Fate/false protagonist   作:破月

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字数がバラバラで申し訳ないです……


Kapitel 2-3

 

 

 

とりあえずあの後、何事もなかったかのように俺達は居間で遅すぎる夕飯を食べた。終始居心地悪そうにしていた遠坂嬢とアーチャー、ランサーに警戒しまくっていたセイバー、いつもと変わらぬ様子で淡々と食事をするバゼット、甥の飯をうまいうまいと掻っ込んでいたランサー、自分を一度殺したはずのランサーがいることに落ち着かない甥。ああ、これは何と言うカオス。ずずっ、と食後の茶を啜りながらそんなことを考えていると、不意に視線を感じた。その出所に目をやれば、アーチャーと目があった。そのまま目を逸らさずにいれば、慌てた様子で目を伏せる。彼の正体を知る身としては少しばかり残念に思った。その後、調子を取り戻した遠坂嬢により聖杯戦争とは何かという授業が開催され、俺とランサーは少しの間席を外すことにした。どこに行くのかと尋ねてくるセイバーに、庭に出てくることを告げる。納得したのかどうかは謎だが、曖昧に頷いたセイバーを横目に居間を後にした。因みに、割れた窓ガラスはランサーが詫びと称し、食前にルーン魔術を使って修理していた。

 

 

 

 

 

― ― ― ― ―

(side : Shiro)

 

 

 

 

叔父貴が席を外してから数分、

 

 

「まだなんか質問ある?」

 

 

粗方の説明を終え、現状を確認した上で遠坂はそう言った。分からないことは未だに多いが、何となく理解した。それより気になったのは、俺のことをへっぽこと彼女が戸惑いもなく言ったことだ。心ある人なら言いにくいことを平然と言ってくる所を見ると、これが素なのかもしれない。学校での優等生然としたイメージが、ガラガラと音を立てて崩れていくようだった。一成が言っていた通り、確かに遠坂は鬼みたいに容赦がない。

 

 

「さて……話がまとまったところで、そろそろ本題に入りたいんだけど」

 

 

柔らかな声音が一転して、緊張感を孕んだものに変わる。それを敏感に感じ取ったセイバーと赤い男――もといアーチャーが互いに目配せをして、さっきからずっと部屋の隅で傍観を決め込んでいたバゼットさんに視線を投げた。それにつられるように、俺も彼女を見つめる。遠坂の眉間にはしわが寄り始めていた。彼女がどうかしたのだろうか。

 

 

「最初に聞いておくわね、衛宮くん」

「え……あ、ああ」

 

 

視線を戻せば、遠坂が俺を射殺さんばかりに睨みつけていた。

 

 

「この女と、貴方が叔父貴と呼んだランサーのマスターらしき男。コイツ等との貴方の関係ってどんな?」

「どんなって……」

 

 

そんな簡単なことをなぜ、聞いてくるのだろうか。

 

 

「その人は、バゼット・フラガ・マクレミッツさん。叔父貴の同僚で我が家の居候。それから、魔術について教えてくれたりしてるから、俺の師匠みたいなもんかな。叔父貴は叔父貴だとしか言いようがない。俺のオヤジ――衛宮切嗣の弟で、俺の叔父さん。名前は衛宮雪嗣、魔術師の中ではそれなりに有名らしいけど、」

 

 

俺はよく分からない、と続くはずだった言葉はすんでのところで飲み込んだ。何に驚いたのか、遠坂が限界まで目を見開いてバゼットさんを凝視する。その視線を受けて、バゼットさんは初めまして、と静かに頭を下げた。

 

 

「魔術協会から派遣されました、バゼット・フラガ・マクレミッツと申します。雪嗣とは任務中に知り合いました、コンビを組んでいたと言ってもいいでしょう。私が今回の聖杯戦争の参加者だったのですが、マスターが7人揃う前にとある人物に騙されて脱落しました。傷は完治していますが、正規マスターとして復帰するつもりはありません。ですので、現在はマスターとしての権利を、補佐役として同協会から派遣された衛宮雪嗣に譲渡し、私が補佐役に回っています。それから居候の身でもありますので、日中は新都の方で仕事をしています」

 

 

何か質問は、と言う彼女に遠坂が尋ねる。

 

 

「もしかしなくてもあのランサーはあなたのサーヴァントってわけね?」

「訂正します。確かに、ランサーを召喚したのは私で、一時ではありますが使役しました。しかし先ほど言ったように、私は既に脱落したマスターであり、マスターとしての権利は雪嗣に譲渡しました。令呪も彼のもとにあります。故に、ランサーは現在雪嗣のサーヴァントです」

