ボブの聖杯戦争 ~F/sn Unlimited Lost Works~ 作:黒兎可
プロローグだZe! その1
「やっちゃったことは仕方ない。反省。
それで。アンタ、なに?」
「開口一番に言うことがそれか。
――やれやれ、これはまた俺も、とんでもないマスターに呼び出されてしまった」
黒い外套のソイツは、やれやれ、なんて口調でため息を付いた。そして無言。ただその言葉だけを呟いた後は、何にも言わない。
……断言しよう。コイツ、コミュニケーションをとるつもりなんて絶対ない。
姿形は人間と変わらず、しかし放つ気配は完全に人間のそれを超えている。精霊に匹敵する亡霊、とはいい得て妙だ。無言のまま、居間を滅茶苦茶にしたまま男はこちらをじっと見つめている。
「――」
その在り様に、魔力とその存在感に圧倒されている場合じゃない。あれは私のサーヴァント。なら、きっちり頭を切り替えていかないと。
「貴方は私のサーヴァントで間違いない?」
「不本意ながらそうだろうな。もっとも、ここまで乱暴な召喚は初めてでね。状況の説明を求めたいくらいだ」
「わたしだって初めだから、そういう質問は却下するわ」
「そうか。だが、俺が召喚された時点で君が目の前に居なかったことくらい、説明してくれても仏罰は当たらないのではないかね? 正直、こう掃除のしがいがありそうな荒れ果てた部屋を見ると、もにょる」
何よ、もにょるって。そもそも私が召喚に失敗したのがいけないのだが、目の前の男とてその共犯者、みたいなものである。こっちの方が反応に困る。
いや、でもそれについての説明は――。
「ん? どうしたマスター」
ぼんやりと、そいつは呟く。
中途半端な召喚だったせいか、どうにもこいつ、目が胡乱だ。まどろんでいるような、そんな気配さえにじみ出ている。
「……マスターだとは認めてくれるのね」
「嗚呼。残念ながら、そういう契約であるらしい。そこに主義、主張などは介在しない。
どちらがより優れているか。共に戦うにふさわしい相手であるかなど、瑣末な問題だ」
「……何よそれ、貴方、一応、英雄でしょ? 少しはこだわりみたいなものがあるんじゃないの?」
「生憎と、それを持ちうる境遇ではなかったというだけだよ。
いや、持っていたのかな? 持っていたのかもしれないが、さて……」
仏頂面で、視線を空中にさまよわせる男。褐色の肌、刈り上げられた白髪、金に濁る瞳と、容姿だけで言えばかなり異様な風体をしている。その座りの悪そうな態度に、何故か傭兵のようだ、と連想した。
そして……何故か知らないけど、無性に腹が立つ。
「それで?」
「……何よ、それでって」
「いや何。お嬢さん。我がマスターたる君が、一体、俺に何を求めるかということだ。殲滅か? 焦土か? 略奪か? それとも惨殺か?」
「ちょっとちょっとちょっと! 何言ってるのよアンタ――」
突然物騒なことを口走り始めた男に、慌てている自分が不思議だった。魔術師たるもの、手を血に染めることは普通にありうる。にもかかわらず、まるで「今日は天気がいいですね」みたいな程度の口調で語る、目の前の男の言葉を。何故か遮らなければと、口が勝手に動いていた。
ふむ、と。少しだけ不服そうに男は眉根を寄せた。
「……弱きを助け、強きを挫く、とは言わないようだが、なるほど。思いの他、
何? だったら話は単純だ。――君はこの屋敷に引きこもっているが良い」
「――――」
何言ってんの、コイツ。
「嗚呼、言い方が悪かっただろうか? 何分、慣れていなくてね。
俺を運用するにあたって、最も効率が良い方法だ。一つ、具体的な指示を俺に与えない。一つ、戦闘方針は俺に任せる。一つ、俺の周りには近寄らない。一つ、ターゲットをあらかじめ絞り込んでおく。
それだけやってさえくれていれば、何、そう時間も掛からず
「――――」
何だろう父さん。何か理由も見当たらないんだけど、私、ちょっと。
「……私のことをマスターだと認めるくせに、その言い様は何なの? 要するに、私の意見は取り合わないってことでしょ? どういうコトかしら」
「嗚呼、気に障ったのなら謝ろう。すまないマスター」
かつてこれほど、空虚な謝罪の言葉を口にされたことはなかった。
「だが、性分と言えば性分でね。これは戦争だ。なら、戦争の素人を巻き込むのは効率的ではない」
「足手まといだって言いたいわけ?」
「いや? 確かに未熟な点も在るだろうが、それだけが全てではないのだろう。その自信に見合うだけの何かがあるのかもしれない。
だが……、なんでかな、何でだろうな。わからないな。どうしてだろう。
