ヒカルはアキラと初めて対局した正確な日を覚えていない。まだプロ入りはしていないし、名人の経営している碁会所にいるだろう。
「あかり、今日は同年代で1番強いやつと対局できるかもしれないぞ」
「1番強いのはヒカルじゃないの?」
それを言われると困ってしまう。恐らく、国内ではどのプロ棋士よりも強いだろう。
「お、オレはいいんだよ!それより、そいつは本当に強いから覚悟してかかれよ!」
“こっち”では初めて囲碁サロンの入り口をくぐる。ヒカルにとっては6年ぶりぐらいだ。店の奥に見慣れたオカッパ頭を見つけ、安心する。
「いらっしゃい」
かわいいカップルね、と市川が迎えてくれた。
(市川さんわっか!!)
出会った頃の市川はまだお姉さんといった感じである。
「初めて?」
「ここに来るのは初めて!打つのはこいつだけ」
初めても何も、“あっち”のヒカルはすっかり常連である。
「棋力はどのくらい?」
「えーと…」
あかりが困ったようにヒカルを見た。ヒカルはわざと大きい声で言った。
「あ、子どもいるじゃん!あいつと打てる?」
あかりとの対局は、きっとアキラにとってもいい刺激になるだろう。
「えーと、あの子は…」
市川が説明に困っていると、話を聞いていたアキラがこちらに向かって来た。
「対局相手を探しているの?」
(うおお、アキラちっちぇー!女の子みたい)
この頃のアキラは随分と可愛らしい。段々目つきが悪くなっていくとは考えたくないおっさんである。
「オレじゃなくて、こいつな」
なんて考えていることは顔には一切出さず、あかりを紹介する。
「いいよ、ボク打つよ。奥へ行こうか。ボクは塔矢アキラ」
「私は藤崎あかり!小学6年生」
「あっ、ボクも6年だよ」
仕方ないとはいえ、あかりとアキラが話しているのは、ヒカルにとっては少々面白くない。
アキラとあかりが碁盤を挟んで座る。
「それじゃあ、はじめようか。置石はとりあえず4つか5つにする?」
アキラは指導碁気分なのだろう。当然といえば当然だ。この頃のアキラに同年代で渡り合えるものがいないのだから。
「あかり、互先でやってみろ。まだお前にはきついかもしれないけど、いい勉強になると思うぜ」
「ちょっとヒカル」
焦るあかりをよそに、アキラに同意を求める。
「塔矢、本気で頼む」
「う、うん」
そして対局がはじまる。
「それじゃあ、先番どうぞ。お願いします」
「お願いします」
アキラが先番を譲り、あかりが黒石を持った。本気でやれば相手の心を折ってしまうかもしれない。そんなアキラの心配はすぐに不要となった。