ボブの聖杯戦争 ~F/sn Unlimited Lost Works~   作:黒兎可

18 / 61
間が悪かった。


接触事故ⅮⅠE! その3

 

 

 

 

 

「何を――――」

「何を、とは無粋だな。立会いの前に名を明かすのは風流であろう? 

 それがかように、見目麗しい相手ならばなおのこと」

 

 佐々木小次郎――俺でさえ聞いた事がある。物干し竿と呼ばれる長刀をふるい、古い時代、並ぶものなしと噂され続けた剣士だと。

 だが、宮本武蔵と並んで語られるかの剣士。セイバーとはあまりにかけ離れた存在だ。

 

「しかし、先ほど(ヽヽヽ)は逃げられてしまったのでな。少々、気がたぎっているのも事実か」

 

 アサシンの刀からは、ランサーの槍のような威圧感を感じない。剣士として英霊に奉り上げられたにも関わらず、その宝具は刀にはないと来ている。

 

「……まいりました。名乗られたからには、こちらも名乗り返すのが騎士の礼です。

 シロウ、すみません」

 

 へ? と。一歩前に出て、セイバーは口を開き――。

 

 しかし、アサシンはそれを止めた。

 

「無粋なマネをしたのは己の方だったか。そのようなことで敵を推し量りはせぬ。

 剣を持つものにとって、敵を知るにはこれのみで充分であろう。

 違うか、剣士のサーヴァントよ」

「な――――」

 

 重苦しい表情で、名前を名乗ろうとしていたセイバー。それを遮らせて、アサシンは笑った。

 

「真名など知らずとも良い。英霊らしい信念が薄いと聞こえた。なるほど確かに違いはあるまい。

 言葉で語るべきことなど皆無。もとより、サーヴァントとはそのようなものであろう?」

 

 名乗りを止め、剣を構えるセイバー。それで良いとアサシンも構え。

 

「サーヴァント随一の剣技、見せてもらわねばな――――!」

 

 そして銀光が、はねる。

 

 交差する剣先。幾重にも混在する剣線。太刀筋、火花、激突音。

 

 瞬間的なそれは、俺でさえ目に追えないセイバーのそれ。上段に位置したアサシンは、それを一歩も引かず。セイバーもまた、一歩も近づけず。

 都合十数回目となる踏み込み。冗談みたいな長刀を苦も無くふるい、セイバーの進撃を防ぎ切るアサシン。いや、そんな生易しいものじゃない。セイバーの剣戟が稲妻なら、アサシンのそれは疾風。重さ、早さ、すなわち雷光のごときそれを、しなやかに受け流す。返す刀は速度を増し、セイバーの首に迫る。

 

 一撃に対し紙一重。そのセイバーの一撃を、更に間髪入れず迫るアサシン。

 

「くっ――――」

 

 直線的なセイバーのそれに対し、アサシンのそれは曲線的な動きだ。大振りにならざるをえない。ならば一撃ごとに隙が生まれるかといえば、それもまた否。

  

 見惚れるほどに美しいアサシンの戦い方。とうてい俺なんかでマネできる気がしない。あれは、あれだけに終始人生を捧げ、文字通り最後の一滴まで注いだからこそ見える世界だ。

 

 セイバーが攻め切れない。

 長刀は構造上、懐に入られると受けが難しい。にもかかわらず、アサシンの技量がそれを許さない。

 

「――――見えない剣というものが、これほど厄介とは思わなんだ。

 ふむ、見れば刀を見ることさえ初めてであろう? 私の剣筋は邪道でな。まず一撃で首を落としに行く。それをここまで防ぐとは、嬉しいぞセイバー」

「……生憎と、邪道は貴方一人ではない」

「ほう? それは興味深いな。さぞあの『女狐』めは苦労するだろうがな」

 

 にやりと笑いながら、山門の向こう側に一瞬視線を送るアサシン。

 

「しかし、目測はついた。刀身三尺余、幅四寸ほど。典型的な西洋剣か」

「な、なんでそんな――――」

「セイバーのマスターよ。こんなもの大道芸であろうよ。邪道ゆえ、かような業ばかり巧くなる」

 

 どこか自嘲げな声を出すアサシン。だが、なまじ魔術の鍛錬に打ち込んでいるせいか、理解できてしまう。それを見切るだけの経験もなく、しかし、その上でなお成せるということが、どれほど異常なことなのかを。

