ボブの聖杯戦争 ~F/sn Unlimited Lost Works~ 作:黒兎可
神父「はは。英雄王、それは皮肉かね? 私としても思うところがあってやっているに過ぎない。いざという時の保険だ。――かの老人も、むげにはできまい」
AUO「ほう?」
神父「それはそうとギルガメッシュ。ランサーはどうした」
AUO「たわけ。お前があんな時間にかの紅蓮の豆腐を注文なんぞするからだろうに」
兄貴「(・・・てめぇが、全部、押し付けるからだろ・・・)」ガクッ
「――――朝、だ」
ゆっくりと瞼を開ける。
あれほどあわただしかった二日間も、とりあえずは一段落というところか。
体の痛みは完全に引いている。
「よし。んじゃ、朝飯を作ると――――」
立ち上がろうとした矢先、違和感に気付く。息を吐いた時点で、顔がまるで、何かで拘束でもされてるような違和感。右側は問題がない。
触ってみたところで異常はない――――。いや。それどころじゃない。
「む……?」
感覚がない。左の顔に触れているという感覚と、左手そのものに感覚がない。もしかして、と思って左胸をつねっても、同様。辛うじて立ち上がることができるくらいか。
「立てるだけマシだな。よかった。これなら朝食を作れ――」
「良かったではありません、シロウ」
「おわ!?」
と。思わずそんな叫び声を上げるくらいに、全く気付いていなかった。
セイバーが居た。……いや、居るのは当たり前といえば当たり前。部屋が隣なんだから、ちょっと顔を出せば出てくるのは当然、なんだけど……。
「お前、なんで……って、あー、そっか、俺がやったのかこれ」
今更ながらに思い出した。昨晩。ライダーと戦って倒れたセイバーを衛宮の家に運んだ際。
ちょうど、家についた時点でセイバーは目を覚ました。本人いわく、急激に魔力を使ったから、軽くショートしたみたいな感じだったそうだ。
俺との契約がちゃんと結べてないせいだということらしく、それについては頭を下げるしかないのだけれど。それ以上に、俺がセイバーを気遣った。
「ですがシロウ。ライダーとの戦いの直後というのもありますが、このまま寝るというのは――」
キャスターにでも襲撃されやしないか、と心配だと言い張るセイバーに。今はなおのこと、警戒が難しいかもしれないと言い張る彼女に、だったら壁を一旦取ろうといって。結果、今、俺とセイバーとの部屋は一つの大部屋になっていた。
昨日は俺もどうかしていたんだろう。どぎまぎすることもなくぐっすり寝て、そして今日起きたらこの状況。
「……あー、セイバー、ばっちり聞いてたか?」
「ええ。もう、これ以上ないというくらいにばっちりと。
大体、表情を見て貴方の異常に気付かない人間はいないでしょう」
と、自分の顔面の左側をおさえて、ちょっと変な顔をつくるセイバー。つまり、微妙に俺の表情の作り方がおかしいと言っているのだろう。
「すまないセイバー。そんな訳なんで……」
「いえ。私も覚悟はしていました。本日は――」
「ベーコンと卵くらいしか準備できそうにないけど、いいか?」
「――――? え、作るというのですか? シロウ」
驚いたような顔になるセイバー。何を当たり前のことを聞いているんだ。
「いえ、てっきり朝食は抜くものとかと」
「ばか。それじゃセイバー、腹を空かせるだろ? いくら沈黙を美徳とするセイバーでも、朝食を抜いてそれは維持できないだろうし。
大体、昨日、セイバーが倒れたのは魔力不足が原因だろ? だったら、とてもじゃないけど申し訳ないし」
「それについては、決して、」
「あと、藤ねえにまで隠しとおせない」
「……それも、そうですか」
俺のいい分に釈然としないところがありそうな感じだ。でも、最後の最後で藤ねえは効いたらしい。桜がいればもっとまともなものを提供できたのだけれど、生憎、今、一番重症なのは桜だ。おそらく言峰が治療中といったところだろう。どうなったかは……、今夜あたり聞きに行くべきか。
「まあ、後はそうだな。学校だってしばらく休みだし、セイバーに稽古つけてもらうにしても、お互い腹が減ってるって、ちょっとマヌケじゃないか?」
「そうですね。お腹の虫をならしながら、というのも中々、失笑でしょう。
