ラブライブ! 〜僕らは今のなかで〜   作:逸見空

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最初はにこ視点→優羽視点となっています。
にこがやっとμ’sと交わってきます。僕自身も楽しみです♪


第十四話 LONELIEST BABY①

 ——『μ’s活動記録』十四日目。

 一年生三人が入ってから二週間が過ぎた。憎たらしいことに経過は良好、日々練習に励んでいるようだ。

 リーダーであろう高坂穂乃果をはじめとする二年生はだいぶダンスも歌も上手くなっていて、あのとき講堂で見たものとは比べ物にならないほどの上達ぶりである……残念ながら。

 

 

 

 ○ ○ ○

 

 

 

 今日も今日とて、彼女たちは朝早くから神社の境内で練習していた。

 まったく、偵察のためににこまで早く起きなきゃいけないんだから、勘弁してよね、もう。

 一番に来ていたのは南ことり。ほんわかした雰囲気でおっとり系、μ’sの癒し担当と言ったところだろうか。

 いっちに、さん、し、と可愛らしい声を出しながら準備運動をしているが、どれ、ちょっといたずらでも……おっと!?

 南ことりは突然こちら向いてきたので、にこはとっさに体を隠す。

 ……気付かれた? いや、そんなはずはない。なんてったって今日は変装も完璧。コートにマスク、サングラスだってかけてるんだから。……ちょっと暑いけど。

 もう一度顔を覗かせると、いつの間にか高坂穂乃果が来ていた。二人の会話が聞こえてくるのを聞いていると、どうやら今日は園田海未は来ないようだ。

 ……園田海未。もともと弓道部に所属しており、部内でもトップの実力を誇る。勉強に関しても学年上位に常に食い込んでいて、性格も真面目、容姿端麗、まさに才色兼備というやつだ。……そして、にこの唯一の部活の後輩、園田優羽の姉でもある。

 優羽はなぜか、姉がμ’sの一員であること、そして自分がその活動を手伝っているということを言おうとしない。隠しているのか、それともただ言ってないだけなのか。まあどちらにしても、にこから言及するつもりはない。あいつがμ’sの手伝いなんてしてるのは、なんだか気にくわないけど、別ににこ、あいつとそんなに仲良いわけじゃないし……。

 

 そうしていると、不意にまた南ことりがこちらに振り向く。

 ——やばっ、見られた! 今度こそ目があってしまった。

 急いで体を隠したものの、一人がこちらに向かって来ているのが分かる。

 くっ、こうなったら……。

 

「誰っ!? ……ってあれ?」

 

 高坂穂乃果はあたりキョロキョロ見回すと、さらに回り込もうと足を進める……今だ!

 

「へ? ……うわぁー! ……っと! んぐぐぐぐぐ……」

 

 ほう、やるじゃない。せっかくにこが足を掴んで転ばせてやったのに、ギリギリ倒れこむのを耐えるなんて。そんなあなたには……

 

「ふう……ん?」

 

 これをお見舞いよ! 必殺! 『デコピン』!

 パチン!

 

「ぐはぁっ……」

 

 高坂穂乃果はその場にノックアウト。

 ふんっ、どんなもんよ。

 

「穂乃果ちゃん!?」

 

 急いで南ことりが駆け寄ってきて、親友の心配をする。しかしこちらを見て驚いたような顔で固まった。

 にこはマスクを外して言い放つ。

 

「あんたたち……とっとと解散しなさい!」

 

 そして颯爽とその場を走り去ったのだった。

 ふふっ、ザマアミロっての。

 

 

 ○ ○ ○

 

 

 

 その日の放課後、部室にいると優羽が来た。

 

「こんにちは、にこちゃん」

 

「…………」

 

 にこは返事をしない。しかしてそれはいつものことで、優羽も気にしなかった。優羽はバッグを机に置くと、イスに腰掛けながら話し始めた。

 

「そういえば、最近不審者が出るらしいよ」

 

「へぇ、そう」

 

