ラブライブ! 〜僕らは今のなかで〜   作:逸見空

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第十二話 同級生たち②

「私がスクールアイドルに?」

 

 西木野さんは聞き返す。

 

「うん。私、放課後いつも音楽室の近くに行ってたの……西木野さんの歌、聴きたくて」

 

 小泉さんは少し恥ずかしそうに言う。

 どうやら僕以外にも彼女の歌を聴いていた人がいたようだ。

 

「……私の?」

 

 そう言って西木野さんは、チラリと僕の方を見る。

 ……なんの目線だよ、それ。

 

「うん……ずっと聴いていたいくらい好きで……だから——」

 

 だから、西木野さんはスクールアイドルになれば良いな、と。そう言おうとしたようだった。しかし、そこで西木野さんは、小泉さんの言葉を遮るように言う。

 

「私ね、大学は医学部って決まってるの」

 

「そう……なんだ」

 

「……だから、私の音楽はもう終わってるってわけ」

 

 それは、あのとき——西木野さんと自己紹介をし合ったあの日から、だいたいは想像できていた。

 やっぱり、そういう理由だったのか。

 彼女は再び僕の方をチラリと見る。西木野さんの言葉は、僕にも向けられているものだった。

 少し重たい空気が流れると、なにを思ったのか、西木野さんは話を小泉さんのことへ持っていった。

 

「それよりあなた、アイドル、やりたいんでしょう?」

 

「え?」

 

 突然の問いかけに、小泉さんは驚いていた。

 

「この前のライブのとき、夢中で見てたじゃない」

 

「えっ、西木野さんもいたんだ」

 

「え? あ、いや、私はたまたま通りかかっただけだけど……」

 

 墓穴を掘ってしまった西木野さんは、誤魔化しながら続ける。

 

「やりたいならやればいいじゃない。そしたら…………少しは応援、してあげるから」

 

 西木野さんは、笑顔だった。きっと、その言葉は本心なのだろう。しかし、自分はやりたいことを自由にできない、でもあなたなら……、そんなニュアンスも篭っているような気もした。

 彼女は優しい。あの音を聴けば分かる。だからこそ、やりたいことをやって欲しいと、そう思っているのだ。

 

「……うん。ありがとう」

 

 小泉さんも微笑み、場は和やかな雰囲気を取り戻した。

 そして僕たちは、窓から差し込む眩しいオレンジ色の光を見て、

 

「じゃあ、そろそろ帰ろうか」

 

 そう言って、西木野家を後にした。

 

 

 

 ○ ○ ○

 

 

 

「いろいろあるんだなぁ、みんな」

 

 帰り道、小泉さんはポツリと呟いた。

 

「いろいろって?」

 

「みんな、いろんな事情を抱えてるんだなぁ、ってこと」

 

「うん……まあ、そうだね。続けたくてもなかなかそうできない人もいるし、なかなか踏み出せない人もいる」

 

 例えば、星空さんとか、西木野さんとか……小泉さんとか。

 

「踏み出せない人……それって——」

 

「あ、そうだ、小泉さん。和菓子買っていかない?」

 

 そう言って、僕はある和菓子屋さんの前で足を止める。その店の看板には、大きく『穂むら』と書かれている。

 

「あ、うん、いいよ」

 

 小泉さんの了承も得て、僕はその戸を開ける。

 

「こんばんはー」

 

「いらっしゃいませー! ……って、あれ、優羽くん?」

 

「こんばんは、穂乃果さん。今日は会わせたい人がいて」

 

「会わせたい人?」

 

 キョトンとしている穂乃果さんに、その『会わせたい人』を紹介する。

 

「え? な、なに?」

 

 状況がよく分かっていない小泉さんはあたふたとしながら前に出る。

 

「あっ、花陽ちゃんだ!」

 

「そう、小泉花陽さんです」

 

「あ、あれ? 先輩、こんなところでなにを……」

 

「なにって……ここ、穂乃果の家だから」

 

「そ、そうなんですか?」

 

「そうだよー。あ、そうだ。穂乃果、まだ店番あるから上に上がって待ってて。海未ちゃんも来てるから」

 

 そう言って、割烹着のようなものを着た穂乃果さんは、僕たちを裏の玄関から入れてくれた。

 

 …………

 

