Fate/false protagonist   作:破月

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Kapitel 2-4

 

 

(side : Lancer)

 

 

 

 

「その通りだ、と言いてえとこだが……想像だけで言いたい放題するのはオススメしねぇな」

 

 

自然と、それは口を突いて出ていた。確かな"違和感"を抱きはすれど、やはりこうして庇ってしまうくらいには、オレはあのマスターに絆されてしまっているらしい。たった四日間の短い付き合いではあるが、何となく理解はしていた。あの男――エミヤユキツグは、()()()()()()()()()()()()()だと。最良の結果を得るためならば、友も、恋人も、家族も、そして自分自身ですら切り捨てる。実に魔術師らしい"魔術師"だが、同時にどこまでも情が深い人間でもあった。そうでなければ、死に体のバゼットを助け、さらに補佐役とはいえマスターの肩代わりなどするはずもないのだから。ましてやそれを、あの男の甥であるコイツが理解出来ないはずがない。

 

 

「坊主」

 

 

オレの言葉を黙って聞いていた坊主に視線を投げる。

 

 

「な、なんだよ」

「お前が夕飯を作りに席を立った時、アイツが何て言ったと思う」

「は?」

 

 

きょとん、と間の抜けた顔で俺を見返すその顔に、自然と笑みが浮かんだ。

 

 

「"生きていて良かった"」

「―――――」

 

 

坊主は言葉を失ってオレを凝視し、オレと同じようにその言葉を聞いていたらし嬢ちゃんは始末が悪そうに顔をそむける。

 

 

「そう、言ってたんだぜ?」

 

 

 

 

 

― ― ― ― ―

 

 

 

 

 

そろそろ話が終わっている頃かと思い居間に戻ると、甥が酷く間抜けた顔でランサーを見つめていた。一体何があった。お帰りなさいと言うバゼットに軽く頷き、戸を締める。

 

 

「説明は終わったのか?」

 

 

取りあえず先に戻っていたランサーに尋ねると、清々しい笑顔で頷かれた。その笑顔を受けて、バゼットが生温い視線を俺に向ける。いや、だから一体何があった。

 

 

「すまんな」

 

 

訳も分からず謝罪をすると、甥――士郎はハッとした顔で俺を仰ぎ見、そして、

 

 

「すまんで済んだら警察なんてもの必要ないんだよ!てか俺コイツに一回殺されてるんだけどな!?」

 

 

と、言った。うん、そうだな、それはランサーのマスターとしてちゃんと謝罪しておくべきことだな。しかし全く話の流れが掴めない。これまでの時間は、士郎に聖杯戦争――というかマスターやらサーヴァントやら、その他諸々についての説明が行われていたのではないのか。そして、俺が今一番確認しておきたいのは、士郎がちゃんとこの戦いのことを理解したかどうかなのだ。が、

 

 

「だがお前は生きているじゃないか」

 

 

思わず反射的にそう言い返せば、そうですね!!と威勢のいい声が返ってくる。若干、士郎の顔が赤くなっているような気がするのだが、プライドもあるだろうし気付かなかったことにした。いや、しかし、いくら本筋通りに進めようとしたからといって、今生の血こそ繋がってはいないが、甥をむざむざと殺してしまうのは気が引けた。結局殺したけど、生き返るのは分かっていたし。罪悪感がないわけではないが、気にしない。そのまま暫く士郎を観察していたが何の収穫もなく、得も言われぬ空気を破ろうと口を開きかけたところで、遠坂嬢が俺に尋ねた。

 

 

「貴方の目的は?」

「――――俺の目的?」

 

 

質問の意図が掴めずオウム返しのようになってしまった。それに機嫌を損ねたのか、少しだけむくれた顔で彼女は同じ質問を繰り返す。

 

 

「だーかーらー!貴方が聖杯戦争に参加した、その目的はなんなのかって聞いてるの!」

 

 

