ボブの聖杯戦争 ~F/sn Unlimited Lost Works~ 作:黒兎可
昨夜、桜から「明日は来れない」と連絡が入っていた。
藤ねえもどういう訳か、今日は朝から姿が見えない。結果的にセイバーと二人で朝食をとるということになる。
「……」
セイバーは未だに機嫌が悪い様子だ。
いや、明確に不機嫌だと言われているわけではないのだけれど、この無言が重圧に感じられる。のは、少なからず彼女の意思が伝わってるせいだろう。
と思っていたのだけれど、衛宮士郎に彼女は不安げな視線を向けた。
「…………シロウ、どうなされたのです? 先ほどからため息が多い気がするのですが」
「えっ。そうか? いや、そんなつもりは……。仮にそうだとしてもセイバーのせいじゃ……、あ、いや、半分はそうだな」
「何故です」
「だから、昨日言ったろ……」
思わず顔を背けながらも、手元の料理に意識を集中させる。……料理中でよかった、気を抜いてたらぼっと顔が赤くなっていたろう。魔術の鍛錬を思い出し、深呼吸。
ことのはじまりは昨夜。セイバーと今後の方針について話し合っている時。時間も遅いから明日にしようと寝室に向かった時のこと。
「……」
「……」
「……あー、セイバー?」
無言で俺の部屋まで付いてくるセイバー。その表情は真剣そのもので、今までと何ら変わりなかった。
何をしているのか。問いには、睡眠中は最も警護すべき対象だと言われた。曰く、
「睡眠中にキャスターの魔術などで操られでもしたら、いくら私でも距離が離れていては対応できない。貴方もその危険性は自覚するべきだ」
確かに、てんでそういう対策は出来ないのだけれど。それでもセイバーは女の子。しかもすこぶる美人と来ている。同じ部屋で寝れるわけなんかない、と冷静に(※実際は大慌てで)反論をすると、冷めた目でじっと衛宮士郎
を見つめ、ため息を付いた。
結果的に妥協案として、隣で寝るコトにしてもらった……。
ただ、それで衛宮士郎が落ち着けるかと言えば、否だ。彼女の小さな寝息で、ありありとその寝ている姿が想起で来てしまい、いっこうに寝ることが出来なかった。
今後もこれが続いていくのかと思うと少し気が滅入るけれど、それは諦めるべきだろうか……。
「結構なお手並みでした、シロウ」
昨夜に引き続いて和食を出してみる。箸を器用に使ってセイバーは炊き込みご飯を綺麗に食べてくれた。この表情を見る限り、少しはお気に召していただけたようだ。
「さて、と……、ん、セイバー?」
入り口に手をかける俺の背後で、セイバーが何故か靴を穿く。
なんとなくその意図がわかり、衛宮士郎は問い正した。
「その、なんだろう」
「外出するのなら同伴します。サーヴァントはマスターを守護するものですから、一人で外を歩かせるなど危険です」
「やっぱりそうきたか……。だが、これは譲れないぞ?
