ボブの聖杯戦争 ~F/sn Unlimited Lost Works~ 作:黒兎可
「アーチャー、消えてなかったの……?」
唖然としながら、しかし誰だ、と返されたことには驚きのあまり反応できないのか。遠坂凛は、男をただ見上げるばかり。
「魔術師のサーヴァント。これはお前のだな」
半笑いを浮かべながら、アーチャーは塀から飛び降り、歩いてくる。セイバーが剣を構えるのさえ完全に無視し、その視線はキャスターのみを見据えている。
対するキャスターは、明らかに動揺していた。
「貴方、そんな馬鹿な――――! いくら弓兵といえど、マスターを失ったサーヴァントがこんな長期間――」
どんなに否定しようと、目の前のこれが現実だ。いかなる手段か、マスターとの契約が切れた後も、この英霊はその存在を維持していたのだ。
もっとも、真実はかなりあっけない――アインツベルンの森に住まう、悪霊の性を帯びた獣。その生き胆に加え、彼が「何故か」見つけることの出来た、明らかに今回の聖杯戦争に関係していない礼装。それらを駆使し、ひたすらに消滅することのみを避けるため、余分なものを積極的に削って行った――その果てがこの姿である。
誰に分かるはずもない。だが、何故か衛宮士郎だけは一目でそのありようを知ることが出来た。
――なぜならば。その体は既に、数え切れないほどの剣が蠢くそれであったのだから。
こと刀剣に関して、著しい理解を示すことの出来るからこそ――衛宮士郎は、そのアーチャーの本質をわずかに悟る。
錬鉄の英霊。それにしてはあまりにお粗末な出来であるが、今この場にいるものは、以前の彼から余分な――つまり、人間じみた箇所が削ぎ落とされたそれであると。
例え己が「死したところで」、無理やりにでも動かすそれは。
いかなる程に効率的判断に基づいているのか。直感的にではあるが、セイバーも悟る。既にその霊基さえボロボロで。果たしてそれは、偶然のたまものか。あるいは「自ら生存のために削ぎ落としていった」ものか。
だが。
「……なるほど。無茶をしてるからこそ、貴方は万全というわけでもないのね。
それで、私のマスターに何をしたのかしら、アーチャー」
「毒を打った」
「――――――――」
ごくごく当たり前のようにそう返す、この男。キャスターの口元が怒りに歪むが、セイバーを差し向けることはしない。未だ遠坂凛によりつけられた疵が回復に至って居ないことと。アーチャーが明らかに、盾のように男をぶらさげていることが原因。
セイバーの表情にも動揺が浮かぶが、アーチャーは無表情のまま。
「毒性自体は遅効性だが、意識は失う。
そこで本題だ。――――死ね」
当然のように銃剣を構えるアーチャー。見ればもう片方の手は、葛木の首を掴み、絞めにかかっている。キャスターからすれば完全に詰みの状況だ。わずか一手で、このサーヴァントならば首をへし折れるだろう。実際、その言葉どおりに躊躇なく実行するだろうという圧を、この場の誰もが感じている。
「この――――外道!」
「人間相手に、サーヴァントまで使役して襲い掛かるアンタが言うか。さぞ生前は箱庭の中で、ぬくぬく育ったのだろうな」
「何を、知った風な口を――――」
「知らん。だが死ねと言っている。どうする?」
「…………ええ良いでしょう。貴方がそのつもりなら、私にも考えはあります。
セイバー」
「…………ッ」
キャスターの言葉に従い、セイバーが剣を構える。
アーチャーとセイバーは両者、にらみ合い。お互いに動けず、俺も遠坂も身じろぎさえ出来ない。
「要らないのか?」
「そうね。欲しくて欲しくて仕方がないけれど――――貴方とて、今、私に脅迫されていることがわかって?
