Fate/false protagonist   作:破月

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2月5日 残像
Kapitel 5


 

 

 

―――――――夢を見る。

 

 

 

血液が流れるように、繋がった細い回路から、手の届かない記憶を見る。それは、そいつの思い出だった。少なくとも自分の物ではない。これは他人の物語だ。

 

 

 

思い出す事もないほど昔の、

 

思い出そうとする事もないほど遠い、

 

思い出す事さえ出来なくなった古い記憶。

 

 

 

――――もう。今更変える事の出来ない、決定してしまった契約の重い枷。

 

 

 

そいつは、何が欲しかった訳でもなかった。しいていうのなら、我慢がならない質の人間だったのだろう。

 

 

 

まわりに泣いている人がいると我慢ならない。

 

まわりに傷ついている人がいると我慢ならない。

 

まわりに死に行く人がいるとしたら我慢ならない。

 

 

 

理由としては、ただそれだけ。それだけの理由で、そいつは、目に見える全ての人を助けようとした。

 

それは不器用で、見ていてハラハラするほどだ。けれど最後にはきちんと成し遂げて、その度に多くの人たちの運命を変えたと思う。控えめに言っても、それは幸福よりだっただろう。

 

不器用な戦いは無駄ではなかった。傷ついた分、死に直面した分だけきっちりと、そいつは人々を救えていたんだから。

 

……けれど、そこに落とし穴が一つある。

 

目に見える全ての人、と言うけれど。人は決して、自分を見る事だけは出来ない。

 

だから結局。そいつは一番肝心な自分自身というやつを、最後まで救えなかった。

 

 

 

――――どうしてそうなったのかは判らない。

 

 

 

いや、本当は逆だろう。どうしてそうならなかったのか、今までが不思議なぐらいだったのだ。とにかく、ひどい災害だった。多くの人が死に、多くの人が死を迎えようとしていた。そいつ一人ではどうしようもない出来事。多くの死を前にして、そいつは。

 

 

 

『契約しよう。我が身の死後を預ける。その報酬を、ここに貰い受けたい』

 

 

 

そう、世界などという得体の知れないモノと契約した。

 

 

 

――――己が身を捨てて衆生を救う。

 

 

 

英雄の、誕生である。

 

 

 

それで終わり。そこから先などない。英雄と呼ばれようと、そいつのやる事は変わらない。もとより、そいつの目的は英雄になんてなる事ではなかった。ただその過程で、どうしても英雄とやらの力が必要だっただけの話。

 

だっていうのに、終わりは速やかにやってきた。傑出した救い手など、救われる者以外には厄介事でしかない。

 

そいつは自分の器も、世界の広さも弁えている。救えるもの、救えないものを受け入れている。だからこそ、せめて目に見えるものだけでも幸福であって欲しかったのだ。

 

 

 

それを偽善と。狭窮な価値観だと蔑む者も多かったけど。

 

 

 

それでも、無言で理想を追い続けたその姿は、胸を張っていいものだったのに。

 

そいつは結局。契約通り、報われない最期を迎えた。

 

 

 

――――その場所に辿り着く。

 

 

 

そいつには仲間らしきモノもいたし、恋人らしきモノもいた。その全てを失って、追い求めた筈の理想に追い詰められた。

 

行き場もなく。多くの怨嗟の声を背負いながら、それでも、そいつは戦い続けた。死に行く運命を知っていながら、それを代償(ささえ)に、己が手に余る"奇蹟"を成し遂げようとするように。

 

……けど、それも終わりだ。辿り着いたのは剣の丘。担い手のいないさびた鋼の丘で、そいつの戦いは終わりを告げた。

 

 

 

――――やはり独り。

 

 

 

それでも、目に映る人々を救えたのなら、悔いる事など何もないと。そいつは満足げに笑って、崩れ落ちるように、剣から手を放した。

 

 

 

――――その手を掬い上げようとしたモノに気づきもせずに。

 

 

 

 

 

