ボブの聖杯戦争 ~F/sn Unlimited Lost Works~ 作:黒兎可
凛「それは、まぁ、ごめん」
ボブ「フン、普段からそれだけ可愛げがあればな」
凛「何よ、どーゆー意味?」
「ホント、でたらめな回復力よね……。アンタ絶対、何か犠牲にしちゃいけないもん犠牲にしてるわよ」
衛宮士郎の身体の異様な回復について、やはり不可解という表情の遠坂凛。
そんな顔をされたって、何も返答できないぞ、と言う俺に、遠坂はやはり不満げだった。
「って、どこまで付いてくるんだ? 遠坂」
「家までに決まってるじゃない。貴方はアサシン。私はキャスター。お互い情報交換といきましょう」
そんな風に当たり前のように言いながら、当然のように先行する遠坂。その後ろで、アーチャーが「処置なし」とばかりに苦笑いを浮かべて、物も言わないのが不穏だ。鍵を開けると、勝手知ったるといった様子で、上がりこむ。まだ二回しかきていないだろうに、随分とそのすわりが様になっているのが異様だ。まぁ、その外見で風体では日本中、どこにいっても大体は違和感まみれだろうけど。
柳洞寺を後にしてしばらく。遠坂は俺たちと別れた。そのまま合流することもないだろうと判断して家に帰り、包帯をセイバーに巻いてもらったのがさっき。
そして丁度そのタイミングで、呼び鈴がならされて今に至る。
「シロウ?」
「あ、セイバー。ちょっと手伝ってくれ」
「はぁ……。何を?」
「お茶。夜だし、眠くなるだろ?」
困惑するセイバーにカップなどを用意してもらいながら、ティーバッグの紅茶を開ける。
湯を注いで、「四人分」持っていき、居間に運搬。
「あら、悪いわね」
「……粗茶しかないのか」
余裕を持って一口飲む遠坂と、香りを嗅いで嫌そうな表情のアーチャー。なんだ、紅茶に何かこだわりでもあるのだろうか。
「そりゃ、アンタがいれたのに比べたら酷いものかもしれないけれど。でも雰囲気を察して紅茶を出す辺り、私は評価するわよ?」
「まだ緑茶の方が良い茶葉があるだろ。ここ日本なんだから」
「それは、日本に対する偏見ってものじゃないかしら。私の家はないし」
「大方、マスターの血筋は純粋な日本のそれではないのだろう。わびさびからかけ離れている」
いや、そのアーチャーの日本観も色々おかしい気がする……けど、表情があからさまに嗤っているので、半分以上は冗談だろうか。
しかし、このアーチャーがそういうことが出来る、というのには、何故か腹が立つ。なんだ、この違和感。
そんな俺の横で、自分の湯飲みに口を付けたセイバー。
「……もう、あんなことは止めてもらいたい。シロウ」
「? あんなことって――」
「貴方が、私を仲間だと考えてくれている。サーヴァントとして嬉しくはあります。
だが――――私を庇って死に行くようなことは、するべきではない。それでは本末転倒だ」
「それは――――」
「正気ですか、貴方は! サーヴァントはマスターに使役され、守る者です。我々が傷つくのは当然であり、私たちは呼び出されたものにすぎない……。
勝つために呼び出されるのです、マスター」
「……」
同感だ、といわんばかりに、アーチャーが腕を組み、目を閉じて、無言で頷く。何度も何度も。遠坂が一瞬、居心地が悪そうな表情になったのが視界の隅に映る。
ただ、そうは言われても――――俺の脳裏によぎるのは、ボロボロになったセイバーの姿だけ。
「そういうことじゃない。ただ……、あんな姿になって欲しくないってだけだ」
「あんな姿……?」
「もっと単純な話だ。ようするに、俺は、えっと――――、と、とにかく! 女の子が傷つくのはダメだ。そんなの、男として見過ごせない」
「サーヴァントに性別など関係ないし、そもそも武人たる私を愚弄するか!
