Fate/false protagonist   作:破月

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Kapitel 6-3

(side : Shiro)

 

 

 

校舎は一面の赤だった。血のように赤い廊下、血のように赤い空気。どろりと肌にまとわりつく濃密な空気は、それだけで、これが悪い夢ではないかと錯覚させる。

 

 

「くっ――――」

 

 

固く閉ざしていた口から、嫌悪を込めた息が漏れる。混乱し、加熱している思考に理性という冷却水をぶっかけて、ともかく現状を把握しようと努力する。階段を駆け下りる足は止まらず、四階、階段に一番近い教室に飛び込む。一瞬、遠坂は足を止めて、その惨状に踏み入るのを躊躇した。……気持ちは分かる。俺だって、こんな場面には出会いたくない。

 

 

「―――息はある。まだ間に合わない訳じゃない」

 

 

倒れている生徒に近寄って、脈と呼吸を確認する。教室で起きている人間はいなかった。椅子に座っていた生徒も教壇にいる先生も、今は例外なく地面に伏している。生徒たちの大部分が意識を失い、全身を弛緩させて、濁った眼球を覗かせていた。残る数人、数えるぐらい少数の生徒には、それ以外の症状があらわれていた。肌が凝固し、冷たい炎にあぶられ、生気をかすめ取られた皮膚は、蝋細工のように不気味な光を反射してる。教室の惨状を目の前にして、遠坂は息を殺している。考えている暇はない。一刻も早くこの事態を収拾するには――――

 

 

「坊主」

 

 

思考の全てを攫って行くかのように、凛とした声が耳に届く。この異常事態を前に実体化していたランサーは、険しい顔で俺を見つめている。

 

 

「マスターからの伝言だ。"令呪をもってセイバーを呼べ"」

 

 

それだけ言うと、ランサーは一陣の風を纏って姿を消す。恐らく、他の教室の様子を見に行ったか、潜伏している敵がいないか確認しに行ったんだろう。

 

 

「――――――――」

 

 

左手に視線を落とす。赤い剣と鞘を模したそれを一瞥して、目を瞑る。使い方なんて知らない。けれど、まるで天啓でも受けたかのように自然と俺はそうしていた。時間はかけられない。最短で雑念(しこう)をクリアし、一つ目の画に手をかけ、

 

 

「――――頼む。来い、セイバー――――!!!!」

 

 

躊躇う事なく、左手の令呪を解放した。ぎち、と左手の甲が熱く焼ける。同時に、すぐ真横に異様な重さを感じ取り―――その重い"歪み"から、銀色の騎士が出現した。

 

 

「セイバー……!」

「召喚に応じ参上しました。マスター、状況説明を」

 

 

冷静な彼女に、簡潔に説明をする。

 

 

「なるほど……では、サーヴァントはランサーに任せましょう。彼はユキツグから指示を受けているはずですから、問題ありません。私は、貴方たち二人を守ります。リン、この結界の基点はどこに?」

 

 

状況を把握したセイバーはそう言い、遠坂に視線を移す。遠坂は遠坂で、セイバーの視線を受けて、たんたん、とつま先で床を叩いた。

 

 

「一階よ、間違いない」

 

 

自信の籠った言葉にセイバーも満足げに頷き、不可視の剣を顕現させて教室の扉の前に陣取る。

 

 

「外に微弱な気配がします。包囲されたようですが、私が突破口を開きますので二人は走り抜けてください。この程度の敵に遅れは取りません、直ぐに追いつきます」

 

 

きりり、と張りつめた弓のような表情をしたセイバーに頷き、俺は念のために椅子の足を折って武器を調達する。すんなりと成功した強化の魔術がかかったそれを両手に構え、セイバーに向き直る。遠坂はうっすらと指先に魔力を溜めて、銃を構えるように右手に左手を添えている。

 

 

「頼んだ」

「無論。貴方の盾となるのが、私の使命ですから」

 

 

廊下へと飛び出していくセイバーに続き、俺、遠坂の順で教室を飛び出す。人ではないモノの骨で作られた人形が大挙して、廊下の向こうからやって来るのを尻目に、全力疾走する。

 

 

「遠坂、アレは……!?」

「ゴーレム、使い魔の類でしょ!あんなの、何体いようがセイバーの敵じゃない!だから、直ぐに追いついてくるわよ!」

「――――そうだな」

 

 

階段へ走る。背後では、セイバーが奇怪な骨人間を蹴散らす音だけが響いていた。

 

 

 

 

 

― ― ― ― ―

(side : Lancer)

 

 

 

 

「しゃらくせぇ!」

 

 

倒しても倒しても、無尽蔵に湧いて出てくる竜牙兵を拳で打ち砕きながら、サーヴァントの気配のする方へと駆ける。さっき、膨大な魔力の流れを感じたが、坊主がセイバーの召喚に成功したんだろう。アーチャーの野郎はどこにもいねぇが、ばっくれやがったのか、それとも連絡がつかねぇのか。連絡がつかねぇんなら、なんでオレとマスターは連絡ついたのかが謎だが、今はそんなことを言ってる場合じゃねぇ。一刻も早くこの結界を解除しなければ、余計な死者が出るのだから。そんな事を考えながら、角を曲がろうとした次の瞬間、

 

 

「――――――――っ、」

 

 

強烈な寒気を感じて急停止する。目の前をしなる鞭のようなものがよぎり、次いですぐ傍から声が響いた。

 

 

「ふむ、避けたか」

 

 

