長かった……では、どうぞ。
「ワン、ツー、スリー、フォー、ファイブ、シックス、セブン、エイト……よし、みんな完璧!」
「よかった、これならオープンキャンパスに間に合いそうだね!」
場所は変わって屋上、μ'sはダンスの練習をしていた。
結局あのあと、なにがなんでもやるしかないということでまとまって、そのまま練習に向かった。
僕は基本的には傍で練習を見ているだけだが、今日はいつにも増してみんなやる気があることが見て取れた。
「でも、ほんとにライブなんて出来るの? また生徒会長に止められるんじゃない?」
「それは大丈夫、部活紹介の時間は必ず取ってくれるから。そこで歌を披露すれば——」
「まだです」
そのとき、ことりさんの話を遮るように、姉さんが言った。
「まだタイミングがずれています」
「海未ちゃん……分かった、もう一回やろう!」
穂乃果さんがそう言うと、みんなも再び元の立ち位置に戻る。
そしてもう一度。
「ワン、トゥー、スリー、フォー、ファイブ、シックス、セブン、エイト……」
そしてひと通りのダンスが終わる。
「完璧!」
「そうね、よかったんじゃない?」
「ふふん、やっとにこのレベルに追いついてきたわね」
口々にみんなが言う中、僕は思う。
確かに、ダンスは間違いもなく、みんなよく踊れていたとは思う。
でも……
「まだだめです」
姉さんが言う。
「ええ?」
「もうこれ以上上手くなりようがないにゃ……」
「だめです。それでは全然……」
そのとき、しびれを切らした西木野さんが姉さんに詰め寄って言った。
「なにが気に入らないのよ! はっきり言って!」
「……感動できないんです」
「え?」
「いまのままでは……」
姉さんは曇った顔で言う。
それは僕も、同意見だった。
○ ○ ○
帰りは姉さんと一緒に帰った。
しばらく無言が続いたが、やがて姉さんが口を開いた。
「すこし、言い方が尖っていましたよね」
さっきのことだろう。
「大丈夫だよ、みんな分かってくれるよ」
「……そうですね」
「……姉さん、生徒会長のことを考えてたの?」
「はい。もし私たちが生徒会長の半分でも踊れるようになれば……」
「じゃあさ、ちょっと案があるんだけど」
「案……ですか?」
「うん、っていうのは——」
○ ○ ○
翌日、僕たちは生徒会室にいた。
案というのは、生徒会長にダンスを教えてもらうという案だったのだ。昨日の夜に電話でそれをみんなに伝えたところ、いろいろと反対意見もあったが、結局頼むだけ頼んでみるということになった。
「それで、私にダンスを?」
「はい、私たち、上手くなりたいんです!」
すると生徒会長はなにを思ったのだろう、姉さんの方をちらりと見ると、
「分かったわ。あなたたちの活動は理解できないけれど、人気があるのは間違いないようだし、引き受けましょう」
と、辛辣な言葉も交えながらも、あっさりと承諾してくれた。
「でも、やるからには私が許せる水準になるまで頑張ってもらうわよ、いい?」
「……! はい、ありがとうございます!」
そして副会長が、誰にもきこえないような声で呟く。
「星が動き出したみたいや……」
○ ○ ○
『うぅ……ひっぐ……ごめんなさい……』
『あら、まただめだったの? ……大丈夫、大丈夫。オーディションなんて、気にしなくてもいいわ』
ハッとする。
ときどき、昔のことを思い出してしまうことがある。どれだけ努力しても届かなかったあの表彰台、そして優しくなだめてくれたおばあさま……あの苦くて優しい思い出を。
「にゃああっ!」
どてーん、と、元気系のこの子、星空凛さんが盛大に転ぶ。
「痛いにゃあ!」
「全然だめじゃない……よくこれでここまで来れたわね」
「えへへ……」
「……ちょっと、足開いてみて」
「こう?」
そして私は星空さんの背中を一気に押す。
「にゃああああ! いたいにゃあああああ!」
「これで? ならまずは柔軟からね。このままじゃあ本番、一か八かの勝負になるわよ?」
そして、ひと通りのレッスンを始める。
○ ○ ○
「ほら、お腹がつくまでできるようにする!」
○ ○ ○
「バランス感覚も絶対に必要よ! ほら、あと十分!」
○ ○ ○
「筋力トレーニングもまた一からやったほうがいいわ! ほら!」
○ ○ ○
そして練習の最中、私は唐突に言う。
「……今日はここまでにしましょう」
「え、もう終わりですか?」
「なにそれ、まだ途中じゃない!」
「……これで自分たちの実力が少しは分かったでしょう? 今度のオープンキャンパスには、学校の存続がかかっているの。もしできないっていうなら早めに言って。時間がもったいないから」
私はキッパリと言う。
性格が悪いとは思う。わざと厳しい練習をさせて諦めさせようだなんて。でもこれで分かったはずだ、自分たちがいかにできないか、そして諦める方がいいということが——
「あの!」
リーダーの高坂さんが言う。
「なにかしら?」
「ありがとうございました! 明日もまたよろしくお願いします!」
「!?」
私は耳を疑った。しかし他のメンバーも高坂さんに続いてお礼を言ってくるではないか。どうして、なんで? あんなに厳しくしたのに。
私はいたたまれず、その場を後にした。
○ ○ ○
夜、亜里沙の部屋を覗くと、亜里沙はなにやら音楽を聴いているようだった。部屋に入って覗いてみると、それはμ'sの曲だった。
「貸して」
「お姉ちゃん」
私は亜里沙からイヤホンを片方貸してもらう。なかなかいい曲ではある。それは認める。
「……私ね、μ'sのライブを見てると、胸がかーっと熱くなるの。一生懸命で、目一杯楽しそうで……」
私はイヤホンを外すと、
「全然なってないわ」
と言いすてる。
「お姉ちゃんに比べればそうだけど……でも、とっても勇気が貰えるんだ」
「…………」
私は……なにも言えなかった。
○ ○ ○
次の日の朝、自分でもどうしてかわからないが、私は屋上の扉を開けられないでいた。
なにか引け目を感じるところがあるのだろうか。いや、どうして私がそんな……
「あっ! 絵里先輩!」
「あ」
星空さんは私に気づくと、問答無用で屋上に引っ張り込んだ。
「ちょ、ちょっと」
「あ、絵里先輩! おはようございます! まずは柔軟からですよね!」
「……辛くないの?」
私は問う。
「え?」
「昨日あんなにやって、今日また同じことをするのよ? 第一、上手くなるかどうかもわからないのに——」
「やりたいからです!」
「っ!」
「確かに、練習はすごくきついです、体もすごく痛いです……でも、廃校阻止したい、学校を守りたいという思いは、生徒会長にだって負けません!」
——だから、よろしくお願いします!
