ボブの聖杯戦争 ~F/sn Unlimited Lost Works~   作:黒兎可

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いつかのどこか――――
 
 
「英雄は幸福の体現者だ。欲望、道徳、思想。自分自身を含めたな。それに遭遇した者を、ヒトビトは英雄と呼ぶ。自らのそれを語れぬ英雄は英雄とは呼べず、都合がいい舞台装置にすぎないだろう。」
「なら、貴方はそんな舞台装置だと?」
「否定はしないよ。元より俺は、それを捨て去った立場だ」
「ふぅん。ですがそれでは――――つまらないのではなくって?」
「……昔、君と同じようなことを言う女性がいたよ」
「あら、気が合うでしょうね。どうしてそんな美味しくない生き方をしているか、さぞ問い詰められたことでしょう」
「それも懐かしい思い出かな。――――結局、最期まで答えを返すことはなかった」
 
 
 
 


吹き抜けるBlue Sky のごとく! その2

 

 

 

 

 

「否定はしない。だがその顔は違うな」

 

 アーチャーがセイバーの言い様に口を出す。さっきの言葉のどこに、アーチャーの琴線に触れるところがあったのかは分からないけれど。それでもアーチャーは淡々と、私達に続けた。

 

「俺を見て、笑うべきだ。俺がこうなったことで、平和を享受できる人間が一定数居るという事実に安堵するべきだ。

 なにせ、俺はこうなったことに後悔なんてない。それは、生前(まえ)に捨ててきた感情だ」

「アーチャー……」

「おかしなところは何一つない。これが本来、俺が望んでいた姿だったはずだ。何を悔いる事がある。

 生前の想いが腐り落ちたところで、俺は人間を救えている」

 

 アーチャーは当然のように語る。軋む心も何もないように。

 でも――それは、だからこそ悲劇だ。だってアンタは、その失ったものの中に、本当に助けたかったものがあったはずなのだから。後悔がないんじゃない。アーチャーは、後悔することが出来ないだけ。後悔するために必要な多くのヒトを、彼はあまりに殺しすぎた。

 顔を知る誰かを殺して殺して――顔も知らない誰かを救いすぎて。

 

 でも、それだって説明はつかない。

 

「ねえ、士郎」

 

 セイバーを手で制して、私は前に出る。

 驚いた表情をして止めようとするけれど、私の眼を見てそれを止める。何か策があるんだって判断したのかしら。……はっきり言うと、策ってほどじゃない。

 

 ただ、根本的な前提を間違えていることに気付いたのだ。

 私達が、今、何と相対するべきなのかということに。

 

「どうした、遠坂」

 

 まだ正気が欠片でも残っているのか、士郎は私にいつものように声をかけてくる。表情もこころなし、生気を感じるようになっている。

 

「アンタは、後ろにいるアンタが何をしようとしてるのか知ってるの?」

「詳しくは知らない。やることだけ判ってれば、詳しく知る必要もないだろ」

「それは……、どうしてよ。だって判ってるんでしょ? アンタ、それで死ぬのよ?」

 

「――どうしても何もないだろ。それで助けられるんなら。

 助けたいって思った。だからやるだけだ」

 

 私達が今、この場で戦うべき相手は、目の前の士郎(アーチャー)じゃない。その中にある、まだ繋ぎとめられているいつもの士郎(シロウ)

 

 アーチャーの目的の鍵は士郎なのだ。なら――士郎がまだ士郎であるうちに、アーチャーになりきってしまう前に、妨害する事は出来るはずだ。

 出来ないはずはない。他でもない、アイツのことをずっと夢で見続けた私なら。

 

「……そう。前から思ってたけたけれど、口に出して言うわ。

 貴方の生き方は酷く歪よ、士郎」

「歪?」

「アンタが自分のない、ただ生きているだけの人間なら別にいい。でも、自分のある貴方が、自分をないがしろにするなんて出来るわけがないのよ。

 そうじゃないと壊れるから。――――そんなことを続けた結果が、今、貴方が抱いてるそれなんじゃないの? そこに居る、行きついた果ての貴方なんじゃないの」

「――――――――」

 

 士郎はただただ、驚いたような顔になる。まるでロボットみたいに、何度も何度も繰り返す。

 違う。俺は、そうならないために。助けられなかった誰かを―――ー。

 

