ラブライブ! 〜僕らは今のなかで〜   作:逸見空

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第五話 休日

 目覚めて時計を見ると、もう午前九時だった。しかし、今日はそれでも問題ない。遅刻もしない。なぜなら、今日は土曜日だからだ。やはり休日は好きな時間に起きることができるというのが最高だ。そうはいっても、まだ九時である。もう少し寝てもいいのだが、昔から早寝早起きをさせられていたため、遅く起きると言ってもこんなものだ。

 居間に降りると、だれもいなかった。両親の仕事は土曜もいつも通りとっくに出勤、姉さんは今日は穂乃果さん達と一緒にダンスの練習をするそうだ。

 僕は炊飯器に入っていた温かいご飯を茶碗に盛り、冷蔵庫から卵を一個取り出してご飯の上に割った。そして醤油をちょいと垂らして、今日の朝ごはんの出来上がりだ。

 炊飯器を開けるときのあの匂いや、茶碗から立つ湯気がたまらない。そう、僕はご飯が大好きだ。朝も断然、パンよりご飯派だ(朝にパンだったことなどほとんどないが)。

 そしてお箸を持って、僕は一人イスに座って高らかに言った。

 

「いただきまーす!」

 

 ○ ○ ○

 

「……ふぅ、ごちそうさま」

 

 僕は手を合わせて言うと、茶碗や箸を台所に持って行き洗う。

 ごちそうさまのあいさつがいただきますよりも元気がないのは、ご飯が美味しくなかったからなどでは、決してない。普通にお腹いっぱいになっただけだ。

 洗い物が終わると、僕はそのまま勉強タイムに入るつもりだった。

 僕は頭がいいと言うわけではないのだが、勉強を真面目にするだけはしている。何故成績が伸びないのかはまだ解明できていないけど。

 よし、今日も一日、勉強頑張るぞ! と思って自分の部屋に上がろうとしたそのとき、テレビの前に置いてあった僕のスマホが鳴った。

 それは僕にとっては珍しいことだった。あいにくにも友達が少ない僕には、スマホで友達と連絡を取ることももちろん無い。なぜならその友達がいないから。しかも僕は広告系のメッセージは全て非表示にしているので、そのせいで鳴ることもない。では誰が……姉さんとか? いやいやでも何の用で……じゃあ親かな……

 様々な推測をしながら、僕は恐る恐るスマホを手に取る。そして通知の画面を見ると、そこには意外な人からのメッセージがあった。

 

『にこ:今日暇かしら?』

 

 にこちゃん? なんで僕の連絡先を……って、そういえば入部したときに交換したんだっけ。

 それにしても、なんの用だろう。今日は暇かと聞かれたらそりゃもちろん暇なわけであるが、どうしてそんなことを聞くのだろう。

 僕はメッセージアプリを開いて、慣れない手つきで返信する。

 

『優羽:暇ですけど、どうしたんの?』

 

 あ、しまった! 敬語とタメ口が混じって変な言い方になってる。ちょっと恥ずかしい。

 するとすぐに返信が来た。

 

『にこ:じゃあ今日一日付き合いなさい』

 

 今日一日? なんでまた……あ、もしかしてこれも部の活動の一環ってことか? なるほど、そういうことだな。

 それなら仕方ない……行こう。

 僕はそのまま歯を磨くと、着替えて家を出た。

 

 ○ ○ ○

 

 急いで集合場所の駅前に行くと、もう既にそこには彼女の姿があった。彼女はこちらに気付くと、

 

「遅いわよ、まったくもう」

 

 と会って早々に文句を言う。しかしその言葉の割にはなんだか機嫌が良い。

 

「これでも急いだんだけどな……」

 

 そう言いながら運動して息が上がっている僕のことは気にせず、にこちゃんは子どものような無邪気な顔で、

 

「じゃあ行くわよ!」

 

 と言うと、僕を連れて秋葉原の街中へと進んで行く。

 

「どこに行くの?」

 

「アイドルショップに決まってるでしょ」

 

