ボブの聖杯戦争 ~F/sn Unlimited Lost Works~   作:黒兎可

14 / 61
(知らなかった事実が)修羅場


恋のLove☆Love★Typhoon! その2

 

 

 

 

 

 眼鏡の女生徒……、よく見ればちょっと大型のリュックを背負っていた彼女は、間桐の屋敷へじっと視線を向けていた。と、しばらくすると「よしよし、ちゃんと付けてる」とご満悦そうに頷いた。 

 

「あんな神霊クラスのが来ていたから様子見てみたけど……、うん、まぁとりあえずいっか。

 えっと……!」

 

 と、向こうが俺たちに気付くと、目を見開いて驚愕の表情。

 

「か、かわいい……!」

「――――?」

 

 どうやらその視線、セイバーにロックされている模様。

 しばらく俺たちの姿をじっと見た後、慌てたように彼女は、俺たちの反対方向に走って行った。何がしたかったのだろうか。色々と謎が尽きない。

 

「……いえ、そんなはずは」

「どうした、セイバー」

「あ、いえ、何でもないのです。きっと気のせいのはずですから」

 

 何故かセイバーも、彼女に対しては微妙な反応だった。もっとも、すぐきりっと普段通りの表情になったので、大した事じゃなかったのだろうと俺も判断する。

 

「シロウ。こちらの家は……?」

「嗚呼、桜とシンジの家だ。桜については、説明したな?」

 

 無言で首肯するセイバー。桜から電話があった段階で、セイバーに彼女のことは話してある。

 

「家だけじゃなく、学校にも弓道部にも顔を出してない。加えてシンジがマスターだった。

 遠坂の言った通りなら、桜は後継者ではない。つまり魔術師ではないはずだけれど……」

「とすると……」

「シンジは、気が立つと回りに当たるんだ。

 ひょっとしたら、桜が来れなかったのがそのせいじゃないかと思って」

 

 だから、様子を見に来たということだ。幸い外見上、洋館の間桐家に異常はない。電気だっていつもの通り、桜と慎二の部屋に――――。

 

 

「――――もし。なにか、この家に用があるのかね」

「っ……!? シロウ、下がって」

 

 咄嗟に振り返ると、セイバーが俺を庇うように前に出ていた。

 夜の明かり。虫の鳴き声に紛れるよう、その人物は立っていた。見慣れない老人。よほど高齢だろうに目には覇気が溢れ、枯れ木のように小さな体に不釣合いな威圧感。セイバーともまた違う、向き合うだけで気圧される威厳がある。

 

「サーヴァントまで連れているとなると、昨夜の遠坂の娘の後続か……。

 やれ、なるほど。さぞ名のある英霊とお見受けした。これほどのサーヴァント、過去の戦いにおいて一人現れたかどうか」

「……」

「さて、となるとワシは死ななくてはなるまいか。まぁ可愛い孫たちを守るためじゃ。カカ、肉親の情とは命取りよの」

  

 ……驚いた。

 見た事のない老人は、肩を振るわせながら、セイバーと対峙する。位置関係からすれば俺たちを挟む配置になっているが、その言葉、態度は、間桐の家を守ると言い張っているようだ。

 

 そして今の言い回しからすれば、聖杯戦争のことも、サーヴァントのことも全て知っていて、おまけに。

 

「セイバー、下がってくれ。その爺さん、顔見知りじゃないがおそらく」

「いけません。この男は人間ではない。話すことなどなく、聞く事などない筈です」

「……セイバーがそれだけ言うんだから、たぶんそうなんだろう。でも聞かなきゃいけないことがあるんだ。頼む」

「……」

 

 わずかに体を引くセイバー。道は譲らないが、老人と向き合うだけの機会はくれるということだろう。

 

「衛宮士郎だ」

「臓硯じゃ。苗字は名乗るまでもないか。さて、戦うでないならば、聞きたい事でもあるのか?」

 

 間桐臓硯は、片方の目を大きく開けて俺を見据えた。

 

