Fate/false protagonist   作:破月

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Kapitel 7

――――――――夢を見る。

 

 

 

血液が流れるように、繋がった細い回路から、手の届かない記憶を見る。

 

何のために戦い、何のために走り続けたのか。そいつは誰にも胸の(うち)を明かさなかった。周りから見ればとんでもない偏屈か変わり者。おまけに冷徹で口数も少なかったから、無慈悲な人間とさえ思われただろう。

 

 

 

そいつの目的は分からない。

 

少なくとも、知っている者は誰もいない。

 

 

 

英雄とかいう位置づけになって、色々なものを背負うようになっても、決して語る事のなかった混沌衝動(その理由)

 

……だから、周りから見れば、そいつは最後まで正体の掴めないヤツだったのだ。

 

何しろ理由がわからない。都合よく自分たちの窮地を救ってはくれるものの、そいつは何が欲しくてやっているのか誰一人として理解できない。

 

そら、そんなもん不安にならない筈がない。だから、何か一つでも持っていれば良かったのだ。

 

 

 

富豪、名声、我欲、復讐、献身。

 

 

 

そんな判りやすい理由なら、あんな結果は、待ってはいなかった。

 

成功の報酬はいつも裏切り。すくい上げた物は砂のように、手のひらから零れていく。

 

 

 

それも慣れた。

 

馬鹿みたいに慣れてしまった。

 

もとより、そいつにとっての報酬は、

 

 

 

救った者から貰えるものではなく、誰かを助ける事こそが見返りだったらしい。

 

 

 

――――その繰り返しが殴りたくなるぐらい頭にきて、不覚にもこみあげた。

 

英雄と呼ばれた理由。そいつの理由は、最後まで人に知られることはなかった。周りの人間は知らなかったし、唯一知っている筈の本人さえ、いつか忘れちまったから。

 

――――だから、不覚にも(なみだ)したのだ。

 

スタートからゴールまで、長い長い道のりの中。……もう何が正しいのかさえ定かではないというのに、ただの一度も、原初の心(さいしょのみち)を踏み外さなかった、その奇蹟に。

 

 

 

そうして、終わりがやってきた。傑出した救い手など、救われる者以外には厄介事でしかない。

 

 

 

そいつは自分の器も、世界の広さも弁えている。

 

救えるもの、救えないものを受け入れている。

 

だからこそ、せめて目に見えるものだけでも幸福であって欲しかった。

 

 

 

それを偽善と、狭窮な価値観だと蔑む者も多く。そいつは味方よりも多い敵にかかって、呆気なく死んでしまった。

 

 

 

……だから、こんな場所なんて何処にもない。

 

 

 

ここはそいつの果て。死の際に見た幻、絶えず胸の(うち)にあった、唯一の誇りに他ならない。

 

この光景こそを武器(ささえ)にして戦い続けた英雄は、最期に、自らの闇に落ちる。

 

辿り着いた剣の丘。担い手のいない錆びた鋼の丘で、そいつの戦いは終わりを告げた。

 

――――やはり独り。それでも、目に映る人々を救えたのなら、悔いる事など何もないと。そいつは満足げに笑って、崩れ落ちるように剣から手を放した。

 

 

 

……だから、無念など初めから無かった。そいつの目的はとうの昔に叶っている。初めからそいつは、自分ではなくどうでもいい誰かの為に、懸命に走り続けただけだった――――

 

 

 

――――本当に?本当に、それだけだったのか?

 

 

 

 

 

― ― ― ― ―

(side : Lancer)

 

 

 

 

「何だ、また来たのかね」

 

 

気が付けば、見覚えのある場所にいた。手頃な岩場に腰かけて、寂れた鉄屑を手のひらに収めた男はそう言い、オレの顔を見て苦笑した。その顔を見て、

 

 

「テメェ、一発殴らせろ」

 

 

言うより早く拳が出たオレは悪くないと思いたい。そりゃあ、あんなモンを見せられれば一発でも、二発でも……ともかく、殴りたくなるのも当然というものだ。

 

 

「いきなり何なんだ、危ないだろう!」

「黙って一発殴られろっつーの!」

「なんでさ!!」

 

 

ぎゃあぎゃあと、むさ苦しい男の叫び声が荒野に木霊す。鬼ごっこには向かない、(つるぎ)が乱立する中を器用に駆け抜ける男を追いかけ、槍を顕現させた。その瞬間、この世界(立ち並ぶ剣)の中で、一際異彩を放つモノを見つけてしまった。()()は、この男の世界にあるはずがない、むしろあってはいけないモノで。

 

 

「――――おい、なぜ貴様が()()を持っていやがる」

 

 

びきり、と血管が浮き出る音を聞く。槍を持つ手に力が籠り、口が戦慄く。

 

 

「……形見だ、それ以下の理由も、それ以上の理由もない。これは、私が――――()()()()()()()()()()()()()()だ」

 

 

君が傅く男の物ではないと付け足して、男は顔を伏せた。

 

 

「本来、生前の私には()()()()()()()()()。それが、守護者などをやっていると不思議なこともあるものでね。()()()()()というものが、この座に至り、()となった。そうして、守護者としての任務をこなしていくうちに、一人の男の抹消命令を受けた。それが――――この()の持ち主だった」