 決まってるんだ……でも、アイドルショップなんて今まで行ったことないから、少しワクワクする。どんな感じの場所なのだろうか。やっぱりアイドルのグッズとかがたくさん陳列してあって、いわゆる『アイドルオタク』の人たちが集まる場所なのかな。だったら入るときに少し勇気がいるのでは……

 しかし、そこに着くとそのアイドルショップというのは案外こじんまりしていて、雰囲気も普通な感じで入りやすかった。

 

「おお……なんか感じがいいところだね」

 

「そりゃそうでしょ! アイドルっていうのはね、みんなを笑顔にするものなの。そんなアイドルのグッズがある店なんだから、来たら笑顔になれるのは当たり前じゃない」

 

「そ、そうなんだ」

 

 にこちゃんの持論はよく分からなかったけど、アイドルは笑顔を届けるもの、という考えだけは伝わった。

 僕は軽く店内を見回す。

 

「って、ここにもスクールアイドル?」

 

 店内には、僕も知っているようなテレビに出ているアイドルのグッズなどもたくさんあるのだが、それに負けじとスクールアイドルのグッズもたくさんあった。どうやら本当にスクールアイドルというのは人気があるようだ。だったらなおさら、姉さんたちはこんな世界に足を踏み入れることができるのだろうか……なんて、今考えても仕方ないか。

 

「まあ今急成長してる分野だからね……って、ちょっと、なに難しい顔してんのよ」

 

「あ、そんな顔してた? ごめんごめん」

 

「そうよ、ここをどこだと思ってるの? アイドルショップよ? もっと楽しみなさい!」

 

 そう言うとにこちゃんは店内に陳列されてあるグッズを物色しはじめる。僕もそれに習って、なんとなく目のついたスクールアイドルコーナーの品を見てみる。どれどれ……ふむふむ……ってよく見るとほとんどA-RISEのグッズばっかりじゃないか! これじゃ最早スクールアイドルコーナーというよりもA-RISEコーナーだ。

 ひとつを適当に手にとって見ると、A-RISEの三人がポーズをとっている写真がプリントされているストラップのようだった。確かにみんな可愛い。僕は特に真ん中の人がタイプである。

 

「へぇ、あんたもA-RISEが好きなんだ」

 

 いつの間にか後ろからにこちゃんが覗き込んでいた。

 

「べ、べつにそういうわけじゃ……」

 

 僕も反射的に焦ってしまう。そしてそのストラップをあったところに戻すと、僕は改めて店内を見回す。

 その中でA-RISEは一般的なアイドルと変わらないくらい、もしくはそれ以上に輝いて見えていた。

 

 ○ ○ ○

 

 店を出ると、ちょうど十二時だった。

 お腹もすいて来たので、僕たちはどこかの店に入ることにした。すると、それなら良いところがあると言って、にこちゃんがある店に案内してくれた。

 

「え? あの……ほんとにここ?」

 

「そうよ。なんか文句ある?」

 

「文句はないけど……」

 

 でも、なあ……

 看板には大きくこう書かれている——『メイド喫茶 にゃんにゃん』。

 僕は何度か秋葉原には来たことはあるが、こういう店に入るのは初めてだ。やっぱりなんだか抵抗があったし、なにより恥ずかしい。

 

「大丈夫よ。料理も美味しいし、慣れたら楽しいから」

 

 まあにこちゃんが言うなら大丈夫だろうけど……うーん、なんだか緊張してきた。

 そんな僕のことなどお構いなしで、にこちゃんは自動ドアの前に立った。そしてセンサーが反応し、扉が開かれるとそこには——見たことのない世界が広がっていた。

 

「おかえりなさいませ、ご主人様♡」

 

 店内に入ると、メイドさんがまるで語尾にハートでも付いているかのような言い方で案内をしてくれた。席まで案内されると、にこちゃんは慣れた動作で注文をする。にこちゃん、ここよく来るのかな。

 

「あんたは?」

 

 メニューのことを聞かれているのに気付くと、僕はなにも考えていなかったので、とりあえず「同じのでお願いします」と言っておいた。

 にこちゃんはなにを頼んだのだろう。僕は彼女顔をちらりと見る。変なやつは頼んでない……よな?