「……遠坂から聞いた。なんたってシンジがマスターになったんだ。あいつ、魔術師じゃなかったんだろ?」

「ほ、何を尋ねるかと思えば。かようなこと、答えるまでもなく。

 あやつをマスターに選んだのはワシだ。見た通り現役から退いて久しいのでな」

「……マスターを譲った?」

「お主と同じだ、衛宮の跡継ぎよ。

 己では敵わぬ夢を、後継、弟子に託す心情は理解できよう」

 

 いまいち相手の言葉に理解が及んで居ない。遠坂は言った。マスターは原則、魔術師がなるもの。ならアイツは……。

 

「マスターの権利を譲り渡した、ということか」

 

 セイバーの言葉に、くつくつと老人は嗤った。

 

  

 

「嗚呼。だがそれも、昨晩無駄になってしまったがな」

 

 

 

  

 

   ※

 

 

 

 

 

「……ビンゴ」

 

 夜の巡回――――――――新都周りを捜索し、その帰り道。

 唐突に聞こえた悲鳴。覚えの無い力強い魔力の余波。

 

 頬を叩き、疲れた自分のスイッチを切り替える。魔術師にとって、回路を回すことはエンジンを噴かすことのようでもある。それはいついかなる時でも――――学校で優等生をやっている時でも、いつでもその切り替えは出来る。

 

 だからこそ、丁度善かったのだ。……まぁ、問題といえば、相手の方。結界のけの字も張られた形跡がなく、明らかに、その手際は素人のそれ。大莫迦野郎もいいところだ。アーチャーに「本来の戦い方」を指示した上で、私は前に出る。ある意味、私が囮になるようなものだ。本来なら悪手でしかないのだけれど、でも、相手が相手だったからこそ、私はこの悪手を選んだ。

 

 漏れ出ている魔力は、まるで芸術家が塗りたくった目に悪いペインティングがごとく。こんなの、出来の悪い衛宮くんだって判るに決まってる。

 

「――――」

 

 思わず舌打ちしてしまう。その光景を、私は気に入らないと断言する。

 会社帰りの女性だろうか。どこにでも居そうな、といえば語弊はあるかもしれないけど、それでも一般人であることに変わりはない。

 

 そんな女性の首に、牙を付きたてるはサーヴァント。黒装束に身を包んだ女の存在は、明らかに夜の公園の中で浮いたものだった。

 

 つう、と頬に流れる血。……女は、ヒトを食っていた。アーチャーと以前話した通り。血に紛れ、そのサーヴァントは文字通り、彼らの「食事」をこなしている。

 

「――――――へえ、誰かと思えば遠坂じゃないか。中々悪くないシチュエーションだ」

「慎二……っ」

 

 手に古い魔導書のようなものを携え、間桐慎二はにやりと笑った。

 

「ま、僕もどうかと思うけど仕方ないだろ? お前だって手ごろな獲物を探してたんじゃないの?」

「ふざけないで。……この際だから、なんでアンタがマスターになってるのかとか、その手に持ってるもののことだとか、そういうのは置いておいてあげる。

 ……学校の結界もアンタの仕業?」

「? はは、まさか。気付いているだろ? 遠坂。

 学校にだってマスターはもう一人居るさ。魔術師は僕だけじゃないんだろ?」

「よく言う」

 

 あんな、ちょっとボケボケなメガネっ子すら見抜けないくせに、何をいっちょまえに言っているのだか、この男は。

 そんな自分の能力のなさすら自覚せず、シンジは得意げな顔で私に言う。同盟を組まないかと。一人よりも二人の方が効率的だろうと。

 

「……」

『――――個人的な見解だが、あれはクズだ。言葉に重みが無い。要するに、吹けば飛ぶ』

 

 アーチャーの言葉が聞こえるようだ。……嗚呼、私とは別な理由で、アーチャーならこいつの言葉を断るだろう。

 でも、だからあえて、私は私なりの言葉を使う。

 

「お断りよ」

 

 断られるとは思って無かったのか、シンジの表情が歪む。何故だ、と。サーヴァントも連れずに来ているように見えている事もあってか、シンジは自分が優位に立っていると錯覚していたのだろう。だから、この状況でも私に高圧的に言う。

 

