ボブの聖杯戦争 ~F/sn Unlimited Lost Works~   作:黒兎可

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救急搬送中

看護師「よく頑張りましたね、先生! さすがの体力です!」
冬木の虎「ありがとねー……。んー、おっかしーな、通報したとか、他の生徒の搬送手伝ったとか、そこら辺の記憶がすっぽり抜けてるんだけど……」


麻婆豆腐を食べYo! その2

 

 

 

 

 

 

 夢を見る。欠けた夢を見る。

 

 それがたぶん、衛宮士郎にとっての死のイメージ。

 動かなくなり崩れ去るヒトガタ。助けを求めど、誰一人手を差し伸べられぬ時間。いっそ消えてしまえば楽になれる。

 朦朧とした意識がそう訴えかけるほどに。

 

 それでも、手を伸ばした。明けない赤い夜に手を伸ばした。一歩も歩き出せない己は、ただ空の遠さに、何か感想を抱いて。 

 

 

 そして消えかけた意識を。地面に倒れるはずだった手を。

 

 

「――――――生きてる。生きてる……。

 生きてる――――――!」

 

 俺の手を掴み。

 

「ありがとう……、ありがとう……!」

 

 

 何度もそう言って。 

 目の前の相手が。死に瀕している自分が羨ましく思えるほど。何度も何度も、何かに感謝するように。

 

「――――君だけでも、見つけられて、良かった…………!」

 

 その表情が語っていた。一人でも助けられて、救われたと。

 

 ――それが転機。

 

 死を受け入れていた心は、生きたいという心に反転して。何も考え付かなかった虚に、助かったと言う喜びが注ぎこまれて。

 その後、気付けば病院に居て、男――衛宮切嗣との面会を経て。俺は衛宮士郎になる。

 

 それが十年前。

 そこからの衛宮士郎は、衛宮切嗣の後を追っていた。

 

 ああなるしか思いつかなかった。助けられたからということじゃない。あの時の顔がうらやましくて。だから、その幻影を被ろうと思った。

 

 そうなれる自分を、目標にして走ってきた。

 

 いつかは自分も、あの時のような笑顔を浮かべられるなら。

 

 それは、どんなに、救われるかと希望を抱いて――――。

 

 

 

 ――――希望を抱いて。嗚呼、俺は。一体、何をしたのだろうか。

 

 金色のヒビが、入る。

 

 

 

 

 

   ※

 

 

 

 

 

 

「シロウ……? 目が覚めたのですか!?」

 

 慌てたセイバーの顔が、俺を覗きこむ。なんでこんなに近く感じるのか、よくわかっていないけど。それでもセイバーは、当たり前のように俺の顔を覗きこんだ。

 

「体はどうですか? シロウ」

「体? ……特には、何かということも」

「そうですか――――それは、良かった。本当に」

 

 セイバーは心底、安心したように息をついて、柔らかに笑った。まるで、俺の無事を喜ぶように。

 その意味が分からず。でも何故か嬉しく、視線をそらす。

 

 場所は自宅。時刻は十時をまわっている。

 

「外、暗いな」

「外、暗いな、ではありません! シロウ、貴方には言いたい事が山ほどある……!」

 

 と。先ほどまでの表情が一変して、ものすごい剣膜で迫ってくるセイバー。状況がわからない。セイバーの顔が、上下逆さまに反転している。

 

「私を置いて敵の誘いに乗ったこと、一人で無茶をしたこと、自分の体を気遣いもしなかったこと……!

 わかっているのですか、結果貴方はまた死に掛けた! こうして私を追い詰めて、何が楽しいのです……!」

「あ、いや……?

 すまない、どうも頭が固まってる。でも、とにかく悪かった。落ち着いて、話そう」

「私は落ち着いています……!

 ですが、シロウの意識が朦朧としている理由もわからないではない」

 

 目を閉じて、セイバーの手が、そっと俺の頬に触れる。ひんやりとした感触。やわらかなそれに、現在の状況を理解する。

 

 ――――膝枕されているみたいだ。

 

 大声を出して飛び退いて、壁に激突する。

 

「し、シロウ? どうされたのです、今の見事な動きは」

「あ、あ、あー、いや、なんでもない? うん、なんでもないはずだ。

 でも……」

 

 果たして一体何がどうなって、今のような状態になっていたのか。今ここで、セイバーに膝枕されていた理由なんててんで見当もつかない。

 今日一日、何をしていたのか――――。いや。いや?