訂正を、シロウ……!」
目じりを上げて詰め寄ってくるセイバーだが、それに押されるわけにはいかない。
「誰が訂正なんてするか! 強くったって女の子だろ! つまんないコトに拘んなバカ!」
「バ――――、そういう方がバカなのですシロウ! この身は既に英霊、性別など瑣末なこと、そう扱う必要はない! 一度はっきりするべきだ!」
「瑣末なもんか! 大体、俺が嫌だ!」
だってそれでは――結局何も変わらないじゃないか。
無力な自分を守って”誰か”が傷つくのが嫌で。だから、救うのは自分の役割だ。そのための「衛宮士郎としての」生涯なのだ。だから――――。
「笑止な。ランサーの時のことを忘れたのですか。私がいなければ、間違いなく貴方は殺された。
サーヴァントを侮るべきではない。貴方は――――」
平行線は交わる気配はない。向かい合う俺とセイバーは、半ば意地になりはじめている。
「……大した話ではないな。フン、先の展開が見えた」
そんなことを言って、突如席を立つアーチャー。
「どこ行くのよ?」
「マスターが見えない場所だ。このままだと、うっかり脳天をぶち抜きたくなる」
「あら、それは困るわね。ってことは、私がやろうとしていることにも見当はついてるんだ」
「…………」
「見当がつく、ということは、その思考に至るための下地があるってことよ。――――アーチャー?」
「――――フン」
アーチャーと遠坂のやりとりで、俺たちの緊張状態が一瞬緩む。
その背中に、何か耐えるような視線を向けて、嘆息する遠坂。と。
「あくまで第三者目線からだけど、セイバー? 士郎は別に、貴女を侮っているわけじゃないわ。そのあたりを誤解しちゃうと話が進まないから、ちょっとだけ口を挟ませてもらうわ」
「凛……? それはどういうことですか……?」
「んー、よーするにね。衛宮士郎は純粋に、貴女が傷を負うのを嫌がってるのよ」
献身と善意の塊、と俺を評する遠坂。
「そうでもなければ、あんな簡単に自分の体を前に出せなんてしないわ。
自分じゃサーヴァントに勝てないって判っていて。自分じゃ絶対かなわないって頭で判っていて。それでも、あんな莫迦するんだから。それはもう、自分の中の尺度と、セイバーとを天秤にかけたら、もう当然ってくらいにセイバーの方に振り切れるってことじゃない。
要するに、士郎は自分のコトより、貴女の方が大事なんでしょ」
「あ……、う?
いや、そう言われてみれば、そういうコトに、なる、のか……?」
「アンタの中では、自分より他人の方が大切だから。なんでかは知らないけど、そうらしいから、別にその結果、自分が死んだって構いやしない」
判ったような口をきく遠坂。
唖然としたように、言葉の続かないセイバー。
「いや、決して、そんなつもりは……」
「はいはいはいはい。そういうのはボブ一人で間に合ってるから。
で、さっきの口ぶりからして、士郎に鍛錬でもしてるの? 貴女」
「……ええ」
「実戦に付け焼刃は意味がないってわかってるんだろうし、ということは慣れさせようってことかしら。
あー ……。じゃあ、いいわ」
ふふ、と指を立てる遠坂。表情がどこか、昼間に見たあの顔だ。
「じゃ、私からは魔術講座にしとくか。そうすれば、もう少しマシになるでしょ」
そんな、とんでもない発言をぶちかましてきやがった。
俺もセイバーも、これには驚く。
「……な、何よ。別に、これくらいしないと貸し借りの割に合わないってだけなんだから」
「貸し借り?」
「バーサーカーのときと、あと今日の分。
セイバーが足止めしてくれてなければ、アーチャーの狙撃は上手くいかなかったろうし。今日も貴方たちがアサシンを足止めしなければ、キャスターに深手を負わせることは出来なかった」
そのことに対する対価よ、と。にやりという風に笑みを浮かべる遠坂。
「言っておくけど、休戦協定の間だけだから。
何か不満?」
「あ、いや、そんなことはないけど……、いいのか? それ」
「まー、アーチャーからすれば心の贅肉でしょうね。見たくないっていって逃げちゃうくらいだから。アイツも効率主義だー合理主義だーって言いながら、好き嫌いが激しいみたいだし」
「いや、そうじゃなくって」
「私のことは気にしないで。言ったでしょ? ただのエゴよ」
だからどう? と言ってくる遠坂。
俺よりも先に、セイバーが頭を下げた。
「凛がそうしてくれるなら、私も剣のみに集中できる」