貴方がマスターを殺した瞬間、このセイバーの宝具は、確実に貴方を斬り殺すわ」
「嗚呼、多少頭は使っているのか」
「ええ。その言いようは後でいくらでも、どんなに謝り倒しても後悔できないくらい後悔させてあげましょう。
――――さて、ならどうするのかしら? アーチャー」
「こうするさ」
と。
この展開を予想していたように、あっさりと葛木を手放すアーチャー。もっともそれは「突き飛ばした」というが正解で。がしかし侮ることなかれ。それはサーヴァントの腕力によって突き飛ばされたということだ。何ら強化もされていない常人が頭から転べば、死は免れない。
「宗一郎――――」
慌てて飛び出すキャスター。それに銃口を向けるアーチャーに、セイバーが斬りかかる。
「セイバー、殺しなさい。一思いにやっては駄目よ。
マスターにこんな陰険な手を使ったのですもの、ええ。たっぷり、時間をかけて『削り殺して』あげなさい」
苦い顔をしながらも、セイバーは斬りかかる。
それに対し――――銃剣さえ構えず、腕を盾にするように構えるアーチャー。だが。
「な――――、貴方は、」
金属音が鳴り。腕から無数の剣先が飛び出。流石に直接受ければ、切断されるということなのか。だが、その強度は鎧のごとし。そんな異様な状態で受け流し、銃の側面で殴る。頭頂部からえぐるようなものであったが、しかしそれでも倒れないのは彼女のタフネスの成せる技か。だが当然予想していたように、彼女が向き直るよりも前に、足元に狙撃しながら後退。
爆発した腕の内側に、剣先が収縮して戻っていく。
以前にも増して異様なアーチャーの様子。
「これで――――」
だが、そんなことに目もくれずにマスターの治療にかかるキャスターである。取り出したのは、セイバーと衛宮士郎の契約を断ち切った短刀――――
アーチャーの口ぶりからして、おそらく魔術的な毒物なのだろうと判断してのこの対応である。ありとあらゆる魔術、制約を初期化する――威力は見た目どおりナイフ程度しかないにも関わらず、一点に特化したこの性能のために、彼女は今の今まで独りで生きながらえてきた。
故に、その能力に対する信頼も大きい。なにしろ己自信のシンボルなのである。当然、その目論見は上手く行くはずだった。
「――――えっ」
だが――――。彼女の宝具が魔術を破壊した途端。更に、その腕に抱えられた男の顔色は、悪化した。青白かったそれが、土色へと変貌した。
わけもわからず混乱する彼女に、前方から男の声が重なる。
「――――嗚呼、良かった。虚像でなく実像か」
瞬間、はめられた、と察するにはいささか遅く。
なぜならば――彼女の頭上には、一つの鎌が。
――――
嗚呼。まるで当然のように紡がれる、そんな呪文。
当然のように、鎌は魔女の胴体に深々と刺さる。フードが外れ、美しい女の顔が見える。もっとも胸元から跳ねた、おびただしい血に染められているが。
しかし。ここに至り。もはや死は避けられまい疵を負いながらも。女は微笑んで、もう一つのナイフを取り出した。
「魔術でない毒――――ならば、こちらが妥当でしょう」
衛宮士郎の頭蓋を切開しようとしていた、その短刀。あらゆる魔術を破壊するそれとは異なる形状と、属性を帯びたそれは、今の彼女が振るうには似つかわしいものではない。
だけれど――女は当然のように、その短刀を男に刺した。
「残念です。せっかく望みが見つかったのに。
――――――嗚呼どうか、貴方が傷つかぬ世界でありますように」
色が変わる。女の表情にどこか、童女のような面影が入り――変質しきってしまったそれであっても。その短刀は、おそらく本来の機能どおりに男を癒した。
顔色が青白い程度に回復する。それを見て、アーチャーは嗤った。
「実物の毒。回復魔術の重ねがけ。混乱した状況のくせに、毒物の方をクリアするとはな。
だが意味はない」
「アー、チャー……ッ」
セイバーは、俺に向けてエクスカリバーを振り被っている。だが、その姿勢のまま動かない。――必死に抵抗しているのは、一目で理解できたが。それを素通りし、アーチャーは、彼女に刺さった鎌を手に取った。
「――――あぁああああああああああああああ!!!?」
女の絶叫が木霊する。それも当たり前と言えば当たり前か。
明らかにアーチャーがそれを手に取った瞬間、女の存在が揺らぎ、消えていく。
「魔力を、吸ってるの?」
遠坂の言葉が全てだ。あのアーチャーは、キャスターから魔力を喰らっている。
数秒も経たずに、この場にはキャスターのフードだけが落ちる。それを見て、アーチャーは舌打ちをした。
「……なるほど。街から吸い上げてる方は喰えんのか。とするとやはり、プランBかな?
