ボブの聖杯戦争 ~F/sn Unlimited Lost Works~   作:黒兎可

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(虎が)修羅場


恋のLove☆Love★Typhoon! その3

 

 

 

 

 

「あれ、セイバーちゃんいつ帰るの?」

 

 間桐家を後にして、セイバーと少しだけ一緒に買い物をした後。何故か得意げな顔で「これは中々です」と大判焼きを押してくるのに、思わず表情と懐が緩んでしまったこともあって、帰るのが遅くなった。不満そうな藤ねえだったものの、セイバーの顔を見て表情が一変。お客様に対する対応なのか、虎が猫を被った。

 

「御同伴に預かります、大河」

「いいわよ、セイバーさん。夕食を囲むヒトは多い方がいいしね?」

 

 そんな流れで、冬場だというのにざるそばと天ぷら盛り合わせというメニューを展開し、夕食を食べた後。「桜ちゃんから、熱が下がったから明日来るってー」と、こたつで丸くなるタイガーの言葉を聞きながら、何故か大量にあるみかんをまとめて持っていく。

 

「?」

「こうやって食べるんだ、セイバー」

 

 初めてみるもののように、何故かセイバーの手つきは不自然だ。こう、小さい頃に初めて卵のカラを割ったときのような、あれに似てる。

 おっかなびっくりといった様子のセイバーを見るにみかねて手助けしようとした、そんなタイミングでの藤ねえの発言だ。

 

 

「帰れるわけないだろ? うちに来た時、無一文だったんだぞ、セイバー」

 

 当たり前のように返す俺。対する藤ねえは、無表情になってから小首を傾げた。

 

「ん、つまりつまり?」

 

 思い至らないタイガー。いや、あえて思い至らないように自意識を調整しているのかもしれない。やはり避けては通れない。ここは……。

 平然と、いつも通りに言おう。何も特別なことじゃない。親父を頼って来たお客さんに対する対応なのだから。

 

「いや、だから。しばらく面倒を見るってコトになったから」

 

 そこでようやく、藤ねえは「衛宮家で面倒を見る」=「一緒に暮らす」という意味合いだったと理解。

 

 翌日、桜もセイバーと初めて遭遇した時に引き起こす、石化したような沈黙が場を支配する。

 ……当然だろうが、構っている余裕はない。今の俺は、なれない手つきでみかんの皮を剥くセイバー専用サポートマシンなのダ。フルエルユビヲオサエテ、ムイテアゲルノヲオタスケスルゾ。

 

「し、シロウ、これは本当に大丈夫なのでしょうか……!」

「いや、力を入れすぎなんだって。もうちょっと力を抜いて――――」

 

 

「そんなのダメーーーー!」

 

 

 ……っぅ~~~~!!!!

 耳が、耳が! キーンと!

 

「いったいどーしちゃったのよ士郎ってば! 確かに切嗣さんを頼って来た子を一人放り出せないけど、なんでそう即決しちゃうのよ、なんでさ! お姉ちゃんに相談してくれてもいいじゃない!」

「いや、だってここ、旅館みたいに広いし、いいかなーって」

「いいワケないでしょ! そういえばだけどセイバーさん? あなた、一体何のためにここに来たのよ!」

 

 う、と。思わず俺の息が詰まる。聖杯のために、とかそんな裏事情を当然藤ねえに明かせるはずもない。

 だからといって、事前の口裏合わせを超えた質問を投げかけられているわけで、それに対してセイバーが器用にかわせるかは知らないし――――。

 

「……さあ。私は切嗣の言葉に従っただけですから」

 

 ――――あ、どうやら合わせられたようだ。

 

「む、どういうこと?」

「必要最小限以上は、人間として駄目なほどに色々切り詰めていた。そんな切嗣が、シロウのような子供を育てられたというのは少し驚きでしたが……。でもだからこそ、ここに来た際、シロウを守るようにと言われた理由もわかります。

 貴女もそうなのではないですか? 大河」

 

 今のセイバーの言葉に、藤ねえが「うっ」とつまる。

 俺も……、似たような反応をしていた。今のセイバーの言葉には、確かな確信に満ち溢れた親父の実像が透けて見える。でも、それはおかしい。セイバーはサーヴァントであり、だからこそ十年前にこの地にいたはずはない。ないのだからこそ、この言い回しに違和感を感じる。

 いや、感じるからこそだ。セイバーは何故か、親父の名前を知っていた。

 

 導き出される結論は――セイバーはもとから、親父のことを知っていたということになる。

 

