ボブの聖杯戦争 ~F/sn Unlimited Lost Works~ 作:黒兎可
デミヤ「いや、俺とアンタ初対面だろ。なんで育ち具合が判る」
??リ「そうでもないわよ? キリツグの子供だっていうなら、私にとっても子供だし、何より『現役』じゃない?
それに、『今の貴方』となら色々仲良くできると思うのよ」
デミヤ「仲良くの意味が違うだろ仲良くの意味が。俺、知ってるぞ。アンタが『何なのか』。性根が腐ってるな本当に」
??リ「ええー!? これでも私、相談室で先生やってるのよー! みんなのお悩みに乗ってあげてるのよ?」
デミヤ「もはや何も言うまい。だが・・・嗚呼、反転して呼ばれるだけの理由はあるわけだな、ホントに・・・」
??リ「あー、でもティーちゃん元気にしてるかしら。なんだか『アレ』が出て行ったからなー」
「デート、とは、あれでしょうか。タイガに見せられたアニメーションにあった、主人公にヒロインが連れられて、逢い引するという、あの」
言葉の選び方が悪かった自覚はあるけど、セイバーがストレートにそんなことを言うものだから、こっちも対応に困った。
聖杯戦争も終盤……、と言って差し支えない頃合。あんな夢を見た以上、セイバーと話したいことも出来た。だからそれを聞くために、少し環境を変えたい、というのが表向きの理由。
それを、なんでためらいなくデートと口走ったのかがよくわからない。脳裏で一瞬、ニヒルな感じの笑みを浮かべたい衝動にかられたあたり、
そして言って気付いた。藤ねえが居なくて助かった。
「あら、藤村先生に感謝しないとね、士郎。貴方、きっとセイバーが概念を理解していなかったら、四苦八苦したんじゃない?」
「う、うるさいぞ! っていうか、そんなんじゃなくてだなぁ――――」
と、言い訳というか、表向きの事情を振りかざそうとした瞬間。
「――――そうですね。私も、そういうことではなく、シロウと話したいコトがあります」
お? と遠坂がニヤニヤ笑うのを受けて、そんなこんなで俺とセイバーは出かける事になった。イリヤはまだ目を覚まさないこともあって、トラブルらしいトラブルはない。
そしてバスに乗り込んだ途端。
「あいつが、前回のアーチャー?」
「ええ。……彼との最後の対面が、あの火の海を生み出す直前でもありました」
当然のようにそんな話を始めるセイバー。英霊エミヤを襲ったあの黄金の英雄について、セイバーがいくつか教えてくれた。
あの英霊から前回最後の折り、求婚を申し込まれたとかいう情報はあったけど(セイバーが全く乗り気じゃないのが納得と同時に何故か安心したけど)、話の問題としてはそこじゃない。
「この世界に受肉している以上、ありえる可能性としては聖杯なのでしょうが……」
「前回、セイバーが破壊したって言ってたな」
「ええ。ですが、それはおかしい。聖杯はあの時点で完成はしていなかったはずだ。
ならばと考えれば……。キャスターが言っていた通り、この聖杯戦争の仕組みに、未だ私たちの知り得ない何かがあるということでしょうか」
「……で、セイバー。その話たぶん、アーチャーと戦った直後に家に帰ってきてから一度、俺にしたよな」
「ええ。凛の居ない状況で話したところで、二度説明することになりますから」
「つまり?」
「シロウの認識が、狂った状態だったと理解しています。
……大体、私が気付かないと思っているのですか、シロウ」
むっと、腕を腰に当てて、不満そうに唇を尖らせるセイバー。
どうやらバレているらしい。俺の記憶にある範囲では、セイバーが気付いているような素振りは見当たらなかったけれど―――――!
