にこと主人公がちょっと近づきます。
そして穂乃果たちもだんだん活動を開始してきます。これからが楽しみですね。
「もういいわ。勝手にしなさいよ」
そう言うと、矢澤さんはイスに座ってため息をついた。
……これはつまり。
「入部しても……いいんですか?」
「…………」
無言……ということは、やはりダメということだろうか。
「あの……やっぱりダメってこと——」
「だー! 勝手にしろっつってんでしょ!? 察しなさいよ、もう」
「じゃあやっぱり……」
オッケーということだ! やったー!
僕はその場で矢澤さんに見せつけるように喜び、矢澤さんからうるさいと叱られ、僕は静かになり、ひと段落がついた。
こうして、なんだかんだで、僕はアイドル研究部の部員となった。
あれ?
僕はふと疑問に思った。なぜ僕はこんなに喜んでいるのか。最初は別にこの部に入りたかったわけではないし、そもそも入る気なんて無かった。じゃあなんでこんなに嬉しく思っているんだろう。
……まあ、いいか。
それで、このどうでもよい疑問を解決するには十分だった。
「矢澤さん」
と僕は彼女を呼んだ。
「なによ」
彼女は無愛想に答える。それでも、その顔にはもつ嫌悪感は見られなかった。
「この部って、具体的にはどんな活動をするんですか?」
と、普通に気になる質問をした。
そりゃ、アイドル研究部なのだから、アイドルのことについて研究するのだろうが、もっと詳しく活動の内容を知りたい。
週に何回あるのか、何時から何時まであるのか、どんなアイドルのことを研究しているのかなど、いろいろとあるだろう。
会長や希先輩には活動に参加しなくてもいいと言っていたが、僕はもうそんなつもりはない。というか、今は言われたから入部したわけでもない。僕は矢澤さんの力になりたい——いや、違う。友達になりたいから、入部したのだ。そしてもっとこの人のことについて知りたい、そう思っている。
「活動って……そりゃまあ、その……自由よ」
「自由?」
「そう、自由。好きなときに、好きなことをするの。と言っても、アイドルに関することをするのよ? 」
「アイドルに関することって、例えば?」
そう聞くと、彼女はパッと表情が明るくなった。
そして急に機嫌がよくなって嬉しそうに話しだした。
「例えば、そうね……最近の流行りはやっぱりスクールアイドルね。ほら、UTX高校のA-RISEとか、あなたも知ってるでしょ? 彼女たちみたいに、学校でアイドルをする人たちが今どんどん増えてるのよ。それで今度、『ラブライブ』っていう大会があるんだけど——」
そこまで話して、矢澤さんは急に話すのをやめてしまった。
「ど、どうしたんですか……?」
「と、とにかく! 活動内容はこんな感じよ。分かった?」
「はい、だいたい分かりました。ありがとう、矢澤さん」
「それと、その『矢澤さん』っていうのやめてよ」
「じゃあなんて呼べば……にこちゃん、とか? ……なんちゃって、はははは……」
「それでいいわ」
「え?」
「それでいいって言ってるの。あと、敬語もやめて」
こころなし顔が少し赤くなっている気がするのは、気のせいだろうか。
……まさか、冗談で提案した呼び方が採用されるなんて。彼女は体は確かに小さいが、ネクタイの色からして三年生だ。つまり彼女は僕よりも二つ上の先輩ということになる。その先輩を、あろうことかにこちゃん、だなんて。しかも、敬語禁止? それじゃあ本当に友達じゃないか——あ。
そこで、僕はだんだん分かってきた。というか、これは僕が望んでいたことと同じではないか。
——友達になりたい。
いや、厳密に言うと彼女の方は、友達が欲しい、であろうか。
……そうか、友達か。この人、友達いないんだな。僕が言えることでもないけど。いや、それもまたwin-winではないか。友達がいない同士、友達になればいい。それでいいじゃないか。それがいいじゃないか。
「分かりま……いや、分かったよ、にこちゃん」
僕がそう微笑むと、にこちゃんはまた、しかし今度は確実に、顔を赤らめてそっぽを向いてしまった。
なんだか急に、にこちゃんが可愛く見えてきた。やっぱりこの子も、普通の女の子なんだな。そう思うと、親近感も湧いてきた。
すると急に、僕のでもない、にこちゃんのでもない声がした。