「この身は、シロウの剣だ。その言葉を撤回するつもりはありません、大河」

 

 反論することなど誰にできよう。そしてセイバーのその言葉は、事実、彼女が持つ絶対の真実なのだから。

 さしもの藤ねえも反論できない。が、しばらくしてからキッとセイバーを睨んで。

 

「……いいわ。そこまで言うんなら、腕前を見せてもらうんだから」

 

 なんて、よくわからない言葉を口にした。

 

 

 

  

 

   ※

  

 

 

 

 

 慣れはしたけど、この匂いが不快なことに変わりはない。

 新都、某所の一角。収容された従業員五十人ほど。

 

 そのほとんどが男で、すべてが、糸の切れた人形のように散乱していた。

 

「……アーチャー、なんの香だろう。わかる?」

「東洋圏の加工じゃないな。示威的にこうしてるとなると、セリ科の、愛を破壊するとかいうヤツか」

「それってドクニンジンでしょ? ……って、ああ、そゆコト。

 男に何か怨恨でもあるのかしらね、この惨状の仕掛け人は」

 

 窓をアーチャーに開けさせて、倒れている連中を確認する。息はある。この分なら、今通報しようが朝発見されようが、そこまで違いはない。

 血の匂い。錆びた鉄の匂いがコートに移ってしまうことに、表情が歪む。来る前にアーチャーから「別な外套を用意するといい」と嗤われて言われていたのを無視していたらこの状況。自業自得といえど、何故か癪だ。

 

「それで、流れは柳洞寺か?」

「……そうね。あんなお飾りの寺とはいえど、何故か精気(オド)はみんな山に流れていってる。新都の昏睡事件はほぼあっちの魔術師のせいでしょう」

「となると、キャスターだな」

「そうね」

 

 とうてい人間業のそれではない、というのは私とアーチャーとの一致した見解だった。

 

「となると、おそらく街一帯は視られていたか。……この間は失態を演じたか」

「失態? バーサーカーを追い返したときのこと? あれはあれで、まあ、最後のさえなければ悪くなかったと思うけれど」

「どうだろう。無駄にこちらの手だけをさらし続けたとなると……。少なくとも、衛宮士郎くらいは殺しておくべきだった」

「こだわるわね、アーチャー。何か理由でもあるの?」

「同属嫌悪……? さて、よくわからん。

 なんにせよ、失態に違いは無い」

 

 このアーチャーが近代、現代の英霊だというのは、自己申告のみならず、その武具一つとってみても明らかだ。アレンジが効き過ぎていてもはや何が何だかというような様相を呈してもいるけど、それでも根底に流れる技術は、産業革命後の流れを汲んでいる。

 とすると、ひょっとしたらだが。彼の磨耗した記憶の根底に、衛宮士郎と関わる何かがあるのではないだろうか。

 皮肉げに語るアーチャーに私は鼻を鳴らした。

 

「……壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)なんて披露しておきながら、よく言うわね」

 

 アーチャーが何をしたのか。どんな宝具を用いたかは不明だ。だがそれを、火薬庫のごとく扱い爆裂させるその蛮行。

 弾丸に加工されたそれは、明らかに常軌を逸している。一体何があれば、そんなことをしようと考えられるのか。効率主義と言いながらも、その実、己の身を削っているようにも思えなくも無い。

 

「……今夜はもう戻るべきだ。まだ序盤と言えば序盤。毎夜連戦も、後に響く」

「――――――キャスターを追うわ。寺に戻る前に片を付ける」

「そうか」

 

 例の、嫌な笑いを浮かべてることがわかる「そうか」だった。……出来ないことはやらない。確かにそうは言った。加えてアーチャーに命令を強制する様に言いもしたけど、彼の合理性も充分承知している。

 でも、これは別だ。追いかければ尻尾くらい掴めるだろうし、それに。

 

「……喧嘩売らないと気が済まないのよ」

「……最も倒すべき相手を見逃した挙句、俺の首までつかまえて休戦協定を結ぶんだから、さぞ立派な魔術師様だろうよ、マスターは。

 まぁ、だから払いが良いんだろうがな」

 

 余計なお世話よ、と嗤うアーチャーに言いながらも、ふとその言い回しに疑問を抱く。

 

「前から気になっていたんだけど、アーチャー。貴方の言う払いの良いっていうのは、どういう意味なの?