「セイバーも。シンジも、桜も、イリヤも、それに私も。どんな関係性だって、貴方は自分を勘定に入れてない。

 ……だから言ってよ。キャスターが言ってた、十年前に何があったのかを。アンタがそんなになっちゃったのは、それが原因なんでしょ?」

「凛……」

 

 嗚呼、なんで。なんでこんな泣きそうになってるのかな私。

 セイバーは私を見た後、士郎を悲しそうに見るだけ。士郎は、ただ、首を左右に振る。

 

「――違う。俺は、ただ助けられただけだ。あれは原因なんかじゃない」

「……キリツグにですね、シロウ。

 ですが、それだけではない筈だ。……凛の言う通りだ。貴方は自分を助けるつもりがない。

 あの時のようなことを起こさせないと、貴方は言った。それは――――貴方一人が助かったことに、後悔があるからではないのですか?」

「――――――――」

 

 士郎は何も言わず、こっちに斬りかかって来た。セイバーが防御に動かなかったのは、既に私が強化の魔術を走らせたのを理解したせいか。肉体の強度を鉄くらいに上げて、肘撃。振り被った一刀は私の肩口を過ぎ、しかしもう一本はきちんと腹部の防御に回しているあたり、手馴れてるって言えるかもしれない。

 だけど――まだまだ、アーチャーの域には至って居ない。人間が理解できないような速度で振るわれず、私が往なせる程度であることが。

 それが、少しだけ私に希望を持たせる。

 

「貰ったんだ、俺は」

 

 それでも、あの士郎が私の拳に対応できている時点で、おかしいと言える。綺礼に教わったせいもあって、部分部分、八極拳の域に留まらないこの動きに喰らい付いているのだから。

 ただ――やっぱりアーチャーのそれだ。その投影には、亀裂が走る。

 

「誰も助けてくれなかった。誰も助けられなかった。見捨てて歩いて行くしなかった」

 

 士郎はそれこそ、何ら感情もないように続ける。いや感情もないようにじゃない。それは、ただただ、レコードが記録されている情報を再生するような、そんな無機質さ。事実だけが淡々と垂れ流されているだけ。

 

「地獄を見たんだ。でも、そんな中で――助かってくれって、泣いてくれたんだ。生きてて良かったって、笑ってくれたんだ。

 だから思ったんだ。そういう場所で、助けてくれるヤツがいるってのは、なんて――――――なんて素晴らしい、奇跡なんだって」

 

 だからもう、それしかなかったと。士郎の声には、段々と熱が篭る。段々と、顔が朗らかになって行く。

 

「救われたのは俺だけだった。だから、次は俺が、助けられなかった人の代わりに、みんなを助けなくちゃいけないんだって思ったんだ」

「――――――」

 

 セイバーは、遠い目をして士郎を見る。士郎の言葉を否定できないらしい。

 考えて見れば、当たり前なのかもしれない。英霊の触媒がない召喚の場合、サーヴァントは召喚者の性質に拠って呼び出される。士郎がそうであるなら、セイバーにもその壊れ方が、似たような何かがあってもおかしくはないかもしれない。

 だから、私は二人に断言する。それがおかしいと。助かったならまず自分を大事にしろっていうの。

 

「――――アンタだけが助かったっていうのは、ただの偶然なのよ! 死んだ人達にも、アンタにも責任なんてない! なら、後はそんなこと頭の片隅に追いやりなさい。

 それだけ酷い目に遭ったのなら、後は幸せにならなくっちゃ嘘でしょ! それじゃ、何したってアンタが報われないじゃない――――――!」

 

 叫ぶ私の一撃に、とうとう刃が砕けて。

 

 士郎の攻撃がゆるやかに収まっていって……。私もそれにつられて、段々と攻める気がなくなっていく。

 最期には。私達は両手を下ろして、見詰め合っていた。

 

「――――――」

 

 士郎は、ぼんやりと宙を見つめる。そこに何かがあるわけでもないでしょうに、でもその目は、何か、いつかの光景を見ているようで。沈黙が場を支配する。セイバーも私も、アーチャーさえ何も言わず。

 

 

 

「ありがとな、遠坂」

 

 

 

 え? と。

 

 返す言葉を失った私に――――士郎は、いつものような気の抜けた顔で。でも、一度だって浮かべた事のなかったような、満面の笑みを浮かべていた。

 そのまま士郎は、私に背を向ける。その先に、不意に私は何かを見た気がした。あのアーチャーではない、どこか別な形を。果てのない荒野を目指す、未来を――――。

 