  

 回路が繋がり、血が回る。

 

「――――! セイバー、学校は!? 桜は!?

 俺はあの後、一体――――」

「大丈夫です。学校には教会からフォローが入ったそうです。凛の言葉ですから、信じて良いでしょう。大河も運ばれましたが、意識はあるようです。

 一部の人間は、後遺症は少なくないでしょうが……、それでも、生きています」

「そうか……、そうか」

「桜は、あの神父が観ているようですが」

 

 ならば、この後の行動は決まっている。

 

「シロウ。意識が戻ったといえど、貴方は重症だ。今は安静にしているべきだ」

「だけど、桜の様子を見に行きたい。たぶん、遠坂もいるんだろ?」

 

 俺の記憶には、あの事実が刻まれていた。桜がライダーのマスターであるという事実が。

 

「確かめなきゃいけない。聞かなきゃいけないことが、まだある気がする」

「……。わかりました。

 では、私も意識を固めます」

 

 少々お待ちください、と、セイバーは少しだけ席を外す。立ち上がり、少しだけ体の動作範囲を確かめていると、セイバーは戻ってきた。

 

「その、服――――」

 

 セイバーは、黒いスーツを着用していた。

 まるで、切嗣が旅行に出かけるときに着ていたような、黒尽くめのそれ。

 

「――あの神父に遭うのならば、こちらも、警戒を万全にしておきたい」

 

 その言葉から、嗚呼、これが第四次の時のセイバーの衣装だったのだろうと判断する。あえてそれを今、持ち出すと言うことは。それだけ自分の気持ちに、隙を出せないと言うこと。

 

「……そこまで警戒するような相手なのか、言峰は」

「彼は、前回の聖杯戦争参加者であり。切嗣が最も警戒していた相手だ。

 加えて、凛も彼を信用していない。アーチャーを彼の前に出さないのもそれが理由だそうです」

 

 だからこそ、今一度緊張感を持って、と。

 

 そんなセイバーに、よろしく頼むと俺は手を差し出した。

 

 教会までの道。俺よりも一歩先んじて歩くそのセイバーの仕草は、戦闘中以外は考えられない様子だった。

 

「――――ふぅん」

 

 歩いていると、メガネをかけた、スーパーのレジ袋にレトルトカレーを大量に持った女性に、すれ違い様じっと見られたり、といったことはあったものの。道中こそ何もなく、一応、教会についた。

 と、ここでセイバーが。

 

「シロウ。私が前回の参加した記憶を持つサーヴァントであることは、伏せてください。本来、それはイレギュラーなことです」

「そうなのか? ……わかった。ってことは、セイバーも着いて来るんだな」

「ええ。

 ……前から直感していた。ここは、本来貴方が来てはいけない場所だと」

 

 その意識の変化は、一体何に拠るものなのか。俺に推し量ることは難しい。

 

 扉を開けると、遠坂が俺たちを見とめて、ほっとした表情になった。

 

「どう、なんともない?」

「ええ。相変わらずです」

「まったく……、まぁ今更よね。苦労するわよ、セイバー」

「……それは貴女もではないでしょうか、凛」

「わ、わたしは、別にそんなんじゃないし。第一、桜なんてもっと前からでしょ」

「…………二人して何の話をしてるんだ?」

 

 俺の率直な疑問に、セイバーと遠坂はため息を付いた。なんでさ、こう、息ぴったりなのか。

 長いすに座り、状況を聞く。

 

「桜は?」

「綺礼が診てるわ。あんまり、良くは無いみたい」

 

 遠坂を襲ったものは、桜の魔術だったらしい。

 ライダーが何かをするより前に、桜のそれが先に動いた。――体を、槍のようなそれが何故か貫通しなかった結果、車に轢かれた様に俺は跳ね飛ばされた。

 