ゾッとするほどに感情のない声だ。竜牙兵如きには必要ないと、出してすらいなかった槍を一瞬で顕現させ、バックステップで距離を開きながら声の主を睨む。

 

 

「流石、最速の名を持つランサーに相応しい動きだな。なるほど、確かに、()()()()()()()()()()()()()()だ」

 

 

ゆったりと、それは角から姿を現した。重苦しい結界の中だということを意にも介さずしゃんと伸びた背筋。身に纏ったスーツにはシワもシミも一つとしてなく。能面のような顔、その瞳には光がない。

 

 

「テメェ、何者だ。いやそれよりも―――その手で、いったい()()()()()

 

 

そして、極めつけは濃い死臭。常人ではありえないほどの死臭を、事も無げに纏うこの男が、徒人であるはずがない。暗殺者か、戦士か。どちらにせ、戦いを知る者に違いない。

 

 

「前者の問いには、この学校の教師だ、と答えておこう」

「はっ!教師?テメェみてぇな教師がいるとは、世も末だな」

「私もそう思う。それから後者の問だが、生憎と正確な数は覚えていない。百か二百か、それとも千や万かもしれん」

 

 

淡々。表情も動かず、感情が表に出てくる様子もない。こんな所で時間を食っている場合じゃないってのに、行く手を阻むそいつをなす術もなく睨むしかない。

 

 

「お前は、サーヴァントの気配を追ってこちらに来たのか」

 

 

不意に、男がそう問いかけてきた。沈黙は金雄弁は銀というが、この場合黙っていても意味はなさないだろう。そうだ、と頷き槍を構える。

 

 

「そうか、ならば手間をかけさせたな。こちらにはもう、サーヴァント――――いや、()()()()()はいない。こちらの用事は既に済ませているし、寺に来訪者があったらしく先程帰っていた。故に、私はお前と拳を交えるつもりはない。それに、お前の得物はキャスターではなく、ライダーだろう」

「――――――――」

 

 

この男、今、何と言った。

 

 

「私が()()()()()()()()()()であることが、そんなに不服か。まあ、それもそのはずか。私には()()()()()()()のだからな」

 

 

それは、簡単に明かしていい内容なのか。情報の開示という、敵に塩を送るような真似をする男に困惑しつつ、槍を引く。確かに、戦闘の意思は感じられない。ならば、この一方的な睨み合いは無駄だろう。

 

 

「話はここまでだ、行くがいい」

「……礼は言わねぇぞ」

「構わん、もとより礼を言われるために通す訳ではないのでな」

 

 

その言葉を背に、踵を返す。目指すのは坊主たちがいるだろう一階だ。ライダーがこっちにいなかったのなら、もう一ヶ所、一階から感じる微弱な気配がライダーなのだろう。背中に刺さる視線を感じなくなったところで霊体化し、床をすり抜けて落ちていく。

 

 

「もっとも、ライダーが生きているかどうかは、保証せんが」

 

 

男が呟いたその言葉を、聞くこともなく。

 

 

 

 

 

― ― ― ― ―

(side : Archer)

 

 

 

 

不意に、凛とのラインが細くなる。どうかしたのか、と念を飛ばしてみるが返事はなく。緊急事態であることを察して立ち上がる。昨夜の失態から衛宮邸ではなく、遠坂邸で自主的に謹慎をしていたが、そんな場合ではないだろう。霊体化して屋敷の外に出る。そのまま屋根の上に飛びあがり、学校がある方角に視線をやるまでもなく嫌な魔力を感じる。どうやら、結界が発動したらしい。恐らく凛は、小僧と共に行動をしているとは思う。あの男がマスターであるランサーがいれば、何も私が行かずとも何とかなりそうである。が、マスターの大事に駆け付けずして、何がサーヴァントか。目を細め、霊体のまま屋根を蹴り上げようとして、()()を見つける。

 

 

「……何をやっているのだ、あの男は」

 

 

明らかに魔術的処理の施された単車に乗り込み、共をつけず、また、学校とは全く別方向に駆けていく男――――衛宮雪嗣。その進行方向からして、目的地は魔女の拠点である柳洞寺に相違ないだろう。しかし、今のタイミングでそちらに向かうのに、何の理由があるのだろうか。まさか、学校の結界とキャスターに関係がある訳ではあるまい。

 

 

「――――」

 

 

一瞬の逡巡の後、私は男の後を追うことにした。衛宮邸の守護を任されているセイバーが、男を一人にするはずもないが、その姿が見えないところを見ると、小僧に呼び出されたか。ランサーとセイバー、その二人がいるのならば、戦力に事欠くまい。ならば、私は、一人で無茶をしかねない男を監視するまで。

 

 

「(ここで死なれたら、寝覚めが悪い。後で小僧やセイバー、ランサーなどに"なぜ止めなかった"などと言い募られるのも面倒だ)」

 

 

それならば先に予防線を張っておいた方がいい。一人で行動していたから護衛についてやったのだ、とでも言えば何とかなるだろう。凛も文句は言うだろうが、説教などという理不尽なことはしない……と思いたい。

 

 

「んん、……さてはて、あの男は一体何を考えているのやら」

 

 

気を取り直して、屋根を蹴る。霊体化しているため風を感じる事はないが、確かに風を切りながら男の姿を追いかける。鷹の目が捉える男の背中は、

 

 

 

『――――――――あまり、兄貴に心配をかけるな』

 

 

 

いつかに見たそれと大差なく。草臥れ、疲れを滲ませていたが、()()が憧れたそれのまま、大きく見えた。


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