「そう……じゃあ次。貴方を騙したのは誰かしら?あの男?」

「彼の名誉のために言いますが、断じてそれは違う。雪嗣は目的のためならば手段を選びませんし、騙し討ちもしないとは言えない。しかし、私を騙したのは彼ではないという事は断言しましょう。私が罠にはめられた時、彼は丁度よくこの街に到着したばかりだったようですから」

「……あの男じゃないのは分かったわ。でも、結局それはわたしの質問に答えたことにはならないんだけど」

「そうですね。ですが今は明かせない。知らないよりは知っていた方が良い事もあるのでしょうが、ここで全てを明かしてしまえば貴方の命の保証は出来ない。その人物に関しては、知らない方が良い。それに、下手に貴方が情報を手にすれば、雪嗣の弱点にもなり得ます。敵に弱みを握られては困りますからね」

「敵?なにそれ?あの人、なんか恨みを買うような事したの?」

「そうですね……確かに、雪嗣は恨みを買ったのでしょうね。尤も、特定人物の恨み云々を除外しても、組織にとって彼が目の上の瘤であることは間違いないのですが」

「はあ?」

「彼の父親は元々封印指定を受け、協会から逃げ回っていたのです。さらに言えば、彼自身も封印指定ものの魔術師です。なにせ稀少な固有結界の担い手ですので。扱いに困るのは当然かと。まあ、そのことが今回の敵に関係しているのかどうかは別ですので、軽く流してください」

「――――はあ!?」

 

 

遠坂が驚きの声を上げたところで、質問の嵐が一度止まる。封印指定や固有結界というものがどういうものかは判らないが、遠坂の反応を見る限り相当凄いものか、相当ヤバいもののどちらかだろう。有り得ない、何それ反則じゃない、ふざけてるの、とブツブツ独り言を漏らす遠坂を横目に、今度はアーチャーが質問を口にする。

 

 

「君は彼の方針について何か口出しをしたりはしなかったのかね?」

 

 

どういう意図でそんな質問をしたのか。バゼットさんは一瞬だけ俺を見やって、気まずそうに視線を逸らす。あー、何となく分かったような。

 

 

「そうですね……納得いかない場合には、それなりに口を挟むこともあります。理由を問い、明確な答えを求めます。実際、彼はランサーに"一切の容赦なく目撃者は消せ"と言い、私はそれに少なからず異を唱えました。ですが、私は雪嗣に全幅の信頼を寄せていますし、彼の判断は正しいとも思っている。それに……魔術師やサーヴァントの戦いを何も知らない一般人が目撃してしまった場合、その始末をするのは当然のことです」

 

 

それは私も彼も、彼のサーヴァントも了承していたこと。そう言ったバゼットさんの声がどこか遠くに聞こえる。見ないようにしていた現実が、目の前に突きつけられたような気がした。

 

 

「(――――そうだ、バゼットさんは言ってたじゃないか。ランサーのマスターは叔父貴だって。それじゃあ、)」

「それじゃあ、アイツは身内だろうと簡単に殺せるってわけ?」

 

 

憎々しげに、直球に、核心を突くような疑問をバゼットさんにぶつけたのは遠坂だった。遠坂の言葉に反射的に肩を揺らした俺の顔を、セイバーが気遣うように覗き込んでくる。あまりに直球かつ不躾な質問に、バゼットさんは眉間にしわを寄せて遠坂を睨み付ける。それに一瞬だけ怯んだものの、気丈にも相手を睨み返すのだから中々に肝が据わっていると思う。

 

 

「その通りだ、と言いてえとこだが……想像だけで言いたい放題するのはオススメしねぇな」

 

 

答えを聞くのが恐ろしいな、と思っていると、バゼットさんからではなく廊下からそんな声が聞こえてきた。音もなく襖が開くと、そこには席を外していたランサーが不機嫌そうな態度を隠しもせずに立っていた。襖を締め、どかりとバゼットさんの隣に腰を下ろして胡坐をかく。と、

 

 

「バゼットから聞いたように、オレは、一切の容赦は必要ねぇって言われてたし、たとえ始末対象がマスターの身内だろうと関係ねえとも言われていた。いけ好かねえ命令だが、そういう規則だ。だから俺はこの戦いに無関係な目撃者を、言われた通りに始末しようとした。たまたまその目撃者ってのが、本当にマスターの身内だったのは予想してたとはいえ、だ。まさか本当に始末することになるとは思わなかったな。まあ、あの場に坊主が居合わせちまったのは()()()()()()んだろうよ。坊主があのまま死んでいればそれは()()()()()()だと、マスターは割り切る。そういう心の強さを持ったヤツさ。殺す覚悟も殺される覚悟も出来ている。だからこそ、今、こうして坊主が生きていることに、態度にこそ出さねぇが心底安心してるんだよ」

 

 

目を細めながらそう言った。

 

 

 

 

 