……私には分からない。分からない分からない分からない。
……どうしていいか、分からない。
私はそのまま踵を返す。
「絵里先輩……!」
高坂さんの言葉も無視し、私は屋上を後にした。
○ ○ ○
分からなかった。自分の気持ちが、いまどうであるのか、分からなかった。分からなくなった。……いや、最初から分かってなかった。
そして廊下を歩いて行く。どこへ向かうでもなく。
『やりたいからです!』
さきほどの高坂さんの言葉が頭を過る。
『……私ね、μ'sのライブを見てると、胸がかーっと熱くなるの。一生懸命で、目一杯楽しそうで……』
亜里沙が言っていたことを思い出す。
目一杯、楽しそう……か。
「うちな」
「希……!」
「えりちと友達になって、一緒に生徒会やってきて、ずーっと思ってきたことがあるんよ」
「えりちは、本当はなにがしたいんやろうって」
「……え?」
「一緒にいると、分かるんよ。えりちが頑張るのは、いつも誰かのためばっかりで……だから、いつもなにかを我慢してるようで……全然自分のことは考えてなくて——」
「!」
もういい聞きたくない。そう言葉にもせず、私はその場から離れようとする。
「学校を存続させようっていうのも、生徒会長としての義務感やろ!? だから理事長は、えりちのことを認めなかったんと違う? えりちの……えりちの本当にやりたいことは!?」
——本当にやりたいこと。
そう言われて、私はハッとした。
外からμ'sの練習の音が聞こえる。
私の、本当にやりたいことは——。
「なによ……なんとかしなくちゃいけないんだから、しょうがないじゃない! 私だって、好きなことだけやってそれでなんとかなるんなら、そうしたいわよ!」
涙をぼろぼろと零しながら、私は言う。
本当にやりたいこと。そんなのもちろん、みんなと楽しく踊ることに決まってる……でも!
「……いまさら私がアイドルを始めようだなんて、言えると思う?」
そう言って私はその場から走り去る。
そして、気がつくと私は、生徒会室の片隅にある一席に座っていた。
ぼーっと、窓の外から雲を眺めていた。いつも頑張っているんだもの、たまにはぼーっとしたっていいじゃない。
……本当にやりたいこと。
……私だってみんなと楽しく踊りたい。
……でも、そんなこといまさら——
「生徒会長」
すっ、と、手が差し伸べられた。
「!」
気づくと、そこにはμ'sの全員が、それに園田優羽と希もいた。
「いえ、絵里先輩。お願いがあります」
「練習? それなら、昨日言った課題を——」
「絵里先輩、μ'sに入ってください!」
「——え?」
「私たちと一緒に、歌ってほしいです! スクールアイドルとして!」
「……な、なに言ってるの、私がそんなことするわけないでしょ」
「さっき希先輩から聞きました」
「やりたいなら素直にそう言いなさいよ」
「にこ先輩に言われたくないけど」
「ちょっと待って、べつにやりたいなんて……だいたい、私がアイドルなんておかしいでしょ」
「べつにいいんやない?」
希が言う。
「やりたいからやってみる……本当にやりたいことって、そんな感じで始まるんやない?」
「!」
心の中のしがらみが吹き飛んでいくような、そんな感じがした。そして今、μ'sのメンバーの顔を見て、ようやく分かった気がした。亜里沙の言っていたこと、そして自分のやりたいことが。
ゆっくりと、私はその差し伸べられた手を握る。
ようやく、私の『本当にやりたいこと』が始まるのだ。
「これで八人……!」
「九人や、うちをいれて」
「え?」
「占いに出てたんや、このグループは九人になったとき、未来を開けるって。だから付けたんよ、九人の女神の名前——『μ's』って」
「えっ……じゃあこの名前、希先輩がつけたんですか?」
「うふふ」
「希……まったく、呆れるわ」
そう言って私は歩き出す。
「あの、どこへ……」
「決まってるでしょ? ……練習よ!」
本当にやりたいことと……μ'sと共に!
ひと段落ついたので、そろそろ番外編を書こうと思います。
感想などでリクエストがあればそれを書こうと思うので、どんどん言ってくださいね。