「うん。なんでも、もう六月になるってのに、厚いコートなんて着ちゃって、しかもマスクにサングラスまでしてるって。いかにも不審者って感じだよね」

 

「へぇ、そう……ん?」

 

 厚いコートにマスクにサングラス? それ、どこかで……って、

 

「だれが不審者よ!?」

 

「ええ!? いきなりどうしたの?」

 

「あ、いや……こほん。なんでもないわ」

 

 ふう、危ない危ない、バレちゃうところだったわ。それにしても誰よ、にこのこと不審者だなんて言ったのは。今度あったらデコピン食らわせてやる。

 

「……ねえ、にこちゃん」

 

「なによ」

 

「最近にこちゃん、なんか変じゃない?」

 

「そうかしら? 別にいつも通りだけど……」

 

「でもなんだか、いつもと違うというか、いつにも増してというか」

 

「……なにが言いたいわけ?」

 

 そう聞いて返ってきた言葉は、意外なものだった。

 

「にこちゃん、μ’sのこと、ずっと追いかけてない?」

 

「……へ?」

 

 こいつの口からμ’sのことをにこに話すなんて思ってなかったからか、一瞬間抜けな声が出てしまった。

 

「僕、μ’sに姉さんがいるんだけど……って、さすがに知ってるよね。だからときどき手伝ったりもするんだ。でも最近、なんだか見られてる気がして……あれって、にこちゃんだよね?」

 

「な……」

 

 まさかこんなことを、しかもこいつに聞かれるなんてちっとも考えてなかった。

 

「なんのことニコ〜? にこぉ、全然分かんなぁ〜い」

 

「……ねえ、にこちゃん」

 

「うっ……」

 

 優羽は真剣な目でにこの目を見る。

 

「なにか、あるんでしょ? μ’sに対して、あるいはスクールアイドルになにか特別な思いが——」

 

「そんなの無いわよ」

 

 にこは、優羽の言葉を遮って、語尾を少し強めにして言う。

 

「にこちゃん……なにかあるなら僕に言って欲しいな。そうやって一人で抱え込むのはもうやめようよ……」

 

「だからなにも無いって言ってるでしょ!」

 

 バンッ! と机を叩いて勢いよく立つと、にこはそのまま部室を飛び出し、どこへ行くでもなく、とにかく部室から離れていった。

 

 そして校内を歩いているうちに、屋上の周辺に来た。するとなんだかにぎやかな声が聞こえる。μ’sだ。

 どうやら今日は雨が降っていて練習ができないらしい。

 ……気晴らしにはちょうどいい、またこいつらにちょっかいかけてやるわ。

 

 

 

 ロッカーにあらかじめ入れてあった変装グッズに着替えると、気付かれないよう彼女たちのあとをつけていき、到着したところは近くのハンバーガーショップだった。どうせグダグダとこれからの話でもするんでしょうよ。

 にこはなにも注文せず、彼女たちとちょうど壁を挟んで隣の席に座った。壁があるのでこちらに気付かれることもないし、会話も十分に聞き取れる。ベストプレイスよ。

 会話が聞こえる。μ’sのことについて話し合っているみたいだ。

 にこは気付かれないように高坂穂乃果のポテトを盗み食いする。

 ふっ、ポテトが無くなって仲間のせいにしてるわ。そのまま仲間割れしてなさい。……あっ、このポテトおいしい。

 

 

 

 ○ ○ ○

 

 

 

 

 僕は部室から飛び出していってしまったにこちゃんのことを、そのまま部室に残って考えていた。

 にこちゃんがμ’sのことをずっとマークしていたことは、前から知っていた。そして僕がμ’sと関係があるということをにこちゃんが知っているということも知っていたし、その上で僕になにも言わなかったということも知っている。

 僕は、にこちゃんのことがまた分からなくなった。彼女はどうして、μ’sのことを見ているのだろう。今朝も、穂乃果さんとことりさんに向かって『解散しなさい』なんてことを言ったらしいが、なんでそんなことまで言うのだろう。