「判ってはいるんだ。俺がどっか間違ってるって。

 でも、それを聞く事は出来ない。――――確かに俺が何か間違えていても。この願いが、間違いのはずがないんだからな」

 

 ――――――誰かを助けたい。その想いは決して間違いなんかじゃないと。

 

 ありったけの確信を込めた言葉に、頭にくると同時に――――私は、酷くほっとしてしまった。

 

「…………何をしてる?」

 

 今まで黙ってたアーチャーが、訝しげに士郎を見つめる。そりゃそうか。士郎は今、両手に持った剣を、アーチャーに向けて構えている。

 

「俺の先におまえがいるっていうのは、正しいのかもしれない。おまえは、ずっと後悔してるんだから」

「何?」

「後悔が出来ないんじゃない。後悔を『理解する』ための基本骨子が壊れてるだけだ。――理解できなくても、お前はきっちり後悔してるはずだ。アーチャー。

 だって、ほかならぬ俺が言うんだから間違いないだろ」

 

 自嘲げに嗤うそれには、アーチャーのような色がある。でも、それでも――――。

 

「だから、ようやく判った。

 俺は後悔なんてしない。正義の味方(この選択)が、どんな結末になったって――それだけが、唯一、正しいことらしいからな」

 

 目の前に立つ少年は、衛宮士郎だった。

 

「だから俺達は別人だ。

 お前が俺の行き先の一つだって言うんなら、絶対に俺は別な道を探してやる。お前が選べなかった道を。その先に例え魔界(ヽヽ)が待っていたとしても」

 

 ただただ、士郎は士郎だった。

 

 物言いは多少ひねくれてしまっているけど。もう大丈夫なんだと思えるくらいに、その背中は士郎のものだった。

 

 

 

 

 

   ※

 

 

 

 

 

 ――こんな男、今の内に死んでしまった方がいいと。

 

 アーチャーに見せられた過去のせいか。俺の胸の内にはそんな後悔だけが去来していた。

 自分の守りたいもののために大勢を殺し。その先で、守りたい物さえ殺して世界を守るようになり。最後にはなんら感情も認識できないようになるまですり減らし、死人のような失われた存在となってまで蘇り、殺し続けた自分を見て。

 

 吐き捨てるしかなかった。それしか贖罪する方法がないと。

 自分が死ぬ事で大勢が救われるなら――それが出来るなら、いっそ死んでしまえと。

 

 それが当たり前なんだと思っていた。でも、だけど。

 

 そんな俺を見て、セイバーは悲しそうな顔をしていた。理想に裏切られた俺を見て、痛ましい感情を抱いていた。

 こんな俺を見て、遠坂は泣いていた。涙を流しそうに、心が泣いていた。

 

 後ろを振り返った時、アーチャーの顔が、まるで自らの死を望んでいるように見えて。

 

 

 だから思った。違うと。――この赤い空が。雲に覆われた、濁った世界が例え行き先だったとしても。

 

 今の生き方を正しいと信じてきた。アーチャーがああなってしまったように、それは出来の悪いニセモノで、取り繕いきれていない解れたもので。それこそ基本骨子の想定からして甘い投影のようなもので。

 得られるものより、失ったものの方が多かった時間だったはずだ。

 

 でも、だから――。

 こんな形で、終わらせるものじゃない。その今までを。幾度の悲しみを、なかった事にしちゃいけないんだ。

 

 後悔する未来があっても。その果てで何もかも捨て去ってしまった未来があっても――。

 

 絶対にこの想いは、間違いなんかじゃないんだから。

 

 

「…………そうか、()か。

 つまりこの(きず)は、あくまで『損傷』として扱われるのか」 

 

 足を進める。ちらりとセイバーを見たアーチャーは、無表情のまま、何ら構えをしない。

 

「セイバーも遠坂も、手は出さないでくれ。これは、俺がやらなきゃいけない」

「シロウ――――」

 

 出来るはずだ。今の俺なら。

 なにせ一度は、あの俺とて目指したはずなのだ。正義の味方を。泣いて欲しくない誰かの為に戦うことを。

 

 だったら――――その「原型」を、俺が構成できないはずはない。

 砕けたのは足りないからだ。俺自身のイメージが、至るべきところに及んで居ないからだ。

 だったら、やることは決まっている。決まっていることを「知っているはずだ」。

 

 

「――――投影(トレース)開始(オン)

 

 

 挑むべきは、未来の自分。只一つの妥協も許されない。

 創造理念鑑定、基本骨子想定、構成材質複製、製作技術摸倣、成長経験共感、蓄積年月再現、創造工程凌駕――――――――

 

「ぐ、があああああああああ!」

 

 本来俺の知り得ないそれを幻想しろ。本来の形を思い、成せ。

 その果て、ここに幻想を結び、剣と成す――――――――。

 

 左腕の感覚がはじける。構いやしない。

 

 両手に握る剣を、剣を――――!!!!!