 あの時、桜が放ったそれは、遠坂から魔力を吸収するためのもの。

 間桐の特性、”吸収”をもってして、貫通し、根こそぎ魔力を奪い去ろうとしたらしい。

 魔力は、生命力だ。例え貫通しなかったといえど、それをいくらか奪われたなら、重症だった俺が倒れるのも道理だ。

 

「……貴方に一撃与えたって知って、あの子、自分に攻撃したのよ」

「…………それは、」

「桜は、今、危険な状態よ。あの緑の液体、イヤリングに入ってたそれのせいかは知らないけれど。

 ライダーもさっきまで居たんだけど、もう居ないわ。きっとシンジが、またマスターになったってことなんでしょうね」

 

 時間稼ぎ、とシンジは言っていた。つまり、そういうことなのだろう。 

 液体の洗浄と状況の分析を、言峰が現在並行でやっているらしい。

 

 だったら、聞くなら今だ。

 

「――遠坂。訊きたい事がある」

「でしょうね。……いいわ。隠してた意味も、もうなくなっちゃったしね。

 桜のコト?」

 

 ああ、と頷く俺に、いつもの調子で遠坂は続けた。

 

「――――発端は随分前。この地に根を下ろしてから、間桐の血は、魔術回路の遺伝に支障をきたした。日本の土が合わなかったのかはわからないけどね。

 そして、慎二の代になって、ついに魔術回路そのものが消えうせた。

 ……魔術師としての間桐の歴史は、そこで終わった。大本の理念を継承することもなく、外部からの受け入れを拒否し続けてきた結果ね」

「子孫の代ごとに、魔力がどんどん落ちて行ったってことか?」

「ええ。

 ……落ちぶれていってから弟子をとろうとしても、今更そんな、名前しかないような名門に来る魔術師はいなかった。だから、マキリの歴史はそこで終わる筈だった」

 

 筈だった、というからには、そうじゃない何かが起きたと言うこと。

 それで諦められるような家でなかった、と遠坂は続ける。

 

「……衛宮くんのところは特殊だから知らないだろうけど、元来、魔術師の家系は一子相伝。跡継ぎ以外に家の魔術を継承することはまずない。

 もし兄弟だったら、どちらかを後継者にして、もう片方を普通に育てるとか、養子に出すとか。まぁ色々あるわね」

「……桜は、養子ってことか?」

 

 そして。それを語る遠坂の横顔で。その表情で。俺も、嫌でも察してしまう。

 

「……衰退した間桐に養子をとるアテなんかない。そうなった間桐が、古くから盟約を結んでいた遠坂を頼った。

 だから、どういう思惑が父さんにあったかは知らないけど。

 私が『遠坂』になって――――桜が『間桐』になった」

 

 私、一つ下に妹が居たのよ、と。

 

 そんなことを、今更のように、当たり前のように言う遠坂。

 

「それから、あの子は間桐の後継者だからって。まともな方法では遭えなかった。……十一年前の話よ」

 

 その言葉に、どれだけの感情が込められているかは分からない。でも合点はいった。あの時、遠坂がアーチャーを止めた理由。

 

「遠坂は……、桜を傷つけたくないんだな」

「……でも、私たちは魔術師。

 もしこのまま桜が暴走し続けて、無差別にヒトを喰らう外道へと堕ちるのならば。その時は、私が処理する」

「な――――お前がそんなこと口にするな! 実の姉妹なんだろ!」

「あの子は間桐の娘。十一年前からとっくに。

 それに……、逆に言えば、肉親だからこそよ。それこそ貴方に関係のある話じゃない」

「それじゃあ――――、それじゃ、お前が辛いだけじゃないか!」

 

 俺の言葉に。遠坂は一瞬、呆けたように目を見開いて。

 

 

「何をしている。手術は済んだが、患者は未だ危険な状態だ。

 騒ぐなら外でするがいい」

 

 教会の奥から、言峰が現れる。

 

 思わず同時に口を開いて、立ち上がって、桜の容態を聞く俺と遠坂。

 

「……まったく、いがみ合っているのか息が合っているのか。おまえたちは判らんな――!」

 

 と、言峰の視線がセイバーに向けられ、一瞬だけ大きく目を見開く。

 

