Fate/false protagonist   作:破月

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2月2日 幕開け
Kapitel 2


 

 

 

今宵、7人のマスターが出揃い、第5次聖杯戦争が幕を開ける。

 

 

― ―

 

 

バゼットを病院に預けてから四日が経つ。驚くべき回復力の高さを見せてくれた彼女は、昨日病院を退院して直ぐに働き口を見つけ、現在は俺の知り合いという立場を利用したうえで衛宮邸に居候している。隠れ家にしていたエーデルフェルトの双子館は、既に言峰に場所が割れてしまっているため使えない。ならば、相手がどう出てきてもすぐに対応できるよう、傍にいてもらうのが一番いい。甥である士郎は、彼女が俺の魔術方面の同僚だと知ると、積極的に魔術についての質問やら鍛錬方法やらを聞いていた。勿論、保護者(仮)である藤村大河がいない時に。ランサーに関しては、協議の末、聖杯戦争が本格化するまでは諜報活動に専念してもらい、それ以外は好きにさせていた。ただし、原作通りに()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()退()()()()()を、約束させてから。令呪は使わなかった。この戦いが終わるまで、一つも消費せずに残しておけたら僥倖だ。それを口にした時、元主従は揃って苦虫を噛み潰したような顔をしていた。そんなことが出来るはずもない、とでも言うように。全くその通りだと思うが、これはまあ、俺のエゴだ。必要に迫られれば使わないわけにはいかないのだから、これはあくまでも理想だと言いくるめておいた。尤も、その言葉を信じたのはバゼットだけであったが。

 

 

「マスター」

 

 

まだ夜も明けきらぬ頃、縁側に腰を落ち着け空を見上げていた俺の背後に、誰かがが立つ気配がした。誰か、というのは正しくないな。バゼットは2時間ほど前に就寝したし、士郎も土蔵の方で寝落ちしている。従って、消去法的に考えれば、背後に立ったのはランサーだ。珍しいこともあるものだ、この男は決して、士郎が家にいる時に実体化などしなかったのに。今一度、マスター、と呼び掛けられる。ランサーは、俺を"マスター"としか呼ばない。それも当然だ、何故なら俺がまだ、自らランサーに名を明かしていないのだから。バゼットが俺を"雪嗣"と呼ぶので、確信はしているだろう。それでも、頑なまでに、彼は俺を"マスター"と呼ぶ。意地なのか何なのかは知らないが、別にそれでもいいと思う。しかし、そう呼ばれることに違和感を抱いてしまうのは、きっと、俺自身、俺がマスターに相応しくないと思っているからなのだろう。

 

 

「どうしたランサー」

 

 

背後を振り返り、ルーンが刻まれた青い装束を身に纏う男を仰ぎ見る。暗闇に浮かぶ赤い瞳が、静かに俺を見下ろしていた。

 

 

「アンタは言ったな、坊主……衛宮士郎もマスターになるのだ、と」

「ああ、言った」

「――――始まるんだな」

 

 

落ち着いた声が耳朶を打つ。確信を持って告げられた言葉に頷いて、俺は土蔵へと視線を走らせた。そう、始まるのだ。漸く、ここがスタートライン。決意は鈍っていない、これから何が起ころうとも立ち止まりはしない。引き返すことなど以ての外、そんな道など初めから用意されてはいないのだから。

 

 

「(……第4次は切嗣が参戦するって言うから、舞弥と手を組んで裏方に専念した。あの時は巻き込まれたというよりも、"未来改変"への可能性にかけて自分から()()()()()()()()()に等しいからノーカン。だが今回は、明らかに俺の意思を無視して世界が動いている)」

 

 

――――この世界に生を受けて、未来を変えると決めた。そうして救いきれなかった命があった。それでも、やはり、未来を変えたいと思う。この世界が()()()()辿()()()()は、まだ分からない。もしかしたら、"俺"というイレギュラーが存在することで、俺も知らないような道筋を辿るのかもしれない。それでも、今後の展開をいくつか知っているという事は、紛れもなくアドバンテージとして俺に作用する。分岐点は最後のマスターが――士郎が、セイバーを召喚した後のこと。それが、今日。カウントダウンは既に始まっている。