……その状態で、なお訓練をしようというのですか、貴方は。はぁ……」
しぶしぶ、とりあえずは納得してくれたみたいだ。
さて、と立ち上がろうとすると、セイバーが反対側から支えてくれる。
「……でしたら、料理は私が手伝います。指示を、マスター」
そんなセイバーに卵をかき混ぜるのを手伝ってもらって(お陰で目玉焼きじゃなくてスクランブルエッグが作れた)、朝食。クラムチャウダーはできあいのものを用意して、野菜を適当にカットする(セイバーに抑えてもらいながら)。それぞれ三皿分、居間のちゃぶ台の上に広げると、一見して何事もないような朝食に。
「「いただきます」」
いつも通り、こくこく頷きながらトーストとかサラダとかを食べるセイバー。
「簡素でも、シロウの調理はきめ細かいですね」
「いや、そこまで気を使ってるわけじゃないぞ? ……、あ、多少は気を回してるか」
なにぶん、小さい頃からかの大虎が、意外とグルメなことを言い出すこと少々。切嗣もたまに悪ノリして要求が上がることもあったので、少しくらいは意識せずとも、調理を良くしようというクセが残ってるのかもしれない。
でも、うん。
和食も似合うけど、洋食を食べるセイバーはこう、自然な感じだ。
そして、久方ぶりな静かな朝食に、何故か違和感を覚えていると。
「や、おっはー士郎! って、あれなに? 今日はぶれーくふぁーすと?」
嗚呼、藤ねえがまだ来てなかっただけか。って、ぶれーくふぁすとって単に朝食じゃ……。言わんとしていることはわかるけど。
何故か黒いスーツに身を包む藤ねえ。アイスコーヒーを飲むと、セイバーにも挨拶をしながら、缶ジュースでも飲むがごとくクラムチャウダーを一気飲み。この猛獣の食道には、きっとCNT並の強度があるのだろう。
「セイバーちゃんもおっはー。昨日帰れなくてゴメンね」
「おはようタイガ。今日はこれから、どこに?」
「ん? ちょっとお仕事……、じゃないか。単にお見舞いにねー。ほとんど昨日で終わったから、上手く行けば午後にはのんびりできるなりー」
「嗚呼、だからスーツなのか」
藤ねえは意外と、教師である、という立場はきっちり弁えている。弁えているので、保護者のヒトとちゃんと面会するようなタイミングでは、こうして正装をすることも珍しくない。
重症者はほとんど居ないらしい、というのを聞いて、少しだけ息を吐く。
「個人差はあるけど、大体は回復したはずよ。四階……、一年生の子たちで残っていた子が、ちょっとね」
「……ごめん、悪い事した」
「世は全てこともなし。士郎が気にすることじゃないわよ。……あさってにはまた登校になるけど、三年生は自主登校扱いだろうしね。みんな休むんじゃないかな」
「それにしても、藤ねえも無事で良かったよ」
「ニャ? そりゃ、まぁ、バビロンの加護ついてるし」
「それ、確か虎じゃなくて豹だぞ藤ねえ」
「ニャハハハハ。
それは置いておいて。セイバーちゃん、もしかして外国じゃ有名な達人さんなの? 士郎ここのところ、びっくりするくらい別人なんだけど。技術的にはともかく、こう、らしい感じになってきたっていうか。まだ二日くらいなのに」
流石に詳細を語るわけにもいかないので、ここはお茶を濁すほか無い。
「こう言うのはいささか不愉快ですが、シロウは自分に合った戦法を探すべきだ。体は出来上がっているのですから、あとはいかに巧く動かすか」
「そうそう、士郎ってばずーっと鍛えてきたんだから、そっちはしっかりしてるのよね。なんでか本人にあんまりやる気がなかったんだけど」
「たしかに、あのような場所があったのなら鍛錬にも身が入るでしょう。加えて大河のような良い対戦相手もいたのですから。例え剣道を倣っていなかったとしても、手ほどきは受けてきたのでしょう」
「あ、それ違うよー。セイバーちゃん来るまで、あそこは剣道場じゃなかったんだから」
と、藤ねえの言葉に目を見開くセイバー。よっぽど意外だったのだろうか、それは。
確かに親父が死んでからは使わなかったから。時々掃除はしていたけど、セイバーと練習をするのに久々に手入れをしらくらいだし。
「あと、その流れからいって昔の話は止めろよな。朝っぱらから後ろ向きだぞ」