「……その服は、お前の趣味か? セイバー」

「いいえ。ですが、衛宮の家で見つけた際、何故か」

「嗚呼、成る程。『座』には多少とも記録が残るということか。全く……。

 では、座れそこのマスター二人。間桐桜の容態を説明する」

 

 俺達が座ったのを確認してから、言峰は手を上げて笑った。

 

「簡単に説明すれば、あの体には刻印虫が混入している」

「……?」

「知らないか。まあ、本来は宿主から魔力を喰らい、存命を発信する程度のものだ。使い魔としては最低位といっていいだろう。魔術で作られた監視装置といえる」

「……ふぅん、つまり、それであの臓硯は、桜を監視してるってこと?』

「おや? あれの主が間桐臓硯といつ決まったかな?」

「あの爺以外に、そんな悪趣味なことするやついないって言ってるの。

 いいから結論を言ってちょうだい。桜は助かるのか、助からないのか」

 

 遠坂の顔には、焦りが合った。一刻も早く桜の容態を俺に知られまいと言う。

 

「気が早いぞ、凛。私はお前のみならず、そこの少年にも説明を求められている。彼にも理解できる必要はあると思うのだが?

 さて、衛宮士郎。凛はこう言うが、どうする?」

「……知らなきゃいけない。順序だてて、頼む」

 

 それは、今まで傍にいて気付いてやれなかったからこそ。訊かなきゃならないと、俺のどこかが告げていて。

 隣のセイバーが、どこか悲痛な表情を浮かべたことにも気付かず、俺は言峰のそれを促した。

 

 その虫は、桜の神経の中で育てられた一種の魔術刻印。

 普段は活動を停止しているが、ひとたび作動すれば、桜の神経を侵し、魔力を糧として動き続ける。

 

「嗚呼、だから……」

「暴走状態、というのがそれだ。体内の刻印となった虫が徘徊し、生命力たる魔力を蝕んだ。半日も供給無く続けば、あの身体は死んでいたろう。魔力が空となったならば、次はその肉体をこそ虫に食われるということだ。どれほどの不快感を示すかは語るまでもないだろう。吐き気だけで死に至るほどに。

 その点で言えば、先ほどまでの状態は驚きだ。わずかながらでも、意識がある反応を示したのだから。

 どういった理由かは、本人に訊かねばわかるまいが」

「――――」

 

 ぎり、と。起こした歯軋りは自分のものだ。

 俺は一本の魔術回路を成すだけで、全身を汗だくにしている。桜はそんなものじゃない。何十倍も。俺がおいそれと、推測していいものじゃない。

 

「……待って、作動すればって言ったわよね。じゃあ――――」

「あれは監視役にすぎない。薬物は虫を目覚めさせる程度のもの。本来はある条件のみを理由として、制裁として活動するよう設定されているらしい。

 膠着状態に陥っているのも、それが理由の一つだ」

「……それは、どんなだ?」

 

 

「凛からの話を聞くに明白だ。

 聖杯戦争を放棄すること。それが刻印虫の制約だろう」

 

 

 嗚呼、だから今は落ち着いたということか。

 シンジがマスターになるということは、間接的とはいえ桜が聖杯戦争に参加しているということになる。意思の所在は桜にないが、虫が課した制約には違反していない。

 

「……つまり、桜は自分の意思で聖杯戦争を降りられないってことか」

 

 俺の言葉に、言峰が頷く。

 

「私が行ったのは洗浄だけだ。精神と魔力を呼び戻す作業はこれからになるが、成功する見込みは低い。

 幸いなことに、今、ここには第三次聖杯戦争後、事故的に持ち込まれた『とある聖人の右腕』がある。これを使えば、虫の侵攻を抑えて治療することは出来るだろう。だが、そのためには――何もかもが足りない。

 サーヴァントに回している魔力さえ、こちらに回す必要がある」

 

 桜が、聖杯戦争で戦えなくなる状況が必要になる。

 それは、つまり。

 

「待って綺礼。令呪が残っていたら、マスターとしての資格は残っている事になるわよね。だったら――」

「そこも対策はある。先ほど言った『右手』を用いれば、虫の活動を抑えられると言っただろう。

 持って、二週間。それまでに聖杯戦争が終結すれば――――」

「……そっか。聖杯戦争自体がなくなれば、もう虫の制約は関係ない。

 だから、桜を教会で保護しているうちは、あの子が死ぬことはない」

「そういうことだ。

 結論を言えば、二週間以内に聖杯戦争を決着できれば、助かる見込みはある。それで納得はいくか? 衛宮士郎」

 

