Fate/false protagonist   作:破月

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4章はこれにて終了、次は2/5の話に移行します。
ストックがないので、更新は、不定期です。



沖田さんきません(´・ω・`)
明治維新……土方さんくる?きちゃいます?


Kapitel 4-6

(side:Rin)

 

 

 

 

少しだけ暮れた住宅地を歩く。まだ六時を過ぎたばかりという事もあり、あたりにはちらほらと人影が見えた。ランサーに治療されたとはいえ、まだ傷跡が痛むのか士郎は腕をさすっているし、ランサーは霊体のままわたしたちの後ろをつかず離れずついてきている。アーチャーは念話で桜と合流したことを伝えてきて以降、何の音沙汰もない。ふざけてんのかしら、アイツ。

 

 

「――――――――」

 

 

特に何を話すでもなく、無言のまま家路を進む。日本家屋が立ち並ぶ坂を上り、衛宮邸が視認出来るようになってようやく、肩の力が抜けた。……どうやら、わたしは気を張り詰めていたらしい。ほう、と息を吐きだして、風に煽られた髪を撫でつける。ふと、疑問に思ったことを口にする。

 

 

「――――ねぇ、士郎?」

「?なんだ遠坂?」

「貴方―――どうしてあの時、咄嗟とはいえわたしを庇ったの?」

 

 

門まであと数歩というところ、足を止めて振り返る。少しだけ呆気にとられた彼の表情は、やけに幼く見えた。どうして、と自分自身に確認するように呟き、それから彼は言った。

 

 

「どうしても何も、それがきっと"最適解だった"からだ。だからそうした。それに……俺が嫌だったんだ。遠坂の顔に傷がついたり、上手く治るかも分からない怪我を負ったりするのが……とにかく、()()()()。それだけだ」

「――――」

 

 

言葉を失う。だってそれは、あまりに荒唐無稽な話だ。ようはこの男、自分が"嫌だ"と感じた、その感情論で動いたというのだ。理屈でも何でもない。それは偽善だ、自己満足だ、尊くもなんともない自己犠牲だ。誰かを救った気になって、自分が救われているに等しい。その結果、"救った気になっていた誰か"が傷ついたり、自分を心配していたりすることに気が付かない。独り善がりのヒーロー。それはあまりに滑稽で、バカバカしくて。他人からは正真正銘の愚か者だと誹りを受ける。そうやって続いていった路の終わりに待ち受けるのは、悲愴な死だ。破綻した理想を胸に狂う訳でもなく、あくまでも()()()()()。その身には背負いきれぬものを庇って、いっそ清々しいほどにあっさりとこの世界から消えていく。―――いつかに(たお)れた、正義の味方(おおばかもの)のように。

 

 

「――――あったまきた」

「と、遠坂?」

「あんたのその考え、絶対に認めてやらないし、絶対に矯正してやるんだから」

「え――――」

 

 

疑問符を頭上に沢山並べた士郎を放置して、家主より先に玄関に辿り着く。わたしの言葉を口の中で反芻させて、それでも意味が理解できないのか、うんうん唸りながら後ろをついてくる。ランサーは既に塀を飛び越えて敷地内に入っており、外にいるのは士郎だけだ。

 

 

「いつまで唸ってるのよ、さっさと中に入りなさい」

「……唸らせるようなこと言ったのはそっちだろ」

「何か言った?」

「何も!」

 

 

少しだけ不貞腐れた表情の士郎を横目に、わたしは思う。

 

 

「(何とかしてやろうって思うことこそ、心の贅肉よね)」

 

 

 

 

 

― ― ― ― ―

 

 

 

 

 