「ふーんだ。セイバーちゃんも知りたいわよね?」
「え? あ、シロウの幼年期の話ですか」
そこ、先周りして潰したのに蒸し返さない、蒸し返さない。
セイバーはそれこそ、きらん、とでも言うように目をひからせ、あくまで冷静に「興味がある」と言い張った。嗚呼、なるほど、今回のペナルティはそれですか……。
否と唱えることもできず、俺は藤ねえがある程度満足するまで、昔語りを許す羽目になった。
※
――――そして、欠けた夢をまた見る。
無銘のまま、奉り上げられたそいつの記憶。最後まで理解もなく、最後には後悔することさえ出来なくなった、ある男の物語。
騎士というにはあまりに未熟で、でも、高潔さだけならそう言っても良かった、そんな男の過去。
簡単な話。そいつはどうかしていた。力の使いどころを終始間違えて、最後には壊されてしまった。
綺礼もよく言うけれど、情けは人の為ならず。バランスが必要なのだ。力っていうのは本来、自分の願いを叶えるもの。循環するからこそ、次のサイクルへ向かうのだ。
それがないってことは、補填がされないってこと。いずれ力尽きるに決まっている。散々、
そんなんだから、そいつは色々なものに色々な裏切りを見せられて、救ったうちの誰かの手によって、その生き方にさえ嗤われた。
……とにかく、とにかく頭に来るのだ。頑張って、凡人のくせに、最初に願った小さなことを、血を流しながら成しえた奇跡があったっていうのに。
その奇跡に裏切られて、そいつはそいつで居られなくなってしまったなんて、笑い話にもならない。だから、そんな生き方に妥協して――――そいつは、そんなんでも満足して死んだ。
他人の人生に口を挟むつもりはないけど、その一点だけは認められない。
魔界だ。魔界に、男は立っていた。
そいつの救った中に、とびきり性質の悪いのが居た。自身が被害者であり、同時に加害者。大衆の欲望のはけ口である代わりに、自らの欲望を大衆でもって慰めるような、そんな魔性。
男は、運悪くそれを見つけてしまった。……「間が悪かった」と、労うように笑われはした。でも、なんでそんな言葉を投げかけられているか。当事者になったそいつにはわからなくて。既に新しく「埋め込まれた」それのせいもあったかもしれない。
そして。
自分の救ったものが――救うために成してきたこと全てが、最初の一念から全てを否定するようなことになってしまった。
自分の後始末を自分でつける。そのために、鉄とした――既に外側が腐りかけていた心を武器に。
自分が守るために、守りたかったものが全てが、男に襲いかかった。それは、そいつの過去であったし、未来でもあった。
殺してさ中。どんどん、当初の在り方からずれていって。最後の最後で、その願いさえ、踏みにじられて。
――――後に待つ地獄なんて、それこそもう、特になんら希望も絶望もない。
だってほら――――殺して、殺して、殺して殺して殺して殺して殺して殺して、ニンゲンという形を救うために幾千幾万と殺して殺して、呼び出された場に居る、本来守りたかったものを殺して。
それを何度も何度も、記憶が磨耗する程にくりかえしたって――――もう、ソイツにはその違いもわからなくなってしまったなんて。
それでも悔恨の念だけは、どこかで忘れず、呪いのように残っているなんて。
わたしにそれを、知る術はない。
だから、言える事は一つだけ。
結局最後は、唯一信じた理想にさえ裏切られて――だから、そいつは名前が無くなった。
「あっちゃあ――――――」
体がベッドから、ぴくりとも動かない。
「……これでも別側面ってことなのよね。あれ。ってことは、本物も酷いんでしょうねぇ」
やり辛いなぁ。
マスターとサーヴァントは霊的に繋がっているから、睡眠時にお互いの記憶が紛れ込むことがあるとか、教えてくれれば良かったのに。いや、良かったって言うか、下手すると気付いていないかもしれない。
あいつの記憶の中では、全ての順番があべこべで、記憶と認識が途切れ途切れというか、ツギハギだらけっていうか。一番最後にあったものが、最初のあいつが、壊されたときのそれで。