「いいっていいって。見返りがないわけでもないみたいだし。
じゃ、解散しましょうか。明日から色々忙しくなりそうだし、情報交換もそこでしましょう」
「?」
そんなことを言いながら、立ち去る準備をする遠坂は。
「――――だって、誰かがそうでもしてやれば、
何故か俺を見て、何事か小声で呟いた。
って、いや、俺は何もさ……。状況は更に混迷を極めるよ。
※
――――熱い。
――――熱い。
――――苦しい。
――――痛い。
――――目が、痛い。
そこで――――初めて、その光景と正面から対峙した。
みんな置き去りにして、耳をふさいで歩いて。赤い世界の中で。
遠く町が燃えていて。消すことさえできないそれは、十年の歳月を遡る。距離ではなく、それは時間が遠いのだ。
子供心に、生きている自分が、呼ばれているのを感じていた。――――お前も死ねと、何かに呼ばれていることに。
それにしても、熱い。
酷く熱い。なのに恐ろしく寒い。
一周回って、おかしくなるような肌の痛み。
だけど――――それは、果たして何が原因だったのか。
空には黒い太陽があった。あべこべな世界なのだから、それくらい不思議じゃないと思っていた。
だけど逃げ出した。怖くなって逃げ出した。あれにくらべれば、周りの火なんてなんでもなくて。そんなの、むしろニンゲンらしいと思って、だから、逃げて。
あれに捕まったら、もっと怖い所に連れていかれてしまうって判ってしまっていたから。
開けた空を見上げる。
雨が降るとしって、伸ばした手は、力尽きて――――。
※
――――光が差し込む。
閉じた瞼ごしに感じる朝。布団にもぐった体に寝返りをうたせて、陽光から目を背け――――。
「……?」
あれ、いま、ぼんやりと何か見えた気がする。
布団の横。寝ている俺の真横に、同じように何か、こう、酷く場違いなものが転がっていたような――――。
「って、セイバー!?」
「……よかった。起きましたねシロウ」
少しだけ、ほっとしたような様子のセイバー。じゃなくて。
「な、なんで俺の横っていうか、こんな、近くで寝てるんだおまえ、ちゃんと隣の部屋があるだろ――――!?」
「いえ、もう朝ですし。……それにシロウが、何かうなされていたようだったので」
うなされていた、か。……心当たりがあるというか、心当たりしかないというか。
ただ、ただいま絶賛、衛宮士郎はピーンチ! である、
「わ、わかったけど、ちょっと待った、とりあえず離れろ!」
「? やはり調子が――」
「だ、大丈夫だから、こら、布団の上に乗るな――――!?」
俺の絶叫空しく、セイバーは起き上がりながら、少しだけ馬乗りになるように俺を覗きこみ。
そして、足が。
ただでさえ近づかれると緊張するってのに、こんな朝っぱらから真横に寝転がられるなんて、ショックで死ぬ。
「シロウ……? あ――――――――」
その、あからさまに何かを察したような反応を止めろ。
こら、昨日まで性別がどうのこうの言っても照れも何もなかったのに。なんだ、その妙に反応に困る表情は。赤らめないで、頼むから。
「……とりあえず、引いてくれ。たのむ。こっちの精神が崩壊する」
「……気を遣います」
一瞬躊躇った後に向けられる、この満面の笑みのなんと慈悲深いことか……! できればそっと、この朝の十数分をなかったことにしてもらいたい。
「セイバー。何かリクエストあるか?」
「あ……、それでは、卵を」
「卵ね、了解」
「…………何か手伝うことがあれば言ってください。無理をなさらず、マスター」
キッチンで調理中、セイバーはふとテレビを付ける。音からして、藤ねえがセイバーに教えた朝方にやってる、短時間のアニメーションだ。一体どこからそんな情報を仕入れてくるのだろう。ちなみに、確か前に生徒から没収した漫画雑誌を俺の部屋に持ち込んできたことがあったが、それはきちんとお引取り願ったりしたこともあった。
途中で桜が来訪して合流。
「おはようございます、先輩。今朝はもうやっつけちゃったんですか?」
「ああ。だいたい片付けた。藤ねえもそろそろだろうし、盛り付け手伝ってくれ」
「はいっ。……うわぁ、すごい沢山!」
「へ?」
言われて、妙に大量のキャベツを千切りにしていたことに気付く。
「残りはお昼かなぁ……」
「おはようございます、セイバーさん。昨日はよく眠れましたか?」