 

「……なに?」

 

 にこちゃんが怪訝そうに聞いてくる。僕が彼女の方を見たのに気付いたようだ。

 

「いや、べつに……」

 

「そう……それで、どうだった?」

 

「え?」

 

「だから……感想は?」

 

 僕はなにを聞かれているのかと思って少し考えたが、どうやらさっきのアイドルショップのことのようだ。

 

「なんというか……いいところだったね」

 

「いいところ……ほんとにそう思ったの?」

 

 ? どういうことだ? そりゃ本当にそう思ったに決まっているだろう。なぜ嘘をつく必要がある。

 

「本当だけど……そういえば、どうして今日は僕をあそこに連れてってくれたの?」

 

 そうだ、まずは何故今日にこちゃんは僕と一緒にあそこに行こうと思ったのだろう。アイドルショップをじっくり見たいなら僕なんかがいたら邪魔だろうし……もしかして誰かと一緒に来たかったとか? なんだ、寂しがり屋なんだな、にこちゃんは。

 

「知って欲しかったからよ」

 

「知って欲しかった?」

 

「にこの趣味、アイドルについてよ……悪い?」

 

 ああ、そうか。そういうことか。

 僕は自分の勘の悪さを改めて自覚した。

 本当ならこんなときに相手の意図を探るのは得意なはずなんだけど……僕もまだまだってことかな。一緒に遊んでいる子の気持ちも分からないなんて。

 そう、彼女は自分のことを教えてくれようとしたのだ。それは友達としてごく普通の、ごく自然のことである。

 仲良くなるために相手に自分のことを知ってもらう。

 それが、今日のにこちゃんの目的だったのだ。

 

「……ありがとう、にこちゃん」

 

 僕はそう言うと、ニコッと微笑む。にこちゃんは「いきなりなによ、もう……」と言って照れているようだが、僕はずっとにこちゃんに微笑み続けた。

 

「ふふ……」

 

「だからなに……」

 

「ふふふ……」

 

「だからなんだって……」

 

「ふふふふ……」

 

「あーもう、うざい!」

 

 と言ってにこちゃんが僕の顔におしぼりを投げつけたところで、ちょうど注文した料理が到着した。

 

「お待たせいたしました、ご主人様♡」

 

 と言って僕たちの前に置かれたのは、なんとも美味しそうなオムライスだった。なんだ、普通のもの頼んでるじゃないか。じゃあ早速頂きまいただきま——

 

「ではご主人様、今日はなにを描きましょうか?」

 

「え?」

 

 突然の質問に、僕はスプーンを持ったまま静止する。

 にこちゃんの方を見ると、

 

「じゃあ、いつもので」

 

「かしこまりました、お嬢様♡」

 

 と言って、なにやらケチャップでオムライスの上に赤い文字が書かれていっている。なになに、『宇宙No.1アイドル にこにー』……?

 

「ってなに見てんのよ! ……ほら、あんたもさっさと描いてもらいなさいよ」

 

「ああ、そっか……ええと、じゃあ、『園田優羽』でお願いします」

 

「かしこまりました♡」

 

 そう言ってメイドさんは手際よくケチャップアートを完成させると、

 

「では、ごゆっくりお楽しみ下さい♡」

 

 と言って店内に戻っていった。

 残された僕のオムライスには、器用にもハートまで付いている『園田優羽』という文字が描かれていた。

 

「あんた……普通オムライスに自分の名前漢字で書いてもらう?」

 

「だってよく分からないから……」

 

 とか言いつつ、とりあえず一口食べてみた。

 ……おお、美味い。

 普通にファミレスとかのやつよりも美味しい。これもメイドさんのケチャップのおかげなのだろうか。

 僕はどんどんスプーンでオムライスを口の中へ運んでゆき、あっという間に食べ終わってしまった。にこちゃんの方を見ると、まだ三分の一ほど残っている。僕は暇になったので、夢中でオムライスを食べているにこちゃんを眺めていた。

 

 

 

 食べ終わって外に出ると、

 