 間違いない。このアサシンは、文字通りその技量だけで英霊となったモノ。

 ゆえに宝具――――逸話は、あれになるだろう。

 

 セイバーの挑発にすら笑い、余裕を持って語る。

 重さと力で叩き切るか、速さと技で断ち切るか。そして――セイバーに手を抜くなと言う。

 

「私が貴方に手加減しているとでも」

「していないとは言わせない。……剣を鞘に収めたまま戦とは、舐められたものだ。私程度では本気を出すまでもないということか?」

「鞘……」

 

 もし、アサシンの言うそれが、セイバーの剣を不可視たらしめているものであるのならば。もとより実体が存在するからこそ、セイバーはあえて、自分の真名を俺に明かさないのだ。

 応じないセイバーに、アサシンは少しだけ、視線を剣呑にする。

 

 高さの利を捨て、セイバーと同じ高さに。

 

 

「構えよ。でなければ死ぬぞ、セイバー」

  

 さらりとした言葉に、俺とセイバーが直感した。

 それは真実。アサシンが降りてきたのは、自分たちにとって好機でも何でもない。

 

 咄嗟に剣を構えるセイバーには、アサシンのその一撃よりも速く動く意思が在る。表情を見ていればそんなことわかる。それに、実際セイバーの技量だってそんじょそこらの比ではない。

 

 だからこそ、間合いに踏み込んではいけない。

 

 アサシンの構え。そして、その時の刀のひらめきを見て、悟った。それは伝承に伝え聞く一撃とは異なる。その秘剣は、それ以上に異なる理屈のもとに動いている。

 

「秘剣――――」

「――――――セイバー、踏み込むな!」

 

 俺の言葉よりも先に、セイバーの動きはそこになく。

 

「――――――燕返し」

 

 瞬間、疾風より稲妻が落ちた。

 

 

 

 

 

   ※

 

 

 

 

 

「――――やっと来たか」

 

 そんなことを言いながら、アーチャーは様子を窺いつつ、寺の中に進入する。ステータスが落ちるとはいえど、それで問題が生じるのは「戦う」からこそ。もとよりこの弓兵は偵察兵をかねる。セイバーたちに気付かれず、というのも無理な芸当ではなかった。

 

 もっとも。

 

「あのアサシンは気付いていた可能性が高いが……。仲は悪いのだろう。

 マスター、聞こえているか?」

『ちょ、ちょっと待って……、あれ、スイッチってこれでいいの?』

「なんでさ……。嗚呼、機械の扱いに関してはドがつくほどに素人かこのポンコツめ」

『も、もとはと言えばアンタがいきなり買ってきて、作ったりするのがいけないんでしょうが!

 一定の合理性はあるから賛成してあげたけど!』

 

 単にイヤホンで電話をしようとしているのみ。アーチャーが昼間、新都の偵察帰りに、電気屋で買ってきた代物を加工し、簡単な通信端末を作った。わざわざマスターごと境内に入るより、こちらの方が安定して戦えると判断してのことだったが、思いのほか、彼のマスターは機械と相性が悪いようだった。

 

 まぁいいと、それ以上の言及はせず。

 

『……大丈夫よね、セイバーもいるんだし』

 

 その発言は聞かなかったことにして。

 山のふもとで待機している、というマスターを信じ、アーチャーはゆったりと歩を進める。

 

 ――――闇に沈む境内。

 その中心に立つシルエット。陽炎のように揺らぐ陰は、段々と、魔法使いらしい姿となる。一目でアーチャーはその正体を看破しえた。

 

「キャスターか。そろいもそろって、どいつもこいつも判り易い」

「――――ようこそ、私の神殿へ。

 歓迎はしないわ。門番はどうしたのかしら、アーチャー」

 

 はん、と鼻で笑う。入り口にて最初、アサシンが出現したことに何ら感想を抱かず撤退。彼のマスターの仕込みか、ほどなくしてセイバーが現れ、交戦。その隙を縫って、この場にアーチャーは現れた。

 苛立ちが見え隠れす彼女だが、そんなこと興味は無い。人体、とりわけ女体に関して無関心となった彼だが、その根底にある意識においても、女の激情に対する面倒くささは抜けていない。いないからこそ無視する、というのが、今の彼のありかたに順じた行動ではあるのだが。

 