― ― ― ― ―

(side:Lancer)

 

 

 

 

頭を抱える。昨日に引き続き、(きおく)を見ていたようだ。しかも、マスターの物ではない。断言できる。あれは、本当に"他人の記憶"だ。それも、オレと同じモノ(サーヴァント)(きおく)だ。なんでそんなものを見たのかは判らない。いや、きっとサーヴァント(そいつ)とマスターとの間に、浅からぬ何らかの繋がりがあったからだろう。脳裏に過る褐色の肌と白髪、薄汚れた白い外套。ああ、嫌になる。何てモノを見せやがるんだと、心の中で悪態をついて軽く伸びをした。

 

 

「――――――――」

 

 

朝日が眩しい。肺にある空気をすべて入れ替えるように深呼吸を繰り返す。昨夜、オレはマスターに槍を向けた。そんなオレに気を遣ってか、わざわざ結界まで張っていたマスターは唐突に嘔吐き血を吐いた。オレの槍にも負けぬ朱いそれが胸元を濡らし、てらてらと月光に輝いていたのを思い出す。―――やけに甘ったるい匂いがしたのは、サーヴァント(オレ達)の本質が魂喰い(そういうもの)だからだろう。そのまま眠る様に気を失ったマスターに拍子抜けし、結界の外で待機していたらしいハサンに後を任せた。そして俺は屋根の上で一夜明かしたのだ。ばきり、と関節が鳴る。窮屈な姿勢で寝ていたのだろう、少し体が痛い。それも一度霊体になってしまえばなくなる。そういう点では、サーヴァントというものは便利だ。瓦で足を滑らせるなんて醜態を晒すことなく立ち上がり、東の空、完全に姿を現した太陽を見る。また、一日が始まる。未だ聖戦の脱落者はおらず、比較的平穏な時が流れている。あとどれほどの時間、オレは現界していられるのだろうか。そんなことを考えて頭を振る。先の事はその時になって考えればいい、今はただ、目の前のことを片付けていかねば。目下、マスターの事とかな。

 

 

「ったく、面倒なこった」

 

 

そう呟いた声が、どこか喜色ばんでいたことに素知らぬふりをして。

 

 

 

 

 

― ― ― ― ―

 

 

 

 

 

一夜明けた。体を横たえたまま天井を見つめる。体の怠さは依然として残り、気を失う直前に吐血したせいか口の中が鉄臭い。誰が着替えさせてくれたのかは知らないが、血まみれだった夜着が新しいものに変わっていた。居間からは和やかな朝食事情が聞こえてくる。軽やかな遠坂嬢の言葉に振り回される桜ちゃんと、それに意図的ではないにしろ追い打ちをかけるセイバー。大河ちゃんの声が聞こえないから、今朝は来ていないのだろう。少し寂しくもあるが、聖杯戦争が始まっている中、一般人である彼女が魔術師の家に居座るのはあまり良くはないから、都合がいい。そのまま、少しの間だけ足を遠ざけてくれるとこちらとしても助かるのだが。

 

 

「起きられましたかな?」

「――――ああ」

 

 

音もなく、ハサンが姿を現す。枕元に膝をつき恭しく頭を垂れた姿を横目に、軽く謝罪を口にして先を促した。

 

 

「横になったままですまないが、報告を頼む」

「はっ……ではまず、柳洞寺に拠点を構える魔術師(キャスター)ですが、フードを深くかぶってはおりましたが見たところ女性かと。マスターは魔術回路を持たぬ偉丈夫で、日中は甥御様の通う学び舎にて鞭撻を振っておいでです。……が、奇妙なことに我ら暗殺者と同じ匂いもまた、感じられます。故に現在の姿は仮初めの物と捉えるのがよろしいかと」