 

 

「気を抜くなよ」

「分かってらあ」

 

 

好戦的な笑みを浮かべたランサーにこちらも笑みを返し、再び空を見上げた。東の空が白みはじめ、そこに夜明けが近づいていることを知らせてくる。

 

 

「―――この瞬間が、一番好ましい」

 

 

朝日が昇り、闇を切り裂くように一瞬だけ、東の空全体が黄金色に輝く瞬間。その瞬間が、今も()()一番好きだ。こうして今日もまた、一日が始まるのだと。代わり映えのない朝焼けに、しかし、飽きるのではなく安堵を持って。ぽろりと零れ落ちた言葉を拾い上げたのだろう。

 

 

「いい趣味してるじゃねぇか」

 

 

楽しげな声でそう言い残し、ランサーは実体化を解いて姿を消した。それでも、近くに馴染んだ気配を感じながら、俺は日が昇りきるまで空を眺めていた。

 

 

 

 

 

― ― ― ― ―

(side : Rin)

 

 

 

 

ぱちん、と意識のスイッチを入れる。魔術刻印に魔力を通して、結界消去が記されている一節を読み込み、あとは一息で発動させる。こんなもの、さっさと消してしまいたかった。

 

 

Abzug Bedienung Mittelstand(消去。摘出手術、第二節)

 

 

左手を陣が描かれた壁につけて、一気に魔力を押し流す。結界その物を消すことは出来ないけれど、とりあえずはこれでこの呪刻から色を洗い流すことが出来る――

 

 

「なんだよ。消しちまうのか、勿体ねぇ」

 

 

唐突に。結界消去を阻むように、第三者の声が響き渡った。

 

 

「――――!」

 

 

咄嗟に立ち上がり振り返ると、給水塔の上、十メートルの距離を隔てた上空で、そいつはわたしを見下ろしていた。夜に溶け込むような深い群青。つり上がった口元は粗暴で、獣臭染みたものが風に乗って伝わってきた。けれど、その視線はとても涼やかで。異様な状況なのにも係らず、まるで、わたしを十年来の友人のように見つめていた。

 

 

「―――これ、貴方の仕業?」

「いいや。小細工を弄するのは魔術師の役割だ。オレ達はただ、命じられたまま戦うのみ。だろう、そこの兄さんよ」

「――――!」

 

 

軽々とした、しかし殺意に満ちた声が放たれる。間違いなく、この男には、アーチャーが見えている。

 

 

「やっぱり、サーヴァント……!」

「そうとも。で、それが判るお嬢ちゃんは、オレの敵ってコトでいいのかな?」

「―――、」

 

 

何という事のない飄々とした男の声なのに、今まで聞いたどんな言葉より冷たく、吐き気がするほど恐ろしい。背筋が凍るよう。

 

 

「―――――――、」

 

 

どう動くべきか、何が最善なのかは判らないけれど、ここでこの男と戦う事だけは絶対にしてはならないと、微かに残った冷静な自分が告げていた。そんなわたしに気付いたのか、男は感心したような声をあげる。

 

 

「……ほう。大したもんだ、何も判らねぇようで要点は押さえてやがる。あーあ、失敗したなこりゃあ。面白がって声をかけるんじゃなかったぜ」

 

 

マスターの言う通り、大人しく傍観してりゃあ良かった。そう言いながら、男が腕を上げる。目を反らすまいとして、瞬きをしたその一瞬に、今まで何一つ握っていなかったその腕には、紅い、二メートルもの凶器があった。

 

 

「は、っ―――――!」

 

 

考えるよりも早く、直感、否、本能で真横に跳ぶ。ここが屋上だとか、そんなことは関係ない。とにかく全力で、フェンスに体当たりする心積もりで真横へ跳躍した。次の瞬間、髪を旋風が舞い上げる。ほんの瞬きの間に突進してきたソレは、容赦なくフェンスごと、ちょっと前までわたしがいた空間を斬り払った。まさに間一髪。

 

 

「は、いい脚してるなお嬢ちゃん……!」

 

 

そんな称賛は要らない、青い旋風が迫って来る。退路はない、背後にはフェンス、左右は間に合わないから却下!

