ボブの聖杯戦争 ~F/sn Unlimited Lost Works~ 作:黒兎可
ボブ「何を探るんだ?」
凛「再度現場に行ってみてってこと。調査したのが夜間だけだったから、見落としがあるかもしれないし」
ボブ「わかった。じゃあ……」いそいそと、サングラスを取り出す。
「いや、待ってくれ、セイバー、それは――」
困惑する俺に、セイバーは淡々と語る。
「私が聖杯戦争に参加するのは、今回で二度目です。
前回の聖杯戦争のおり、切嗣はマスターの一人でした。私は彼に召喚され、最後まで勝ち残りました」
「――――」
待て、それじゃ何か?
親父は前回の聖杯戦争でマスターで、その時にセイバーを呼び出して、戦って、それで――――。
――肉の焼ける音。夜がただれる匂い。
あの、惨劇を生み出した、その一人だったっていうのか? 親父が?
「――――嘘だ、ならなんで、言峰は、切嗣は俺に何も言わなかったんだ……っ」
「……あの神父が生きているのですか? シロウ」
目を見開き、セイバーは愕然としたように俺を見る。
「あ、ああ。教会に行ったろ? あの時、俺に事情を説明してくれたのが言峰だ」
「……。是非は後で考えます。
しかし、切嗣が貴方に何も言わなかったことは、私の知るところではありません。結局最後まで、彼と私は相容れなかった」
ぼう、と遠い目をするセイバー。
「……私の願いを否定した彼と、その子の貴方を引き合わせられたというのは、何か、因果を感じます」
「親父が、……、聖杯を否定した?」
「ええ。切嗣は聖杯を求め――――――――万能の願望機を、私を、裏切った。
あの時ほど、令呪というシステムを呪ったことはありません」
苦悶の表情を浮かべるセイバー。胸元に拳を握る姿から、抑え、しかしあふれる感情。
親父は……、いや、あの切嗣が破壊したのだ。不要だと判断して破壊したのなら、それは聖杯が争いのもとだからだろう。セイバーに令呪をかけてまで強制した理由は分からないが、俺は、そう信じられる。
「いいえ。シロウにこう言うのは、酷かもしれない。ですが、この開放的な屋敷と、当時の閉鎖的な彼は、あまりにかけ離れていた。
……ええ、彼は、魔術師でした。まごうことなく」
己の願望のため。目的のために手段を選ばず。
「切嗣は、平和を願った。彼にとって、私の宿願でさえどうでも良かったはずです。
彼と交した言葉さえ、私は、三度あったかなかったか」
そこまで徹底していると、もはやそれは、相手を一個の人格とみていない。まるで、道具だ。使い魔という意味では外れてないのかもしれないけれど――――でも、あの親父がそう振舞っていたというのなら。何か、決定的なすれちがいがある気がする。
でもそれ以上に、セイバーの語る切嗣は、俺の知らなかった切嗣だった。
的確であり、周到であり、蛮勇であり、無情だった。機械のような振る舞いを。
「非情に徹する事は、間違いではないでしょう。ですが……、心がわからない。心がわからないわけでもないだろうに、それを踏みにじる行いさえする。私とて、そこまで外道のようなふるまいは出来なかった」
「――――」
「切嗣は外来の魔術師でした。いかなる経緯があったか、そこまで私も詳しいわけではありません。
しかし――――――彼は、アインツベルン、聖杯戦争のきっかけたる家の一つに雇われた」
「アインツ、ベルン――――」
そして、セイバーは言う。
「彼は、アインツベルンの家に血を注いだ。……かの家に、かの家の後継者に、彼の血が混じっている。
アイリスフィールの娘たる彼女には、おそらく。先ほどのあの問いかけが、そこに秘められただろう意図が、私の直感とずれていないのなら」
「それじゃあ――」
「イリヤスフィール・フォン・アインツベル。彼女は――――衛宮切嗣の娘。貴方が彼の息子ならば、姉にあたるはずだ」
「――――」
立て続けに齎された言葉に、衛宮士郎は正直、実感が持てなかった。
「アインツベルンが、切っ掛け?」
「語るならば、凛の方が的確でしょう。ですが……その宿願は、世紀を大きくまたぐはずだ。
