未来ねつ造
それからヒカルは、およそ小学生には似つかわしくない生活を送る。部屋にゲームや漫画はない。あるのは折り畳みの碁盤と碁石。急に外で遊ばなくなった息子に心配したが、夢中になれるものが見つかったらしいことに喜びもあった。そのせいか囲碁教室に通いたいという息子に反対はしなかった。
学校でのヒカルは、成績優秀なムードメーカーだけでなく、体を動かすことが好きだったので運動神経も抜群だ。モテないわけがなかった。
入学して一か月がたった。今日は平八と打とうと考えていた。
「あかり、帰るぞ」
「うん!」
あかりもやっぱり幼くて。つい自分の子どものように世話を焼いてしまう。
(やっぱりあかりは可愛いよなあ)
可愛いのは当たり前だ。あかりは未来の妻である。このころの自分は見向きもしなかったのはなぜだろうか。
「あれ?ヒカルおうちに帰らないの?」
自分の家を通り過ぎていくヒカルに、あかりが尋ねた。
「今からじーちゃんち!あかりも来るか?」
「行く!」
「おやヒカル、何の用じゃ?それにあかりちゃんまで」
「じいちゃん、打とうぜ」
「早速覚えたのか?よし、待ってろ」
平八が準備した碁盤の前にヒカルが座る。“前”も最初の一局は平八だった。あかりはそれを不思議そうに眺めていた。
「ヒカル、これは何?」
「囲碁っていうんだ」
「いご?」
「うん。退屈かもしれないけど…もしやってみたいと思ったら教えるぜ」
あかりは“前”もヒカルの影響で囲碁を始めた。今回、それが早まってもおかしくないと軽い気持ちだった。
「ヒカル、置石好きなだけ置いていいぞ」
「いらないよ!」
「む。なら、先手で打て」
このやり取りも懐かしい。プロになったヒカルに対しても変わらなかった。佐為と打つときに石を置きたがらなかった自分そっくりである。
「お願いします」
「お願いします」
ヒカルは本気では打たなかった。プロでもわかりにくいレベルの指導碁。結果はヒカルの半目勝ち。平八は驚きを隠せなかった。
「ヒカル、誰かに教えてもらったのか?」
「囲碁教室に行ったんだ」
不自然にならないよう、囲碁教室に通った。
「ヒカルは、いごが強いの?」
「少しだけだぞ」
あかりは対局中のヒカルに惹かれた。何をしているのか最初から最後までさっぱりだったが、楽しそうなヒカルが印象的だった。
「私もやってみたい!ヒカル、教えて」
「うん、いいよ」
そんな約束をしていたところ、平八はある決断をした。
「…脚付きの碁盤、買ってやる」
「え?」
孫の才能を伸ばしてやりたいと思った。
数日後、碁盤が届き、あかりに基本から少しずつ教え始めるようになった。
「ここに打たれたらどこに打てばいい?」
「えっと…こうかな?」
「正解」
佐為までとはいかないものの、随分と指導もうまくなったものだとヒカルは自画自賛していた。ヒカルのつきっきりの指導もあり、小学三年生にあがるころには“前”のあかりよりも随分と棋力があがっていた。ヒカル自身も囲碁雑誌を読み漁り、棋譜を並べ、自分の勉強を怠らなかった。覚えてる限りの佐為の棋譜を書き出し、ファイルにまとめた。
小学四年生の春、ヒカルにとって予想外のことが起きる。
「ヒカル、私プロになりたい」