「なーんだ、心配して損した」
いつの間にか部室の中に入ってドアの前に立っていたのは、希先輩だった。
「ずいぶん仲良くなったみたいやね」
「の、希!? あんたいつから……」
にこちゃんも驚いて希先輩の方を向く。
その希先輩は、いつものニコニコした様子で答える。
「んー、割と最初のほうから聞いてたかも」
「あんた……」
にこちゃんはまたまた顔を赤くしてぷるぷる震えていた。
「あの……にこちゃん?」
「あんたねえ!」
そう言うと、にこちゃんは希先輩に飛びかかろうとしたが、希先輩はそれを寸でのところで止めて、
「ちょ、ちょっと待って! うちだって最初から盗み聞きしようとしてここにきたわけじゃないんよ?」
「じゃあ何しにきたのよ!」
「いやあ、なんというか、昨日はにこっちを怒らせちゃったから、その……謝りに来たの」
「えっ」
希先輩の顔からはさっきまでの笑顔が消えていた。そしてそこには、その笑顔と入れ替わったように「申し訳なさ」のようなものがうかがえた。
「にこっち、ごめんな? いつも余計なことばっかりして……うち、にこっちの迷惑になってたなんて知らなくて……」
希先輩は下を向きながら謝る。多分、彼女はこれまでも、にこちゃんのためにいろいろ動いていたのだろう。
にこちゃんのこの性格だ、他人と衝突したり、時には学校とも衝突したりすることもあったのではないだろうか。そしてその結果が、今のこの一人だけだったアイドル研究部ということだろう。
しかし同時に、この希先輩だけはにこちゃんのことを見捨てていなかったのではないか。
ほとんど確信と言ってもいいような推測が、僕の頭に浮かぶ。
昨日の希先輩の接し方や、にこちゃんのまんざらでもないような態度を見ていれば分かるだろう。
そして、希先輩は続けて喋る。
「だから、もうにこっちには——」
「違う!」
希先輩の言葉を遮るようにして、にこちゃんは叫んだ。
その声がこの狭い部室の中に響く。
「……にこっち?」
にこちゃんゆっくりと希先輩の方に向くと、目を逸らしながらも希先輩に向かってゆっくりと話しだす。
「昨日はその、あんなこと言っちゃったけど……でも違うの。本当は嬉しかった」
「嬉しい?」
希先輩はキョトンとして聞き直す。
「希が、にこのことをいつも気にかけてくれてたこと。だって、他ににこに構ってくれる人なんていないし。だからね……昨日はごめんなさい」
「にこっち……」
希先輩はそう呟くと、突然にこちゃんの元へ飛びついた。
「うわぁ!? 」
にこちゃんは希先輩にぎゅっと抱きつかれて、身動きが取れなくなっている。「ちょっと、離しなさいよー!」とは言いつつ、にこちゃんの顔もいつの間にか笑顔だ。
なんというか……よかったね、にこちゃん!
その後しばらく、希先輩は「にこっちにこっちー!」と言いながら、にこちゃんを締め付けていた。
——閑。
「そういえばあんた、最初にここに来た理由、希先輩『たち』って言ってたわよね?」
「はい、言いましたけど……それがなにか?」
「別に……それと、敬語」
「あ」
そう言ってにこちゃんはお茶をすする。
あの後希先輩は生徒会の仕事と言って帰ってしまい、今は部室でにこちゃんと二人で向かい合って座っている。
僕が淹れたお茶が二人の前にあり、熱そうな湯気が立っている。このお茶が、僕の部員としての初仕事となった。
時計を見ると、もう五時半がきていた。
にこちゃんはお茶を全て飲み終えて湯呑みを置くと、
「帰りましょうか」
と言って準備をしだした。
僕も急いでお茶を飲み干すと、帰る用意をした。
窓の外には夕日が照っている。
僕たちが部室を出ると、校舎にはもう誰もいないようだった。
校門のところでにこちゃんと別れるとき、彼女が「ありがと」と呟いたが、なんのことだったのだろう。
そうして僕は、今日も家に帰ったのであった。
○ ○ ○
夕飯の時、僕は姉さんに部活に入ったことを報告した。でもなんだか恥ずかしいので、アイドル研究部とは言えなかった。姉さんは、「頑張ってください」と応援しくれた。
夕飯後、姉さんからもなにか大事な話があると言われ、夕飯の片付けの後、僕たちはリビングで向かい合って正座をしていた。
「それで、話って……?」
