ラブライブ! 〜僕らは今のなかで〜   作:逸見空

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講堂ライブ開始直前です。
優羽はどんなふうにこのライブを受け止めるのでしょう。僕も分かりません。

ではどうぞ。


第九話 開幕

 あっという間に一週間が経った。

 今日はついに姉さんたちのグループ『μ’s』のライブの日だ。場所は講堂。結構広いステージで、一応全校生徒が入るくらいの大きさだ。

 今日はちょうど新入生歓迎会の日で、いろいろな部活がイベントを催すようだ。姉さんたちのライブは放課後。一番各部のイベントが多い時間だ。

 どうやら講堂の使用は一ヶ月前に既に許可をもらっていたため、他の部を差し置いてあの大きなステージを使うことができるのだそうだ。

 

 今朝家を出るときから、姉さんは緊張しているようだった。姉さんは元から人前に立つのがあまり得意ではないので、緊張するのは当然だろう。

 僕も見に行くと言ったら、姉さんは、

 

「べ、別に来なくていいですよ! ……は、恥ずかしいですし」

 

 と言っていた。恥ずかしがり屋の姉さんらしい反応で、いつもしっかりしていて頼もしい姉さんの姿からすればギャップがあってすこしおもしろかった。

 しかし、僕は行くつもりだ。姉さん達のダンスなんて、見たくない訳がないだろう。そしてそれ以上に、僕は姉さんの弟として姉さんを応援しないわけにはいかないのだ。

 

 ○ ○ ○

 

 昼休み。

 僕はアイドル研究部の部室にいた。にこちゃんと昼ごはんを食べようと思った来てみたら思った通り、そこではにこちゃんが一人でお弁当を食べていた。

 

「こんにちは、にこちゃん」

 

「……何か用?」

 

「いや……一緒にお昼食べようかと思って」

 

 そう言って、僕はにこちゃんの向かい側に座る。

 

「へえ……あんた友達いないのね」

 

「それはお互い様だよ」

 

「……うっさい」

 

 いつものようにそっけない態度だったが、なんだか今日はいつもより少し元気がないような気がした。いや、元気がないことはないのだが、まるでなにか心配ごとを抱えているかのような……そんな顔をしていた。

 

「……なによ?」

 

「え?」

 

「さっきからにこの顔ばかり見てるじゃない。そんなににこの顔が可愛いからって、そんなに見つめちゃダメよ」

 

「いや、そういうわけじゃないよ」

 

「…………」

 

 なんだかボケにもツッコミにもキレがない。これはどうしたことだろうか、明らかににこちゃんの調子がおかしい。

 

「ねえ、にこちゃん、なにかあったの?」

 

「別に……ただ、気になるだけ」

 

「気になるって……なにが?」

 

「今日、ライブがあるでしょ」

 

「……あぁ、なるほど」

 

 そういうことか。

 ここはアイドル研究部、そしてにこちゃんの守備範囲はスクールアイドルにも至る。そして今日、我が校のスクールアイドルの初ライブがある。そんなの、にこちゃんが気にならない訳がないか。

 しかし、なぜこんな顔なのだろうか。ワクワクしている、楽しみにしている……といった顔ではない。この顔は……

 

「あ、いた!」

 

 そのとき、ドアから声がした。希先輩だ。

 

「もう、探したんよ? 教室にもいないし」

 

「すみません……でも、どうしたんですか?」

 

「実は、ちょっと頼みがあってね」

 

「頼み?」

 

 ○ ○ ○

 

 そうして僕は部室を後にして希先輩について行ったわけだが、着いたのは学校の倉庫だった。

 希先輩は倉庫の扉を開けると、中にあったいくつかの大きなパネルのようなものを指して言った。

 

「これからこれを運ばないといけないんだけど、手伝ってくれない?」

 

「は、はあ。いいですけど、これは?」

 

 大きさはだいたい縦横二メートルくらいで、結構重そうだ。

 一体なにに使うんだろうか。

 

「今日は一年生歓迎会やろ? それでいろんな部活がパネル展示のためにこれを使うんよ。でも、こんなに大きいもの、さすがに女の子だけだったら重たくて……だから優羽くんに頼んだの。それじゃ、グラウンドまで運ぼうか」

 