脳裏に昨日か一昨日かの、浴場での映像が。
セイバーの一糸纏わぬ姿が、脳裏をえぐる。
思わず咽る俺に、少し心配そうなセイバー。
「あー、すまないセイバー」
「いえ。ですが、回復しつつはあるようですので、そこは安心しています。しかし、何故――――――!? いえ、そんなはずは」
「セイバー?」
「いえ。なんでもありません、シロウ。
アーチャーの正体の特定には至っていません。あらゆる宝具を湯水のように持つ以上、絞り込むコトは出来なかった」
「一瞬しか見てなかったけど、あれ全部本物っぽかったしな」
「……! シロウは、そう思うのですか?」
「ああ。って、なんでだろ……。って、いや明白か」
そういえば明白だ。未熟といえど、英霊エミヤが俺である以上は持ちうる力も同様。一度目にした武具ならば、特に剣の類であるならば、本質の一旦を理解しえないことはないのだから。
「とすると、あれはそういった英霊の宝だとか、そういうのを蒐集できるような存在だったってことになるのか? とすると、あー、該当しそうなのがいたな。まだ早計かもしれないけど」
俺の出した名前を聞いて、セイバーは一瞬驚き、そして微笑んだ。
「全く。貴方には驚かされる。私やキリツグたちが、十年前に挑んだ問いに、そんな方向から答えてくるというのは」
「いや、半分以上ズルみたいなものだろ、これって。
お、着いたな?」
新都の駅で降りると、平日ということもあってかまだそんなに店が開いてない。それでも一部のカフェとか本屋とかのシャッターが動き出している。
そういえば、簡単に平日休むことに躊躇いがなくなってきてるな……。いや、これも後数日の辛抱ということで。
「じゃあ、行きたいところってあるか? セイバー」
バスから降りたセイバーに聞くと、何故か呆然とした表情で俺を見て、周囲のパークを眺めた。
「は――――? あれは、凛にシロウの状況を気づかれないようにするため、話し合いの場所を移動するための方便だったのではないですか?」
「なんでさ。
言っただろ、デートするって。それに、せっかく街まで出たんだし、何もしないっていうのも合理的じゃないだろ」
「ならばまず、ここまで出向いてくること自体合理的ではないと言いますか。何も言わず着いて行った私も私でしたが……。
シロウ、笑い方が凛のアーチャーのようです。見ていて何か、嫌な感触を覚えます」
「おっと、悪い。
んー、じゃあそうだな。どこから行こうか……」
よし、とセイバーの手を握る。感覚的には、アーチャーの矢からセイバーを庇ったときくらいの軽さで、俺としてはそれは信頼の証しのつもりだったのだけれど。
「し、シロウ! その、何故手を掴むのでしょうかっ」
「時間も勿体無いしな。せっかく来たって言っても、せいぜい今日の日中だけだし。早足になるだろうから、逸れないためにはこっちの方が効率的だろ?」
「え……、いえ、その、効率的といいますか、その……!」
セイバーの返答を待たず、俺は足早に走り出した。
※
これは、間違ってもデートではない。俗に言う真剣勝負とか、デスマッチとかいうやつだ。
困惑した表情から一変、あのサーヴァントを探さないといけないと方針転換しそうになるセイバーをなだめて修正して。結果、不機嫌なまま調子をとりつつ時間が経つ。
いや、まぁそれが続いたのも午前中の話。セイバーの機嫌が、遠坂にすすめられた喫茶店で昼食をとったあとに回復してくれたことで、多少こっちに天秤が傾いた。風が吹いている。勝負はまだ付いちゃいない!
そもそも勝負なのか、何の勝負なのかという命題については、証明するつもりはないのであしからず。
ただ――俺が話そうと思っていた話を、切り出すタイミングがなかった。いや、言い訳だ。正直なところ、そのことを言うより、こうしてセイバーと遊んでいたほうがいいと思ってしまった。惜しいと思ってしまった。
「なっ――――、シロウ、ここは」
「街で一番品揃えがいいぬいぐるみ屋。どうだ?」
「ここは……、愛らしい」
ががーんと立ち尽くすセイバーを見られたりするのが、新鮮だったりする。
好きな動物を聞けば、ライオンとか豹とかが愛らしいと返答が返って来たり。と、言われて不意に、脳裏で小さいライオンを可愛がる騎士王の姿を幻視する。
「……シロウ、何ですその表情は? なにか、いわれのない怒りを覚えるのですが」
「あ、いや、わるいわるい。でなんでライオンなんだ?」
「…………昔、預かっていたことがありましたので」
