ラブライブ! 〜僕らは今のなかで〜   作:逸見空

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第十七話 生徒会長

 理事長室の前で、僕たちは立ち止まっていた。

 

「なんだか、さらに入りにくい緊張感……」

 

 扉を前にして、穂乃果さんは、そしてみんなも、なんだか例えようのない緊張が走っていた。

 

「そんなこと言ってる場合?」

 

 かろうじて西木野さんは平気なようだが、やっぱり僕も緊張する。

 

「わ、わかってるよ……」

 

 穂乃果さんは息を飲む。

 

「それじゃ、いくよ」

 

 そう言って穂乃果さんが扉をノックしようとしたそのときだった。

 ガチャッ、という音がして扉が開くと、顔を出したのは希先輩だった。

 

「ん? お揃いでどうしたん?」

 

 そうするとやはり、その後ろから生徒会長が出てきた。

 

「あ、生徒会長……」

 

「……何の用ですか」

 

 やはり生徒会長は冷たく、突き放すような言い方で問う。

 すると西木野さんがずいっと前に出てきて言う。

 

「理事長にお話があって来ました」

 

「各部の理事長への申請は、生徒会を通す決まりよ」

 

「申請とは言ってないわ、ただ話があるの」

 

 そこで、さすがにタメ口はまずいということで、穂乃果さんが制す。

 

「真姫ちゃん、上級生だよ」

 

「うっ……」

 

 西木野さんも少し頭に血が上りそうになっていたのが自分でも分かったのか、いったん引き下がった。

 やっぱりだめだ、このままだと……と、そのとき。

 コンコン、と扉を叩く音がした。

 見ると、

 

「どうしたの?」

 

 ことりさんのお母さん、つまりは理事長だった。

 

 

 

 ○ ○ ○

 

 

 

 理事長室には三年生と二年生が入り、一年生の僕たちは扉に耳を当てて聞くだけだった。

 ……どうせなら入れてくれてもいいのにな。

 扉の奥からはなにか話していることはうかがえるが、何を話しているのかはよく分からなかった。

 

「よく聞こえないにゃ」

 

「そうだね……」

 

「ま、しょうがないわね」

 

 他の三人がそう言いながら耳を扉につけている中、僕は生徒会長のことが気になっていた。

 どうしてあの人はμ'sを目の敵にしようとするのだろう。なにか恨みでも買ったという覚えもないし、嫌われるようなこともしてないはずだ。なのにどうして……。

 ふと、生徒会長の冷たい目を思い出す。あの目には冷たさの他にも、悲しみが混ざっているような気もした。それがなぜかはまた分からないけど、それを見るたびに確かにそう感じるのだ。

 彼女もまた、なにかを抱えているのかもしれない。

 と、そのとき。

 ガチャリ、と音がして扉が開くと、生徒会長がなんだか怒った様子で部屋から出ていった。どうしたのだろうか。

 そしてその開かれた扉から僕たちは中を覗く。

 

「それじゃあ、エントリーしてもいいんですか?」

 

「ええもちろんよ」

 

「やったー!」

 

「ただし、学業を疎かにしてはいけません。今度のテストで一人でも赤点を取るようなことがあったら、ラブライブエントリーはできませんよ、いいですね?」

 

 といった具合で話がまとまっていた。

 よかった、これなら大丈夫……

 

「うう、みんなごめん……」

 

 ではないらしい。

 

 

 

 ○ ○ ○

 

 

 

「それで、凛、穂乃果?」

 

「はい……」

 

 部室に戻り、改めて星空さんと穂乃果さんに話を聞いていた。

 どうやら星空さんは英語、穂乃果さんは数学がからっきしにできないらしい。赤点を取ってしまうレベルに。

 そして話し合いの結果、穂乃果さんには姉さんとことりさん、星空さんには西木野さんと小泉さん、そして僕が付くことになった。さて、残るは……。

 

「にこちゃんは大丈夫なの?」

 

「にごっ! だ、大丈夫に決まってるでしょ!? にこを誰だと思ってるのよ……」

 

「動揺しすぎにゃ……」

 

 教科書を反対向きにもって言われてもなあ……。

 

「はあ……では、にこ先輩は——」

 

「それはうちに任せとき」

 

 と、唐突にドアを開けて現れたのは、希先輩だった。

 

「希……」

 

「いいんですか?」

 

「うん」

 

「い、言ってるでしょ、にこは赤点の心配なんて——」

 

 その瞬間、ガシッ! と、希先輩の両手がにこちゃんの胸を捕まえる。

 