でもセイバー、マスターってのは人目につく事を避けるんだろ? なら昼間から、人気の多い所に仕掛けて来るコトはない」
「承知していますが、万一ということもある。加えてシロウはまだ未熟です」
「だからって四六時中一緒って訳にも――――」
「ですから、昨夜も言いました」
「い――――――――いやいやいやいや」
ばかな、そんなこと出来るわけないだろうと思わず言った。……無言の圧力に負けて彼女の妥協案を呑んでしまったものの、流石に学校はそうもいかない。
いや、考えていて気付いた。学校どころの話じゃない。桜や藤ねえに何と説明すればいいのか、と。……たぶん二人を巻き込まないためには、彼女を隠しているのが一番なのだろうけど。でも、こんな良い表情で食事をとってくれるセイバーを、隅に追いやるのも何か違う気がする。
「でもともかく、そんな調子でずっと出歩いたら、魔力なんで一気に減っていくんじゃないか?」
「……確かに減ってきますが、私の魔力の母数から考えればさほどではありません」
「いや、だったらリスクは減らすべきなんじゃないか? それだといざ戦闘になって、四六時中出歩いていたのが原因で戦えなかった、なんてなったら本末転倒だ」
「む…………、弁が立ちますね、マスター。昨日が嘘のようです」
俺もそう思ってるけれど、それだけ昨日のは堪えたと言うことなのだろう。実際問題、セイバーのリスクは減らしてあげたい。
それに――――。一昨日の光景が頭をかすめる。衛宮士郎はどうやら、この女の子に傷ついて欲しくないらしい。
ともかく帰ってきてから話そうと、無理に言って家を出て、しばらく。
……学校までは歩いて三十分。そこまで急ぐ距離ではないのだけれども。どうしてか足早にならざるを得ない。
原因は、アレだ。後方、俺のお古の黒いキャップに見覚えのあるマフラー、ジャージという出で立ち。下があのスカート姿というのが絶妙な違和感を感じさせる。
なんだろう、あれで変装しているつもりなのだろうか。確かに親父のスーツを着られるよりは違和感はないかもしれないが、そもそもそういう問題ではない気がする。そんな闇夜にまぎれて同属を討たんとする決意に溢れたような、そんな格好である必要が無い。
というか、あれだけの短時間でよくそれだけの服を探し出せたものだ。
「…………セイバー、家で待っていてくれって言っただろう?
マスターの言う事が聞けないのか?」
放っておけば間違いなく学校までついてくる。その確信とともに、思わず俺は口を開いた。
足を止めて振り返ると、セイバーは一瞬、目を大きく見開いた。気付いていないと思っていたのだろうか。
「わ、私は、セイバーなどではありません。アル――――、通りすがりの謎の剣士です」
少し慌てたように、そんなお茶目を返された。どこがお茶目って、自分で「謎の」とか名乗っちゃうあたりが。
一瞬くらっと来た。脱力しかけたけれど、気を取り直して。
「それで、その、謎のXさんは一体どうしてスニーキングなんて真似を?」
「さて、勘違いをしているのではないでしょうか。私は私の目的地があって歩いているだけです」
ほうほう、あくまでシラを切るか。良いだろう、ガマン比べだ。
それじゃあ、と彼女を無視して学校まで前進。
坂を下りきっても、背後にはもちろん、セイバー改め謎のXさん。
「……いいかげん戻ってくれ。これ以上はちょっと迷惑だぞ?」
「――――――――」
何が気にくわないのか、Xさんは無言で抗議してくる。
このまま無視して進んでも、どうせついてくるのだろう。
さて、そんな光景を周囲に見られたら、一体何が起こるだろうか。
…………。とりあえず、後藤はあんぐりとするだろう。
既に通学路手前。これ以上はいくら何でも、目立つ。いや、どっちにしても目立つというのが正解だろうか。
「……Xさん」
「…………」
「…………はぁ、わかった。じゃあ、一緒に学校まで行こう。そうすればおまえだって、学校が安全だって判るだろうし。
それと、無視して悪かった」
えっ、と、少し困惑した様子のセイバー……、じゃなかった、Xさん。
と思っていたら、帽子を手にとっておそるおそるこちらを見てくる。どうやら謎のストーカー剣士は辞して、普通の剣士に戻ってくれるらしい。
「ほら、そうと決まったら口裏を合わせよう。そうだな……」
「それでしたら、考えてあります」
「?」
「私は切嗣の親戚。観光……、のため日本に来た折、切嗣のつてを頼って貴方の元に。
そして切嗣から以前、自分に何かあった時はシロウを頼むと言われていた」