そっか、と、思わず微笑みながら話を聞く。
話しながらも、セイバーは既に手近なところにあったライオンのぬいぐるみにロックオン状態。両手で抱え上げ、目と目を合わせてにらめっこというか、硬直。
……店の最深部から入り口まで一時間弱ほど。主な利用客たる女の子たちの数とか、定期的にフリーズするセイバーとかに神経をすり減らして。
でも、最終的に紙袋を手にセイバーは嬉しそうに笑っていた。
うん。その笑顔はいい。
「……シロウ、どうしました? 何か良いことでもあったのですか?」
「そうか? まぁ、確かにいいコトがあったから、ニヤけちまったかもしれないっていうのは、否めない」
「いいコトですか?」
「そうだよ。今みたいなセイバーの笑顔が、見れて良かったなって。
ほら、セイバーが笑うときって、大体周りの誰かに向けた表情だろ? だから今みたいな、セイバーのためだけの笑顔っていうのが、なんか好きだ」
「……難しいですね、でも、そうですか。
私も、シロウが笑顔でいてくれた方が嬉しい。貴方が笑顔でいてくれるなら、それで充分です」
穏やかな表情を浮かべられて、不意に遠坂の言葉が脳裏を巡回する。理性的な目的意識戦艦が、思春期特有のリビドー魚雷によって撃ち落とされようとしているのがよくわかる。
ただ、間違えてはいけないと頭のどこかが警鐘を鳴らす。引っ掛かりをどこかに覚えることに。
そしてそれは、遠からず今日の終わりの引き金を引く。
「……まったく、今日のシロウはどうかしている。最終的に、貴方がまだ本調子でないということで、休息ということで納得はしましたが。明らかに貴方はこういったことに慣れていない。
なぜ、そんな場所ばかり選ぶのです。それではシロウが疲れてしまう」
「いや、だって、女の子にはそういう場所の方が似合うだろ。デートって言い出したのは俺なんだし。
それに、セイバーがいるから大丈夫だ」
「? 特に戦いを求められるような場所はなかったかと思うのですが」
「なんでさ。いや、素か?
そうじゃなくて、セイバーみたいな美人さんが隣にいるんだから、妬まれこそすれ場違いだってことにはならないだろ。道中だって、嫉妬されてる感じはあったし」
「な――――なにを馬鹿なっ。
非戦闘時だからといって、特別、私を女性扱いなどする必要はありません」
「いや、特に何も変えてるつもりはないんだけど……、いつもと俺、違うか?」
呆然と、何かに気付いたセイバーは。小声で、何か後悔するような声音で呟いていた。
時刻は夕暮れを過ぎて夜。……こりゃ遠坂から色々言われるな。セイバーと俺とで選んだぬいぐるみで、機嫌を直してくれることを願いたい。
帰りは歩きたい、というセイバーのリクエストにそって、一緒に橋の上を歩いて帰る。
思えば、イリヤと初めて戦ったのも、ここが切っ掛けだったっけ。
川の瓦礫の山を見て、前回の聖杯戦争の話をしてくれたりもしたけれど(おかげでエクスカリバーの扱いに慎重にならざるを得なくなった)。
月の光に照らされるセイバー。周囲に人はなく、ビルの光を川が反射している。やや強い風が吹いて、セイバーの髪を揺らし。
――――そんな幻想的な、今にもふと消えてしまいそうな気がしたから。俺は、腹をくくった。
「今日、楽しかったか?」
「……そうですね。新鮮でなかったとは言えません。一時とはいえ、責務を忘れてしまいそうなくらいには」
その声には――――遠い景色を眺めるような、距離感が。もう手を伸ばしても届く事のないものを見るような、そんな憧れが含まれていた。
「セイバー」
「なんでしょう」
「『生きてる』って、そういうことだ」
「――――えっ?」
だから、もう一つの理由を話す。最初からは流石に言えなかった、そんな、どうしようもないような。
「『今を生きてる』って感じてもらいたかったんだ。例えサーヴァントでも、今が、この先があるんだってことを。新鮮だって思ったんなら、それは、お前が今、ここで、この時代に生きて感じたことだろ。
だったら――――それを、願ったりは出来ないのか? セイバーは」
「それは――」
「だって、お前はもう充分頑張ったんだから」
「…………シロウ、貴方は、ひょっとして」
言葉には出さなかったが、それが雄弁に物語っていたはずだ。
丘の上での慟哭は、明らかに彼女が当時、獲得したものじゃない。きっとそれは、その時、その場「ではない」何処かで得た感情だったはずだ。
願いは変わらず。でも、その慟哭の最期に漏れた一言は。決定的に、彼女の望みが歪んでしまった証し。