イリヤスフィールが、何故、貴方と敵対するかは分からない。ひょっとしたら、彼女に似せたホムンクルスの可能性もなくはない」
「……そうか、親父だ」
イリヤ……、あの子は、親父の娘だけれど。でも、そこには親父が居なかった。ならば、十年。十年、アインツベルンの家で育った彼女からすれば、俺は、裏切り者の息子だ。許されるはずはない。
「……」
セイバーは押し黙り、俺の反応を窺っている。表情を見ればわかる。今の話は、セイバーにとっても愉快な事柄じゃない。でも、話してくれた。……俺の疑問に答えるために。俺の抱えた違和感に応えるために。
切嗣の顔が浮かぶ。よく海外に行っては、楽しんだ様子で帰ってきて。でもどこか、表情に疲れが見えた衛宮切嗣の顔が。
「……理由はどうあれ、俺は戦うと決めた。
他のマスターが何を考えているかなんて、関係ない。十年前のようなことを起こさないために、俺は戦うだけだ。
――――悪いな、話したくなさそうなこと、話させてしまって」
「え? あ、いえ。……こちらこそすみません、シロウ。
どうやら、少し、当たってしまったようだ」
「いや、セイバーに当たられたって仕方ない。俺は親父が、そんなことをしたのには理由があったはずだって思うけど、それでもセイバーが、目の前で望みを絶たれたことに違いはないんだから」
「――――――」
目を伏せるセイバー。まるで今の話を、失敗したと思っているようだ。
馬鹿だな、とわらうことは出来ない。確かに色々、衝撃的な事実が多かった。でも、そのことでセイバーが胸を痛めるのは、ちょっと筋が違う。親父がセイバーの文句に答えないんだ。だったら、俺は少しでも代わってやるしかない。
「それでも、悪いと思うのなら」
「……?」
「一緒に戦わせてくれ。セイバーが俺を守るんなら、俺もセイバーを守る。
セイバー一人だけを戦わせられないし――――何より、俺にだって戦う理由はあった」
「――――――――――」
セイバーは答えない。道場の空気は、冷たいまま。
でもしばらくして、頭を下げる俺に。
「……まったく。ヒトの話を聞いているようで聞いていないというか。
そこも、親子と言えばいいですか」
「え?」
いや、確かに。次にセイバーが無茶をしようとしたら、間違いなくそう言ったはずだけれど。
「今更、何を言うのですかシロウ。
この身は既に、貴方の剣となることを誓ったはずだ」
微笑み、セイバーは手を差し出す。
「その代わり、私からも条件を。
時間が許す限り、貴方には剣の鍛錬をしてもらいたい。それを認めるなら、私も認めましょう」
首を左右にふるまでもなく。
セイバーの手をとり、俺は改めて、自分の意思で聖杯戦争に望む。
……まぁ、今のセイバーの言葉が「擬似的な死を何度も体感する」ことを指し示している、と気付くまで、時間がかかりはしたのだけれど。
※
「あの、藤村先生……」
「ごめんねー? 桜ちゃんの気持ちもわかるけど、切嗣さんを尋ねて来たのなら、そのね……。それに、こんな可愛い子一人放り出したら、日本の恥でしょ? 最近なにかと物騒だし」
うそつけ、昨晩あれほど反対していたじゃないか、と思わず突っ込みを入れたくなった。なったけれど、それはひとまずおいておく。
早朝。後輩の間桐桜は、二日ぶりくらいに衛宮家に来ていた。
隣の部屋で寝るセイバーの息遣いに眠れず、土蔵で魔術の鍛錬をして寝落ち。久々に感じるけれど、ほんの数日前までその通りだったように、桜が起こしてくれた。
「桜、体調はもう大丈夫なのか?」
「バッチリです。たーんと食べられ――――! き、聞かなかったことにしてください!」
と、衛宮家の食欲魔人その2(なお1号は藤ねえ)は、頬を赤らめながらそんなことを言う。いや、まぁ桜は確かに食べているけど、弓道部で体力も使ってるし、別にそこまでおかしなことでもないのだけれど。
二人して朝食を作って、テーブルに並べる。「ちょっと変り種です」と得意げに仕込んだものを持ってきた桜の手によって、俺も初めて調理するようなものが出来上がった。
「おっはよー、しろー! 桜ちゃーん!
