Fate/false protagonist   作:破月

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短めです
滑り込みで、切嗣ハピバ!あと、うちの雪嗣もね!


Kapitel 8-4

 

日暮れ、冷たい風が首元を走り抜けていく。着慣れた着流し一枚で、縁側に座って湯呑を揺らす。不意に――――カチリ、と。意識のスイッチが切り替わった気がした。自分が意図して起こしたものではない、だが、誰かが意図的に起こしたものだ。空っぽな臓腑(はら)の中に、唐突に鉛を投げ込まれたような違和感が腹部を犯す。吐き気は無い、汚い話だが便意もない。それらとは関係のない、何とも言えない不快感が満ちていく。腹に手を当てて撫で擦ってみるが、変化はない。首を傾げれば頭上に影がかかり、上向けばランサーと視線がかち合った。

 

 

「どうかしたか」

 

 

飄々とした態度を崩さず、あくまでも世間話を始めようという気軽さで尋ねられる。パッと返答が出てこない。腹に違和感があるとでも言えば良いものを、まるで、喉に何かがつっかえているみたいだ。結局、何でもないと答えてしまった。その答えにランサーが納得するわけもなく、また隠し事かと顔を顰めながら隣に腰を下ろした。

 

 

「なんつーか……今朝と雰囲気変わったな、アンタ」

 

 

ぽつり、と。独り言のように吐き出されたその言葉に首を傾げる。今朝―――といえば。自分の唇に触れてみる。潤いなんてものはない、乾燥してひび割れでも出来ていそうだ。対照的に、これを触れ合わせたランサーの唇が酷く柔らかかったことを思い出す。もう一度触れてみようか。そんな考えが浮かんで、一笑に付す。俺が笑ったことに気が付いたランサーが、頬を抓って笑う。

 

 

「何一人で笑ってんだよ」

「いや……どうという事も無い。ただ、君に口づけたいと思っただけだ」

「――――――」

 

 

ぴたり、とランサーの動きが止まった。赤い瞳が左右に揺れ、瞬きが増える。近づいてみれば、近づいた分だけ体を後ろに引いていく。

 

 

「なあ、ランサー」

 

 

湯呑を置き、俺の頬に伸びていた手を掴む。

 

 

「君は、どうして俺を好きになったんだ」

「そ、れは……」

「こんな短期間で知れる人となり何て、大した事も無いだろう。君は、俺の何を見て、俺を好ましいと思うようになったのか」

 

 

疑問に思っていたことを口にした。―――本当に、疑問に思っていたのだ。

 

ランサーを召喚したバゼットを助けたから?

――――有り得ない、抱くとしてもそれは恋情ではなく恩義だ。

パスを通して俺の記憶を夢に見たから?

――――俺はもう、夢に見られるほど多くの記憶を持ってはいない。

本当に、出会ってからこの数週間で恋に落ちるのか?

――――一目惚れという可能性があるが、それはむしろ俺の方だ。

 

有り得ないのだ。この俺が、彼に好かれる理由が判らない。恋に時間は関係ないという者もいるだろうが、果たしてそれは同性間にも当てはまるのだろうか。可能性としては低くはなさそうだが、高い訳でもないだろう。さらに、俺達は生きている時間が違う。ランサーは過去の人間で、俺は今を生きる人間だ。バゼットがランサーを召喚して初めて、俺達は出会えるのだ。第5次聖杯戦争の前にどこかで出会った、という事は無い。第一、出会っていたとしてもそれは今目の前にいる彼ではないだろう。召喚された時の記憶は、座に帰還すると記録となる。その記録は、まるで書架で本でも読むように取り出すことが出来るらしいが。はたして、生前の記憶さえ記録として保管するそれに、高々数週間ぽっちの聖戦の記憶が埋もれずにいられるだろうか。――――否、埋もれないはずがない。死後に出会う魔術師(マスター)が生前の(マスター)に負けず劣らず素晴らしい者であったなら、記録にも残ろう。バゼットならば、きっと。だが、俺は決して、記憶にも、記録にも残れないものだ。()()()は、いずれ消えてしまう。この世界にとっての不純物であるからして。

 

 

「……ああ、()()か」

 

 

不意に、思い至る。極僅かな可能性ではあるけれど、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()というものが存在する事を。それは、いったいどれくらいの確率で生まれるものだろう。そんな存在があるならば、

 

 

「俺達は、()()()()()()()()()のか」

 