「……聖杯を手に入れるのは、私の義務です。それを条件に、私は、この身ををサーヴァントとして捧げた」
その言葉の意味を、後に遠坂から聞いて驚かされることにはなるのだけれど。ただ何が起きていたかだけは、うっすら俺には理解できていた。
カテゴリー的には、セイバーは未だ生者。過去、あの丘の上で、聖杯を探すためありとあらゆる場所へ探索に向かう。
その一つが、冬木の聖杯戦争。――前回の、第四次聖杯戦争。
はじまりの願いは、きっと変わらない。
「私の望みは、私の救えなかった国を救うこと。
それが、私が果たせなかった責務」
だけど、そのために――――。
「……そのために、お前は消えようっていうのか」
王になるべきは、私ではなかったと。それはつまり、アーサー王の剪定の否定に他ならない。
国を救えなかった自分を悔いて。行きついた先が、自分以外ならば救えたのではないかという、そんな想い。
ただ、それじゃ意味がない。
例えその結果、歴史から切り離されてなお、セイバーが英霊として残ったとしても。彼女が戦い抜いたことを、その傷みを、孤独を、悲しみを――勝利を、嘘にすることだけは出来ないのだから。
過去のやり直しに意味なんてないのだから。だから――――。
「シロウ?」
「聖杯は、セイバーが戦って手に入れるんだ。だったら、それは、その奇跡は、お前のために使うべきだ。
おまえはもう充分すぎるくらいに、果たしてきてるじゃないか。じゃないと――」
――――お前が報われないじゃないか、と。
せめて今から、新しく始められないのかと。
「……凛のようなことを言うのですね。シロウ。
しかしそれは、私が貴方に言うべき事です」
「なんでさ。セイバーが、俺に?」
「凛とは、また少し違いますが」
こくりと頷き、しかし視線を合わせないセイバー。
「サーヴァントは夢を見ない。ですが……貴方と私の結びつきは、以前より強くなっている。
凛が急ごしらえで結び直したパスですが、以前のものに比べれば大きい。精神の結びつきはより強固になった。……貴方が私の過去をみたように、私とてそれは同じだ」
「何を、見たっていうんだ?」
セイバーはほんの一瞬だけ、俺を痛ましいものを見るような目で見た。
「……大きな、火事。伸ばす手を見ずに、前進する視界。
ボロボロで、心の底から歓喜するキリツグの顔」
嗚呼、そうか。その静かな目が、何よりも見てきたものを物語っていた。
「……なんだ。あれを夢に見たのか。
そりゃ何ていうか……、すまん」
「謝られるようなことではありません。それに……。いえ、今はこれは止めましょう。
シロウ。以前にも言ったことがあると思います。貴方は自分を助けるつもりがない。私も凛も、酷く危ういものだと思っています」
「危ういってなんだよ。そりゃ、お前らか見たら色々なところが危ないだろうけど」
「そういう一面的なことではありません。
……貴方の生き方は、私に似ています。アーチャーが貴方だと知り、なおさら確信しました。例えあのアーチャーと同じ道を辿らなかったとしても、このまま進めばどうなってしまうか。私には判ってしまう」
「セイバー?」
「キャスターが言ったこととは異なるでしょう。貴方は恨みなど抱いてはいない。恨みなど、抱けるはずもない。
だから言います。――――貴方が、衛宮士郎が衛宮士郎になる前に、起こってしまったことは貴方のせいではない」
それは、遠坂からも言われたような気がする。
「咎を負うべきは貴方ではない。貴方には、償うべきものなどなのです。
『自分の命を、助けるものの勘定に入れて良いのです』」
――――――――。
セイバーの顔がぼやける。視界がぼんやりとしてるのは、それだけ心のどこかが動揺してるということだろうか。
「……けど、今更どうにかできることじゃないんだ。見捨ててきたものも、失ってしまったものも、戻らない」
「ええ。ですから、貴方は苦しんでいる。『今ここ自分が居る』ことが、罪の意識となっている。
キリツグに憧れたのも――そんな貴方が、後ろ暗いその在り方から開放されるために、どう生きられたら良いか考えたから、ということなのではないですか?」
美綴だったかが、そういえば言っていたか。俺が笑った事がないと。……自覚はないのだけれど、俺の過去を見たセイバーがそう言うのなら、そういう見方もあるのかもしれない。
俺は単に、キリツグの救われた顔に憧れた。抜け落ちた心の穴を、その想いだけで埋めた。