 キャスターの背後に現れる、骨の傭兵。人間の形すら成していないそれらの元が何であるか、マスターが気に病みながら戦っていたのをアーチャーは知っている。が、知っているが、それがどうしたというのが彼のスタンスだ。もとより、善悪自体に価値観を見出せない体である。彼の意識は、目的行動の遂行にのみ終始していた。

 

「陣地形成。……なるほど、随分豪遊しているようだな。我がマスターが見たら、鼻血を流して文句を垂れるところだ」

『ちょっと、何が言いたいのよアーチャー! マイクしゃべれない時あるけど、そっちの会話丸聞こえなんだからね!』

「あら、それは失敬ね。ええ、お察しの通り。ここは私の神殿で――下界の供物は、ほどよく頂いているわ」

 

 そんな風に会話しながらも、アーチャーはいつの間にか、右に構える白い銃剣に、何やら言葉を呟く。聞こえないほどのささやきであれど、しかし、何らかの魔力の動きを察するキャスター。

 

「一つの場所に、二人のサーヴァントが居を構えるか」

「ふ――――、ああはは! なんだか面白い解釈をしているのねアーチャー!

 私があの犬と協力している、みたいに言われるのは、不愉快を通り越しているわ!」

 

 アーチャーの変化しない態度に、しかしキャスターは警戒を強める。腹を抱えて笑いながらも、その実、一寸たりとも彼女自身に隙は無い。ひるがえって言えば、今の、サーヴァントならば事情を察し、憤るべくところにおいてさえ態度が変わらない。その一事を持ってして、この英霊を計ることが難しいと彼女はとらえた。

 

『ど、どういうこと?』

「システムの穴を利用した……、ルール違反か」

「ルール違反とは失礼ね。魔術師がサーヴァントを呼び出すこと自体、なんの不都合があるのです!」

 

 冷笑を浮かべたまま、黒いローブの魔女が告げる。遠坂凛は自体を把握し、そして冷や汗をかく。

 つまり、今、セイバーと戦っているアサシンは、キャスターによって呼び出された存在。そして、今の状況をみるに、彼女は独力での戦力が足りないが故に策をめぐらしたのだ。目を、魔力を、守りを。そして――。

 

「となると、大方、次はセイバーを狙うか」

「ええ。だって、あんな技量のない坊やがマスターなんですもの。あのバーサーカー相手に正面から斬り合える戦力は惜しいわ。

 貴方ごときでどうこうされはせずとも――――」

 

 くすくすと楽しげに笑うキャスター。アーチャーはそれを見ながら、拳銃を空に掲げて――――。

 

 

 

「――――発・射殺す百頭(ナインライブズ・ボム)

 

 

 

 引き金を引いた。

 

 空に向かって放たれた、球形の弾丸。しかし一定の距離を稼いだ時点で、それは広がり、爆発した。

 例えるなら爆弾だ。音越しで状況の見えない遠坂凛には把握できない。出来ないが、音のすさまじさが判る。それが何を成しているか、本能で理解する。 

 

 爆発し、飛散するそれは無数の剣戟だ。礫のように砕けた巨人の一撃。一欠片一欠片が、人間を圧殺しうる巨人の大砲。

 アーチャーの周りに集まり始めていた骨の兵士たちを砕きながら、その攻撃は寺に迫る。

 

「っ――――――様、!?」

 

 いつの間にか、上空に移動していたキャスター。彼女は必死な顔をして、寺に対して降り注ぐ礫を見る。

 

 瞬間的に両手を構え、わずかな言葉を呟く。それだけで光の盾が出来上がる。一流魔術師でさえ起動にどれほどの時間がかかるだろうか、その魔術。街より溜めた魔力を用い、境内から寺そのもに向かう礫を阻む。

 しかし、その礫はただの砕けた瓦礫にあらず。アーチャー本人以外は知り得まい。――神代。人であり神であった大英雄。かの者が本来なら矢として放つそれ。現時点においては、単なる棍棒として用いられうるそれを、擬似的とはいえ本来のそれに近い使い方をしているのだ。

 

 さしものキャスターも、一瞬一瞬の重さに、集中力が切れたのだろう。降り注いだ礫が消えるころには、境内に降りて、肩で息をしていた。

 

「あ……、アーチャー ……、」

「ふむ。……認識を改めよう。お前は『自分以外に対して悪を向ける』ではなく、『自分と家族以外に悪を向ける』か。もっとも、マスターを守ろうというスタンスにおいて、お前は俺よりまっとうな英霊だ」