「なるほど。分かりました」

 

「じゃ、いくよー。せーの……」

 

 よいしょっ、と言って希先輩と僕は、この大きなパネルをまず一つグラウンドまで運んだ。

 そして二つ目を運ぼうと倉庫まで戻ると、そこには生徒会長がいた。

 

「あ、希。ごめんなさい、遅れちゃって……ってあなたは……」

 

「ど、どうも」

 

 なんだか気まずい空気になりかけたところに、希先輩が口を開いてくれた。

 

「これ、うちらだけだったら重たいから、優羽くんにも手伝ってもらってるんよ」

 

 僕はそのとき、余計なことをするなと怒られるかもしれないと構えていた。だっていつも顔怖いし……

 すると会長は僕の方をチラッと見ると、いつもの強張った顔……ではなく、それとは全然違う優しい笑顔で、

 

「あら、そうなの。ありがとう、園田くん」

 

 と、微笑みかけてきた。

 

「あ、いえ、そんな」

 

 なんだかこの人の前だと緊張してしまう。

 しかし今、僕はこの人のまた違った一面を垣間見た気もした。

 

 ——そんな顔もするんだ。

 

 僕は少し驚いた。いつも怖い顔をしている彼女からでは想像できない、優しい笑顔だった。僕は一瞬、その笑顔に見惚れてしまっていた。

 

「じゃあ、ここからは三人で運びましょうか」

 

「そうやね」

 

「分かりました」

 

 そうして僕たちは、残りのパネルを昼休み全てを使って運び出した。

 僕が弁当を食べ損ねたことに気付いたのは、それが全て終わってからだった。

 

 ○ ○ ○

 

 午後の授業が終わって、放課後になる。いよいよライブだ。

 僕はさっさと荷物をまとめると、講堂へ……と、その前に。

 

「西木野さん」

 

 僕は、まだ自分の席に座っていた西木野真姫に話しかける。

 彼女はこちらを振り向くと、

 

「……何?」

 

 と、相変わらず愛想のない返答をする。

 

「西木野さんは行かないの? ライブ」

 

「ああ、今日だったかしら。別に興味ないから……」

 

 そう言ってプイッと向こうをむいてしまうが、彼女は必ず行くだろう。まず、ライブのことを僕に最初に教えてくれたのは西木野さんだし。興味がないなんて見え見えな嘘をつかなくてもいいのに。

 

「そっか。じゃあ僕は先に行ってるね」

 

「だ、だから私は——」

 

 西木野さんの言葉を最後まで聞くことなく、僕は教室を後にした。

 そして僕は講堂へ向かう。なんだかよく分からない気分だ。もちろん、姉さんたちのライブが成功するとは信じている。そして楽しみでもある。しかし、どうしてもまだ一抹の不安が拭いきれない。そして、微かに嫌な予感もしている。もしも失敗したら……そんなことも考えてしまう。

 と、そのとき、グラウンドの方が見えた。そこには既に多くの部活が集まっていて、その中にふと知っている人の姿が見えた。あれは——希先輩だ。生徒会の仕事だろうか。しかしその直後、その様子がおかしいことが分かった。

 希先輩は何人かの人たちに同時になにか言われていて、彼女の方はそれに大変そうに対処しようとしている。希先輩は明らかに困っているようだった。

 ……あれは少しまずいのではないのか。

 僕はそう思うと、すぐにそこに駆けつけた。

 

 ○ ○ ○

 

「希先輩。どうしたんですか」

 

 僕がグラウンドに着いて希先輩のところへ駆け寄ると、既に集まっていた何人かはどこかへ行ってしまっていた。

 

「あ、優羽くん……見てた?」

 

「まあ……」

 

「あはは、なんだか情けないところ見せちゃったな」

 

 そう言うと、希先輩は舌を出して笑った。

 

「あの、なにがあったんですか?」

 

「実は……パネルが一個足りなくて」

 

「えっ……じゃあすぐに倉庫に——」

 

 そう言おうとすると、希先輩はそれを遮って言う。

 

「それが倉庫にもないの……それでパネルがない部ができちゃって……あ、でも大丈夫! うちがなんとかするから。優羽くんは気にせずお姉さんのライブに行ってあげて」

 

