Fate/false protagonist   作:破月

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Kapitel 3-2

 

 

諸々を省いて結果だけを言うと、士郎は勿論の事、遠坂嬢とも協力体制を敷くことになった。僥倖と言えなくもないが、彼女ならば断わることもないと思っていたので概ね予想通りだ。更に、これまた予想通りの反応を示してくれたのは、彼女のサーヴァントであるアーチャーだった。特に士郎との協力体制を強く批判していたのだが、遠阪嬢が令呪を脅しに使い彼が渋面を作った姿は記憶に新しい。朝方見かけた時には不貞腐れた顔で庭に植わっている木々に水をやっていた。なんでも、働かざる者食うべからず、と遠坂嬢に言われ渋々従っているのだとか。どんなに性格がひん曲がったとしても、御人好しな部分は変わっていないようだ。ところで、

 

 

「ランサー、お醤油取ってもらってもいい?」

「ほらよ、嬢ちゃん」

「ふむ……これはなかなか」

「口に物を含みながら喋るものではないよ、セイバー」

「おや……今日の卵焼きは雪嗣作ですね」

「ああ、叔父貴の作る出汁巻卵は最高に美味いよな!」

「(カオス)」

 

 

そう思うのは二度目だ。今朝の食事風景なのだが、どうやら突っ込みは不在のようだ。俺にどうにかできると思っているのか、そんなことはないから止めてほしい。現在居間には俺含め七人の住人がいる。内三人が女性で四人が男。人数合わせに失敗した合コンに参加しているような気分になったのは言うまでもない。合コンに参加したことないけど。ランサーは終始ご機嫌でおかずを突つき、箸の運びはややゆっくりだが遠坂嬢も満足げにしている。コクコクと逐一頷きながら食事をするセイバーは時折何かを呟き、それに対してアーチャーが小姑よろしく小言を吐く。バゼットは小さく顔を綻ばせて俺が作った出汁巻卵を絶賛し、そこでなぜか士郎が誇らしげに胸を張っていた。

 

 

「料理の師匠の腕前を褒められたら、嬉しいに決まってるだろ?」

「………、」

 

 

この天然、どうしてくれよう。アーチャーが渋い顔で自身を横目に見ているのに気付かず、キラキラとした琥珀のような瞳が俺を見つめている。ああ、本当にどうしてくれよう。しかし、それよりも気になることがある。ちらり、と時計を見て時刻を確認。

 

 

「バゼット、時間は大丈夫か?」

「――そうですね、そろそろ支度をしなければ」

 

 

手早く食器をまとめ流しへと運んでいく背中を見つめる。弁当は出来ているのを忘れずに持っていくように言って俺も食器を片手に席を立った。遠坂嬢は微妙な顔でバゼットを見やり、士郎はいってらっしゃいと言って軽く手をあげる。セイバーは未だに黙々と白米を咀嚼している。ランサーは食後の一服といって席を立ったので、今は空でも見上げながら煙草をふかしているだろう。自分が使った食器くらい片付けろ、と言いたい。因みに、セイバーの格好は言わずもがな、白いブラウスに青いリボンタイと同色の膝丈スカート。ランサーは俺の箪笥から引っ張りだしてきたという白地のVネックTシャツと、黒いタイトパンツをさらりと着こなしている。アーチャーは、というと。

 

 

「これらはもう片付けてしまっても?」

「ああ、構わない」

「判った、では私が洗おう」

「助かる」

 

 

ただ、赤い外套を脱いだだけ、という。

 

 

「(なぜ誰もこの格好に疑問を持たないんだ……いや、俺が気にしすぎるのか)」

 

 

服ならば貸してやったのに、と思わなくもないがこれはこれで似合っているからいいのかもしれない。

 

 

「――――ユキツグ」

 

 

重ねた食器を手にキッチンへと向かってくるアーチャーの身体越しに、鈴を転がしたような声を聞く。

 

 

「やはり、貴方の作る料理は美味しい。食べる者を幸福な気分にさせてくれる、素晴らしい"魔法"だと思います」

 

 

ふわり、と笑ったその姿は白百合のように可憐で美しい。俺は何も言うことが出来ず、ただ、息を呑むだけだった。

 

 

 

 

 

― ― ― ― ―

(side : Shiro)

 

 

 

 

縁側に腰を掛けて、ぼんやりと青空を見上げる。朝食の後、遠坂は家に戻って昨日アーチャーに持ってこさせた以外の荷物を取ってくると言って家を出て行き、当然アーチャーもそれについて行った。バゼットさんはアルバイト先の花屋に出掛けた。元々はバゼットさんこそがこの戦いの参加者だったのだから、念の為護衛をすると言っていたランサーも一緒だ。セイバーは俺にパスがうまく繋がっていないことによる魔力の供給不足云々の話の他、諸々の話をしてから俺の部屋の隣で眠っている。叔父貴は、というと。

 

 

「――――ふっ、」

 

 

