ボブの聖杯戦争 ~F/sn Unlimited Lost Works~ 作:黒兎可
我らが士郎くん「なんでさ、なんで気付かないのさ、こんなに自分が目立つってことを……」
麗しき冬木の虎「学校にはいれられないから、新都で遊んできたら? セイバーちゃん」
「――――ずばり、女なのだ」
「……は? なんだよ氷室~」
「それも、ずばぬけて美人と聞く。異国の少女だったそうだ」
「だから何の話だって――――」
「蒔ちゃん、だから今朝の、後藤くんとかが叫んでたのじゃない?」
「あー、あれか! あの金髪の美人さん!」
………………。
思わず頭が痛くなってしまったこの状況、一体何が悪かったのかしら。自分のサーヴァントのことなんて無視して、考えていた通り同盟でも組んだ方がまだマシなことになったんじゃないかと思うくらいには、士郎の状況は酷かった。
聖杯戦争――――魔術師たちの生存競争に巻き込まれた衛宮士郎は、私に言わせれば素人に毛が生えた程度でしかない。
昨日だって死にかけて。でも何故か、意味のわからない何事かによって回復。今の私と彼は、水面下では敵同士というところだ。
休戦協定を結んだのでひとまずは安心だが、でも、そんなのいつ破棄されるかはわからない。もちろん必要が来れば、私とて覚悟は出来ている。
……ただ、そんな私の内心なんて知るよしもないだろうことは、もう、言わなくても存分に理解できた。
「アーチャー」
『――――言いたい事はわからなくもないが、まぁ、素人にしてはマシな方だろう。
もっとも、本人が主体的にそう提言したのならな』
「セイバーに押し切られてってことか……。充分ありうるわね」
というか、きっと正解だ。
ようやく私のことを主だと認めた、このサーヴァント。姿は見えないまでも、私の言葉に一応は、鼻で嗤わず受け答えしてくれる程度にはなった。
そんなアーチャーと何を話しているかと言えば、今、完全に教室の一角、一部の話題をかっさらって久しい衛宮士郎が連れていた美少女についてだ。
彼が召喚したサーヴァント、セイバー。
まぁ、確かに美少女だし、鎧を解けば威圧感もなく。しかしそれでも目を離すことができないくらいのカリスマを持っている。
そんなの連れた状態で、わざわざ朝、学校に登校とくれば。目立たない方がどうかしてる。
「由紀っちとは正反対のタイプだよな。どっちかって言えば……、ウルトラヴァイオレット?」
「?」
「蒔の字、タイトルだけでは逆に難解だ。ここは綾香嬢の女子力(語彙)に期待しよう」
「女子力なら美綴さんなんか適任だと思う。眉毛だって――」
「だー止めんか! その話は!
って、一体なんだってこんな、みんな集まってわいのわいの話してるのよ」
「んー? あ、そういえば弓道部は方向が反対か。
由紀っち、説明面倒なんだけど……」
「はなしてあげようよ~」
「そういえばユキといえばユキノシタです。肉厚、苦味もうすく食べ応え充分。苦手なヒトにも是非是非おすすめです」
……。
「沙条さん、流石に話題が飛びすぎてるんじゃない?」
思わずつっこんでしまった自分がわずかに恨めしいけれど、彼女は彼女で「おっとうっかり」とか口元を押さえた。
確信犯のくせに。
いえ、でも彼女が確信犯だからこそ、ある意味で今の私達は立場がデリケートなことになりえないのだけれど。
軽く事情を聞いて、訝しげな顔をする弓道部主将、美綴綾子。
「衛宮がそんなの連れられるのか……? タイ、藤村先生の目があるってのに」
「目撃者多数。これで事実が幻なのだとしたら、この学校、校庭の地下に毒ガスでも埋まっているのではないか検分することを推奨したいな」
「マジで!? 私達、ZOMBI! になっちゃうの!? どーしよう遠坂ぁ、私達、ビューディフォゥ・デッド・ボディ★ として全国的に指名手配されちゃう!」
「なんで私にふるんでしょうか、蒔寺さん? っていうかそれ、単なる死体じゃない。指名手配されないんじゃないのでしょうか? ほら、ああいうのは報道規制がありますし」
「そうだぞ蒔。そもそも、ゾンビとはブードゥー由来の刑罰だという事情は知っているだろうに」
「う、うるせぇ! あれはもはや別ものなんだよ、ゾンビウィルスっていうのは明らかに人類絶滅させにかかってるんだよ!」
「まぁ安心しろ、もしそうなったら全員、私が弓で射抜いてあげるから。同級生のよしみでさ」
「うわ、鉄の女!?」
「なんだよ、確実に頭やるから痛みも残らないって」
「さすが武術家、血も涙もない」
「え~、そうかなぁ。友達だからこそって、優しさからくると思うけどな~」
「どちらにせよ死んでるんだし、意味はないわね」