逆ギレか、思わずそう突っ込みそうになった口を噤む。早口に伝えられたそれに、バゼットが不思議なことを聞くのですね、と呟く。いや全くその通りだが、バゼットから聞かなかったのだろうかと少しだけ思考を巡らせてみる。目的、と口の中で反芻してみるが、これといって明確な理由はない。とりあえず、どういった経緯で俺がマスターになったのかを話して聞かせ、建前としての参加目的を語る。俺はバゼットの"代理"であり、つまるところそれは魔術協会からの指令に基づいた行動である事。ランサーのマスターになったのはバゼットに託されたからで、俺自身には聖杯に願うような望みなどない事。故に俺に聖杯戦争に参加するための明確な目的など無く、バゼットが聖杯戦争から脱落してしまったことの――言い方は悪いが――尻拭いをしているに過ぎないのだ。代われ、と言われたから参加している。表向きの理由なんて、そんなものだ。俺自身の願い、と言われるとそんなもの無いに等しい。正確には、()()()()()()()()()()()()を持ち合わせていないのだ。俺は、俺の力で未来を変えるという事以外に、わざわざ叶えようと思えることなど無いのだから。

 

 

「(尤も、その願望機が正しく作用していれば、魔術師なんてやめて隠居してたんだけどな……)」

 

 

まあそんなことは、この際、誰も知らなくていい。

 

 

「貴方自身が聖杯に捧げる望みがないのは判った。けど、ランサーはどうなの?」

「オレも聖杯は必要としちゃいねぇ。戦うために召還に応じたんだからな」

「そう……」

 

 

殊勝な顔つきで俺の話を聞いていた遠坂嬢は静かに頷き、何かを考えるように顎に手を当てた。まだ幼さを残したその表情が、しかし、彼女の父親の面差しと重なって口元が綻ぶ。時臣氏とは直接的に顔を合わせて会話をした事はなく、スコープ越しにちらりと見た事がある程度だ。ああ、こうして血は遺されていくのかと、そんなことを考えて直ぐに振り払う。過去を懐かしく思うのは今でなくてもいい。遠坂嬢が何かを考えているのを横目に、セイバーに向き直る。俺と目が合うと彼女は姿勢を正し、真っ直ぐに俺を見つめてきた。

 

 

「自己を犠牲にし、その手を血で汚すことすら厭わず、我がマスターを聖杯にまで導いてくれた"先導者(ライター)"よ」

「その呼び方はどうかと思うが……まあ、久しぶりだな」

「ええ、お久しぶりです。とは言っても、私には時間という概念があまり存在しないのですが……前回の聖杯戦争以来ですね」

 

 

懐かしさと、哀愁が込められた声が耳に届く。()()()()()()()()()という言葉に他の面々が息を呑む音を聞きながら、俺は真摯に向けられる視線に応えるように目元を和らげた。そうすれば彼女は、酷く苦々しい表情を浮かべる。罪悪感なんて必要ないものを抱いているのだろう。如何にマスターの――切嗣の指示とは言え、聖杯戦争には直接的に関係のない俺の手が血に染まったのだ。幸いにして、俺はその事についてなんの恨み辛みもない。俺がいくらそう窘めても、彼女は悔いることを止めないのだろう。己の所業を悔いてその身を世界に売ったように、彼女は俺に、言葉ではなくその澄んだ瞳で謝罪を繰り返すのだ。今この時だけは周りの音が、景色が、一切遮断され、ここには俺と彼女しか存在しなくなる。そんな錯覚すら覚えて、俺は彼女の言葉を待った。

 

 

「貴方は――あの時から少しも、変わらない」

 

 

それが良い事なのか、悪い事なのかは判らない。それでも、貴方が貴方のままで良かった。それを心から嬉しく思う、と。王としての威厳もへったくれもない、ただ一人の少女としてそう言った彼女に俺は笑う。

 

 

「何かとんでもなく大きな切っ掛けがない限り、人はそうそう簡単に変われるものではないさ」

 

 

彼女が、前回同様聖杯を求めて、今回の召喚に応じたように。

 

 

「――甥を……士郎を、よろしく頼む」

「言われるまでもありません。彼は私のマスターなのですから」

 

 

きっぱりと言い切った彼女の清々しさこそ、10年前と何ら変わりない。言葉が足りない兄貴に代わって俺が言葉を尽くしたからこそ、彼女は少しだけ変わった。何をしようと無駄だった、というのは訂正しよう。少なからず、彼女の心には変化を来たすことが出来たのだから。些細なことではあるけれど、やはり、この世界は俺を拒んではいないようだと、つい最近似たような事を考えたなと思い出す。"原作"とは違うけれど、今目の前にいる彼女こそが、"俺"の知る"セイバー"だ。だからこそ、眩しくて仕方がない。彼女の事は好ましく思うが、この真っ直ぐな瞳がどうにも苦手だ。

 

 