「はい。といっても、この屋敷には慣れているので問題はありません」
「あ、そうですよね。確か、以前に滞在したことがあったんでしたっけ」
そして、桜とセイバー二人だけの会話というレアな光景を目撃したり。
「――――桜」
「はい? なんですか先輩?」
「慎――」
そして、今まで訊いてなかったこと――慎二のことを聞こうとして、止めた。
「――いや、なんでもない」
「え? はい。
……あ、それより先輩? 今は兄さんに関わらないであげてください」
「なんでさ」
「兄さん、この間の夜からおかしいんです。お爺様が夜遊びを咎めたって言って、そこからずっと気が立ってるようだから。先輩にも迷惑がかかってしまうかもしれません」
「――――」
桜の様子からして、あの老人は嘘を言ってはいなかったのだろう。
桜は何も知らない。家そのものにまつわる秘密を知らない。なら――果たして、あんな状態の慎二と一緒に暮らすことは安全なんだろうか。
「っていやいやいや」
浮かんだ考えに、頭を左右に振る。慎二の凶行がもし桜に及びそうになっても、あの祖父なら累が及ばないようにしてくれるかもしれないし。そもそも、俺の家もそこまで安全といって良いかは微妙な気がしている。既にランサーにより、居間だって一度は壊されているのだから。
「へえ、桜ちゃん今、おじいちゃん帰って来てるんだ」
「はい。とはいっても、普段は奥でまったりしてるんですが」
「まぁ、PTAの会長さんだもんねー。そう長く開けはしないかー」
朝食の際、藤ねえが来てくれたおかげで、暗くならないで済んでよかった。黙々と食事を進めるセイバーと、桜の様子を気遣ってくれる藤ねえ。……どうでもいいが、本当にあのおじいちゃんはPTA会長だったらしい。確かにそのつながり、俺には全然ないけれどさ。なんでさ。
「藤ねえもたまには、家で親孝行したらどうだ? 爺さん、かまってもらえないって泣いてたぞ?」
「お父さんなんかほっといても死にゃしないんだから、いいの!
あ、そうそう士郎。美綴さんケガしたって聞いてる?」
「初耳だな。深いのか?」
「大丈夫。軽い捻挫。で、なんか学校帰りに変なヒトに襲われたそうよ? スパーッって勢い良く逃げて、最後に転んじゃったみたいだけど」
「……そうか、大事にならなくてよかった。俺はてっきり――」
「暴漢など、綾子なら一撃といきそうですね」
「せ、セイバーさん、それはちょっと……」
桜も桜で、その意見には同意している気配だったが、おいそれと頷けないのだろう。
「あ、そうそう藤ねえ。俺、今日学校休むから」
「……え、お? 学校休むって、士郎どこも悪くないでしょ?」
玄関で思い出したように言う俺に、桜も驚いたような表情。藤ねえの当然の疑問に、さてどう答えたものか。少しだけセイバーの方を見て、意思を固める。
「いや、体調が悪いのは事実なんだ。古傷が痛むっていうか」
「ダウト」
「まあ、半分は。でも、それで勘弁してくれ藤ねえ」
何も学校が嫌だということではなく。今はやるべきことがあって、そちらを優先したいだけ。
最終的に、藤ねえは折れてくれた。
「おっけー。でも士郎、ケガで休むんだから、あんまり外出歩いちゃいけないわよ?」
「あの、それじゃ失礼しますね? 先輩。お大事にしてください」
「部活、張り切りすぎるなよ? 朝連は適度に流して、無理すんなよ。何か美綴に言われたら、俺に貸し一でいいっていっとけ」
「あ……、はい、それなら主将も喜びます」
がらがら、と音を立てて玄関が開かれる。
ぺこりとおじぎをして玄関を後にし――――。
がん! と、豪快に扉にぶつかっていった。
「さ、桜ぁ!? 大丈夫か!?」
「あ、っ~~~~はい、だいじょうぶ、れす。せんぱいにはなひなんてみられたら、しんじゃいます―――ー」
「ほんとうに大丈夫なのか? 今、完全に倒れたように――――」
「え? おかしいな、そんなコトないですよ? 私、不注意だっただけで……、って、は、恥ずかしいです」
それじゃ改めて、と。藤ねえに続いて練習に出向く桜。
「シロウ、桜の視力は悪いのですか?」
「ん、そんなことないぞ? 両目ともに1.5はあったはずだ」
「はぁ。……先ほどの様子、まるで先が見えていなかったように思えたのですが……」
「?」
その違和感に引っかかりを覚えながらも、俺達はそのことをさほど重要視していなかった。
セクシー戦闘お姉さん「桜ぁ!?」