Fate/false protagonist   作:破月

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Kapitel 2-7

 

 

(side : Bazett)

 

 

 

 

困ったような顔で笑った彼のその表情に、既視感を抱いた。あれは、そう。

 

 

「(――――任務で訪れたアイルランドの山深くで死にかけた時と、同じ顔)」

 

 

今と同じような顔で、彼は笑ったのだ。自らの死を悟ったという訳でもなく、子供の我儘を聞くように、仕方がないとでもいうかのように。慈愛すら感じられるような、そんな笑みを浮かべたのだ。彼がなぜ、そんな風に笑ったのかを、私は聞くことが出来なかった。聞けばきっと、彼は答えてくれたのだろう。それでも、聞くべきではないと思ったから、私はあの時黙っているしかなかった。

 

 

「ダメね。謎が深まるばかりだわ、話を変えましょう」

「そうしてもらえるとこちらも助かる。といっても、申し訳ない事に、俺が語れる事は殆ど無いと思っていてくれ」

「……ほんっと、謎すぎるわ」

 

 

雪嗣が聖杯以上に欲しいと願うものが何なのか、それを聞くことを諦めたミス遠坂は肩の力を抜くように深く息を吐き出した。そして、

 

 

「貴方は二代目魔術師殺しとしてではなく、バゼット・フラガ・マクレミッツの代理、または衛宮士郎の叔父としてこの戦争に参加する。――――そういうことでオーケー?」

 

 

そう問いかけて肩を竦める。それに一つ頷いて、その手に持っていたライフルを私に差し出し、雪嗣は漸く腰を下ろした。彼の部屋から持ってきていたケースを開き、装填されていた残りの弾丸を抜いてから分解していく。それを興味深げに見つめる士郎さんとセイバーさんの視線を感じながら、慣れた手つきで損傷部分が無いかを確認し部品一つ一つを拭いながら決められたスペースに納める。抜き取った弾丸はそれ専用のケースにまとめて流し入れ、何の不備もなかったことに少しだけ安堵の息を漏らした。魔術併用にも耐えうる、彼の特注品であるこのライフルの組み立てと分解は普通のライフルとは若干違う。よって、修理にもそれなりの時間とコストがかかる。彼が狙撃する瞬間を横で見ていたから判っているつもりだが、派手な暴発はなかったものの内部に損傷があれば、と少々不安だったのだ。しかし良かった、私の組み立て技術はまだまだ健在だったらしい。ケースの蓋を閉じて、鍵を掛ける。そのままケースを抱えて立ち上がり、

 

 

「失礼します」

 

 

軽く頭を下げて私はその場を辞した。これで、あの場の空気を少しでも変えられればいいのだけれど。

 

 

 

 

 

― ― ― ― ―

 

 

 

 

 

バゼットなりの気遣いなのだろうか、なんとも判りづらい。彼女らしいといえば、らしいのだが。苦笑が零れ落ち、そっと息を吐き出す。入れ違いになるようにして、アーチャーが姿を表す。手にはそれなりに大きな旅行鞄を持っていた。強い視線を感じて顔を上げれば、綺麗な青い瞳が真っ直ぐに俺を見つめていた。居心地が悪いったらない。

 

 

「貴方は遠坂の魔術をご存知でしょう」

 

 

確信を持って告げられた言葉に小さく頷き、宝石魔術と答えた。それとなくゼルレッチ老の話もしてやれば、そんな事まで知っているのかと言わんばかりに顔を歪めた。そして次に彼女の口が何を紡ぐのか判り、尋ねられる前に答えを晒す。

 

 

「バゼットに聞いたかどうかは知らんが、基本的な魔術はもちろん使える。ルーン魔術も使えないことはない。頻繁に使うのは、衛宮に伝わる魔術だ。"時間操作"というもので、規模は術者によって変わるが固有結界を扱うことも出来る。それから、さっきまで持っていたライフルと魔術を併用した狙撃、浄化や回復魔術、投影魔術とそれに連なる固有結界くらいか……。ああ、俺は固有結界を――()()()()()()()()()()を、この身に宿していることになるのか」

「固有結界を、二つ……ですって!?」

 

 

俺が簡単に手の内を晒したことよりも、そっちに反応するのか。まあ予想通りでもあるので、あまり気にしてはいないが。魔術の中でも限りなく魔法に近いとされている固有結界を有し、一つだけでも双方から目を付けられやすいというのにそれを二つ。彼女が驚くのも無理はない、時臣氏も大層驚いていたのだから。全く話の流れに乗れていない士郎と、微妙な顔をしたアーチャーとセイバーの視線が俺に刺さる。やや後ろに座っているランサーに至っては、興味関心が全くないといった様子でそっぽを向いている。うん、アウェーだな、俺。

 

 

