑いを押し殺しつつ、戸を閉める。

 

「じゃ、自分の分は自分でご飯作らないとね。すぐ何か食べたいし。

 セイバーはたぶんもっとぐっすりでしょうし……。イリヤは食べられるかしら?」

 

 士郎が台所にいないとなると、どこかに出かけてるのかしら? 昨日の今日で遠出するほど頭は悪くないはずなので、そこまで心配せずイリヤの部屋の戸を開ける。

 眠っているイリヤの顔が、わずかに赤い。熱を帯びているのは、いよいよ限界が近いってことでしょうか。

 流石にちょっと足りないとはいえ、この様子からして既に聖杯自体を下ろすことは出来るんでしょうし。

 

「って、時間もうお昼近いわね。……全員寝坊かしら。なら士郎、食材でも買いに行ったのかしら。

 これ、士郎がタイムキーパーみたいになってて何か嫌ね」

 

 でもまぁ、士郎は士郎で少しだけ、自分の幸せを探して地に足を付け始めたみたいだし。これはこれで歓迎するべきことなのかもしれない。

 士郎もセイバーも、笑ってるならそれでいい。

 

 でも、もし仮に――――全てが終わって。またアイツが元に戻りかけたら。その時はどうしよう。

 

「…………任されちゃってるしね。流石にその時は、私が一肌脱ごうかしら」

 

 去り際、アーチャーから士郎を託されたのは、私とセイバー。

 セイバーが補えないんなら、私がなんとかしないといけない、というくらいには、ちゃんと意識している。

 

 と、そんなタイミングで丁度、セイバーが縁側にいるのを見かけた。あら、これ入れ違いだったかしら。居間の方から出てきたみたいだし。何やってんのよ士郎、お昼、私が全員準備しちゃうわよ?

 

 ……? あれ?

 そう思っていたのだけど、もうちょっとだけ様子を見て見たくなった。だってセイバーってば、視線を少し下に向けて、足をぶらぶらさせて、不満げというか物思いにふけってる感じというか。

 

 その仕草にこう、所謂乙女センサーとやらが反応してしまったのだから、私は悪くないと思う。

 

 セイバーは視線を上に上げる。空を見て、微笑んで、何事か呟く。

  

 

 …………長い。もうかれこれ十五分くらいそうしてる。

 そしていい加減、士郎が帰って来ないのがおおかしい。馬鹿じゃないんだから、そんなに長い間家を開けるコトはないでしょうし……。

 諦めて、声をかけた。

 

「セイバー。士郎がどこいったか知らない?」

「――――り、凛!?

 な、な、なんでしょうか? 私は別に、シロウの軍門に下ったワケではないんですからね!!?」

 

 猛烈な勢いで、ぜんまいじかけのおもちゃもかくやといわんばかりの機械的な暴れっぷりを披露して立ち上がって、転ぶ。

 あらあら、すごい動揺っぷりね……。もしかしてお邪魔だったかしら?

 

 でもホント、二人とも判りやすい反応するわよね。……今どっかで「アンタも似たようなもんだ」って嗤われた気がするけど、そんな幻聴(ボブ)は放置しておく。

 

「ま、からかうのは後にしておいて。冗談抜きで士郎がどこにいってるかわからない?

 イリヤの熱が上がってるみたいだから、私の家から色々機材をとってきたいんだけど、その間見ていてもらえないかなって思って」

「イリヤスフィールが?」

「……士郎には黙っていて欲しいみたいだから言わないけど、イリヤもそろそろキャパオーバーよ。

 いくら規格外だっていっても、それでも一杯一杯のはずよ。

 あの子はね、聖杯戦争が進めば進むほど壊れていくように設計(デザイン)されてるの」

「それは……」

「イリヤのことはとりあえず置いて置いて。

 ランサーのマスターについて、情報共有するわ」

「?」

 

 疑問符を浮かべるセイバーに、私は続ける。

 元から持っていた情報――――魔術教会から派遣されたはずのランサーのマスター。その家に調査に出向いて。結果的に見つかったのが、女の左腕と、多量の出血跡。

 おそらく既に、彼女は殺されている。それも、聖杯戦争が始まる前から。

 

 サーヴァントを倒さず先にマスターを殺し。そしてサーヴァントを奪い取った人間がいる。

 