だけど、抜け落ちたってことは、いつまで経ってもその穴が開いた事実が変わらないって事もであった。
「……貴方がそのせいで、今を生きることが出来ないというのなら。あの過去が、貴方を永久にそこに縛り付けるのであれば。
――私は聖杯を手に入れなければならない。けど、それはシロウにも当てはまる。
貴方は、貴方が幸福をつかみとるために、聖杯を使って良いはずだ」
「……じゃあ、セイバーは。
「当然です。元より、この身は戦うためのもの。王の誓いを守るために差し出した以上、それ以外の使い道など許されるはずはない」
「だから、ああ……、なんだってお前は、そう自分に言い聞かせるみたいに言うのか。そんなんだから、周りも額面どおりに鵜呑みにするんだ。
お前は元々戦いに向いてなかった。そもそも戦いを嫌っていた。その言い訳は、お前が、お前自身をごまかすために使っている言い分でしかない」
「…………いくらマスターでも、それ以上の侮辱は――」
「止めてもいいさ。でも、事実のはずだ。でなければ『侮辱』にはならないはずだ。冷静じゃなくなくなるってことは、それだけ揺さぶられるところがあるってことだ」
怒りを噛み殺すように、鋭い視線を俺に向けるセイバー。
だけれど――――その目が、驚いたように見開かれる。
「シロウ――――泣いて、いるのですか?」
言われるまで気付かなかった。とっくの昔に、目から溢れるそれは止まる気配を知らない。
だけど構いやしない。今、俺が、コイツのマスターとして言ってやらないといけないことは。言わなければ鳴らないと。
例えそれが、そのせいで、自分のどこかが軋むのだとしても。
「起きてしまったこと、なかったことには出来ない」
だからこの涙はきっと、俺であって俺でなかった何かのもの。
はかなく、眩しく思いながら守れなかった彼女への。
嗚呼、わかってしまう。彼女のその苦悩は。例え子供のような我侭だとしても、俺にはどこか理解できてしまう。でも、だからこそ。
「変える事が出来るのは――生きてる先のことだろ、セイバー」
「……それは、今に生きている者の特権です」
セイバーは手すりに身体を預け、星空を見上げる。
俺から逃れるように、しばらくそのまま動かず。
「私の今は、刹那の白昼夢。夢はいつか覚めるのです。シロウ。良い夢も、悪い夢も」
「――――――」
「貴方がそう決意したように、私にも譲れない夢がある。それは、確かに絶望的なものなのかもしれない。
だから――――」
何も言わず、沈黙が続く。
セイバーは申し訳なさそうに。俺は、涙を拭って。
「……帰るか」
「……シロウ、あの――――」
何か言いかけるセイバーの手を取る。驚いたように声を詰まらせるセイバーのことなんて無視して、俺は歩き出した。こうでもしてないと、きっと、いつか気が付いたらふと「また」消えてしまいそうな、そんな怖さが胸の内を占めていた。
セイバーの手は少しひんやりとしていた。その手を、少しだけ強く握る。お前は今、ここに居るのだと。
ついてくるセイバーの足取りは、少しだけ不安定というか。時々転びそうになってくるというか。橋を降りて公園に出て。
「…………」
「……セイバー。ひょっとして疲れたか? 足取りが悪いみたいだけど」
「え? あ、いえ、そのようなことはありません。この程度は大した事では。
ただ…………」
少しだけ躊躇うように。でも、なんだかすごく嬉しそうに言った。
「……シロウの手は、その、温かいなと」
「――――――」
邪念なんてなかったはずなのに、一発で頭が真っ白になった。
なんだかロクな返答ができなかったと思うけど、セイバーは微笑んで、何も言わずについてきてくれる。
全く、どうしたっていうんだ。この心の念は、アーチャーの後悔と、セイバーの過去に納得がいかなかったからこそのものだっていうはずなのに。
これじゃまるで――――――。
胸の内側に渦巻く複雑な感情を、分析しようとしていると。
「――――こら、何をしている。
――――出会ってはならないものに、出会ってしまった。
「ギルガ、メッシュ……っ」
ほう、と。鎧を纏っていないそいつは、呟いた俺を見てにやりと笑い。
「二度目とはいえ、王の名を違えず悟るとはな。
良い。贋作者のなりそこないといえど、この場で、口を開くことを許そう。――――セイバーのマスターよ」
泰然と、いっそ暴虐なほどに不遜なことを言い放った。
ティーちゃん(2■歳)「およ? 何か今、デジャブが・・・」職員室でお茶を飲みながら