「魔法紛いのものを二つも持っていたら、そりゃあ確かに目の上の瘤扱いされて当然か……ん?でも待って。貴方、魔術協会の人間よね?よく封印指定受けなかったわね」

「ああ……それは、まあ。色々な事情がある」

「色々?色々って何よ、それも言えないわけ?」

「いや、そう言う訳ではなくてだな。どう説明したものか……"二代目魔術師殺し"を名乗っているのでね、俺は基本フリーランスだ。籍だけ魔術協会に置いている状態、と言えばいいのか。この身に内包された秘匿を僅かにでも明かし、有事には手を貸すという契約を交してね。そういうわけでホルマリン漬けになるのを逃れた。そう思ってくれ」

「――――、」

 

 

絶句、とはまさにこの事か。言葉も無く俺を凝視していた彼女は、ハッと何かに気付いたように顔を顰める。それに首を傾げれば、

 

 

「固有結界の一つは、投影魔術に関連するんでしょ?それって、どういう心象世界が出来上がるわけ?」

 

 

テーブルを乗り越える勢いでこちらに身を乗り出してきた。不意にアーチャーと視線が合い、互いに微妙な顔になる。何と答えたものかと顔ごと天井を仰いだその次の瞬間、

 

 

「都合が悪くなると直ぐに視線を反らすのは良くないと――」

 

 

グギッ、と。

 

 

「い゛っ?!」

「10年前にも申し上げたはずですが」

 

 

いつの間に背後に回っていたのか、頭をがっしりと掴んだ華奢な手によって顔は元の位置に戻された。いやそれよりも、

 

 

「ちょっ……と待て、セイバー!今叔父貴の首から有り得ない音が聞こえたんだけど!?」

「大丈夫です。これくらいでなんとかなっていたらそれは、鍛錬不足です」

「――――ッ!?」

 

 

なんでさ!と叫びそうになるのを堪え、左手で目頭を押さえる。ああもう、どうしてこうなった。

 

 

「リン、ユキツグの投影魔術は素晴らしいものですよ」

 

 

遣る瀬無くなって来た俺の心情を知っていか知らずにか、そんなことを言うセイバー。この頭を掴んでいる手を振り切って、今すぐ庭に穴を掘って埋まりたい気分になった。何だってそんなことを、よりにもよってアーチャーや士郎がいるこの場で言うのか。投影魔術が使えると口にしたのは俺自身ではあるが、さらりと流してほしい部分だった。投影魔術、からの固有結界展開なんて流れはドンファンとブラウニーだけでいい。それに、俺の固有結界はそんなに褒められたものではない。たった一つの物しか存在しえない心象世界は、はっきり言って剣の丘よりも殺風景で酷いものだ。

 

 

「ユキツグは、魔槍ゲイボルクを投影できます」

 

 

両手で顔を覆う。ピクリ、と微かにだが、ランサーの気配が揺れるのを感じた。

 

 

「強度も威力も、真に迫るものを」

 

 

 

 

 

― ― ― ― ―

(side : Lancer)

 

 

 

 

「ユキツグは、魔槍ゲイボルクを投影できます」

 

 

セイバーがそういった時、脳裏に土蔵で見た槍を思い浮かべた。あれは、見た目が違っていればゲイボルクに等しい機能も持っていなかったが、今はまだ真っ新なだけで、これから鍛え上げていけば、ゲイボルクと同等の――とは言い過ぎかもしれないが――素晴らしい槍になるだろう。神代に生み出されたそれに迫る物を、神秘も薄れた今の時代に作り上げるエミヤユキツグという男は、確かに優れた魔術師――否、鍛冶師とでも言うべきか。横目にマスターの様子を窺い、脳裏に浮かんでいた槍を霧散させる。

 

 

「投影できるのはそれ一種類だけだ。固有結界の中にあるのは贋作にもならない無数の鉄屑ばかりで、セイバーが言うような真作に迫る物は一本も無い、と言っておこう。必要に迫られて投影した物が、たまたま、成功しただけであってだな……。俺の魔術は起源の浄化に引き摺られる形で水属性のものの方が強いからな。成功することの方が少ない。ましてや、魔槍ゲイボルクともなれば、投影の難易度も跳ね上がる。まずそもそもとして、宝具の投影は無理に等しい。それなのにも関わらず、俺がそれを投影できたのは奇跡だ。まぐれだ。……そう、()()()()()()()()()()()()()()()なんだ」

 

 

槍の起源でも持てば、容易に投影出来るのだろうが、と。

 

 

「いつか見せる機会があるかもしれないが、出来たらそんな機会が来ない事を祈ろう。そう期待されるようなものでもないからな」

 

 

そう言うマスターの表情はどこまでも透明で、

 

 

「だから――――俺の()()()()()()に興味を持つ必要はないんだよ、遠坂嬢」

 

 

どんな感情も、読み取ることが出来なかった。

 

 

 


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