「っていやいや、なんでみんな毒ガスがある前提で話を進めてるの!?」
あ、沙条さんがツッコミに回った。
そして私も、聖杯戦争中は彼女らの安全のために距離をとるというスタンスがものの見事に崩されてしまっていた。
パンを片手に席を立つ。……嗚呼、ちょっとだけ憂鬱。このオトシマエはどうしてくれようか。せいぜい士郎を盛大にからかってやると計画しつつ、私は教室の扉を開けた。
「ユキノシタヲ・タベルノデス……、ユキノシタヲ・タベルノデス……」
「や、止めろー!」
「さすが綾香嬢、豹相手に洗脳攻撃とは恐れ入る」
「あー! それ英雄史大戦で見た!」
……うん、背後があまりに平和すぎるっていうのも、なんというか、割りに合ってないというのを感じざるを得ない。
少しだけ恨めしい目を向けるも、しかし一瞥するだけで、沙条さんはあの飄々とした猫を被り続けていた。
「こっちは昨日、さっそく二戦目を向かえたってところなのに……」
どうにも気が抜ける。
気が抜けるけど、学校に「結界」が張ってある以上は、警戒を緩めてはいけない。
『で、マスター。今日の行動予定は』
「……特にないわね。この間、結界に対していやがらせは続けたけど、あんまり効果が見込めないし。むしろ目立ってしまってる士郎のところに行った方が、なにかアクションがあるかもしれない」
『なんでさ』
「なんでって……」
『目立ってるということは、マスターが相手に正体をつかまれる可能性も高いということだ。それを押して、あの小僧のところにいくメリットは?』
「当たり前じゃない。貴方はともかく、私は士郎、というよりセイバーの能力を低くみてはいないわ。貴方の言葉に合わせるなら、効率的でしょ?」
『否定はできんが、肯定もできんな』
アーチャーの言わんとしてることも、わからないではない。
だけど、それを明確に答えとしてやるつもりだってない。
――――昨晩、新都近くの橋の手前の公園で。
ライダー、慎二を後一歩というところまで追い詰めながらも、突如現れた眼前の相手のせいで逃がす事になってしまう。
まぁ、それでもそこまでシャカリキになってはいないので、それはどうでもいい。
「ほぅ、かような小物は相手にするほどではないか」
「で、何かしら? 間桐の元締めさん。貴方たしか、冬木の地を離れていたかと存知ましたけど」
「カカ、なに、老骨をいじめてくれるなよ、遠坂の」
間桐臓硯――――ある意味腐れ縁の間桐慎二、その祖父にして、間桐の魔術師として当主。
同じ魔術師として、一目みただけで目の前の相手が弱っている、否、劣化してるというのは察していた。
「質問に答えなさい」
「何、この老いぼれとて人の子ということよ。己が成せなかった望みを時代に託す程度には、そのことに楽しみを見出す程度にはな」
「よく言うわ。『そんなになってまで』生きながらえることを選択した貴方の台詞ではないわよ」
「――――して、慎二をどうするつもりか? 遠坂の」
かか、と老獪に笑っていた男の目が、鋭く細められる。
「…………どうもしないわよ。書物を取り上げて、魔術なんかと無縁の状態に戻すだけよ。
それが当たり前なんだから」
「ほぅ……。なるほど。これでは慎二程度では相手にならんな。
だが、本日ばかりは見逃してもらおう。あれとてわずかに一戦目ですぐさま敗退となれば、我が間桐の名にも傷がつく」
そんなことを言いながら私の目の前に立つ間桐臓硯。だけど。
「――――ッ!?」
この異様な風体の弓兵が、そんなのを放置しておくことはないだろう。
でも、私はアーチャーに静止をかけた。
「いいわ。今夜だけは見逃してあげる。でも次はないから、そのつもりでいなさい」
「く……、いくらなんでも、PTA会長の膝っ小僧めがけて、いきなり銃撃するというのも存外にじゃじゃ馬な」
「ちょっと、やったの私じゃないでしょ!?」
臓硯の非難、私からすればいわれのないそれに対し、アーチャーに叫ぶ。
「嗚呼、これをじゃじゃ馬と言い張れるあたり。アンタ、相当に『堕ちてる』な」
「――――はて、何のことかな?」
そんなアーチャーの嘲笑には、間桐臓硯はタヌキのようにとぼけた。
「少なくとも士郎は私より慎二とは仲が良かったはずだし、注意喚起くらいはしてもいいんじゃない? 休戦協定だからって、お互い接触しちゃいけないとは言わないんだから」
「…………」
「何、不満?」
「いや」
アーチャーは言葉を選ぶようにして、そして。
「―――断末魔の浴びせようのある相手だよ、アンタも」
全くもって、主人と認めた相手に対しても口が減らない男だった。
イッセーから士郎キャトる→学校にマスターがいることを教える→間桐の家について軽くレクチャーする