おお、なにこれ? 朝から生でとは見慣れぬこのメインの食材は?」
「おはようございます、シロウ、大河」
「――――――――」
そして、セイバーを見て石化する桜に、事情を説明して今に至る。
未だ調理を続けながら、俺は桜に謝罪をしていた。
「あー、桜、すまない。勝手に話が進んでて」
「何のことを言ってるんですか? 先輩。きちんと何に対して謝っているか言ってくれないと、答えてあげません」
「うっ……、あー、すまない。
桜も家の一員なのに、勝手に話を進めてしまって悪かった」
と、一瞬桜が驚いたような顔になり、慌てたように皿洗いを続ける。
「へ? あ、はい、わかりました。その辺は、もういいです。
先輩、困っているヒトは助けちゃいますからね。藤村先生のご実家に預けたりするよりも、確かに……」
「藤村組はなぁ……。
あー、それで、申し訳ないんだけどさ。仲良くやってくれると、嬉しい」
「? はぁ、セイバーさんとわたしが仲良くすると、先輩が嬉しいんですか?」
「助かる。桜に無断でセイバーの滞在を決めちまったからさ。だから、桜が怒るのも当然なんだけど……。
けど、そのあたりを大目に見てくれて、セイバーを気に掛けてくれると、なんというか」
「セイバーさんというより、わたしにうれしい?」
口にするのも恥ずかしいので、頷くだけで答える。
桜はふっと、やさしげな表情を浮かべた。
「……はい。わかりました。
私はちょっと苦手ですけど、藤村先生があの様子ですから、大丈夫だと思います」
変なヒト、怪しいヒトじゃないというような意味合いを込めてのその言葉に、ほっと俺は安堵して。
「……ん、何、あの様子?」
桜の視線を辿って、思わず頭を抱えた。
視線の先では、子供向け番組をかけながら、セイバーに藤ねえが日本語というか、日本の文化(?)を教育しているようだ。ただ番組がいかんせん子供向けで、何か間違った日本観を植えつけてしまいそうでもある。あ、あと今、ライオンのロボットが変形したところを見て、セイバーが愕然とした表情になった。何があったのだろう。そんなにショッキングな映像だったろうか。
メガネをかけた、本を持ったヒロインみたいな子が、騎士風のロボットに守られている映像。まぁ騎士風といっても、そのロボット自体がデフォルメされたライオンが変形したみたいな、独特なそれだったのだけれど。
「……独特な食感ですね。はごたえがあります」
「タコは大丈夫ですか? セイバーさん」
「はい。日本で食した食材の中でも、群を抜いて変わった食感だと思います。
……ですが、正直に言うと箸は疲れます。銀食器より扱いに優れた道具だとは思うのですが」
「あ、セイバーちゃんそれソース。かけるのこっち、ソイソース。あと士郎、もう一杯!」
「あの、先生? 朝練に参加されるなら、少し控えた方がいいと思いますけど……」
「だいじょーぶだいじょーぶ。食べとかないとお昼まで持たないし。
桜ちゃんも朝連の後、おにぎり食べてるじゃない」
「――――! せ、先生、いつからそれを!?」
「ダメよー、年頃の女の子が朝二食なんて。体重計の悪魔がコンゴトモヨロシクしちゃうわよー?」
「か、間食は時々だけですっ、いつもしてるワケじゃありません!」
「あれ、そうなのか? 朝食、いつも一合多いものだからてっきり――」
「っせせせせせせ、先輩も知ってたんですか!?」
「? 桜、空中に手を振ってどうしたのですか?」
いつもより二倍は騒がしい朝食。そんな中で不意に、ニュースを藤ねえがかける。流れてきたニュース。五十人を超える被害者。またもやガス漏れ事故だと予想されるが、それを見るセイバーの目は厳しい。
言うまでも無く、これはサーヴァントがらみ。マスターがらみの事件なのだろう。……何故か現場の映像、野次馬にまぎれて、黒いジャケットを羽織り、釣り道具を持った、金色のキャップを付けたサングラス姿の、冬木一「ボブ」という呼称が似合いそうなボブの姿が画面隅に映ったような気がするが、きっと気のせいだ。あんなところでそんな意味も無くいる必要もないだろう、きっとアーチャーの空似だ。
片付けを済ませて玄関に出る。
藤ねえと桜は朝練のため、一足先に登校に向かっていた。
そしてセイバーは、昨日と同じように、家を出ようとする俺の後ろに付いてきて――――!?
「せ、セイバー? な、なんだそれ」
ヒトの目が集まるのは、昨日の段階で証明できた。あれじゃ自分から襲ってくれと言っているようなものだとか、そんなことを言おうとした矢先にだ。
「昨日探して、見つけました。……おそらく、アイリスフィールのものでしょう」
少しだけ得意げになるセイバーの格好は、昨日とはまた違っていた。遠坂とかが付けていそうな赤いマフラーに、黒いコート。下に着用している服装は……、セーラー服? 紺色の服に、白いセイバーの足がまぶしい。思わずすい付けられる視線を上に上げる。
くい、と伊達メガネを持ち上げるその様子は、一体何なんだろう。
「これで私も、どこからどう見ても文学少女というものではないでしょうか。先ほどのアニメーションのように」
「……」
どうやら藤ねえが施した日本文化の教育は、全然良い方向には働かなかったらしい。
セイバー「ところでシロウ。この服はどうも、アイリスフィールが着用していたようなのですが、何故、私にぴったりのサイズなのでしょう。これでは、彼女の身体では肉体の隅々がぱつぱつに、無駄に強調されてしまうのではないでしょうか。日常行動には向かないはずなのですが」
シロウ「――――――」
それは、むしろ日常行動に向かないのが良いというか、おそらくそういう用途だったのだろうというか。