「あくまで原理的な話で確認したいんだけど、マスターじゃない魔術師が令呪を奪ってもマスターってなれるものなの?」

「……いいえ。令呪の移植でさえマスターかサーヴァント、どちらかによるものだけです。凛が私をシロウに再び譲った時と同様です。

 令呪を奪っただけで、マスターになることは出来ない」

「じゃあもう一つ。令呪が残っていて、かつ、サーヴァントが残っているのなら、そのマスターはいつでも契約を結べるのかしら」

「え? あ、はい。そうですね。断定はできませんが。受肉したギルガメッシュが残っていることを考えると、聖杯戦争が終わってもおそらくマスターの権利自体は――――、では、まさか、凛?」

 

 あー、それ以外ないか、あっちゃー。

 でも、そういう前提ならランサーが様子見に徹していたのにも納得がいく。あくまで戦って、正体がバレたところで問題のない偵察兵と、本命の戦闘兵。

 

 前回から残ってるマスター。……。

 

「……凛、シロウがどこにいるか知りませんか?」

「……え? んー、どうかしら」

 

 断定できないけど、これだけ時間を空けているなら、ありえるとしたら教会かしら。桜の様子でも見に行ったのかと思ってそう言うと。明らかにセイバーは動揺した。

 何か言峰教会に含むところがあるのかしら。

 

「あの教会に、一人で――――?

 ……あくまで直感なのですが、あそこは、空気が淀んでいる」

「穏やかじゃないわね。その表現って、何か、キャスターの時を思い出すっていうか」

「特に、あそこはシロウにとって鬼門だ。どうしてか、そう――――!」

「え? 

 ちょ、ちょっと、セイバー!?」

 

 教会に向かいますと、突然塀から跳躍するセイバー。……いやいや本気すぎるでしょ、明らかに普通の焦り方じゃないわよ。

 

 

「……何が起こってるの?」

 

 明らかに普通の事態じゃない。あのセイバーの取り乱しようは異常だ。ともすれば、まるで士郎が死に目にでも遭っているかのような焦り方――――。

 

 そこまで考えて、ようやく気付いた。

 

「……残ってるじゃない、前回のマスター」

 

 そうだ。何故考え付かなかったのか。お父様と一緒に聖杯戦争に参加し。士郎のお父さんと同じく生き残り、そして未だに存命を続けている男。

 何よりも身近すぎて、全然そういう意識が働かなかったけど――――でも一度そうだと考えると、なんだか、色々つじつまが合ってしまう。

 

 士郎をそそのかしたことも。あのセイバーの警戒具合も。

 そして何より――――私にアゾット剣を渡したときの、あの表情を。

 

「綺礼……」

 

 ちょうどそんな時、玄関の呼び鈴が鳴らされる。誰よこんな時に、と焦って出たのが災いした。

 

 

 

 

「――――――御免。イリヤスフィール・フォン・アインツベルン嬢はご在宅か」

 

 

 

 

 その男を何と形容しよう。

 

 巨大な男。腕が長く、全身が黒く。顔にドクロのような仮面を付けた。

 一目で威圧されるこの感覚。アーチャーやセイバーには及ばないものの、しかし人間ではないと直感的に悟ることが出来る程度の威圧。

 

 ――――まるで、サーヴァントの出来損ない。

 

 勢いで戸を開けてそう判断し、咄嗟に腕で胴体を庇う。その判断は正しかったのか、次の瞬間には私は壁に叩き付けられていた。

 

「……なるほど。

 貴方ね、イリヤを回収しに来た、『アサシンの半分』」

「確かにこの身は、不完全な霊基を元に呼ばれなおした存在だが。しかし慧眼、恐れ入る」

「よく言うわ。で? このまま私も殺すって訳?」

「そのような命令は受けてはいない。

 ――――むしろ、貴女は予備であると聞く。何かあっては、魔術師殿に顔向けが出来ない」

 

 断定。黒。

 あー、そりゃそっか。つまりコイツ、丁度セイバーがいなくなるのを見計らっていたってことね。おまけになんで今日動いているかと言えば、綺礼が士郎に決着を迫っているからと考えて間違いないでしょう。

 

 ちゃきり、と短刀を取り出すサーヴァント。

 

「しかし令嬢殿。殺すなと言われているが、反抗されれば、それ相応の対応はとらせて頂く。

 五体満足ではあるが、歯向かえない程度には『刻ませて』頂く」

「……まあ、元より私も選択肢なんてないようなものだし」

 

 立ち上がり、無駄だと判っていても、指を立てて相手に向け。

 

 

「常に優雅に――――ボッコボコよ!」

「……失礼、優雅さを感じない台詞に思う」

 

 

 ガンドを狙いながら、一気に強化をかけて、走った。

 

 

 

 

 

 




※セイバーの声は、全体的に少し高くなってます

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