庭で素振りの真っ最中。なぜに素振りなのかというと、実はこれ、我が家では見慣れた光景だったりする。魔術師たるもの、魔術だけではなく他の技芸も磨くべし。そうでなければ、生きてはいけない。それが叔父貴の持論らしい。オヤジもそれに似た思考の持ち主で、体力作りのために俺に剣を教えてくれたこともあった。けど、オヤジのそれは型に嵌らないもので、"生き残る"という点に力を入れているようだと幼心に思った記憶がある。その点、叔父貴の剣はとても綺麗だ。手に持っているのは木刀のはずなのに、まるで真剣を振っているように見えるのは、叔父貴が袴を付けているからだろうか。映画やドラマでよく見る侍のようだ。その姿に憧れて、叔父貴に師事しようとした事も一度や二度ではなかった気がする。"殺すため"のものだと言って、教えてくれたことは一度もないけど。

 

 

「(叔父貴の目線の先には、見えない敵がいる)」

 

 

そのまま黙って見入っていれば、ひゅんひゅんと風を切るように翻っていた木刀が動きを止め、その次の瞬間、

 

 

「はあっ!」

「甘い」

 

 

赤い風が目の前を吹き抜けていった。ガキン、と金属同士が強くぶつかった音がする。気が付くと、叔父貴と遠坂について行ったはずのアーチャーが、それぞれ粗末な出来の槍と双剣とで斬り結んでいた。その次に間をおかず、さくり、と何かが何かに刺さる音が近くで聞こえる。そちらを見れば、さっきまで叔父貴の手に握られていた木刀が、オレが座っているところからさほど遠くないところに突き刺さっていた。キン、キン、と甲高い音を奏でる鋼同士の交わりに視線を戻し、ほう、と息を吐き出す。

 

 

「何やってんだよ……」

 

 

驚いたには驚いたが、こういう乱闘まがいの事は叔父貴とオヤジの間でもあったので見慣れていた。縁側から庭に出て、突き刺さった木刀を地面から引き抜く。剣先についてしまった土塊をほろっていると、再び斬り結びそこから微動だにしない二人に向かってさらに銀光が煌めいた。

 

 

「私も混ぜてもらえますか?」

 

 

嬉々とした表情で飛び出していったのは、完全武装したセイバーだった。魔力温存のために寝てるんじゃなかったのか、という突っ込みは心の中だけでしておく。見えざる剣を振り下ろしたセイバーに、叔父貴とアーチャーは顔を引き攣らせてお互いから距離を取った。

 

 

「俺の鍛錬にアーチャーが乱入してきたから応戦しただけで、手合せをしていたわけではないんだが……」

 

 

槍を肩に担ぎ、空いた手で雑に頭を掻きながら叔父貴が言う。アーチャーも同意するように頷き、次いで俺の方を見た。

 

 

「どうせならば自分のマスターを鍛えてやってはどうかね」

「え」

「木刀も持っていることだし、やる気は十分のようだ」

「え゛」

 

 

嫌味ったらしい笑みを浮かべたその顔に殺意が湧いた。アーチャーの言葉通り、セイバーは標的を俺に変更したらしく、清々しい笑みを浮かべて道場に行こうと言ってくる。

 

 

「無理はさせるなよ」

「勿論です」

「なんでさ!?」

 

 

味方だと思っていた叔父貴も敵だった。

 

 

 

 

 

― ― ― ― ―

 

 

 

 

 

ドナドナと暗い影を背負ってセイバーに連行されていく士郎を見送り、急ごしらえの投影品である槍を消す。対面していたアーチャーもまた双剣を消し、顰め面で俺を睨んできた。急襲を受けたのはこちらなのに、なぜコイツの方が機嫌が悪いのだろうか。まったく意味が判らない。

 

 

「……サーヴァントと張り合うとは、貴様本当に人間か?」

 

 

押し殺したような声でそう言われ、思わず眉を吊り上げる。どういった意図でそんなことを聞いてきたのかは知らないが、それに俺が答える義理はあるのだろうか。しかし、それはあくまで俺とアーチャーが無関係である場合の事であって、共闘する事になったのだから、それくらいの質問にならば答えられなくもない。なくもない、のだが。

 

 

「本気でやっていた訳でもないくせに、何を言っているんだか。だが敢えて答えておくのなら、そうだな……昨夜も言ったように、俺は英霊の出来損ないのようなものだから。と、言っておこう。それ以上の情報を求めるならば、黙秘権を行使しよう」

「また"契約違反"というやつか」

「まあ、そういう事だ」

 

 

面倒なことに、俺には"世界"との契約がある。その契約がなんなのかは語るに能わず、先ほどの質問はその契約に軽く引っかかるため、明確な答えをやることなど出来ない。まったく、我が事ながら難儀だと思う。といっても、()()()()()()()()というのも、契約規則ギリギリの表現ではあるのだが。そもそも、今さらこんな質問をしなくとも、こいつは既に答えを持っているはずだ。俺が如何に歪な存在で、壊れかけているということを。知らないはずがないのだ。何しろ、俺とアーチャーは決して今回が初対面という訳ではないのだから。それでも問いを投げ掛けてくるのには、相応の理由があるのだろう。ならば、それに乗って見るのも悪くはない。

 

 

「何の柵もなく話が出来れば一番だが、()()()()()()()()()な」

 

 

ぽろり、と。わざとらしくヒントを転がしてやる。

 

 

「――――今、"アラヤ"、と言ったか……?」

 

 

目敏く反応を示したアーチャーの声に聞こえなかったふりをし、うん、と背伸びをして空を見上げる。

 

 

「アーチャー」

 

 

返事はない。

 

 

「これはきっと、チャンスなんだ」

 

 

それに構わず俺は言葉を紡いだ。

 

 

 


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