Fate/false protagonist   作:破月

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主人公の出番がない、原作主人公士郎の回です。


Kapitel 4-3

 

(side:Shiro)

 

 

 

 

昼休みになった。特に約束をしているワケではないが、叔父貴に()()()()()()()()()()()()()()()()()、これを届ける義務はあるだろう。俺より後に起きて、いつの間に作ったんだと言いたい。が、それはともかく。学校で人目が少ないところと言えば、この時期だと屋上だろうか。そこに遠坂がいる事を願って、教室を出た。

 

 

― ―

 

 

夏場なら生徒たちで賑わう屋上も、冬の寒さの前には閑古鳥を鳴かさざるを得ない。いくら冬木の冬が暖かいと言っても、屋上の寒さは我慢できるものじゃない。冷たい風にさらされた屋上にいるのは自分と、

 

 

「あら、よくわたしがここにいるって分かったわね」

 

 

物陰で縮こまりながら、心底意外そうにしている遠坂だけである。

 

 

「まあ、なんとなく?それより、差し入れがあるんだけど、要るか?」

 

 

途中売店に寄って買ってきたホットの缶コーヒーとミルクティー、両方を差し出す。

 

 

「……アンタ、朴訥な顔して結構気が利くのね」

「む、失礼な。飯を食うなら、飲み物も必要になるだろ」

 

 

ミルクティーの方を受け取った遠坂につめてくれ、と言いながら物陰に入っていく。ここなら人がやって来てもすぐには見つからないし、校舎の四階から見える事もない。

 

 

「あと、これ」

「……?」

「叔父貴から。桜は自分で作ってたみたいだから、たぶん遠坂にだろ。藤ねぇ―――じゃない、藤村先生に渡すには小さいし」

「え……あり、がとう」

「ん。帰ったら、叔父貴に感想でも言ってやってくれ。案外あの人、そういうの気にするから」

「……そうね」

 

 

出鼻を挫かれましたと言いたげな表情だが、喜色ばんでいるのは誤魔化せない。可愛いところもあるんだな、と思いながら缶コーヒーを傾ける。

 

 

「――――わぁ」

 

 

蓋を開けて歓喜。その気持ち、よく分かるぞ遠坂。滅多にこっちにいない叔父貴だけど、気紛れに帰国しては作ってくれる弁当は美味しかった。蓋を開けた瞬間に薫る、唐揚げの醤油の香ばしさ。色鮮やかな副菜に、卵とそぼろが散りばめられた白米。小さい頃は不思議に思っていた保温機能は、今では魔術を使っていたのだというのも判る。無駄に凝らない、けれどシンプル過ぎない。作り手の感情がこもった弁当は、本当に嬉しいものだ。

 

 

「……って、おじ様のお弁当に歓喜してる場合じゃなかった。ね、士郎。貴方、放課後はどうするつもり?」

「放課後?いや、別にこれといって予定はないよ。生徒会の手伝い事があったら手伝うし、なかったらバイトに出る―――のは流石に危機感なさすぎるか。ああ、でも一応ランサーがついてくれるならそれもありか……?」

「――――――――」

「……なんだよ、その露骨に呆れた顔は。言いたい事があるならはっきり言ってくれ。出来るだけ直すから」

「……まったく。貴方がどうなろうとわたしは構わないんだけど、ま、一つ忠告してあげる。今は協力関係なんだし、士郎は魔術師として未熟すぎるから」

 

 

またそれか。魔術師として未熟だっていうのは、耳にタコだ。気にしてるが、確かに遠坂の言う通りでもあるので反論はしない。俺の反応に、遠坂はまた意外そうな顔をして話を続ける。

 

 

「ねぇ、士郎?貴方、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

「――――?」

 

 

学校に結界……?

 

 

「待て。学校に結界って、それはまさか」

「まさかも何も、他のマスターが張った結界だってば。かなり広範囲に仕組まれた結界でね、発動すれば学校の敷地をほぼ包み込む。種別は結界内にいる人間から血肉を奪うタイプ。まだ準備段階のようだけど、それでもみんなに元気がないって気づかなかった?」

「――――――――」

 

 

そう言えば……二日前の土曜日、なんとも言えない違和感を感じたが、あれがそうだったっていうのか?だが、という事は――――

 

 

「つまり―――()()()()()()()()()()……?」

「そう、確実に敵が潜んでいるってわけ。分かった衛宮くん?そのあたり覚悟しておかないと、死ぬわよ貴方」

「――――――――」

 

 

弛緩していた意識が引き締まる。

 

 

『親しい間柄であるのなら、尚更、貴方は彼女のことを見極めなければならない』

 

 

脳裏に、今朝言われたセイバーの言葉と、桜の姿がよぎった。遠坂は俺の反応を余所に、話を続けている。それを、一枚壁を隔てたような感覚で聞く。……桜がマスター。そうと決めつけるのはまだ早い。セイバーはあくまでも注意喚起のためにそう言ったのであって、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。けれどそれは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()――――

 

 

「ねぇ、聞いてる?」

 

 

思考の渦に嵌りかけていた意識が引き戻される。少しだけ膨れた顔で俺を睨む遠坂に苦笑して、心ばかりの謝罪をする。

 

 

「―――あ、ああ。悪い。……冬木には二人しか魔術師がいない、だっけか」

「そうよ。他のマスターは外からやってきた連中か、魔術をかじった程度でマスターに選ばれたっていう変わり種でしょうね」

 

