「…あかり、もう一回」
聞き間違いかと、もう一度訊ねる。
「囲碁のプロになりたい」
どうやらヒカルの聞き間違いではないようだ。“前”はプロになりたいなんて言い出すことはなかった。どういう風の吹き回しだろうか。
「お前、まだ小学生だぞ。決めるのは早すぎるんじゃないか」
確かにあかりは強くなった。まだプロには届かないが、院生としてはやっていけるだろう。筋も悪くない。院生に入れば、もっと伸びていくだろう。しかしまだ小学4年生になったばかりである。
「プロになって、もっと強くなりたい」
「なんでだよ!」
つい怒鳴りかける口を押さえる。ヒカルは“前”と違う展開に焦っていた。
そんなヒカルに、あかりは下を向いて言った。
「あのね、今はまだ全然かなわないけど…ヒカルと互先で打つのが夢なんだ。自分の力がついていくごとに分かるの。ヒカルの強さが」
強い相手の力量を知るには、自分も強くならなければおし計れない。あかりも感じることができるようになったのだ。
そんなあかりの姿が、囲碁を始めたころの自分に重なる。強さを貪欲に求めていた、あの頃の自分に。
ヒカルは決めた。
「分かった、お前がプロになれるようにしよう。でも、中学生になるまではじっくり考えよう。それでもあかりがプロになりたい気持ちが変わらないなら、応援する」
中学生で自分がプロ試験を受けた時の枠にあかりが入れば、あまりズレないと考えた。
「うん!」
次の日から本格的にあかりを鍛えるようになった。今日も放課後に打つ約束だ。
「ヒカル!」
「あかり。どうした?」
「一緒に帰ろ!」
「おう」
あかりと教室を出ようとした時だった。
「お前ら付き合ってんのかよ!」
(ああ、小学生特有の煽りか)
面倒だと頭を抱えた。
あかりの顔を見ると、羞恥で顔は真っ赤、涙目。この状況で放っておけば泣いてしまうだろう。
大人気ないことを考えつつ、挑戦的な笑みを浮かべてヒカルは言った。
「羨ましい?」
「!?」
教室が凍り付いた。大抵の子どもはからかわれると怒るか拗ねるかなのだ。
「べ、別にそんなんじゃねえよ!」
相手は虚を突かれたようにぼうっとしていたが、やっと返事を返した。
「あっそ。んじゃ、あかり、帰るぞ」
「う、うん」
ヒカルに腕を引かれ、今度は違う感情で真っ赤になるあかり。二人が出て行ったあと、女子の黄色い悲鳴が上がった。
あかりの気持を聞いてから、強くするために動き出した。小学生には時間がたっぷりある。碁会所巡りでいろんな大人との対局になれさせた。それから、多面打ちでの持碁を課題にしたり、ヒカルの作った詰碁を解かせたり。どれもヒカルを強くしたものだ。選んだ碁会所は、“前”のヒカルの馴染みの場所を選んだ。碁会所に付き添うことはしたが、決して自分は打たなかった。あかりも、それが普通だと思っていた。
小学六年生の冬。あかりの棋力はプロに入れるレベルになった。この時期には、あのイベントが待っている。
そう、アキラとの初対局である。