 ——知りたい。

 なにか理由があるはずだ。彼女がμ’sに、スクールアイドルにそこまでこだわる、確かな理由が。でもどんな……

 と、そのとき、ある人の顔が浮かんだ。

 ——希先輩。

 そうだ、彼女ならその理由を知っているかもしれない。

 そう思うと、僕はすぐに生徒会室へ向かった。

 

 

 

 ドアをノックすると、

 

「どうぞ」

 

 と、静かな声が聞こえた。この声は希先輩ではないらしい。

 

「失礼します」

 

 そう言って部屋に入ると、そこには希先輩の姿はなく、生徒会長が一人で作業をしていた。

 会長は手を止めると、キリッとした顔で僕に尋ねる。

 

「何の用かしら?」

 

 僕はその冷たそうでありながらも整って美しいと言わざるを得ない顔に見惚れてしまって、反応が遅れてしまった。

 

「……あっ、えっと、希先輩はどちらに……」

 

「希なら今日は帰ったわ」

 

「そうでしたか……では、また明日改めて来ます。失礼しました」

 

 そうか、今日はもう帰っちゃったのか。なら仕方がない、また明日聞いて……

 

「待って」

 

 と、会長が僕を引きとめる。

 

「……はい?」

 

「矢澤さんのことなら、私が話してあげましょうか?」

 

「……!」

 

 会長の言葉を僕は驚いて少しの間固まってしまった。なにに驚いたって、一つは、僕がにこちゃんのことを聞こうとしていたことを見抜かれたこと、そしてもう一つは、会長もにこちゃんの過去を知っているということだ。

 

「そこ、座って」

 

「……失礼します」

 

 僕はそのまま会長の向かい側のイスに座った。そして会長は手元にある書類をひと通り整理し終わると、ひと息ついてから、ゆっくりと話し始めた。

 

「彼女はね……一年生のころ、この学校でスクールアイドルをやっていたの」

 

「えっ、にこちゃんが?」

 

「ええ、同級生四人と一緒にね。最初はそこそこ人気もあったわ。講堂でライブをしたこともあった。……でも」

 

 僕は息を呑む。続きは、本当は聞きたくなかった。だって、どう考えてもこの話にはハッピーエンドが見えないから。

 

「あるときから、その一緒にしてた子たちが一人、また一人と辞めちゃったの。矢澤さんは本当にアイドルが好きだったから、その分彼女とその子たちとの間に温度差があったんでしょうね……。それでも、彼女はアイドルを続けた。たとえメンバーはいなくても観客がいる限りは一人じゃない……なんて言いながら。でもやっぱり、それには限界があった。観客の数はだんだん減っていって……気付いたときには、彼女は本当にひとりぼっちになっていたわ。そして今に至るというわけ。……少しは参考になったかしら?」

 

「…………」

 

 会長が淡々と話す中、そして話し終わった直後も、僕はなにも言えなかった。

 ある程度は想像はしていた。そしてその話はほぼ想像通りだった。しかし、その辛さは想像以上だった。

 そしてまた違う驚きもあった。そう、にこちゃんがかつてスクールアイドルをしていたもいうことだ。

 彼女がアイドルが好きであることは前から知っていたが、まさか彼女自身がアイドルだったなんて。

 少し頭の中が整理できると、僕は会長に問う。

 

「……生徒会長は、どうしてそんなことまで知ってるんですか?」

 

「……さあ、どうしてかしらね」

 

 会長は、これ以上はなにも答えてくれないようだった。

 

 僕はそれより先はもうなにも聞かず、お礼を言って部屋を出た。そして部室に戻りにこちゃんがいないのを確認し、三年生の教室の近くにあるにこちゃんのロッカーを調べて、もうにこちゃんは帰ったということを知る。

 なにがしたかったといえば、僕は彼女ともう一度話がしたかった。

 僕はなにも知らない。入部して、少しは彼女に近付けたと思っていたが、それは僕の思い上がりだったらしい。

 

 僕はまだ、彼女のことを——なにも知らないのだ。

 

 

 

 


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