最後の話を削ればよかったのかな……でもここ以外に入れるところもないし……
あ、注意点としては視点がコロコロ変わります
――――――――夢はまだ、終わらない。
意図せずして
巡った時は遥かに遡り、
暗殺者の願い通り、
ただでさえ大人びた子供だった。
それに合わせ前世の記憶がより一層、少年を大人びさせた。
そして、その
脳が覚えていなくとも、体が、心が覚えている。そんな不可思議な現象に、少年は首を捻りつつも明らかにしようとは思わなかった。
庇護する王は変わらず。ただ、少年の愚かしさと憐れさと、運命の数奇さを尊んだ。
王に見定められながら、少年は前世の記憶を頼りに努力した。以前よりも魔術に打ち込み、それだけでなく体術や化学にも手を出して。神童と騒がれても傲り高ぶらず、粛々と己を研鑽した。
そうして、ふとした瞬間に思うのだ。
――――自分を呼んでいる、と。
空耳かもしれない。
思い込みかもしれない。
それでも、何かが呼んでいる。
そんな気がしてならなかった。
― ― ― ― ―
(side : Shiro)
『行動力だけはありましたから。とりあえずギルを連れてアイルランドに飛びました』
「とんでもないな。その時お前、いくつだったんだよ」
七歳です、と言った少年の瞳が緩やかな弧を描く。
『雪深い山奥で、ギルに触媒となる物は無いか尋ねました。そうしたら、どんな英霊を召喚したいのかと言われまして』
「なんて答えたんだ?」
『"決定打が欲しい。この戦いを勝ち抜くための、誰も予想ができないような。そんな力が"と』
「小学一年生はそんなこと言わない」
『中身は大学生でしたから』
「知りたくなかった……そんな事実……」
あはは、と少年は軽やかに笑う。本当に、この少年と叔父貴が同一人物――――もとい、同じ魂を持つのか疑問でしかない。サクリ、足元の雪が沈んだ。
「それで?お前が尊敬する王様は、何を出してくれたんだ?」
少年の瞳が意地悪く煌く。
『何だと思います?』
「そうくるか……」
冗談ですと笑い、雪原の上でくるりと回った少年の耳元で何かが光った。
『――――耳飾りです、ルーンが刻まれた、銀色の』
切なげに。愛しげに。込められるだけの感情全てを込めて吐露された言葉は、どんな愛の言葉よりも甘い。それと同時に、誇らしげでもあった。
『見覚えがあって、でもその理由が判らなくて』
「前世で見たとか?」
『……そうですね、その通りです。しかも、
少年はどこか遠いところを見つめている。俺が一歩踏み出せば、踏み拉いた雪の音に我に返ったようだった。
「その耳飾りを触媒に召喚したんだよな」
『ええ、はい』
「その……あいつだろ?」
『ご想像の通りかと』
森の中の拓けた広場のような場所で、金ぴかの王様と少年の幻影が何かをしていた。それを、少年と傍観しながら会話を続ける。
『召喚陣はルーンを刻んだ石を魔力に溶かして描きました。詠唱はギルを召喚するために三年前に覚えていたので問題なく。―――誰が召喚されるのか分ってはいましたけど、とんでもなく緊張していたのは覚えています』
少年の幻影が詠唱を唱え終えると同時に、あたりを眩いばかりの光が埋め尽くす。あちこちに散布していた光が収束し一本の光の筋になると、陣の上に誰かが立っているのが判った。見慣れた青い皮鎧、強い魔力を発する魔槍、肩には金で刺繍の施されたリネンのローブがかかっている。束ねた髪には小さくも美しい宝石たちが編み込まれ、ゆっくりと持ち上げられた瞼の下から現れた瞳は鮮やかな赤。
「……なんか、想像してたのと違う」
『それは……まあ、何と言いますか。一応ホームグラウンドでの召喚ですので、知名度補正がかかってます』
「明け透け」
粉雪が舞い散る中、その青は際立ち、一種の不協和音を呼んでいるようにも見える。実際は違和感なく真白の世界に溶け込んでいて、なんだか感慨深い。ふと、脳裏を過った言葉が零れ落ちる。