 

そうですか。遠坂に言わせると、俺も立派な変わり種という事らしい。

 

 

「それは判った。じゃあ、学校にいるのが半端に魔術をかじっただけのマスターだとしたら、この結界はサーヴァントが張ったことになる……よな?」

「察しがいいわね。サーヴァントは自分でマスターを選べない。だから、貴方みたいなマスターに当たってしまった場合、サーヴァント自身が色々策を練るしか勝機はないでしょう?」

「だろうな。そうじゃなきゃ、セイバーだってランサーに俺の護衛を頼むわけないし」

「それはちょっと例外っていうか……まあいいわ。で、結界の話に戻すけど、この結界はすごく高度よ。ほとんど魔法の領域だし、こんなの張れる魔術師だったら、まず自分の気配(まりょく)を隠しきれない。だから間違いなく、この結界はサーヴァントの仕業だと思う」

 

 

……サーヴァントの仕業か。なら、マスター自身はそう物騒なヤツじゃないのかもしれない。俺の考えを見透かしたのか、遠坂は言った。

 

 

「魔術師にしろ一般人にしろ、そいつはルールが解ってない奴よ。マスターを見つければ、まずまっすぐに殺しに来るタイプの人間ね」

「?ルールが解らないって、聖杯戦争のルールをか?」

「違う。()()()()()()()()()。こんな結界を作らせる時点で、そいつは自分ってものが判ってない。いい士郎?この結界はね、発動したら最後、結界内の人間を一人残らず"溶解"して吸収する代物よ。わたしたちは生き物の胃の中にいるようなものなの。……ううん、魔力で自分自身を守っているわたしたちには効果はないだろうけど、魔力を持たない人間なら訳も分からないうちに衰弱死しかねない」

 

 

箸を止めて遠坂は虚空を睨む。

 

 

「一般人を巻き込む、どころの話じゃないわ。この結界が起動したら、()()()()()()()()()()()()()()のよ。分かる?こういう()()()()()()()()()()()()()()()、この学校にいるマスターなの」

「――――――――」

 

 

一瞬だけ視界が歪んだ。遠坂の言葉を、出来るだけ明確にイメージしようとして、一度だけ深呼吸をする。―――それで終わり。不出来なイメージながらも最悪の状況というものを想像し、それを胸に刻みつけて、自分の置かれた立場を受け入れる。話は解った。結界とやらを壊せないのかと尋ねれば、試したが無理だったという答えが返ってくる。

 

 

「結界の基点は全部捜したんだけど、それを消去できないのよ。わたしにできるのは一時的に基点を弱めて、結界の発動を先延ばしにするだけよ」

「ん……じゃあ遠坂がいるかぎり結界は張られない?」

 

 

そう願いたい、がそれは都合のいい願いだと遠坂は言う。結界は既に張られていて、発動の為の魔力も少しずつ溜まってきている。アーチャーが見立てたところ、あと八日程度で準備が整うとかなんとか。その言葉の真偽を確かめようにも、パスが繋がっていないからランサーには何も聞けない。それでも、微かに漂う彼の怒気で、それが事実なのだということが判った。

 

 

「そうなったらマスターか、サーヴァントか―――どちらかがその気になれば、この学校は地獄になる」

「――――じゃあ、それまでに」

「この学校に潜んでいるマスターを倒すしかない。けど捜すのは難しいでしょうね。この結界を張られた時点でそいつの勝ちみたいなものだもの。あとは黙ってても結界は発動するんだから、その時まで表には出てこない。だから、チャンスがあるとしたら」

「……表に出てくる、その時だけって事か」

「ご名答。ま、そういう訳だから今は大人しくしてなさい。その時になったら嫌でも戦う事になるんだし、自分から探し回って敵に知られるのもバカらしいでしょ」

 

 

凍えた屋上に、無機質な予鈴が鳴り響く。昼休みが終わったのだ。空になった弁当箱を片付けて遠坂は立ち上がる。

 

 

「話はそれだけ。わたしは寄るところがあるから、家には一人で帰って。寄り道は控えなさいよ」

 

 

じゃあね、と気軽に告げて、遠坂は去っていく。二、三歩進んだところで足を止め、肩越しに振り返り笑みを浮かべて彼女は言った。

 

 

「―――お弁当、ありがとう。おじ様にはお礼と一緒に私から返すわ」

「――――――――」

 

 

扉の奥に消えていく姿を何ともなしに見送る。気分は晴れない。マスターがマスターだけを襲う、なんて話が気休めにもならないことを知って、真っ当な気持ちでいられる筈がない。

 

 

「学校に結界、だと――――?」

 

 

何も知らない、無関係な人間を巻き込むつもりなのか。そんなのはマスターでも何でもない、()()()()()()()()()。そいつが結界とやらを起動させる前に見つけて、見つけて―――完膚無きまでに、倒さなければ。

 

 

『――――喜べ衛宮士郎。君の願いは』

 

 

「っ――――」

 

 

頭を振って、脳裏によぎった言葉を否定する。そんな願いはしていない。倒していい"悪者"を求めていたなんて、そんな願いは、衛宮士郎の物ではないんだから―――

 

 

「いいのか坊主、授業始まっちまうぞ?」

 

 

わざわざ実体化してそう言ってきたランサーに頷きを返して弁当を片付ける。折角叔父貴が作ってくれた弁当は、半分も減ってはいなかった。

 

 

 


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