 ふっふっふ。何を隠そう、僕は今日あの三人が集まることはすでに知っていた。そして僕は小泉さんと一緒にいる。それなら、彼女たちと小泉さんを会わせようとするのは当然の考えだろう。

 

「園田くん、知ってたの?」

 

「うん、まあ」

 

「……もう、だったら言ってくれればよかったのに」

 

 小泉さんはほっぺを膨らまして、むすっとしてしまう。

 

「ご、ごめんごめん、ちょっと驚かせたくて……」

 

「……別にいいけど」

 

「ほら、それより、早く姉さんたちのところに行こうよ」

 

「姉さん?」

 

 小泉さんはどういうこと? と、歩いていた廊下で立ち止まる。

 

「あれ? 言ってなかったっけ。僕の姉さん、μ’sの一員なんだ」

 

「そ、そうだったのー!?」

 

「あ、うん……」

 

 小泉さんの驚きように、少し驚いてしまった。ここで驚かれるとは思っていなかったからだ。

 

「ま、まあ、とにかく入ろうよ。こんばんは——」

 

 と言って目の前の戸を開けた瞬間。

 

「ふぬぬぬぬぬぬ……このくらいになれれば……!」

 

 ピシャッ。

 僕はその戸をすぐに閉めた。

 

「あれ、どうしたの?」

 

「い、いや、部屋を間違えたみたい……」

 

 僕はなにも見なかった事にした。

 

「そう……あ、じゃあこっちかな」

 

 そう言って、小泉さんは向こうにあるもう一つの部屋の戸を開けた。

 そうだ、あっちが穂乃果さんの部屋だった。もう何年も来ていなかったので忘れていたが、そうだ、あの部屋だ。

 が、しかし。

 ピシャリ、と、小泉さんはその戸を閉めた。

 

「あれ、どうしたの? 」

 

「あ、あはは……私も部屋、間違えちゃったみたい」

 

「え? でもそんなはずは……」

 

 と、次の瞬間。

 ガラッ! と、勢いよく、二つの戸が同時に開いた。

 

「……見た?」「見ました……?」

 

 それは、バスタオルを体に巻いて顔にパックをしている、穂乃果の妹の雪穂と、ドス黒いオーラを放っている、僕の姉さんだった。

 

 

 

 ○ ○ ○

 

 

 

「うぅ、すみません……」

 

 僕たちは穂乃果さんの部屋にお邪魔していた。

 小泉さんは改めて、さっき姉さんの姿を見てしまったことを謝っている。

 

「う、ううん、いいの。こっちこそごめん……でも海未ちゃんがポーズの練習してたなんてねぇ」

 

 店番が終わった穂乃果さんがからかうように言った。

 

「ほ、穂乃果が店番でいなくなるからです!」

 

 姉さんが必死に言い訳をする。

 いやいや姉さん……ほんとなにやってるの……なんだか僕まで恥ずかしい気分だよ……

 

「姉さん……穂乃果さんのせいじゃないでしょ……」

 

「優羽! あなたも裏切るのですか!?」

 

「姉さん……」

 

 ああ、見てられない……いつもあんなにかっこいいのに、時々こうなっちゃうんだよな。まあ、そんな姉さんも嫌いじゃないけど。

 そして、

 

「あ、あの……」

 

 と、小泉さんが言いかけたとき。

 

「お邪魔しまーす」

 

 勢いよく戸が開いて、独特の柔らかボイスを出しながら入って来たのは、ことりさんだった。

 そしてそのまま、ことりさんと小泉さんの目が合うと、小泉さんは慌てて挨拶する。

 

「あっ、えっと、お邪魔してますっ」

 

「え? もしかして、本当にアイドルに!?」

 

 ことりさんは興奮して小泉さんに詰め寄る。

 

「あ、えっと……」

 

 すると、小泉さんが困っているのを感じてか、穂乃果さんが助け舟を出した。

 

「違うよことりちゃん、小泉さんは優羽くんが連れて来てくれたんだよ。あれ、そういえば、今日はなんで二人は一緒にいたの?」

 

 と思ったらこんどはこっちに来るのか。まあいいけど。

 

「西木野さんの家に行ってきました」

 

「西木野さんって、あの西木野さん?」

 

「多分、その西木野さんです」

 

「そっか……あ、もしかして勧誘してきてくれたの!?」

 