 

 

Es ist gros, Es ist klein(軽量、重圧)…………!!」

 

 

左腕の魔術刻印を走らせ、一小節で身体の軽量化と重力調整の魔術を組み上げる。この一瞬、羽と化した体は軽々と跳び上がり、

 

 

「凛……!」

「わかってる、任せて……!」

 

 

フェンスを飛び越えて、屋上から落下した。

 

 

「っ――――」

 

 

風圧と重圧に体を絞られ、一瞬息がつまる。地上までは約十五メートル、着地にかかる時間は一.七秒。それじゃあ遅い、きっとあいつに追い付かれる。

 

 

vox Gott Es Atlas(戒律引用、重葬は地に還る)――――!アーチャー、着地任せた……!」

 

 

呼び掛けに答えはない。

 

 

「――――、は――――!」

 

 

けれど、アーチャーは上手く着地の衝撃を殺してくれた。地面に足がついたと同時に走りだす。とにもかくにも、屋上なんて狭い場所ではなく、もっと自由に動き回れるような場所に移動しなければ。わたしとアーチャーの長所を生かせる、遮蔽物のない広い場所(フィールド)に。

 

 

「はっ、は――――!」

 

 

屋上から校庭まで、距離にして百メートル以上を七秒かからずに走り抜ける。常人なら残像しか見ない速度でも、そんなものは、

 

 

「いや、本気でいい脚だ。ここで仕留めるのは、些か勿体なさ過ぎるか」

 

 

サーヴァント相手には、何の意味も有り得なかった。

 

 

「アーチャー―――!」

 

 

わたしが後ろに引くのと同時に、前に出たアーチャーが実体化する。曇天の夜、アーチャーの手には微かな月光を反射させる、一振り短剣があった。

 

 

「―――へぇ」

 

 

男は口元を不気味に歪め、

 

 

「……いいねぇ、そうこなくっちゃ。話が早いヤツは嫌いじゃあない」

 

 

ごう、という旋風を起こして、屋上で振るわれた凶器――わたしを容赦なく殺しに来た、血のような真紅の槍を構えた。

 

 

「ランサーの、サーヴァント……」

「如何にも。そう言うアンタのサーヴァントはセイバー……って感じじゃねぇな。何者だ、テメェ」

 

 

先ほどまでの気軽さなど微塵もなく、殺気の固まりのようなランサーに対してアーチャーは無言を貫く。両者の間合いは五メートル弱、ランサーが手に持つ凶器は二メートル近い。獣のような臭いがするあの男からすれば、残りの三メートルなど意味など成さないに違いない。

 

 

「……ふん、真っ当な一騎打ちをするタイプじゃねぇなテメェは。って事はアーチャーか」

 

 

嘲る声にもアーチャーは答えない。奇しくも対峙する青赤の似て非なる二色の騎士は、既にお互いの必殺を計っている。

 

 

「……いいぜ、好みじゃねぇが出会ったからにはやるだけだ。そら、(エモノ)を出せよアーチャー。これでも礼は弁えているからな、それぐらいは待ってやる」

「――――――」

 

 

やはり、アーチャーは答えない。倒すべき敵に語るべきことなどないと、その(はがね)のような背が語っていた。

 

 

「――、」

 

 

それで漸く、気が付いた。バカかわたしは、アーチャーはただ一言、わたしの言葉を待っているだけだというのに。

 

 

「アーチャー」

 

 

近寄らずに、その背中に語り掛ける。

 

 

「手助けはしないわ。貴方の力、ここで見せて」

「―――――ク、」

 

 

わたしの言葉に応えるように口元をつり上げて、赤い騎士は疾走した。

 

 

 


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