姉さんがこうして正座をして話をするときは、大抵の場合かなり大事な話だ。
昔、同じようにして話されたことがあるのは、音乃木坂学園に行くということだ。姉さんにの成績ならもっと良いところに行けたのに、あえて音乃木坂学園を選ぶなんて、と僕は反対したが、結局姉さんは音乃木坂に行ってしまった。今となってはそれが正しかったのかどうかはわからないが、とにかく、そんな感じの話が待っている。そしてその話を僕が聞いて、僕が何か意見を言ったとしても、結局姉さんは自分の意見を貫く。これもまた、このパターンでの基本だ。
姉さんはゆっくりと話し始めた。
「優羽、私はスクールアイドルをやろうと思います」
姉さんはそれだけ言うと、僕の目を見つめる。
さすがに僕も驚いて、反射的に反対してしまうところだったが、姉さんの顔を見てすぐにそれをやめた。
姉さんはいつだってまっすぐだ。そんな姉さんの目を見れば、反対なんてできなかった。
「そっか」
「……反対しないのですか?」
姉さんは意外そうな顔で言う。
「ぼくが反対しても、どうせやるんでしょ? 姉さんは頑固だから」
「そ、そんなことは…………そうでしょうか?」
「そうだよ。でも、なんでスクールアイドル?」
「実は——」
話によると、姉さんがスクールアイドルをやることになったのは、穂乃果さんが原因だった。なんでも、彼女は廃校を阻止する手段として色々考えた結果、スクールアイドルをするという結論に至ったようだ。この前UTX高校の前に立っていたのはそういうことだったのか。
でも正直、姉さんがそれに乗るのは意外だった。姉さんは人前に立つのは苦手なはずだし、弓道部の方も忙しいはずだ。それでもスクールアイドルをやるというのは、やはり穂乃果さんの力だろうか。彼女の、人を動かす力のためなのだろうか。
「分かった。僕も応援するから、頑張ってね」
「優羽……ありがとうございます」
姉さんは正座のままニコッと笑う。
やがて姉さんは立ち上がって、
「お風呂に入ってきます」
と言って、風呂場に行ってしまった。
……ふぅ、と、僕もようやくその場で足を崩した。緊張、というと少し大げさかもしれないが、なんだかホッとした。しかしそれと同時に、僕の中にはある不安感が出来上がっていた。おそらく大丈夫だろう、表ではそう考えているつもりだが、底の部分では僕は心配しているのかもしれない。
——本当に大丈夫なのだろうか。反対した方がよかったのではないか。そういった不安が頭をよぎる。
その夜、僕はあまり寝られなかった。
○ ○ ○
次の日学校に行くと、隣の席の星空さんが話しかけてきた。
「ねえねえ優羽くん、知ってる? この学校にもついにスクールアイドルができたらしいよ!」
登校して早々、僕はどきっとした。
星空さんは、手に持っていた手作り感満載のチラシを見せてきた。
これも姉さん達が作ったのか。
その星空が聞いてきたことに対して、もちろん知ってるよ、だって僕の姉さんだもん! なんて言うわけもなく、僕は自然に、
「へえー、そうなんだ」
と、興味なさそうに返事をした。
星空さんはそのまま席を立って、同じクラスの仲が良い小泉花陽のところへ行ってしまった。
「ねえねえかよちん、スクールアイドルだって! ほら、ここに新メンバー募集って書いてあるよ!」
「え? わ、わたしはいいよぉ……」
二人の会話が聞こえてくる。
なんだろう、小泉さんはスクールアイドルに興味があるのだろうか。
それに、新メンバーも募集してるのか? 僕はてっきり、あの三人だけでやるのだとばかり思っていたが、そうではないのか。
まあ、いろいろと気にはなるが、彼女たちのことはまだ様子を見ておくとしよう。
……ふと、教室を見渡すと、一人の女子が目に入った。
入学してそろそろ一ヶ月だが、彼女はいつ見ても一人だ。僕もそれに近い状態なのであまりとやかく言うつもりは無いが、彼女はいわゆる『ぼっち』だ。と思う。
するとそのとき、不意に彼女と目が合ってしまった。しかし彼女は特に気にする様子もなく、また机に頬杖をついて前を向く。
彼女はどちらかというと、『孤独』というより『孤高』であった。
そんな彼女と、僕はいつか話してみたいと思った。
終わり方が難しいです。
今回も読んでくれた方、ありがとうございました!