 

 嗤うアーチャー。会話の最中、唐突な攻撃に、遠坂凛は唖然とする。いや、確かにこのアーチャーらしいと言えばらしいのかもしれないが、それにしても酷い。異様な破壊力をもったさっきの弾丸とか、寺院への被害について考えてなかったのかとかは後で問い詰めるとして。キャスターの憔悴具合がマイク越しに聞こえる程だ。同情はしないが、それでも同情したくなるところはある。

 

「前言を、改めるわ……。その一撃……!」

「流石に気付くか。だが知らない。そして死ね。

 ――――I am the bone of my sword (体は剣で出来ている)

 

 構えているだろう黒い銃。

 

「先に言っておけば、例え目の前のお前が幻だろうと何だろうと、関係ない。その時は背後に貫通して、今度こそ寺がどうなるか知った事ではない」

「――――ッ!」

  

 今度こそは文字通り、誰の邪魔も入らない。静止の声を第三者が上げる判断をする暇も――――――。

 

 

『――――――衛宮君!?』

 

 

 そんな遠坂凛の目前で、衛宮士郎が斬られた。

 

 

 

 

 

   ※

  

 

 

 

 

「シロウ……!?」

 

 聞き間違えようの無い声がした。

 

 言われて、視界が回復する。

 ぬるり、と血に濡れた背中の感覚。痛みは一瞬だけなく、そして断続的に広がり、石段に倒れた。

 

 セイバーが俺を抱える。と、どこからか、俺の名前を叫ぶ声。 

 

 

「――――んの、莫迦! 一度で何で懲りないのよアンタは! アーチャー!」

 

 

 遠坂だった。俺を抱えて一歩引いたセイバーと、アサシンの間に割って入りこそしなかったものの、下方から指先を構える。魔術師がサーヴァントに勝てる道理はないと言いながらも、しかし遠坂は構えを解かない。

 

 もっとも、アサシンはそんな様子じゃなかった。

 

「ほぅ……、一太刀、しかもかすっただけか。

 中々に無粋だったが、なるほど。流石はセイバーのマスターというところか」

 

 何故か関心するように頷くアサシン。気が付いたら――無我夢中で気が付いたら、俺の右腕は斬られていた。セイバーを後ろに退かせようと、その程度しか考えていなかったはずなのに、この体は当たり前のように、またもセイバーとアサシンの間に割って入っていたらしい。

 

 腕は……、大丈夫、繋がっている。開閉も出来る。これなら、帰る頃には繋がっているはずだ。 

 

「……最悪のタイミングだ、マスター」

 

 と、どこからともなくアーチャーが現れる。腕を組み、あからさまに嫌そうな表情を浮かべながら、遠坂の手前に。

 

「ほう? その様子、女狐めは充分驚かせて来たようだな」

「嗚呼。止めをさせなかったのが残念でならん。求道者風に言えば、間が悪かった。

 ……? なんだろう、頭が痛いぞ」

 

 顔をしかめるアーチャー。それを見て、かかと笑い飛ばすアサシン。サーヴァント2対に対して1対という構図であるにも関わらず、その態度には余裕がある。

 いや、違う。戦うならば余裕はないはずだ。だとするならば結論は一つ。

 

「アサシン。……何故、追撃をしなかった」

「それこそ無粋よ。張り詰めたその顔、つい愛でてしっただけよ。

 今宵はこれで充分。立ち去るが良い、セイバー」

 

 このアサシン、どうやら俺たちを見逃すつもりらしい。戦意がなければ、緊張することも警戒することもないのだろう。

 

「……ちょっと、貴方、本気?」

「おうさ! 日がな一日、見下ろし、待機するだけの毎日だ。このような機会、みすみす逃すつもりはない」

 

 いっそみやびやかに、遠坂の言葉を受け流すアサシン。

 

「今の状況では満足な戦いは望めまい。私とてそれは惜しいのさ」

「…………わかりましたアサシン。貴方との決着は、必ず」

「期待させてもらうぞ、騎士王」

 

 俺を抱えながら、引き返すセイバー。と、当然のように「私も行くわ」と遠坂が続く。

 

「アーチャーは……、背後を警戒しておいて」 

「……好きにしろ、まったく」

 

 そしてアーチャーは、悪態を付きながら姿を消した。

 

 

 

 

 




次回、ボブとセイバーのダブル文句

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。