その、観光の後の間がちょっと気になったけれど。でもその設定なら、セイバーのサーヴァントとしての態度に違和感はなくなるかもしれない。
桜や藤ねえにも、紹介するときに使わせて貰おう。……いくらなんでも、ずっと顔を合わせないようにするというのは、現実的じゃないだろうし。
「でも、あれ? セイバーって、なんで親父の名前を知ってるんだ?」
「……そうですね。その話は、家に帰ってからでお願いします」
「そうか。……何だ、あんまりヒトに聞かれたくないことなのか?」
「あ、いえ。シロウにでしたら、話すのもやぶさかではないと言いましょうか。
……ですが、表では誰の耳が立っているか判ったものではありません」
そういうものか、と納得して歩き始めた。
前方は生徒たちで賑わっている。七時半過ぎはこの坂の人口密度が最も高い時間帯だ。
そんな中。予想していた通りと言えば通りなのだけれど、セイバーと一緒に歩いていようものなら、そりゃ周りから奇異の目で見られもする。
「……シロウ、何故、先ほどから注目されているのでしょうか」
しかも、本人に自覚なしと来た。こう、確かに違和感がないわけじゃない。その品の良いスカートに俺のジャージ姿という取り合わせは、ちょっといただけない。
かつて藤ねえをして「おばちゃんくさい」と言われたようなそれは、母親が子供のジャージを着用して買い物に出ているようなスタイルに近い。ちなみにそれを言ったネコさんと即日ヒートアップしてた。
ただ、そんなことは別にしてセイバーは綺麗だ。金砂の髪、宝石のような瞳。そんな見慣れない少女が、通いなれた日常の中に現れるのだから、その異物には興味津々でしかるべし。
「周りを見ればわかるだろ? セイバーが珍しいんだよ」
「はぁ……、その程度のことで?」
「この時間帯はヒトも多いし、仕方ないと言えば仕方ないか」
わかんないやつだな、とは言わない。あと今更ながら、間違いなく今日の目撃情報は、美綴か桜経由で藤ねえに伝わるだろう。絶叫と共に俺に襲い掛かるタイガーの姿が幻視される。なら先手を打つべきだろうか。
周囲の視線にさらされながら、校門を通らず俺は校舎の裏側に回る。職員とか用の裏口の方からなら、セイバーを入れても問題はないだろう。
「――――」
「セイバー? なんだよ、怖い顔して」
「いえ。シロウを見ていたのではありません。
ただ、魔力の残滓が強いもので、驚いただけです」
魔力の残滓?
言われても理解できていない俺に、セイバーは少し微笑んだ。
「と言っても、凛もシロウと同学年なのでしょう? 彼女ほどの
「入る前からセイバーに感知されるのか。……あいつも結構ドジなんだな」
「――――っ」
? おや。セイバーが何故か、今の俺の言葉に少しだけ笑いを堪えたような、変な声を上げた。
「……いえ、気になる気配はありますが、とりあえず危険はありません」
「だから危険なんてないって言ったろ? でも、そうだな。……とりあえず藤ねえにだけ顔見せしとこうと思うから、そしたら一旦家に帰ってくれ」
「フジネエ?」
「藤村大河。昔から世話になってる、冬木に出没する虎……、じゃなかった、姉みたいなのだ」
裏口から上がり、セイバーには来客用のスリッパを履いてもらう。
マフラーを外しながら、セイバーは校舎を冷静に観察していた。
「おはよう、衛宮」
そして職員室までの道中、こちらに声をかけてくる柳洞一成に応じる。と、当然ながら一成もセイバーを見て、少し訝しげな表情になった。
「衛宮。つかぬ事を訊くのだがおまえの後ろにいる女性は何者だ?」
「えっ? あー ……」
「初めまして。セイバーとでもおよび下さい」
その後、流石に自分で考えていたためかするすると、ジャガイモの皮でも剥くように設定を語るセイバー。
「あー、とりあえず日本に不慣れだし、家に一人にしておく訳にもいかなくてさ」
「なるほど。……衛宮のお父さんのお知り合いでしたか」
あっさり納得する、人見知りが激しいはずのこの生徒会長。
うむうむ、と一人何故か納得している。
「ふむ……。まぁ、問いただすまでも無い。大丈夫だろう」
「珍しいな、一成が初対面の相手でその態度は」
「何を言うか、これでも寺の飯で育った身だぞ。ヒトの良し悪しくらい見ぬけんでどうする。
……まぁ、あの化生めとは逆の方に秀でていらっしゃるからな。素人でも見抜けるさ」
では程ほど遅れぬように、と言いながら立ち去る一成。
「さて、問題は……」
そう、そして丁度そのタイミングで、職員室の扉が開く。
授業開始のチャイムが鳴るまで、わずか十分。果たして一成の一言を守る事が出来るか否か。