 遠坂が、あからさまにほっとした表情を浮かべる。だけど、すぐに考え込むような素振りを見せる。

 

「……待って。だったら結局、あの爺に桜を操られうる状況を残すってことにならない?」

「確かにそうだが、今回に限っては異なるだろう。

 なにせ、あの妖魔は戦闘用に、間桐桜を調整していない。間桐慎二をマスターとしたのも、そのあたりが所以だろう。元々、己の家の後継として、血を、回路を成すために調整していたようなものだ。使い潰すほど耄碌はしていまい」

「……誇りを示せ、といっていたわね。慎二に」

 

「――――――どちらにしろ、この聖杯戦争を終わらせる必要がある。そういうことだな」

 

 嗚呼、と頷く言峰。

 

「彼女の手術は、彼女が敗退し次第、努力しよう。

 今は薬物を洗浄し、麻酔をかけた状態だ。身体の回復と虫の摘出はこれから行う」

「「な……!」」

 

 セイバーと俺の反応が重なる。抱いている印象は一緒なんだろう。この男が本気で、桜を助けるといっていることの異常さ。

 

「……どういう風の吹き回しよ」

「死なすには惜しい、というだけだ。これでも監督役だ。保護を求められたマスターを、守ろうと言う意思はあるさ。

 まぁ、本気で回復させたいのならばそれこそ、聖杯にでも願うことだな」

 

「――――任せるわ。手術が済んだころにまた来るから」

 

 そう言って、席を立つ遠坂。と。

 

 

「まぁ、そう慌てるな。見ればお前たち、あまりに忙しくて夕食が未だだろう。

 腹を空かした子羊をそのまま返すのも忍びない。冷めてしまったが、私の奢りだ。存分に喰らうが良い」

 

 とか、そんな意味の分からないことをほざいて、再び奥に引っ込んで。

 再び現れたその様に、俺も、セイバーも、遠坂も、微動だにできなかった。

 

 言峰は、おかもちを持っていた。この神父が出前をとっているという画面さえ想像がつかないが。考えてもみてほしい。この場に置いて、そのおかもちに「泰山」の二文字が刻まれていること。一見さんお断り必須、商店街の魔窟。ちびっ子店長の謎中国人さんがふるう十字鍋により、ありとあらゆる食材が紅蓮に染まる、あの泰山。

 俺が中華料理を苦手とする一因――なお切嗣は結構好きだったみたいだけど――。つまり、辛い。すごく辛い。

 

 舌を楊枝で、墓所のように付き立てられるた上で塩ぶちまけられるくらいに辛いそれ。

 

 そんな中でも、もっとも頂けない麻婆豆腐。舌を溶かすほどの地獄を、六皿ほど取り出し。折りたたみ式のテーブルを展開して、その上に載せて。

 

「――ふぅ」

 

 マイれんげと思しきそれを取り出し。

 

  

 なんか、神父が、マーボー喰い始めた。

 

 

「「……」」

 

 言葉がない。なんであんな、煮立ったマグマじみたものを食べているのか。放たれる刺激臭に遠坂さえ鼻を押さえ、セイバーは顔をしかめながら。

 

 そしてそんなものを、ものすごい勢いで、額に汗にじませながら、飲み物さえ持たずに修羅のごとき気迫で。

 

「もしかして……、美味しいのでしょうか、シロウ」

「……」

 

 言葉の無い俺の反応をどうとったのか、セイバーもまた手を出さず。

 

 

「――――」

「――――」

 

 視線が、神父と合う。

 言峰は、先ほどまでと何らかわりなく重苦しい目で俺たちを見回し。

 

 

「……食わんのか――――?」

「「「食べない――――!」」」

 

 

 全力の返答。完璧な意思疎通を見たネ。

 

 

 

 

 




槍「(おい、六皿あるなアレ。まさかとは思うが……)」
金「(我に訊くな……、訊くな……)」

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