(石の筋はしっかりしている)
中盤に差し掛かり、アキラは素直にそう思った。攻守のバランスがとれた綺麗な碁。きっと基本から丁寧に教えてもらったのだろう。そして、時折ハッとさせる一手を打つ。なんだろう。
(打っていて楽しい!)
同年代の子どもと打って楽しいと思ったのは初めてだった。あかりがこれからもっと強くなったら。アキラはそれを考えるだけでわくわくした。
(これで小学生って反則だろ)
一方、ヒカルは“初めて”出会った頃のアキラの碁を見て驚いていた。“今”のヒカルだから知ることのできる、幼いアキラの強さ。確かにプロ入りは確実だろう。佐為が2度目の対局で焦っていた理由が分かった。しかし、覇気が足りていないような気がする。ヒカルの頭に浮かぶのは、“今”のアキラの対局相手を殺さんばかりの視線だった。
(強い)
先ほどの穏やかな雰囲気とは正反対の、怖いぐらい真剣な目。ヒカルとはまた別の強さを感じる。決してリードを許してくれない。アキラは攻撃の手を緩める気配はない。
(でも、あきらめない。最後まで食らいつく)
「…ありません」
「ありがとうございました」
ヨセに入ったが、最後まで読むと、あかりが6目半足りない。あかり本人もそれが分かっているため、投了し、終局を迎える。
「あーあ、負けちゃった」
あかりは緊張の糸が切れ、椅子の背もたれに寄りかかった。
「あかり、ここに打つのは甘い。俺ならこうやって打つ。そうなると塔矢は中央を守りに行かなきゃ行けなくなるし、だいぶん苦しくなるだろ」
「気づかなかったなあ」
対局が終わるなり、ヒカルが検討を進めていく。
「塔矢は、そうだなあ…この黒のカカリにこうハサんでから進めていくと、もともと狙っていた上辺と一緒に左辺も狙いやすくなる」
「本当だ!」
検討の中にはアキラにも気づけなかった部分が多く、ヒカルのヨミの深さに驚いた。
ここでアキラに一つの疑問が生まれる。
「キミは打たないの?」
それを聞かれるとヒカルは説明に困ってしまう。
「お、オレはいいんだよ」
ヒカルは焦った。自分が外で打たない理由に、うまい理由を考えていなかった。saiとしてネット碁をするため、なんて言えない。
「そういえば、藤崎さんは随分綺麗な碁を打つけど、誰に教えてもらったの?」
「ヒカルだよ!」
この流れはマズい。
今すぐあかりの口を塞ぎたい衝動に駆られる。
アキラがヒカルに興味を持たないわけがなかった。
「もしよかったら、キミも一局打たないか?」
「私も、ヒカルの本気が見たい!」
思えば、あかりはいつも教えてもらう立場だったため、ヒカルが外で打たないことに何の疑問も持たなかった。それが普通だと思っていたからだ。でも、アキラの誘いであかりも知りたくなった。ヒカルの、底知れない強さを。
小学生二人のキラキラした目が、三十路のおっさんには眩しすぎる。
(この時期に塔矢と打つのは避けられないことなのかもしれないな)
何故かそんな気がした。
「分かった」