「さあ、午前中はにこの好きなところに行ったんだから、午後からはあんたの好きなところに連れて行きなさい!」

 

 とにこちゃんは腰に手を当てながら言った。

 なんだか変な言い方だな。普通だったら逆だろう。「午前中は付き合ってあげたんだから、午後からは自分の好きなところについて来い」と僕が言うのが普通だと思うのだが、まあいいか。僕もそんなこと言うつもりもなかったし。

 でも、好きなところか。別にそんなところはこれといって……あ、そうだ。

 

「じゃあ……ちょっと遠いけど、いいかな?」

 

「問題ないわよ」

 

「よし、じゃあ行こう」

 

 そう言って僕たちは、ある場所へと向かった。

 

 ○ ○ ○

 

 一時間ほどかけて、僕たちは電車に乗ってとある駅に到着した。その駅は無人駅で、そこで降りた客も誰もいなかった。

 

「ちょっと……どこに向かってるわけ? あ、あんたまさか、にこをひと気のないところに連れ込んで……」

 

「ち、違うよ!」

 

「ふふっ、冗談よ」

 

 まったく、変な冗談言わないでくれよ……

 

「それで、どこに行くつもり?」

 

「うーん……それは、見てのお楽しみってことで」

 

「……ま、いいわ」

 

「じゃあにこちゃん、ここからちょっと歩くけど、大丈夫?」

 

「ふんっ、甘く見ないで頂戴。こう見えても日々鍛えてるんだから」

 

「そうなの?」

 

「当然よ! アイドルたるもの、常に体力を——」

 

「アイドル?」

 

「あ、いや……なんでもない。ほら、行きましょ」

 

 にこちゃんは急に話すのをやめると、さっさと歩き出した。僕もそれを追いかけるようにして歩き出す。別ににこちゃんは不機嫌になったわけではなかった。しかし、今のはどういうことだったのだろうか。『アイドルたるもの』って……

 にこちゃんがあからさまにその話題を拒絶したように見えたので、僕もあまり深く考えないことにした。

 

 ○ ○ ○

 

 目的地についた。

 

「どう? にこちゃん」

 

「へえ、なかなかいいじゃない」

 

 そう言って、僕たちは目の前に広がっている景色を一望する。

 

 海。

 

 それが、僕の『好きなところ』だった。

 ここには、前に何回か来たことがあり、どのときも姉さんと二人で来た。というのも、姉さんは僕がひどく落ち込んだりしたときに、たまにここに僕を連れて来て、

 

『ほら優羽、見てください……広いですねえ。こんな広い海に比べたら、どんな悩みでもちっぽけに思えて来ませんか?』

 

 などと言って、僕を励ましてくれるのだ。僕はその姉さんの言葉通り、ここへ来ると悩みなどどこかへ吹き飛んでいってしまう。それは今考えればおそらく、この広い海のおかげでもあるのだろうが、やはり姉さんのかけてくれる優しい言葉や気遣いのためだろう。僕にとってはまさに、姉さんが『うみ』なのだ。

 

「ここは、僕にとってとても大事な場所なんだ」

 

「そうなの……じゃあせっかくだし、写真でも撮る?」

 

 そういいながら、にこちゃんはスマホのカメラを準備して僕の方に体寄せると、海が背景になるように手を伸ばしてカメラを構えた。

 

「じゃあいくわよ」

 

 パシャ。

 スマホがそう小さく音を立てた。

 にこちゃんは何事もなかったかのように僕に自分のスマホを渡すと、まだ冷たいであろう海水に触れに行った。

 僕はそのスマホの画面に映っている写真の中の自分を見てようやく、顔が赤くなっていたことに気づいた。

 肌寒さを感じさせる潮風が静かに吹いている。僕もにこちゃんと一緒に、冷たい海水に触れてみることにした。

 やっぱり水は冷たかったけど、なぜか熱くなっている僕の身体にはちょうど良い冷たさだった。




いやー、にこちゃんが可愛いです。
というわけで第五話でした。読んでくださった方、ありがとうございました!

UAが1000を超えました! これからもどんどん書いていくので、どうぞよろしくお願いします。

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