「ああ」

「それから、山門を護る暗殺者(アサシン)ですが、アレは()()()ではありません。サムライ、と申しましたか。アレに似ています。本人曰く、英霊ではなく亡霊のようなものだと言っておりました。魔力の流れを視るに、あの寺を触媒に召喚されたようであそこから離れることはないでしょう。マスターはキャスターであると推測いたします。正式な召喚であれば、()()()()()()()でなくてはおかしい。それから数合交えてみての感想ですが、速さもありましたが技量もなかなかの物でして、離脱するのに苦労いたしました。まさしく、門番として相応しい存在かと」

「……そうか」

 

 

概ね()()()()の報告に安堵する。キャスター陣営に関しては、然る後に接触するとして。今はまだ、接触を図るべきではない。少なくとも()()()()()()()()()()()()()事がない限り。アサシンについても保留。確か、彼もランサーと同じく、闘うことに意義を持っていたはずだ。ならば時を待って、原作通りセイバーに相手をしてもらえばいい。残るはライダー陣営だが、ここが一番厄介かもしれない。

 

 

「マトウの屋敷への侵入は、困難を極めました。対サーヴァント……対アサシンに特化していると言いますか、特殊な結界が張られているようで、強制的に気配遮断が解除されてしまいました。しかし、危険を冒してまで侵入した甲斐はありましたな」

 

 

そう言って差し出してきたのはタイトルも何もない一冊の古ぼけた本。ともすれば日記帳のようにも見えるそれを布団から手を伸ばし受け取り、ぱらぱらと適当にページを捲っていく。

 

 

「――――」

 

 

あるページで手が止まった。横たえたままだった体をハサンの力を借りて起こし、そのページの字面を指で追っていく。文体は英字、流麗な筆記体のそれを脳内で変換しながら読み進める。挿絵には()()()()()。何を模しているのかは判らないが、それは魂の形であるという話を聞いたことがある。記憶違いかもしれないが、なるほど確かに、それの形は奪ったものでない限り宿主の何かに影響を受けていたに違いない。士郎のそれが剣を模し、バゼットのそれが槍を模していたように。

 

 

「貴殿と私を繋ぐものは、(ウツワ)のような形をしておりましたな」

「そうだな」

「それが、貴殿の魂の(カタチ)なのでしょうが……似合いませんな」

「俺もそう思う」

 

 

ハサンの言葉に苦笑を浮かべ、微量の魔力を固形化してページに挟み込む。栞の代わりのようなそれに、相変わらず器用ですな、と言われる。そんなことはないと答え、本を枕元に置いてもう一度布団に体を沈めた。

 

 

「……怠い」

 

 

意図せず溢れ落ちたそれには、疲労感が滲み出ている。そんなに体を酷使した記憶はないのだが、やはりガタが来ているのだろうか。―――それもそうか、この身は数年前に朽ち果てているはずだったのだから。こうして今も生きているのがおかしいのだ。生きる屍とは何と矛盾した存在か。

 

 

「――――呪腕の」

「なんですかな」

「君は君の思う正義を貫け」

「それが、貴殿の思う結末に通じるのであれば―――喜んで」

 

 

視界が霞む。ハサンの姿は既に消えた。彼の力を借りるのは、もう後数回あるかないかというところか。為さねばならない事は山のようにあれど、思うように動かない体に限界を悟る。果たして、俺はこの聖戦を生き抜くことができるだろうか。否、そうではない。この聖戦が()()()()()()()()のだ、それまで()ってくれればいい。自然と落ちていく瞼をそのままに、眠りに落ちようとする脳裏に浮かんだのは、

 

 

『確かに問題は山積みだ、()との確執も取り払わなければならない。このまま行けば君はただ消えるだけだ、ああ、そうとも。けれど、そうだな……今は、今だけはゆっくりとおやすみ。■■、安らかな眠りを。―――次に目を覚ました時にはきっと、その体に残る怠さも無くなっているだろうから』

 

 

いけ好かない、魔術師の顔だった。

 

 

 




そこそこ間があきまして、申し訳ありません。
ストックが皆無な上に、私生活の方も忙しくなってきましたので、更新は不定期になると思われます。ご了承下さい。



土方さん来ません(ギリィッ

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