― ― ― ― ―

(side : Lancer)

 

 

 

 

マスターの後に続いて庭に出ると、そいつは土蔵の方へと足を進めた。甥である、あの坊主の工房だという土蔵。そこに他の魔術師が入る、というのはどうなんだろうか。それに、ここにはこの男の工房は無いのではなかったか。

 

 

「何だってここに来たんだ」

 

 

男の背中に疑問をぶつければ、

 

 

「いや、少しな」

 

 

濁したような返答があった。先ほどの一件から開きっぱなしになっていた土蔵に足を踏み入れた男の後に続くかどうか迷う。しかしそれも一瞬のことで、ああ、と思わずといったように零れた男の感嘆の声に俺もそこへ足を踏み入れていた。土蔵の中には、ガラクタが積み上がっていた。坊主をここに追い込んだ時には気付かなかったが、そこかしこにガラクタが――まだ使えるようなものもあるのだろうが――転がっている。それら一つ一つに目を通して、苦笑を浮かべたり、感心したように頷いたりしている男の様子を横目に、俺はある物を見つけた。沢山の物に埋もれるようにして存在する、なんて事はない、細長い箱。二メートルは優にあろうかというその箱に、どうしてか興味がそそられた。強者と相見えた時のような高揚感さえ感じ、どくり、と心臓が脈を打つ。

 

 

「……っ、」

 

 

唾を呑みこみ、恐る恐るその箱に手を伸ばそうとして――。

 

 

「それは失敗作だ」

「――――!?」

 

 

背後から掛けられた声に弾かれるようにして手を引き、振り返る。ガラクタを物色していたはずの男が、凪いだ目で俺を見つめていた。

 

 

「俺が作ったものだが……」

 

 

何かいい言い訳はないかと思考を巡らせるが、何も思いつかない。そんなオレの様子を知ってか知らないでか、男はさらに言葉を続ける。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()だ」

 

 

――槍。この箱の中には、槍が入っているのか。何か言い訳を、と巡らせていた思考はすでに放棄した。槍を得物にしているのだ、気にならないはずがない。

 

 

「見てもいいか?」

「面白くもなんともないぞ」

「ああ、それでもいい。アンタがどんな槍を作ったのか見てみたいだけだ」

 

 

物好きだな、と薄く笑って男はその箱を慎重に取り出す。白樺の美しい細工が施された箱は、失敗作だという槍を納めておくには惜しい代物だ。蓋がずれないように結ばれていた濃緑色の紐がはらりと解け、蓋を持ち上げるよう促すのにつられてそっと箱を開ける。そこにあったのは、

 

 

「歪なものだろう」

 

 

オレが持つ真紅の槍によく似た、しかし全く別物の槍だった。艶やかな朱色の柄の部分には巧妙に蔦や蕾が彫り込まれ、丁寧に磨かれ仮漆を塗ったような光沢がある。穂先は鋭く、鋼の色をしていながら仄かに赤味を帯びているようにも見えた。

 

 

「これ、は」

「ただの鈍らだ。見た目はそれなりだが、中身が伴っていなければ意味がない。だから、失敗作なんだ」

 

 

言葉を失う。これほど巧妙に作り上げておいて、まだ足りないというのか。確かにこれは、オレが持つ槍――ゲイボルクによく似ている。が、一本が同素材で出来ているゲイボルクとは違い、柄と穂先で素材が別物だ。それに、如何に似ていようとも、その能力までを再現出来る訳がない。そう言った意味では、失敗作と言えるだろう。しかし、これはこれで一つの作品なのだ。ゲイボルクを模した、また別個の槍。因果律に影響を及ぼすことがなければ、一軍隊を壊滅させるだけの威力もない。それでもこれは、

 

 

「……美しい槍だな」

 

 

紛れもなく"真作"だった。まだなんの伝承も持たない、可能性だけを秘めた槍。

 

 

「原初の槍、可能性と未知に溢れた真白の槍、こんなに美しい槍を俺は知らない」

 

 

だからこそ、そんな槍を作り上げたこの男が、どうして頑なにそれを否定するのか判らなかった。

 

 

「そうか」

 

 

男はただ一言、そう言って頷く。そして先に屋敷の中に戻っているように言いつけて、槍を手に取った。

 

 

「アンタはどうするんだ」

 

 

土蔵の一角に敷かれたブルーシートの上に腰を下ろした男の背に尋ねる。

 

 

「いや、少しばかり手を加えようかと思ってな」

 

 

それだけ言うと、男は何やら詠唱を始め、己の世界に入り込んでしまった。そして、言われた通りに屋敷に戻ったオレは、

 

 

「それじゃあ、アイツは身内だろうと簡単に殺せるってわけ?」

 

 

そんな言葉を聞いたのだ。

 

 

 


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