目が覚めて、傍に控えていてハサンから話を聞いた。魔力の暴走の事を知っているのは、その時衛宮邸にいたバゼットとセイバーの二人。そして、胸騒ぎを感じて戻って来ていたハサン、合計三人。話していいことかどうか判断が出来なかったと言って、士郎達には話していないらしい。俺自身が無意識にラインを細めていたから、ランサーにも知られていない。()()()()それでいい。ほう、と息を吐き出して体を起こす。未だ倦怠感の抜けない、ともすれば再び眠りに落ちてしまいそうなほどの眠気を抱えながら部屋を出る。夕飯は断った。食べる気にならないのではなく、食べる必要性を感じないのだ。今回の魔力の暴走で、()()()()()()()()()()()()()()()()()からだろう。人の気配がするところを避け、外に出る。青褪めた月光に照らされた静寂の庭。見上げる冬の夜空は高く、星座がはっきりと見渡せた。

 

 

「――――」

 

 

知れず、息を詰める。夢魔であるあの男が、どうして俺の夢を訪ねてきたのか判らない。いや、本当は知っているのだろう。文字通り、()()()()()だけで。

 

 

「風邪、引くぞ」

 

 

ぼんやり夜空を見上げながら考えていると、そんな声が聞こえた。

 

 

「士郎」

 

 

短く名を呼べば擽ったそうに肩を竦め、小さくはにかんで見せる。薄着のまま出てきた甥っ子の手には、俺の羽織があった。まだ冬も終わらぬ二月の始め。夜着にしている浴衣だけで外に出るのは無謀だった。確かに寒い。差し出された羽織をありがたく受け取り、縁側に腰かける。―――いつかの記憶を思い出す。

 

 

「あの時俺の隣にいたのは爺さん(きりつぐ)で、叔父貴(ゆきつぐ)は部屋の中にいたんだよなぁ」

 

 

同じ日の事を思い出していたのだろう。そんなことを呟いて、士郎は俺に倣うように縁側に腰かけた。少しのけぞる様に月を仰ぎ、

 

 

「―――努力を重ねていけば、いつか、何かに届くと思う?」

 

 

幼い口調でそう尋ねてきた。何を思って、それを口にしたのだろう。視線は月に釘付けで、盗み見た横顔には表情がない。何と答えようかと考えあぐねた結果、俺が口にできたのはたった一つ。

 

 

「それが判るのは、総てが終わったときだけだ」

 

 

士郎に看取られた切嗣や、アーチャーが看取った()がそうだったように。

 

 

「叔父貴はいつもそればっかりだな」

「そうか?」

「そうだよ。……昔から()()()()()()とか、()()()()()とか、明確じゃない言葉ばっかりでさ。爺さんだって苦笑してたし、雁夜さんも呆れてた」

「……そうだろうか」

「だからそうなんだって。無意識だろうから、直せとは言わないけど……もう少し、ヒントをくれてもいいと思うんだようなぁ」

「――――」

 

 

()()()()()()()()、随分と表情が豊かな甥っ子が笑う。俺は決してこの子の師ではなかったが、それとなく道を示すこともあった。それが、俺の―――先導者(レイター)の役目だと思っていたから。しかし、それは本当に正しいことだったのだろうか。アーチャーが()()なってしまったように。例え、今、俺が生きて第五次聖杯戦争に関わっているからといって、士郎がアーチャーのようにならないという保証はどこにもない。むしろ、そうなってしまう可能性の方が高いのだ。それが当然だ。しかし、士郎とアーチャーは別物であるのも確かだ。決して交わることのない平行線。同時に複数存在する世界に生きた青年と少年。結末は似ているのかもしれない。それでも、そこに至る過程が違うのなら、それは同じであって同じではない存在になるはずだ。―――同じものを目指して、結局結末を違えた俺と兄貴(きりつぐ)のように。

 

 

「俺、土蔵行ってくる」

 

 

膝を叩き立ち上がった背を見送る。―――いつの間に、あんなに大きくなっていたのだろうか。

 

 

「―――ああ、無理はしないように」

「判ってる。叔父貴も、無理すんなよ。……それじゃ、おやすみ」

「……おやすみ」

 

 