 ただ、正直そんなことはどうでも良い。

 魔術さえなければ、人畜無害にしか成れないこんな男のことなんか。

 

 私が苛立っているのは――――。

 

「――――魔術師うんぬん以前に、そういう態度は、ヒトとしてどうかしてるって言ってんのよ!」

 

 その言葉と同時に、アーチャーの弾丸がシンジの胴体目掛けて放たれた。

 マスターとしてこの場に居る以上、殺されるだけの覚悟は出来ているだろうと判断する。だからこその一発。

 

 でも、流石は英雄の一種か。アーチャーの弾丸から、シンジを庇うように前に出るサーヴァント。腕に弾丸を受けるも、手に握る武器を落とす気配は無い。態度は冷静そのもの。反対に、シンジは酷くうろたえていた。 

 

 距離を詰め、アーチャーが拳銃を構えながら降りてくる。褐色、白髪のそりこみ、何とも言えない服装。動揺以上に、軽く放心している。さしものシンジも、その異様な風体に面食らっているらしい。

 

「――――」

 

 二つの陰がぶつかり合う。アーチャーは瞬時に両手の獲物を二対の刃に切り替え、相手に斬りかかる。

 響く剣戟。斜に構えたアーチャーと、めまぐるしく地面を駆ける相手のサーヴァントは対象的だった。

 

 アーチャーはじっと、目を見開き相手の動きを見る。まるで何か、映像を己に焼き付けているかのごとく。女の動きは私の目にも止まらず、当然、アーチャーも簡単には追えない。それでも急所に当てさせず、斬り往なしているのは白兵戦の経験値ゆえか。

 敵は長い髪をなびかせ、獲物を追い詰めるよう畳み掛けてくる。

 

「は! なんだ、ただの木偶の坊じゃないか! ハズレを引いたね、遠坂!」

 

 その認識が甘いことを、シンジは気付いていない。

 「必要以上の犠牲を好まない」とはアーチャーの弁。でもアーチャーは「私の方針に従っている」現在においても、隙があれば効率的に「虐殺」に走ろうとする。それはつまり、アーチャーにとっての「必要最小限の犠牲」というものが、あってないようなものだということだ。

 

 それが示すことは、つまり、私が制限をかけて初めて「戦闘になっている」ということ。

 初めから、言い訳さえ成立するなら、コイツは誰彼かまわず殺し、全てを解決しようと走るだろう。

 

 私が援護をしないのと、シンジが援護を出来ないことは意味合いが異なる。

  

 だって、絶えず今もこうして、アーチャーから「邪魔だから手出しをするな」と視線を送られているのだから。

 

「――――」

 

 何度目かの短剣を受け、アーチャーの刃が砕ける。どういう訳か、アーチャーの武器は時間経過と共に錆び、ぼろぼろと崩れていくらしい。

 高速で襲いかかってくる敵相手に、その状態は大変よろしくない。

 

「いいよ、構わないから決めちゃえ、ライダー! 爺さんの言いつけは守ったんだから――――」

「――――そうか、ライダーか」

 

 へ? と。黒い影が早まった瞬間、アーチャーはそんなことを言って。二刀の柄を結合する。――――錆びた鉄が融合し、ナギナタのようなそれになり。

 さも当然のように――――当たり前のように、ライダーの体をとらえ、斬り捨てた。ごろごろと転がるライダーは、ちょっとヒットの時の球に似ている。

 

「…………えっ? 嘘だろ

 ――――ぶッ」

 

 その隙をついて、思いっきり、私はシンジの顔面をぶん殴ってやった。

 後ろでアーチャーはつまらなさそうな表情でナギナタを消して、両手に例のバヨネットを構える。

 

「ランサーから『抜いて』こちらに『撃ち直した』が、意味がなかったな。

 いかに優れた英霊でも、使い手がクズならクズにしかならん」

「っ……! この、さっさと立って戦え死人……!」

 

 ライダーを罵倒するシンジを無視して、アーチャーは銃を構える。 

 ひっ、という声をあげて、シンジが動きを止める。

 

「――――――」

 

 引き金に指をかけるアーチャーは、何も言わず、こちらをちらりと一瞥した。

 ……なるほど、要は、私に言えということか。私が明確に、アイツを「殺せ」と。そう指示を出せと言いたいのか、このサーヴァントは。

 