……なんかこう、新宿みたいなところで隕石蹴散らしていた映像があった気がするけど、それはおいておいて。
これでも別側面だというのだから。……英霊らしい英霊なんてものじゃない。きっと在り方だけで言えば、正規も含めてどっちも反英霊って言って違いはない。
なにせ、正義を成すためにヒトを殺すのだ。
でも、そんなんでもアイツが究極的には望んだことだっていうのが――――。
「……女難ってレベルじゃないわよね。そりゃ、ニンゲンそのものに興味がなくなるか」
でも昔、わりと熱血漢だったのが意外というか。
道端でヒップホップしていたとか、流石にそこまで妙なことを考えてはいないけど、昔はもっと素直だったっぽい。
ま、それもあんな人生送ったあげく、死後もこんな目に合わせられてるんだし。確かに性格歪むわね、と。
……口ぶりだけでも笑ってないと、あいつと正面から顔を合わせられない。
朝の準備。服装を整えると、紅茶をアーチャーが当然のようにいれる。もはやツッコミも不要なエプロン姿。今日も休みなので、登校時刻の十五分といわず、もっとぼけぼけでもいい。
「…………」
特に方針に口出ししてくるようなこともない。実際、色々考えているようでコイツはあんまり考えていないのだろう。なにせ、長期間に渡って思考が連続しないのだから。その場その場で最適化されているっていうのは、納得ができる。
思えば、士郎を最初に殺そうとしたときのそれも、唐突ではあったけど、コイツからすれば最適なそれだったのだろう。
「……」
「…………」
……で。
だから、なんだろう。私が妙に意識しているせいか、いつものようにただ立ってるだけのアーチャーを見て、なんだかうざったいっていうか、うっとうしいって言うか。
「…………今日、お昼くらいに衛宮くんの家にいくから。護衛お願いね」
「そうか」
そんな、何ら感想も抱いていないような反応。そして沈黙。
「……」
「……」
「…………夜は教会に行くわよ」
「そうか」
これも、それ以上の反応がない。
「ねぇ、アーチャー。念のため聞きたいんだけど、なんで夜、教会に行くっていってるかわかる?」
「知らんな。忘れた。おおよそ終わった事なんだろう」
「……昨日、貴方が倒したサーヴァントは?」
「昨日? おかしなことを言うなぁ。確か
「……昨日、貴方が宝具を使ってライダーを倒したのよ。ランサーと戦ったのは先週。
全く、よくそれで、今までなんとかなってたわね」
正直、ここまでとは思ってなかった。まだ一週間と経たないにも関わらず、アーチャーの認識は、世界は、私とここまでずれていた。
「苦労をかける」
おまけに、それしか言わない。それでも持つ程度の情報しか記録できないっていうことに、コイツは何か感想を抱くべきだ。
「……令呪を使えばなんとかなるの? 貴方のその記憶力っていうか、認識能力っていうか。記憶はあるみたいだし、そこの繋ぎ方だけでもどうにか出来ないのかしら」
「半々といったところだろうな。妙な命令に使っているのだから、こんなことに使うべきではないさ」
「はいはい、いつもの嗤いどうも。
ちなみに貴方、自分にかかった令呪は何かわかる?」
「…………逆らうな、というのが、あったようななかったような」
どうしたらいいっていうのよ、これ。
「ちなみに、私の名前は?」
「知らないな。済まないが」
「凛よ、遠坂凛! たぶん衛宮くんとの会話でも出てたでしょう!」
っていうか、一度、どっかで呼ばれた気さえする。
なのにどうしてこう……。
あ、何故かこれについては、真剣に申し訳なさそうなアーチャー。流石にマスターの名前を忘れるっていうのは、彼も問題があると思ったのか。
それ以前のところに問題だらけよ、と言ってやりたいのを抑えつつ。
「……まぁ、もういいわ。話さなかったってことは、戦闘には支障がないんでしょ?」
「嗚呼」
「じゃあ、その前提で聞くけど。アーチャー。
貴方の宝具は何?」
私の言葉に、アーチャーは。
「固有結界――――もっとも、十秒も持たないが」
そんな、かなりとんでもないことを、平然とのたまった。
虎「あら、葛木先生もお見舞いですか? って、そちらの方は・・・?」
魔「ドーモ、ハジメマシテ。同僚=サン。
虎「アイエエエエ!?」