「嘘つくとわしわしするよ……?」

 

「ひっ……わ、わかりました……」

 

 おお、なんと効果てきめん。わしわしというのはやっぱりすごいな。

 かくしてそれぞれの当面の課題が決まったところで、希先輩が僕を呼んだ。

 

「優羽くん、ちょっといいかな」

 

「どうしました?」

 

「あのな、わるいんだけど、今からえりちのところに行って、慰めてあげてきてくれん?」

 

「え!? そ、そんな、僕なんかが行ったって意味な……」

 

「ええからええから、な? お願いやん?」

 

 希先輩は掌を合わせて頼み込んでくる。

 

「まあ、別にいいですけど……でもなんで僕なんですか?」

 

「それは……」

 

「それは……?」

 

「カードがそう告げるからや!」

 

「カード……?」

 

 希先輩、ときどきよく分からないこと言うよなあ……。

 

 

 

 ○ ○ ○

 

 

 

 こういうわけで、僕は生徒会長を訪ねるために生徒会室の前に来ていた。理事長室の前に来たのも緊張したけど、ここもまた違った緊張感があるな……。

 そして僕は意を決して、コンコン、とドアをノックする。

 中から、

 

「どうぞ」

 

 と言う声が聞こえ、僕は、

 

「失礼します」

 

 とドアを開けた。

 

「あら、園田くん」

 

「どうも……」

 

 生徒会長は一人席に座ったまま僕の方を見る。

 

「……何の用かしら?」

 

「いえ、なんというか、その……あ、そういえば、さっきはどうして理事長室にいらっしゃったんですか?」

 

「そんなこと、あなたに言う義理はないわ」

 

「うっ、そ、それは……」

 

 確かに、全くもってその通りだが……。

 

「……はあ。……べつに、ただ生徒会として学校存続の為の活動をさせて欲しいって、そう頼みに行っただけよ」

 

「そ、そうなんですか。それはなんというか、その……すごいですね」

 

「……すごい?」

 

「はい、すごいです。学校のために何かやろうだなんて、なかなかできないですよ。きっと理事長も応援して——」

 

「……だめだったわ」

 

「え?」

 

 彼女は、僕の言葉を遮って言う。

 

「活動の許可は出なかったってことよ。もういいでしょう? 他に用がないなら帰ってちょうだい」

 

「そ、そんな、なんで……」

 

 と、僕が突っ立っていると、

 

 

 

「いいから! ……今日は帰って」

 

 

 

 生徒会長は大きな声を出して僕を教室から追い払った。

 

 

 

 ○ ○ ○

 

 

 

 その日、家に帰ると、姉さんは既に帰ってきていた。

 

「ただいま」

 

 返事はない。晩御飯を作っているのだろうか。でも今日の当番は僕だったはず……。

 リビングに入ってみると、姉さんは椅子に座って佇んでいた。

 

「姉さん、ただいま」

 

「…………」

 

「姉さん?」

 

「…………」

 

「姉さん!」

 

「わっ! な、なんですか……って、優羽でしたか。すみません、ぼーっとしていました」

 

「いいけど、珍しいね、姉さんがぼーっとしてたとか」

 

「ええ……」

 

「待っててね、今からご飯作るから」

 

 

 

 ○ ○ ○

 

 

 

「ごちそうさまでした」

 

 僕たちは晩御飯を食べ終わると、二人で片付けをする。いつものことだ。そしてその傍ら、姉さんがふと言う。

 

「優羽……少し話があるのですが」

 

「ん、どうしたの?」

 

「実は今日の帰り道、生徒会長とお話をしました」

 

 食器を洗いながら、姉さんは続ける。

 

「やっぱりあの方は、μ'sのことが、というか、スクールアイドルのことがあまり好きではないようでした」

 

「そっか……」

 

「でも、それにはちゃんとした理由があるんです」

 

「理由?」

 

 僕は手を止めて聞き返す。

 生徒会長が僕たちを嫌う理由が、やはりあるのだろうか。

 

「はい。実は——」

 

 

 

 ○ ○ ○

 

 

 

 翌日の放課後、僕は生徒会室にいた。呼び出されたのではなく、自分で来た。

 ノックをすると、昨日のように「どうぞ」という声がした。

 中に入ると、今日も生徒会長は一人で作業をしていた。

 

「あら、また何か用?」

 

「姉さんから聞きました。生徒会長がμ'sを、スクールアイドルを嫌っている理由」

 

「そう」

 