 そう言って彼女は顔を近づけてくる。

 近い、近いよ。穂乃果さんはいつもなにも考えずにフレンドリーに接してくれてたけど……さすがに僕も思春期なので、こんなに顔を近づけられたらそりゃ恥ずかしい。

 

「いや、そういうわけではないですけど」

 

「そっか……」

 

 今度は一気にシュンとなってしまった。

 穂乃果さんは感情の変動が激しすぎるよ……

 

「あ、そうだ、穂乃果ちゃん、パソコン持ってきたよ」

 

「あっ、ありがとー。肝心なときに限って壊れちゃうんだー」

 

 そうしてことりさんが鞄の中からノートパソコンを取り出し、小泉さんは気を利かせて机の上にあるお菓子などをよける。

 肝心なとき、ってなんだろう。

 

「それで、ありましたか、動画は?」

 

 姉さんが聞く。

 

「まだ確かめてないけど、多分ここに……」

 

「あった!」

 

「本当ですか!」

 

 三人が一斉にパソコン画面の前に集まる。

 すると、パソコンのスピーカーから聞いたことのあるメロディーが聞こえてきた。

 僕と小泉さんも、横から画面を覗く。

 

「あっ、これって」

 

 画面には、つい先日にあったμ’sのファーストライブの映像が流れていた。

 

「誰が撮ってくれたんだろう……」

 

「すごい再生数ですね……」

 

 ことりさんと姉さんが呟く。

 

「こんなに見てもらったんだ……あ、ここのところ、きれいにいったよね!」

 

 穂乃果さんも思ったことを言う。

 

「何度も練習したところだったから、決まった瞬間ガッツポーズしそうになっちゃった♪」

 

 ことりさんも、改めて感想を述べている。

 すると、穂乃果さんが僕たちのことに気づいた。

 

「あ、ごめん。二人ともそこじゃ見辛くない?」

 

「…………」

 

 しかし小泉さんは、まるでなにも聞こえていないかのような様子で、ただ黙ってその動画を見続ける。いや、本当に聞こえていないのかもしれない。

 僕はその様子を見て、やっぱり今日は連れてきてよかったと思った。

 そしてそんな様子を見た三人は、顔を見合わせて微笑む。

 

「ねえ、小泉さん」

 

 集中している小泉さんに、穂乃果さんは優しく問いかける。

 

「…………え? ……あ、はい!」

 

「スクールアイドル、本気でやってみない?」

 

「え、えぇ!? ……でも私、向いてないですから……」

 

 すると、姉さんたちが言う。

 

「私だって、人前にでるのは嫌いです。向いているとは思えません」

 

「私も歌を忘れちゃったりするし、運動も苦手なんだ」

 

「私はすごいおっちょこちょいだよ!」

 

 穂乃果さんのは少し違う気もしたが、それでも、彼女たちは優しく小泉さんの前に扉を開こうとする。

 

「で、でも……」

 

 すると、今度はことりさんは立ち上がって手を広げた。

 

「プロのアイドルなら、私たちもすぐに失格……でも、スクールアイドルなら、『やりたい』って気持ちを持って、自分たちの目標を持ってやってみることができる!」

 

 続けて、姉さんと穂乃果さんも付け加える。

 

「それがスクールアイドルだと思います」

 

「だから、『やりたい』って思うなら、やってみようよ!」

 

「もっとも、練習は厳しいですが」

 

「海未ちゃん……」

 

「あっ……失礼」

 

 そして三人は、ふふふっ、と笑い合う。それは今までも見てきた、そしてこれからもきっと見ていくであろう三人の姿だった。

 僕はチラッと小泉さんの方を見た。

 彼女の目は、三人をじっと見つめていた。それは、どんな目だったのだろうか。羨望、期待、希望……そうだ、それは憧れの眼差しだった。アイドルに憧れ、そしてスクールアイドルである彼女たちに魅せられ……そこには今、彼女がずっと望んでいたものがあるのかもしれない。もう手を伸ばせばすぐに届くくらいの距離まで近づいているのかもしれない。だが、彼女はまだ手を伸ばすことができないでいる。

 

「……ゆっくり考えて、答え聞かせて?」

 

 穂乃果さんは柔らかく微笑む。

 

「私たちはいつでも待ってるから♪」

 

 ことりさんの溶けるような声も、小泉さんの心を落ち着かせようとする。

 

 

 

 この日は結局、小泉さんが答えを出すことはなかった。

 

 

 


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