 

 

それは、決してあり得ない筈の出会いだった。

 

 

()は、任務を終えて座に戻ってくるまで、その人物が誰なのか思い出せなかった。ただ、手放してはならないのだと、どこから湧き上がるのかも分からない衝動の赴くままに、亡骸を抱えて座に帰還した。そうして、理解した……たとえ血の繋がりは無かろうと、()は、叔父を殺したのだと」

 

 

自らを嘲笑い、男は泣いていた。形見だという槍に寄り添いながらも、手を伸ばせば消えてしまうのではないかと触れる事を恐れながら。騒々しく喚くのではなく、ただ淡々と、静かに(なみだ)していた。

 

 

「正規の英霊ではない私が今回の聖杯戦争に呼ばれたことも驚きだったがね、殺したと思っていた叔父が生きていたという事の方が遥かに驚いた。アーチャー(分霊)もそうだったらしく、なぜ生きている、などと問いかけていたようだが。そんな事を問うまでもなく、原因などはっきりしていただろうに」

 

 

そう言って、男はオレに視線を投げる。

 

 

「たとえ召喚したのが別の人物だろうと、君が、叔父のサーヴァントで良かったと心から思うよ。君ならばきっと……否、君だからこそ、()()()()()()()のだから」

 

 

――――意識が遠ざかっていく。男の姿が薄れていき、荒野に立ち並ぶそれらも消えていく。

 

 

「かつて私は、彼に救われた。だから、彼も救われるべきだと思うのだ。誰よりも、切嗣の理想(正義の味方)というものに絶望していたあの人に、救いの手を伸ばすのは――――――」

 

 

そこで意識が途切れた。

 

 

 

 

 

― ― ― ― ―

(side : Shiro)

 

 

 

 

包丁がまな板を叩く音を聞きながら、台所の様子を窺う。朝飯の準備をしている叔父貴の手伝いをしようと思った俺が、そうせずに手を拱いているのにはそれなりの理由があった。

 

 

「大皿を出してもらえるだろうか」

「こちらでよろしいですか?」

「ああ」

「では、盛り付けてしまいますね」

 

 

長い髪を一つにくくり、叔父貴と並んで立つその後ろ姿を見つめる。どういった理由でそうなったのか、全くもって想像できないのだが、昨晩叔父貴の部屋を治療のため占領していたライダーがいた。殺伐とした空気もなく、至極穏やかに、和やかに、まるで親子のように。そんな二人に呆気にとられたというか、毒気が抜かれたというか。

 

 

「……どういう状況だ、これは」

 

 

庭木の世話を終えて戻ってきたアーチャーが、俺の心の声を代弁してくれた。サーヴァントに庭師のような真似をさせているのか、とかいう突っ込みはこの際スルーする。いやそれよりも、マジで、これどういう状況なんだ。

 

 

「――――朝食の用意なら、出来ていますよ」

「「え」」

 

 

ライダーが振り返り、大皿に盛られたサラダを手に居間にやってくる。思わず声が重なった俺とアーチャーを眼帯越しに一瞥し、静かに笑った。

 

 

「私も少々お手伝いをさせていただきました。見た目はともかく、彼の監修のもとですので味に問題はないかと」

 

 

彼、と呼ばれた叔父貴が片手を挙げ、フライパンを傾けていた。トースターが音を立て、オリーブのいい香りが鼻を掠める。

 

 

「ライダー」

「はい。お皿はこちらでよろしいですね?」

「そうだな。それが終わったらスープをよそってくれ」

「分かりました」

 

 

ライダーのまとめられた長い髪が、彼女の動きと共に翻る。それを横目に、俺と同じように立ちつくしているアーチャーの顔を盗み見れば、

 

 

「――――何だ」

「……いや、別に」

 

 

とても、嬉しそうな、優しい顔をしていたから。理由は分からない。でも、どうしてか、俺も嬉しく思ってしまったのだ。

 

 

― ―

 

 

ライダー曰く、初めて作ったというオリーブトーストは、遠坂がいたく気に入っていた。料理そのものが初めてだというライダーに対する叔父貴の配慮なのだろう。焼きトマトに粉チーズ、ドライバジル、塩胡椒で彩ったトーストを焼くだけという簡単な工程なのにも関わらず、確かに、これは侮れない。さくり、と軽やかな音を立ててトーストをかじる。セイバーがミルクスープを一口食べて顔を綻ばせ、アーチャーは複雑な顔で手にしたトーストを見つめている。バゼットさんとハサンは昨日の朝食後から帰ってきてはおらず、ランサーは未だ睡眠を貪っているらしい。

 

 

「で、今更なんだけど」

 

 

ある程度食事が落ち着き、ナプキンで口許を拭きながら遠坂が口を開いた。

 

 

「ライダーが今もまだ存在しているってことは、まだ貴女のマスターは倒れていないってことになるのよね?」

 

 

沈黙。和気藹々とまではいかないが、それなりに和やかだった朝食の席が一瞬で凍り付く。キッチンでコーヒーカップを片手にこちらの様子を見ていた叔父貴が、深く息を吐き出して遠坂に言った。

 

 

「ライダーのマスターは、()()()だ」


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