 

それは。

 

 

 

 

 

― ― ― ― ―

(side : Sakura)

 

 

 

 

賑やかな会話が夕空に響いていた。両手にいっぱいの買い物袋を持つ先輩を、姉さんが揶揄っては楽しそうに笑っている。つられて先輩も笑みを溢し、姉さんに負けじと言い返す。そんな二人を一歩引いたところで見つめながら、大判焼の入った紙袋を抱えなおした。羨ましいと思うけれど、きっと、私ではあんな風に先輩を笑わせてあげることは出来ないと分かっているから。だから、

 

 

「――――兄さん、何処へ行ってしまったの」

 

 

早く、貴方に逢いたいの。

 

 

― ―

 

 

昨日、放課後に姉さんと先輩が私に話してくれた。私がライダーのマスターだと知っていること。兄さんがライダーを使役出来ていた訳は知らないが、現在は私にパスが戻っていること。ライダーは消滅しておらず、損傷は先輩のお家で雪嗣さんが治してくれたこと。それから、私の中にいるモノを、取り除けるかもしれないこと。本当に、沢山の事を話してくれた。霊体化して隠れていたライダーの顔を見た時には、思わず涙がこぼれた。だって、あまり言葉も交わせずにライダーが消えてしまったのだと思っていたから。パスだって、ライダーの方が最小限に絞っていたから、私には彼女が生きていることが判らなかったのだ。泣いてしまった私に慌てふためく姿が、可愛らしかったと言ったら、ライダーは驚くかな?それから、私は間桐邸には戻らず、姉さんと先輩と共に先輩のお家へと帰っていった。七騎のサーヴァントのうち、バーサーカー以外が揃っていたのには驚いてしまった。それから、葛木先生がマスターであった事にも。バゼットさんの事は前から知ってたと言えば、姉さんに驚かれて。雪嗣さんとは会えなかったけれど、彼が諸々の情報提供者だと聞いて納得した。お爺様から話に聞いていたけれど、二代目魔術師殺しの名前は伊達ではなかった。

 

 

「ただいまー」

「ああ、お帰り」

 

 

両手の塞がった先輩に代わり玄関を開けると、雪嗣さんがスーツにトレンチコートという出で立ちでそこにいた。今まさに外出しようという所だ。先輩に買ってきたものの詳細をざっと聞くと小さく笑い、

 

 

「夕飯は準備しておいたから、皆で食べていなさい」

 

 

そう言って私たちと入れ違いで出て行く。一人で行くのかと思って呼び止めようとしたけれど、門の上に青い影が見えてやめた。ライダーも、念話でランサーがついているので心配ありません、という。そう、と返事をして雪嗣さんの背中を見送った。

 

 

「お帰りなさい」

 

 

セイバーとキャスターに出迎えられ、実体化したアーチャーが先輩の手から買い物袋を奪い去っていく。その後を小言交じりに先輩が追いかけていき、姉さんはキャスターに話があると言って空き部屋のある方へ。ライダーは屋根の上で見張りをすると言っていなくなり、この場には私とセイバーしか残らなかった。

 

 

「サクラ」

 

 

どうにも気まずくて、何とか話題をひねり出そうとしていた私の名前を、セイバーが呼んだ。人形のように整った可憐な表情が柔らかな笑みを浮かべて、

 

 

「カリヤはお元気ですか」

 

 

そう言う。え、と素っ頓狂な声が出る。どうしてセイバーが雁夜おじさんのことを知っているのだろう。思わず訝しげにセイバーを見てしまった私に、彼女は言う。

 

 

「私は、前回の聖杯戦争にも参加していました。ですので、彼の事は知っています。―――ユキツグが死に物狂いで助けた……いえ、救うことの出来た存在ですから」

「あ……」

 

 

すとん、と何かが腑に落ちた気がした。この人もきっと、雪嗣さんに救われた人なのだと。そう説明されたわけでもないのに、そんなことを思った。たぶん、セイバーには私が考えていることが筒抜けなんだろう。一瞬だけ陰りを帯びた笑みが、その証拠だと思う。

 

 

「あ、あの!」

「はい」

「えっと……雁夜おじさんは、元気ですよ。今はロンドンにいて、前回の聖杯戦争の数少ない生き残りだっていう人の所で助手をしてます」

「……そうですか」

 

 

それならば、よかった。安堵の息をつき、彼女は笑う。鮮やかに、美しく。


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