 別に私、貴方に魔力以上の給料は与えていないし」

 

 その口ぶりは、聖杯そのものを指し示してのことでもないだろう。とするならば、彼は何に対してその感想を抱いているのか。

 

 私の疑問に、アーチャーは一瞬顔を真顔にしてから。

 

「……ある意味、一番の報酬だろう。本来の俺ならば。

 俺に――――」

 

 ――――俺に、守護者として振舞うなと縛ってくれることはな。

 

 

 どこか金色に濁った目で遠くを見ながら、アーチャーはそう呟いた。

 

 

 

 

 

   ※

  

 

 

 

 

 戦いは終わった。

 

「なんでさ、何ともひどい有様じゃないか」

「うう~、呆れないでよ士郎ぉ~」

 

 ぐったりと倒れる藤ねえを前に、正座をして瞑想するようなセイバー。座った姿勢一つとっても息の乱れ一つ無く、藤ねえとは完全に状態が反転している。

 

 風雲急を告げるような効果音を背負って、道場まで俺とセイバーを連れ出した藤ねえ。

 腕を見る、と、無理に引きつれて来たかいもなく。それはもうけちょんけちょんに、一休さんのとんちもかくやという勢いで、虎は退治されてしまっていた。

 

 「しろーは私が守るんだから」と息巻いていたのが、かなり意気消沈している。

 

「セイバーもお疲れ。何か飲むか?」

「いえ、おかまいなく」

「遠慮はよくないぞ? 冬場だって汗はかくんだから」

「あ、いえ、ありがとうございます。でもそうではなく……」

 

 何かを躊躇うセイバー。その視線が藤ねえと俺とで行ったり来たりして、俺たちは事情を察した。

 

「ふ、ふんだ! セイバーちゃん確実に殺る気だったでしょ! わたしわかるもん、鉄砲(チャカ)向けられたことだってあるし!」

 

 この程度、汗をかくほどではなかったという言外の意思表示に、藤ねえがべそかきながら爆発した。

 そしていつの間にやら、セイバーさんがセイバーちゃんに変化していた。

 

「……確かに怖かった」

「……あ、いえ、そういったつもりがあった訳ではなかったのですが。大河の技量が思いの他、高かったので、つい」

 

 だからそれが怖い。セイバーはもう少し、自分が人類史に名を刻む剣士の一人である自覚を持った方がいいのかもしれない。

 

「と、とにかく命が惜しかったら夜這い朝駆けとか禁止禁止、絶ぇっ対禁止!

 セイバーちゃん襲おうものなら開幕地獄・死して屍拾うものなしなんだからっ!」

「その心配は無用です大河。シロウの命令であれば私は従うのみです。私からすすんでシロウに手を上げる事は、決して」

「むむぅ? セイバーちゃん、なんだか今すごーい微妙なこと言わなかった?」

「とりわけ何も」

 

 セイバーが不穏な発言をする前に、藤ねえを帰す。どうやらセイバーの腕を見て、滅多なことは起こらないと判断してくれた……、らしい。らしいというのは、あの猫じみた目がまた何か企んでいるように感じたからだ。

 とりあえず今日の所は引き下がってくれるだろうが、明日以降どうなったものか……。

 

「うーん……。しかし、何なんだろうな、あの、シンジの爺さんが言っていたの」

 

 アインツベルンの娘は壮健か。

 何故わざわざ、あんなことを俺に問いただしのか。……そもそも、俺とあの、イリヤスフィールという子に関係はないはずだ。

 

 そう思って、問いかけてみると。

 

「………………」

 

 と。セイバーは難しそうな顔でこちらを見据えてきた。

 

「セイバー? なんだ、おまえ何か知ってるのか?」

「……知っています。ただ、逆に問いますがシロウは、あの発言を受けることに、覚えがないのですか?」

「そりゃ、初対面と言えば初対面みたいなものだったし」

「…………そうですか。では、切嗣から何も聞かされてはいないのですね」

 

 瞼を閉じて。セイバーは何事かを思案する。

 

「……凛が警戒している以上、こちらも教会に出向くのは得策ではないのでしょう。

 ならば、一旦は私が知りうることを話すべきですか」

「セイバー?」

 

 不意に、脳裏を過ぎる親父の顔。

 あの夜。俺が生き方を決めたあの夜。

 

 何故か時折――――セイバーと契約して以来、時折、金色の亀裂が入る、あの夢。

 

 

 

 ――――――――僕はね、正義の味方に――――。

 

 

 

 そしてセイバーは、俺に対して――巻き込まれただけだったはずの俺が、決定的にその立場を変える言葉を言う。

 

 

 

「――――私はかつて、衛宮切嗣のサーヴァントでした」

 

 

 

 

 

 




次回もたぶん修羅場

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