男は、本気で不可解そうに頭を傾げる。綾子が前に宿題を忘れたときのような、そんな仕草だ。
ふぅ、と一息つく。どうやら、相手にこちらを侮辱するような、見下すような意図はないらしい。それが分かって、多少冷静さを取り戻した。そう、優雅たれ優雅たれ。落ち着くのよ遠坂凛。こんなところで、うっかり令呪を使用しようとするなんて、心の贅肉よ。だめな方の。
「……で、念のため聞いておくけれど? その方針じゃないと貴方、戦えないなんて言わないわよね」
「嗚呼、もちろん言わないさ。今の俺はあくまで、君の守護者だ。この時代に合わせればボディーガードといったところか? クライアントの払いさえ良ければ、多少の融通は利かせるさ」
不満があるのか、どこか自嘲げに男は鼻で笑った。
「……とりあえず場所を変えましょう」
私の提案に、男は何も言わずに立ち上がった。よく見れば、服の所々に
分からないと言えば、このサーヴァント自体わけがわからない。態度、物腰、発言からして反英霊――悪を成すことで正義を知らしめた、そういった英霊である可能性が高いような気もする。ただその割に、ぼんやりとしたその目が時折、どこか優しさを帯びてこちらを見ているような気がするのだ。遠坂凛が混乱するのも仕方がないだろう。以上の要素からして、このサーヴァントの由来に欠片も心当たりがないのだから。
「あ、そういえば。あなたセイバーじゃないの?」
「剣は持っているが、生憎そこまで秀でてはいないな」
「ドジったわ、あれだけ宝石をつぎ込んでおいてアーチャーか……」
私の言葉に、男はニヤリと。今まで見せなかったような表情をした。
「まさしくドジだな、マスター。いや、この場合は『決定的なうっかり』とでも言い換えれば良いか」
「な――――っ」
何故か。今の一言だけは、明らかな侮辱が乗っていたのがわかった。だって、こっちが思わずかちんと来たのだから。
っていうか何よ決定的なうっかりって。いや、自覚が全く無いわけではない。ないが、こうもニヤニヤと、してやったりみたいな言い回しをとられると、余計に頭に血が上る。基本的に無感情だろうこの相手に、コレほどのことをされるようなコト、しただろうか――あっ。
「……もしかしてだけど貴方、『セイバーじゃないのかー失敗したー』っていうのに、カチンと来た?」
「……何のことだ? マスター」
誤魔化すのが下手なのか、途端にまた無表情に戻った。
ここまで露骨な反応をするヤツも、珍しいと言えば珍しい。
不意にくすり、と笑っていた。
「なら、さっきの言葉が頭に来るのなら、それを撤回させてくれるかしら? ――この聖杯戦争を通して」
「……やれやれ。まぁ、難儀なマスターを持ったものだ。だが俺にそれを求めるというのなら、是非もないだろう。嗚呼良いさ、せいぜい己の失敗に後悔すると良い」
にやり、と。さっきの笑いともまた違う、どこか親しみを覚えるような笑みを男は浮かべた。仏頂面でなく、ずっとその表情をしているのなら、もっと親しめるだろうに。
そして、ふと思い出した。
「そうそう、まだ聞いて居なかったけど、貴方どこの英雄なのよ?」
「国籍で言うなら日本だ」
その即答に、私は唖然としてしまった。
「優雅さに欠ける表情だな、マスター」
「……いや、だってアンタ……」
ウソを言っているわけじゃないだろうけれど、いや、でも。
「どっからどう見ても、”ジャズでマブなフレンズのボブ!” って感じじゃない、貴方」
「…………何故だろう、特に理由はないはずなのだが、いささか不愉快な気分だ」
「いや、ごめん、今のナシ」
「そうしてもらえると助かる。こちらも好きで、こんな、ラッパーのような格好をしている訳ではない」
気にはしてるんだ、それ。
謝りながらも、謎の動揺が心中を駆け巡る。
嘆息しながら、彼は言葉を続けた。
「だからそもそも、これは君の失敗だ。何を間違えたか、『こっちの』俺を呼び出してしまうというのだから、いささか酷いと言えるんじゃないか? うっかり、ここに極まれりだ。
「アンプル? っていうかこっちの?
……貴方、何かの英霊の別な側面が呼び出されたってことなのかしら」
「当たらずも遠からず、といったところだ。
そうだな、あえて俺に名を尋ねるのならば――」
そしてアーチャーは、まるで嘲笑うかのように。
「――正義の味方。その腐り落ちた
何故だろうか。その言葉に、嫌な感触を覚えた。
エミヤ「人をその、海外映画の吹き替えに出てきそうな面白黒人ラッパーを見るような目で見るのは止めたまえ!」