赤銅色の髪が風に揺れる。琥珀の輝きを持つ瞳は既にこちらを見てはいない。だからこそ、俺は――――

 

 

「おい、マスター」

「――――どうした、ランサー」

「アンタ今…………いや、何でもねぇ。きっと気のせいだ」

 

 

ふわり、と。ヒトではないものが姿を現す。何か言いたげにしているが、言葉が見つからなかったようだ。学校での士郎の様子を尋ねれば、サーヴァントに怪我を負わせられたとの報告が。治療は済ませ、その後ランサー自身がサーヴァントと交戦。相手はライダーと想定。なるほど、と頷いて先を促す。

 

 

「一瞬だが、木立の間に青い髪の坊主(ガキ)を見つけた。恐らくそいつがマスターだろう」

 

 

そう締めくくったランサーに礼を言い、明日も士郎に付き添ってほしいと頼んだ。瞳孔が細くなる。

 

 

「……手前(テメェ)のことはどうする。今日、なんかあっただろ」

 

 

口調は淡々としているが、その言葉が含むのは心配の色だ。お優しいことだな、と内心で呟き俺は哂う。

 

 

「君は知らなくともいいことだ」

「っ――――!」

 

 

ぶわり。殺気が膨れ上がる。咄嗟に結界を展開してこの状況を悟られぬようにする。ああ、まったく。昨日といい、今日といい。褒められたことではないが、俺はサーヴァントを激昂させるのが得意なようだ。眼光鋭く睨み付けてくるランサーは俺の胸ぐらをつかみ、そのまま俺を縁側へと押し倒す。強かに打ち付けた背中が痛むが、それも一瞬のことだ。左手に槍を顕現させ、はだけた胸元にその切っ先を向ける。

 

 

「何か、問題でも?」

「貴様、それでもオレのマスターか!?なぜ早々に語ることを放棄する!!」

「――――、」

 

 

予想外の言葉だ。別に、語ることを放棄しているわけでもないのだが。それにしても、随分とこの男は俺の事を買ってくれているらしい。……所詮、()()()にすぎない俺を。俺の思考を読み取ったのか、眉が顰められ、心臓近くの肌の上を紅い切っ先が滑っていく。至近距離には整った顔、胸ぐらをつかむ手には青筋が浮かび、抑えきれぬ魔力に蒼髪が揺れる。怒りに濡れた紅い瞳は真っ直ぐに俺を射抜き、不機嫌に歪んだ口許には犬歯が見え隠れしていた。幻想的な光景だ。純粋に美しいと思う。

 

 

「隠し事ばかりだな、()()()()。アンタにとってオレは、そんなに頼りない存在かね」

 

 

いつも以上に強調された呼び名に苦笑が浮かぶ。別段、その呼び名を気にしたことはなかったが、やはり、憧れの英雄に名前を呼ばれないというのは些かきついものがあった。セイバー―――アルトリアは、俺をユキツグと呼ぶ。なるほど、確かにそれは俺の名だ。だが、()の名ではない。もう二度と呼ばれることのない、志さえ持てずに果てた青年の名は、「衛宮雪嗣」ではない。だが、俺ですら思い出せぬ()()を、どうして呼んでもらえると思ったのか。

 

 

『――――僕の名前は、()()()()ではないのだけれど』

 

 

ふ、と。幼い声が聞こえた気がした。

 

 

「――――なぁ、」

 

 

鋭い切っ先が少しだけ肌に埋まる。痛みは乖離している。今この瞬間、俺が、()()()()()()()()()()()()()()()だろう。

 

 

『なら、なんて呼べばいい?』

 

 

だから、それは。きっと。

 

 

『―――■■雪■、それが……僕の名前』

『■キ■■か……ん、いい名前だな!んじゃあ、よろしくな!!』

『ん………よろしく、()()()

 

 

「――――アンタ、()なんだよ」

 

 

代償にした(ささげた)筈の記憶だった。

 

 

 


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