コロナにはどうか、お気を付けて。私も職場で戦っています。
「それでは、抽選を始めます」
くじ引きの結果、あかりの初戦の相手は20代ぐらいの男性になった。対局時計をセットして、挨拶をする。
(私は今、ヒカルが歩いた道を辿って追いかけている)
ヒカルにいつか追いつきたい。だからここまで来た。折角掴んだチャンスを、無駄にしたくない。
(まずは初戦。落ち着いて打てば大丈夫)
目を閉じて深呼吸をする。大丈夫、焦るな。何度も自分に言い聞かせる。一手ずつ丁寧に打つ。これまでヒカルに教わってきたように。
「…ありません」
悔しそうに男性が投了し、あかりは中押し勝ちとなった。
その日の夕方、ヒカルの家のインターホンが鳴った。
「はーい」
扉を開けると立っていたのは、満面の笑みのあかり。心配は杞憂だったらしい。
「上がっていくか?」
きっと今日の検討もしたいだろう。そう思って声をかけた。
「うん!お邪魔します」
「ねぇヒカル!勝ったよ!中押し勝ちだった」
嬉々として話すあかりが大変可愛らしい。つられてヒカルの頬も緩む。
「さすがあかり!その調子で、明日も頑張れよ」
予選はこれで終わりではないのだ。5日間で3勝しなければ本戦には上がれない。
「うん!今日の棋譜を見て欲しいな。それから、一局ヒカルと打ちたい」
「もちろん」
好きなことをしていると、時間はあっという間に過ぎる。時計はもう20時を過ぎようとしていた。
「初日だし、疲れただろ。今日はもう帰って寝ろよ」
「うん、そうしようかな。あ!そういえば」
お茶を飲み、一息ついたところであかりが爆弾を落とした。
「塔矢くんと再会したよ」
嫌な予感は当たってしまったらしい。
「…あいつ何か言ってたか?」
「えーと、ずっと私と打つのを楽しみにしてたって。ヒカルは試験を受けないって知って残念そうだったよ」
「…気をつけろよ、あいつ結構しつこいからな。明日も明後日も、すぐ帰ってくるんだぞ」
あの頃は目の前のことに夢中で気にしていなかったが、冷静になって考えると一歩間違えばストーカーだと思う。
「よく分からないけど、気を付けるね」
何も起きなければいいが、きっとそうはいかないだろう。ヒカルは本日2度目の、深い溜息を吐いた。
同時刻の塔矢邸。行洋が新聞を読んでいると、アキラが落ち着きなく襖を開けた。
「お父さん、良い報告があります」
「どうしたんだ」
いつもは表情の変化に乏しい息子の目が、輝いている。何か嬉しいことがあったのだろうか。
「藤崎さんと再会しました。今年プロ試験を受けるようです」
初対面のあの日から手がかりが掴めず、やきもきする息子を見てきた。しかし、アキラがプロ試験を受けるという年に再会が叶った。なんという巡り合わせだろう。
「ただ、悪い報告もあります。進藤は…受けないようです」
「…彼は、受ける気がないのかね」
アキラは少し目を伏せた。
「分かりません。藤崎さんと対局後に話したかったのですが、すぐに帰ってしまったようで」
進藤ヒカルは、謎の多い人物だ。大会への出場記録なども一切ない。ネットで話題になっている“sai”に関係しているのではないか、という憶測が再び頭を過る。
「焦らなくても良い。目の前の碁を打ち続けることが大切だ」
「はい」
父の言う通り、今の自分に出来るのは1つ。そうして自分が強くなった先に、あの二人がいるなら。それは何と幸福だろうか。
あかりもアキラも、3連勝を収め予選を突破した。後日、和谷、奈瀬、本田、飯島、小宮も本戦出場が決まった。
「それじゃあ、行ってくるね」
「いってらっしゃい。気を付けて」
蝉時雨の中、今日もヒカルに見送られてあかりは会場へ向かった。たった3枠の中に入らなければ、プロにはなれない。
(頑張らなきゃ!)
初日だけくじを引くと、最終日までの対戦相手が決まる仕組みになっている。あかりは最終日の相手を見てひゅっと息をのんだ。
(塔矢くん!)
今日から長い長い本戦が始まる。