 でも――――それも仕方ないことかもしれない。

 

「シンジ。今更泣き言は聞かないわ」

 

 そういう理屈を振りかざした以上、私は容赦することはない。聖杯戦争というルールで戦う魔術師には、ひとしく、その覚悟があってしかるべきだ。非道を成そうが何を成そうが、結局最後は勝って生きるか、負けて死ぬかの二つに一つ。

 

「た、た、立てライダー、お前の主人は僕だろう! 犬のくせに主人の言いつけが聞けないってのか……!」

「……頭の出来まで悪いと見えるな」

「な――――っ」

 

 だん、だん、と。

 銃口をわずかに逸らし、ライダーの両足を撃ち抜くアーチャー。苦悶の声を上げるライダーに震えるシンジを、アーチャーは嗤っていた。

 

「幸福な王子とて、自分さえ失われたら何も与えられない。

 わかるか? お前の頭と同じだ」

「ぼ、僕の頭がどうしたって……!?」

「無いものねだりだよ、お前は。できない事を認めろ。嗚呼、認めないならそれはそれで嗤ってやるさ。みじめだなぁ、お前は。

 何の意味もなかったなぁその人生には」

 

 少し意外な気分だ。唐突にライダーを狙撃した、まではまだコイツならやりかねないと思っていたけど。でも今の言葉は、何か明確な意思が感じられた。わずかに怒りと、言うなれば……、自虐だろうか。シンジのことを嘲笑いながら、その実、どこかその声音は、自分に対する諦めのような響きを帯びている。

 

「死ね。腐って死ね。マスターも異論はないな?」

「ひ――――! 立て、動けライダー ……! どうせ死ぬんならこいつを道連れにして消えやがれ……!」

 

 

 

「そこまでだ。どうやらおまえでは宝の持ち腐れだったようじゃな、シンジ」

 

 

 そんな場に、しわがれた老人の声が割って入った。

 

 

 

 

  ※

 

 

 

 

 

「じゃあ、桜は――――桜も、シンジと同じようにマスターなのか?」

「む――――これは異なことを。そのようなことはシステム的にあり得まいに。どうやらおぬしの父親は、まともな教育をしなかったようじゃな」

「――――」

 

 ちょっと、待て。

 なんでそこで、オヤジの話が出てくる。

 

 俺の疑念をよそに、老人は続ける。魔術は一子相伝が基本。よほど大きな家で無い限り、後継者以外にはその術を与える事はないと。

 

「兄が使い物にならなければ妹を、とも考えもしたが、既に勝敗は決した。今更、何も知らぬ孫を駆り出す必要もなかろうよ」

「じゃあ、桜は……」

「当然、何も知らぬ。家のことさえよくわかってはおらぬだろう」

「なら何で今日、二人そろって休んだんだ」

「ん? ああ、たまたまじゃ。

 シンジは多少荒れているから今は『お灸を据えて』いるところじゃ。桜に関しては単に体調不良だが……、まぁ、そのうち戻るだろう」

 

 どこまでその言葉を信じて良いものか、判別がつかない。

 にかり、と。そんな俺の心情を察してか、老人は笑った。

 

「なぁに、これでもPTA会長じゃ。親代わりの爺として、多少は気を利かせておる。

 聞きたい事がそれだけなら、失礼するぞ、衛宮士郎くん。今日は帰りたまえ。……嗚呼それから、言えた義理ではないが、うちの孫たちと善くしてやってくれ」

 

 話は終わったとばかりに、俺たちの横を通り過ぎる老人。セイバーが立ち位置的に、俺をずっと庇った状態でいるのは、それだけこの老人に対して得体が知れないからだろうか。

 見かけとは裏腹に、軽い足取りで老人は去って行った。ただ、その立ち去り際。

 

 

「――――それより衛宮士郎君。アインツベルンの娘は壮健かね?」

 

 俺にとって意味の分からない言葉に、セイバーは視線を鋭くした。

 

 

 

 

 




中々炸裂するタイミングのないボブの宝具

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。