 昨日姉さんに見せてもらった、生徒会長のバレエの動画を思い出す。

 

「生徒会長が、まさかあんなに踊れるなんて……確かに、μ'sのことを素人だ、なんて言う気持ちも分かります」

 

 そう、生徒会長は昔、バレエの全国コンクールで入賞するレベルのダンサーだったのだ。それで、スクールアイドルのことを嫌悪していたのだ。

 

「ええ、そうね」

 

「……でも」

 

「でも?」

 

 でも、そうだ。

 

「μ'sは、負けません」

 

 誰かと勝負しているわけではない。μ'sがこれからどうなるか、僕にも分からない。

 けど。

 

「負けませんから」

 

「……それだけを言いに来たの?」

 

「はい」

 

「そう。ならもう出て行きなさい。仕事の邪魔よ」

 

 生徒会長は冷たく言い放つ。

 

「はい。失礼しました」

 

 そして僕はそれに従い、素直に出て行く。もう言いたいことは言ったから。

 僕は、μ'sを信じる。彼女たちがこれからどうなるのか、本当に全然分からないけど、それでも僕は、彼女たちを信じている。きっと、最善の答えを出すことを……。

 

 

 

 ○ ○ ○

 

 

 

 テストが終わり一週間が経ち、テストの結果が今日、全て帰って来た。そして今、僕たちは部室に集っている。

 星空さんとにこちゃんはなんとか赤点は回避できて、あとは穂乃果さんだけだ。ちなみに僕は成績には自信があり、赤点なんて取らなかったどころか、ほとんど九十点超えだった。褒めてください。

 そして部室のドアがゆっくりと開いた。

 

「穂乃果ちゃん!」

 

「どうだったの!?」

 

「まさか、赤点なんて取ってないでしょうね!?」

 

 みんなが口々に言う中、穂乃果さんはそろりと答案を出す。

 

「えへへ、もうちょっといい点だったらよかったんだけど……じゃーん! 大丈夫だったよ!」

 

「よかったあ……」

 

 みんなはホッとしてため息をつく。

 よかった、これで第一関門はクリアだ。

 

「よーし、今日からまた、練習だー!」

 

 そう言って穂乃果さんに続いてみんなは屋上へ……の前に理事長室へと向かった。赤点を免れたという報告をしに行くのだろう。

 理事長室の前に到着しノックをする。しかし、返事がない。

 

「あれ?」

 

 仕方がないので穂乃果さんはそろっと扉を開けてみた。すると。

 

「音乃木坂学院は、来年より生徒募集をやめ、廃校とします」

 

「そんな、どうしてですか!」

 

 理事長と生徒会長だ。

 すかさず穂乃果さんが割り込んでいく。

 

「今の話、本当ですか!?」

 

「あなた——」

 

「本当に廃校になるんですか!?」

 

「本当よ」

 

「穂乃果ちゃん……お母さん、聞いてないよ!?」

 

「お願いします、もう少しだけ待ってください! あと一週間……いえ、あと二日でなんとかしますから!」

 

 穂乃果さんの応酬に理事長も生徒会長もポカンとしている。

 そして理事長が口を開く。

 

「いえ、あのね? 廃校にするというのは、オープンキャンパスの結果が悪かったらという話で……」

 

「な、なんだ……」

 

 みんながホッとしている中、生徒会長は言う。

 

「安心してる場合じゃないわよ。オープンキャンパスは二週間後の日曜日……これで結果が悪かったら本決まりってことよ」

 

「そ、それは……どうしよう……」

 

 穂乃果さんたちが顔を見合わせる中、生徒会長が前に出て理事長と対面した。

 

「理事長。オープンキャンパスのときのイベント内容は、生徒会で提案させていただきます」

 

「……止めても聞きそうにないわね」

 

「失礼します」

 

 そう言って生徒会長は部屋を後にした。

 ……お手上げだ。

 僕はそう思った。あと二週間でどうにかできる問題じゃない。生徒会長もどうにかしようとしているふりはしているが、僕には分かる——彼女は諦めている。諦めてしまった目をしているのだ。そしてここにいるみんなも——

 

「どうにかしなくっちゃ!」

 

「!」

 

 ごく自然に、穂乃果さんが言う。僕は驚いて彼女の方を見る。彼女の目は、まだ諦めていなかった。そしてその周りを見ると……やっぱり、みんなもまだ諦めている目ではなかった。

 状況は良いとは言えないが、しかし。どうやら僕の信じたμ'sは、もしかすると、もしかするかもしれない。


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