いや、その前に」
――――頭痛がする。ヤツが口にした言葉が、吐き気を伴って脳髄を打ちのめしてる。確かに奴は言った。同じものなどない筈の呪文――俺の、自己暗示を。寸分たがわず口にした。
「アンタ、何してるの?」
「? なんでさ。何故話さなければならない」
アーチャーの乱入は、あまりに意味不明すぎた。キャスターを殺し。その魔力を吸い。それは果たして、消え掛ける己の存在を保守するためのものか。だが、それならば再びサーヴァントとして契約を結べば良いだけの話。アーチャー自身に認識はなくとも、知識がないわけではないのだから、それは決してありえない選択肢ではない。
「この際、なんでアインツベルンの城から今まで消えなかったのかとか、それは聞かないけれど。
なんで――――その鎌をセイバーに向けてるのかって聞いてるの」
だが、アーチャーはそんな手段はとれない。
彼女の語ったものに、合点がいったとばかりに、アーチャーは半眼に目を細めた。
「嗚呼、なるほどそういう関係か。なら疑問も当然か。
だが、なら都合は悪くないか。こっちが駄目なら、アンタも使ってやる」
「――――ッ、使うって何よ、アーチャー?」
アーチャーは。男は。他にとれる表情がないとばかりに、無表情のまま。
「――――セイバーも。お前も、そこの小僧も。守護者らしく、
「――――は?」
理解が追いついて居ない、かつての主に男は続ける。
「気付いていないか? ここは、『悪性腫瘍』が出来かけている。早期に駆除するのが一番効率が良い。俺向きの仕事ではあるが、生憎とこれだからさ。
残念ながら、腹を満たさないとどうにも出来なくてね」
だから、つまり何か。
この男は、そのために俺達を「魔力にするために喰らう」と言っているのか?
「……アーチャー、貴方は……」
膝をつき、震えながらセイバーがアーチャーに声をかける。
面白くもなさそうにそれを見つめ返す男。
「もし、私達で『足りなければ』、どうするというのです?」
嗚呼。何故だろう。どうしてこんなことを考えるのか。俺は自然と、次にそいつがどう答えるかを知っている。
「――――腫瘍なのだからな。全体のためには、器官ごと摘出するのが次点で効率的だ」
「つまり、貴方はこの街を――――」
「殺し尽くして焼き払うさ。アレも起点とエサがなくては、育ちようもあるまい。『どれが苗床なのか』分からない以上、全て殺すさ」
遠坂が息を呑む。セイバーがアーチャーを睨み付ける。
そんなセイバーだが、全力とは言いがたい。聖剣はともかく、鎧を維持する事さえままならない。それに何ら感情を抱くこともないまま、アーチャーは――――。
「止めろ――――」
嗚呼、それだけは。
それだけはさせまいと。
元より己はそれを誓い、彼女の手をとったのだから。
――――不意に脳裏を過ぎるそれは。いつか見た、彼女の剣。今は持たぬ、王の黄金の剣。
アーチャーのそれが、引き金だった。そうである確証もない。そうであって欲しくもない。だが、負ける訳にはいかないのだ。
ならば――作るしかないだろう。この場を、この男を打倒できるだけのそれを。
模造品で構わない――今あるだけ、ありったけの最強を。
元よりこの身は、ただそれだけに特化した魔術回路であるはずなのだから――――!
「――――
全身は発火したように熱く、左手は爛れたような感覚。手に握る重みは、実体を伴い。
跳ね起き俺は走る。――剣そのものに意思でもあるのか。
「おおおおおおおおおお!」
「何?」
完全に予想外だったのか。アーチャーはそれこそ身動き一つせず、俺を見ていて。
だからこそ、黄金の剣は吸い込まれるように、止まることなく―――――そいつの左腕を切断した。
「な――それは、私の……!?」
セイバーの声が聞こえる。嗚呼、それはそうだろう。これは、今はなき彼女のもの。
咄嗟に俺を蹴り飛ばすアーチャー。受けた結果、振り抜いた剣は硝子のように散る。
何故か。あの剣を模したのならば、砕ける筈はない。だが、それを埋めるものは何か――――。
体勢を立て直しながら、もう一度。いつか見た夢を元にイメージをしようと。手を出して構えると。
「――――――――は、は、はははははははははははははははは!!!
嗚呼、なるほど、そういうことか!!! なんでさ! いや、しかし、ははははははは!!!!」
アーチャーは途端。狂ったように腹を抱えて笑った。
セイバーも俺も唖然とし。なぜか、遠坂だけ辛そうに視線を逸らして。
「通りで土地勘があった訳だ。そうか。だが、ならば好都合だ。正直そろそろ、正規の
「な――――」
瞬間。アーチャーは駆け寄り、俺の首を掴んで持ち上げ。そのまま寺の向こうへ、猛烈な勢いで走り出した。
「待ちなさい、アーチャー! シロウをどうしようと――――――」
締まる呼吸のせいで、セイバーの静止の声も段々と聞こえなくなってきている。
「――駄目よアーチャー、それだけは駄目! だって、それは――――――――」
士郎! と。叫ぶ声は遠坂のものか。
まだ辛うじて俺の意識が飛んでいない中。
「――――」
わずかに見えたアーチャーの顔は。珍しく嘲笑の類でない、「皮肉げな」笑みだった。
某所にて
??「……魔術師殿。状況が読めませぬ」
??「カカ、安心せい、わしもさっぱりじゃ。だがしかし、キャスターの殻ごと破壊されるとはな……。いささか面倒になったわい。これは、教会の案に乗るのも一興か」