「運命の出会い、か」
『違いますよ』
けれど、その考えはばっさりと切り捨てられた。
『前世の僕や、
「"けど"?」
『…………
大英雄二人に見降ろされて頬を膨らませる自身の幻影を、少年は静かに見つめている。そろそろかな、と小さな呟きが聞こえた。何が、と問う前に俺の横を何かの影が通り過ぎていく。それを目で追いかけ、思わず二度見した。
「お、おい!あれ……?!」
あまりの衝撃に少年の肩を掴み、揺さぶるもそれ以上の言葉は出てこない。苦笑した少年は、気持ち悪くなるのでやめてくださいと冷静に言い放つと、俺の手を取って幻影に近づいていく。
『彼の名前は
青味の強い黒髪に、瞳はバイオレット。まだ幼さの残る顔は、先ほど召喚された男と瓜二つで。括られた襟足は肩につくかつかないか、ギリギリの高さで揺れている。
『なんでも、
驚愕は留まることを知らない。ここまで
『召喚したクー・フーリンも驚いてましたよ』
「だろうな」
『でも、同時に楽しげでもありました』
「あいつは、そうだろうな」
『それで、自分の力をクランに譲って座に還っていったんです』
「へぇ、なるほ……え?」
『座に還りました』
「その前」
『力をクランに譲って?』
「どういうことだ?!」
訳が分からなかった。
― ― ― ― ―
――――――――あんたが、オレを呼んだのか?
耳馴染みのないゲーリックを翻訳できたのは、その身に宿る奇蹟の器のお陰に違いなかった。そもそも、どうして少年が
――――――――君が、僕を呼んだのではなく?
三度に渡って巡る事になった、
――――――――何だよ、オレらはお互いに呼び合ってたのか
だから結局、少年はそいつになってから三度も繰り返した。器には、そいつとは別の意思が宿っていたから。その別の意思が、勝手にそいつの願いを汲み取って叶えていた。そして、勝手にそいつの記憶を記録していた。とんだ有難迷惑。だからこそ全てを思い出すことができたともいえる。――――
――――――――オレは、クラン。よろしく、マスター
――――――――僕の名前は、
――――――――なら、何て呼べばいい?
――――――――結木雪仁、それが……僕の名前
――――――――ユキヒトか……ん、いい名前だな!んじゃあ、よろしくな!!
――――――――ん…………よろしく、クラン
四つの幻影は、気付けば二つに減っていた。傍から見ていると、お互い違う言語を話しているのに会話が成立していることが可笑しくてしょうがない。ちらりと横を見れば、長い時間記憶を追体験している赤毛の少年の顔には疲労が見えた。
――――――――ユキヒトって長いから、"ユキ"でもいいか?
――――――――……
――――――――どうした?
――――――――……誰かに、
けれど、申し訳ないが終わりはまだ来ない。全て見せるつもりはなかった。なかったのだが、
――――――――
その呼びかけに、紺碧の海を眺める少女の声がリフレインした。
――――――――
その問いかけに、答えはでない。
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(side:■■■■)
――――初めから判っていたことだった。彼の王が少年の呼び声に応えることも。彼の大英雄の子孫が少年に傅くことも。その少年が元は、
『今この瞬間に助けを求め、生きたいと願う、そんな
――――他人を救う事。なんと愚かで、なんとも愛しい宣誓か。それは12歳の少年が抱くには大きすぎる願いであり、本来ならば叶うはずもなかった願い。それを可能にするとは流石、奇蹟の器である。わざわざ英雄王が取り出し力を与えたそれは、少年の意識を攫い、少年の魂と共にどこかへと消えた。故に少年は未だ目覚めず、しかし、少年の目覚めはそう遠くない。
「見つけたようだね」
――――――――大丈夫、彼は