「いえ、そんなわけは……って、あれ? 言いましたっけ、僕の姉さんがスクールアイドルしてるって」

 

「いや、講堂使用許可状の名前に書いてあった一人と優羽くんの苗字が一緒だったから分かったんよ」

 

「ああ、そういうこと……って今はそれどころじゃなくて! どうしましょうか?」

 

「だから優羽くんは気にしなくてもいいのに……」

 

 しかし僕はその場で希先輩の目をじっと見続ける。

 

「……もう、じゃあちょっとだけ手伝ってもらおうかな」

 

「はい。なにをすればいいでしょうか? 学校を探してみますか?」

 

「いやいや、そんな時間はないから……だから、代わりになるものを持って来よう!」

 

 

 

 そう言って希先輩と僕は、生徒会室に来た。

 希先輩がドアを開けると、そこには誰もいなかった。

 しかし、その代わりにある大きなものが目に入った。

 

「なるほど、これを代わりに使うんですね」

 

「そう。これならパネルの代わりになるやん?」

 

 そう言って僕たちは、生徒会室にじっと佇んでいる大きな——ちょうどあのパネルと同じくらいの大きさのホワイトボードを、グラウンドまで運び出した。

 

 ○ ○ ○

 

 なんとかパネルの代わりが見つかり、苦情を言っていた部もそのホワイトボードで妥協してくれたので、無事この件は解決した。

 運び出すのに少し疲れたので息を整えていると、希先輩が、

 

「よし……じゃあ行こうか!」

 

 と言って、僕の手を引っ張る。

 

「ちょっ、行くってどこに……」

 

 突然引っ張ってきたので、少しよろめいてしまう。

 

「どこって、講堂に決まってるやん?」

 

 ああ、なんだ。希先輩も来てくれるのか。

 なんだか嬉しい気持ちになった。まるで、自分のことを見にきてくれる人がいるみたいで。

 

「あっ、開演まであとちょっとしかないですよ!」

 

「まじか! ……よし、じゃあ急ごう!」

 

 そう言って僕たちは講堂に向かって走り出した。

 

 ○ ○ ○

 

 講堂の扉の前に着いた。腕時計をみると、開演五分前だった。なんとか間に合った。

 そして安心して、僕がその扉を開けようとしたそのときだった。

 

「待って!」

 

 突然、希先輩が僕を止めたのだ。

 

「どうしたんですか?」

 

「なんか……様子がおかしくない?」

 

 彼女はそう言って顔を曇らせる。

 

「中から全然声がしない……」

 

 僕は心を落ち着けて耳を澄ましてみる。

 …………

 本当だ、中から観客の話し声が聞こえない。まだ開演してないはずだから、ライブの歓声は聞こえないのは当たり前だが、それ以前になんというか……人がいる気配が無い。

 途端に不穏な空気が流れる。

 

「優羽くん……もしかしたらこれは……」

 

「…………」

 

 僕は再び扉に手をかける。

 ……まだ分からないじゃないか。もしかしたらお客さんがみんな静かな人で、ずっと喋らずに待っているというだけかもしれないだろう。

 僕がそんな不安になってどうするんだ。

 そう自分に言い聞かせながら、僕はゆっくりと扉を開ける。

 ギィー、と音を立てて、その重たい扉は開いてゆく。

 そして僕は、誰もいない会場を目の当たりにした。

 

「…………なんで」

 

「優羽くん……まだ分からないよ? これから誰か来るかもしれないし……」

 

「いいえ、希。もう誰も来ないわ」

 

 突然そんな声がして振り返ってみると、そこには生徒会長がいた。

 

「そろそろ開演してしまうわ。ここにはもう誰も来ない」

 

 そう言うと、彼女は講堂の管制室に入っていった。

 

「えりち……」

 

 希先輩は生徒会長の姿を心配するかのように見つめていた。

 僕はとりあえず講堂一番後ろの席に座った。一番前には座れなかった。彼女たちのことをどんなふうに見ればよいのか、分からなかったから。

 開演時刻になった。重たいブザーの音が無情にも鳴り響く。

 

 ——そして。

 

 ステージの幕が、今上がる。

 

 

 




なんだかあっという間にUAが2000を超えていて、もうすぐ3000になりそうです!
見てくださっている方、ありがとうございます♪

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