 

 

「干将莫耶。……その精度では久々に見るか」

 

 

 アーチャーが呟く刀二つ。もはやそれは、崩れる事はあるまい。

 だから、俺は向かう。俺であって、俺でない未来に。

 

 

「――――――はっ」

 

 

 両手の剣を投げる俺に、背後で驚いた声が上がる。

 だが、アーチャーは当然のようにそれの片方を掴み取る。……流石に俺なだけある、当然、どう使うのかまで把握できているのか。本人は投影するだけの余力がないはずだ。だからついでとばかりに、手に取った干将を振り被る。

 

 だが、そんなことに気をとられるわけにはいかない。

 すぐさま干将莫耶を投影し直し、脳天に向けられたそれを受ける。獣の腕は動かないのは、ひょっとして単に重量合わせのために接合したからだろうか。

 

「――――I am the bone of my sword(体は剣で出来ていた。).」

 

 瞬間、アーチャーの動きが加速する。嗚呼、それもそうか。刀だけ手に取ったところで、その技術まで模倣しているわけではない。だから一度、俺の投影したそれにそって、干将莫耶の技術を呼び出したのだろう。

 なにせこれは、英霊エミヤが最も好んで投影した武装。相性が良いのか、最もコストが少なかったもの。

 腐ろうが改造しようが、これに拘っていたのは効率が良いからだ。

 

「くそ――――っ」

「――――――」

 

 体格のせいもあるだろうか。明らかに相手の方がボロボロだっていうのに、それでもその技術は俺を上回る。腕一本の干将で、戻ってきた莫耶を撃ち、あまつさえ俺の左腕を切り裂く。 

 剥げた服。飛び散る血。その隙間から見えたのは、色の大きく変色した左腕。

 

 投影するたびに、身体全身が持って行かれるような感覚。砕かれこそしないが、アーチャーの連撃は確実に俺を削る。俺の連撃に比べて、アーチャーの方が未だに上に立っている。 

 

 弾き飛ばされて、床に転がって。

 

「終わりだ。眠れ。そして無意味に果てろ」

 

 だけど、この足を止めるわけには行かない。

 

 このままじゃ足りない。衛宮士郎に出来る投影では、その投影を破る事は出来ない。おそらく一時とはいえ、このアーチャーが投影を出来たなら俺以上の精度を誇るはずだ。呼び出せる技量とて、俺よりも格段に上だ。

 まだ、足りない。もっと、もっと先に。

 

 担い手のいない剣の丘を、それを超えたその先に――――――俺だけが担い手たる世界が。

 

 

「――――体は剣で出来ていた(I am the bone of my sword.)

 

 当たり前のように呟いていた。この一回で終わっても悔いはないと。俺に出来るありったけを、剣に注ぎこみ――――――――。

 

「――!?」

 

 俺の干将が砕けるが、そんなの知った事ではない。左手に握る莫耶に、ありったけ、俺の持てる世界を注ぐ。目の前の俺がやっていたように、武器を起点に、自分の世界を注ぎ――――刃の内に走らせ、展開する。

 振るった剣は、ヤツの干将を砕いた。――重みが違う。この剣は今、俺の世界そのものだ。例えどれほど出来が悪く、未完成の世界でも――只の投影が、より強い固有結界(神秘)と打ち合えないのは道理。

 

「ここが――(おまえ)の果てだ!」

 

 瞬間的に現れた拳銃。嗚呼、投影する余裕が全くないわけじゃなかったのか。

 だけれど、止まるわけにはいかない。

 

 右手に持ち変えて、振り下ろされる刃を左で庇い。

 

 

「だったら――それを超えて、先に行く!」

 

 

 雲の向こうに青空がまだあるように。

 お前が俺の限界だっていうなら――――俺が、その先にいってやる。

 

 

 激情のままに貫いた刃。胸に刺さるそれを見下ろすアーチャーは。

 右に構えた拳銃を撃つ事もなく。ただただ呆然としたように、俺を見ていた。

 

 

 

 

 




――――Limited/Zero Over(果てを超え、その先へ)――――

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