「――二人は、知り合いなのか?」

 

 

ぽつり、と。その言葉が引き金になったかのように、音が、景色が戻ってくる。俺達はたった二人だけの空間から、衛宮邸の居間へと戻ってくる。呟いたのは士郎で、そんな彼を振り向きセイバーは大輪の華を咲かせる。

 

 

「はい。――ユキツグは、この世で得た私の至高の友です」

 

 

万物総てを等しく照らす太陽ではなく、慎ましやかに夜道を照らす月のような。そんな風に凛とした、美しい大輪の華を。

 

 

 

 

 

― ― ― ― ―

(side : Archer)

 

 

 

 

その男の姿を目にした時、思わず我が目を疑った。生きているはずがない、と。

 

 

 

 

 

「はい。――ユキツグは、この世で得た私の至高の友です」

 

 

衛宮士郎の疑問に答えた彼女は、美しい笑みを浮かべていた。摩耗しきった記憶の中には存在しない、もしくは見たことすらない、それほどに美しい笑みだった。衛宮士郎と凛が呆けた顔で彼女に見とれているのを、ランサーがニヤニヤと締まりのない顔で眺めている。バゼット、と名乗った彼女もまた感慨深げに、なるほど、などと言いながら頷いていた。彼女は衛宮士郎を見つめたまま、男は彼女を見つめたまま、――そして私は男を見つめたまま。静かに時間が過ぎていく。

 

 

「――話は戻るが、」

 

 

どれくらいそうしていたのか。時間にすれば、十秒にも満たないほんの少しの時間だったに違いない。場を取り仕切るように一度手を叩き、全員の注目を集めた男は、真剣な眼差しで衛宮士郎を見つめて言う。

 

 

「お前はどうする」

 

 

それは質問でも、疑問でもない。衛宮士郎がどう答えるのか既に知っているような、内に秘めた心情を吐露させるような響きを持っていた。

 

 

「士郎、成り行きとはいえ、セイバーを召喚したのはお前だ。お前に求められる答えは二つに一つ。この聖杯戦争に参加するか、否か。……情報が足りず決めきれないというのなら、あまり薦めたくはないが新都にある教会に行きなさい。そこにいる聖杯戦争の管理者から話を聞くといいだろう。彼はきっとお前が必要とする情報を、必要な分だけ与えてくれるだろうから。遠坂嬢に聞いたことだけで満足したのならば、今すぐここで決めなさい」

 

 

促しているようで、それは強制だった。変わらない。そう思った。この男は何かしらの決断を迫る時、いつもこんな風に語りかけてくるのだ。懐かしさに目を細め、しかし今目の前にある光景がなぜ懐かしく思ったのか判らずに、瞼を閉じる。そうすれば幻像は消え、声だけが耳に届く。

 

 

「決めろって言ったって……どうすりゃいいんだよ」

「そうやってすぐに俺に助けを求めるのはお前の悪い癖だ、少しは考える努力をしろ」

「うぐっ……」

「……はあ。迷っているのなら、セイバーと共に教会へ行けばいい」

「叔父貴はどうするんだよ」

「ここにいる」

「本当だな?勝手にいなくなったりするなよ?」

「ああ」

 

 

会話はそこで途切れ、人が動く気配がする。さて、我がマスターはどう動くのか。薄らと目を開け、凛に視線を投げる。彼女は私に目配せをすると立ち上がり、自ら案内役を買って出た。全く、余計なことを。しかし、それが彼女の本質なのだから仕方がない。

 

 

「(――ああ、摩耗しきっていたはずが、まだ残っていたのか)」

 

 

口端に苦笑を乗せて私も立ち上がる。それに合わせてランサーも立ち上がり、一瞬で姿を消した。どうやらついてくるらしい。

 

 

「その格好だと目立つからさ、バゼットさんの服を借りて着替えてくれないかなセイバー」

「わかりました」

 

 

どうやらこの"世界"は、"オレ"が知るものとは大きく異なっているようだ。靄がかかったようにはっきりとしない記憶の中に、バゼットという名の女性は存在していなかったように思う。それに――。

 

 

「(衛宮雪嗣は、()()()()()()()()()()()()()はずだ)」

 

 

確信を持ってそう言える。それがなぜ、こうして生きて。マスターなんぞをやっているのか。疑問と困惑を押しとどめ、私は凛の後を追って衛宮邸を後にした。

 

 

 


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