月の死後にゲーム好きの高校生がデスノートを拾ったら 作:マタタビ
アリスがきてから二週間、煜が捜査員の可能性に気づいてから一週間と少し経っていた。
その間彼女が捜査員だというそぶりはまったく見つからなかった。やっぱり僕の思い過ごしか。そうであってほしい。でも、もうこれ以上アリスを疑い続けているのは耐えられなかった。
そろそろこちらから動こう、煜はあれからアリスが捜査員かどうか確認する方法をいくつか考えていた。
煜はその日、帰ったあと家を出て、学校の裏山で罠を作り始めた。これでアリスがこの罠に引っ掛かれば、残念だが彼女は煜にとって敵ということになる。煜は偽物のデスノートを箱に入れた。箱の蓋をあけると、昔ネットでこっそり購入した睡眠ガスが噴出するように簡単な仕掛けを施した。あとはこれを近くにある小学生のとき秘密基地にしていたぼろぼろの小屋の中におけば準備完了だ。あそこなら人はまず来ない。来たとしてもこんな汚い箱を開けて中身を見ようとはしないだろう。この中にデスノートが入っていると思っている人間以外は。煜はその箱を持って、腐敗した木材が散乱する小屋に入り、できるだけ見つけにくいように置いた。そして一定の距離で木に目立つ十字の傷を付けて帰った。
次の日学校に行くと昨日に引き続き、今日も夕斗は教室にいなかった。どうやら今、猛威をふるっているインフルエンザの餌食となったようだ。
「おはよう、煜」
煜が席に着くと、すでに来ていたアリスが明るく声をかける。
「おはよう」
煜は彼女の顔を見た。この子が捜査員、とてもそうは思えない、いや、思いたくない。
「どうしたの?私の顔に何かついてる?」
「うん」
「え、嘘なに?」
アリスが手で顔を拭う動作をする。
「取れてないよ」
「どこよ、取って〜」
「無理だよ、鼻だもん」
煜が笑いをこらえながら言う。
「もうっ面白くないからっ」
かなり恥ずかしかったようだ。顔が赤くなってる。自然なやりとりに思えた。しかし、もう一人の冷たい自分はこれが演技だったら恐ろしいと感じていた。隣の女子グループの会話が聞こえてくる。
「あの二人また楽しそうに話してるよ」
「付き合ってるのかな?」
「相思相愛ってやつ!?」
「え〜朝日くんのどこがいいんだろ〜アリスちゃん可愛いのにもったいな〜い」
相思相愛か、ある意味当たってるかもなと煜は心の中で暗く笑った。
その日、煜の部屋の音を聞いていたジェニファーはイヤホンに手を当て、耳を澄ました。どうやらついにノートの場所を話しそうな気配だ。
「リューク、そろそろノートが切れそうだね、また取りに行かないと」
ノートが切れる?デスノートはページがなくならないはずだが。
「そうそうあの山だよ学校の裏にある。
え?迷わないかって?大丈夫、小屋までの道に生えている木に印をつけて来たから。箱に入ってるから見つからないし、最高の隠し場所だよ」
なるほど、恐らくノート本体はその小屋に隠し、必要になったらページを切り取って家に持ち帰り、使うというわけだ。使い終われば紙として捨てられるし、見つかっても言い訳しやすい。煜にしてはなかなか考えている。
「でも今日はいいや、明日取りに行くことにするよ」
つまり今日はその隠し場所に行かないということか。もしかしたら隠し場所を変えるかもしれないし、今日行ったほうがいい。これでついにデスノートを見つけられる。ついにNキラの殺人の証拠を手に入れられるのだ。
焦る気持ちを抑えつつ、ジェニファーは素早く出かける準備をして家を出た。
煜はアリスが家を出るのを煜は二階の窓から見た。しかも彼女は山のほうに向かっている。
まだだ、まだ彼女が捜査員と決まったわけじゃない。煜は家を出て、小屋に先回りすることにした。余裕を持って着くために走って山の入り口まで来た。
「おい煜、もしあいつが捜査員だったらどうするんだ?」
それはまだ考えていなかった、煜にとって大事なのは彼女が捜査員なのかどうかだった。
「そのときはそのときで考えればいい」
煜は山の入り口から続く道にには入り、少し進んだ後、脇の獣道を印をつけた木をたよりに走って行く。かなり目立つ印だが、これだけ見ても誰も気にもしないものだ。さらに進んで行くと小屋が見えて来る。走って来たからアリスはまだ来ていないだろう。
煜は小屋の入り口が見えるように草薮の中に身を潜め、腕時計を確認する。アリスが家を出て7分ほどが経っていた。歩いてくればあと3分ほどで着く頃だろう。
煜は彼女が来ないことを祈りながら待った、だが彼の祈りはどうやら天に届かなかったらしい。徐々に足音が近づいてきた。そこにやってきたのは間違いなくアリスだった。やはり彼女は捜査員だったのか。煜は力が抜けるのを感じた。
ここへ来るということは煜の部屋での会話を聞くことが出来た、つまり盗聴器を仕掛けられていたということだ。リュークにすらばれずに。
やがて小屋の中から人が倒れる音がした。煜の作った仕掛けが作動したのだろう。煜はしばらく小屋の中から物音がしないかを確認して中の様子を見に行った。中を覗くとアリスが倒れていた。これからどうするか、とりあえず起きてから抵抗できないように手足を縛ってから考えようと思い、煜が一歩足を踏み入れたときだった。
「動くな」
煜は驚きのあまり声をあげそうになりながらも、ゆっくりと後ろを見た。後ろには今まで気配すら感じなかった、だが、間違いなくそこには拳銃を構えた男がこちらを睨みながら立っていた。その男はアリスの父親、アンディ クラークだった。
「クラークさん?なんでここに?」
「君も分かってるだろう?Nキラ逮捕のためだ」
Nキラ、というのはどうやら新たなキラである煜のことのようだ。
「キラ?何を言ってるんですか?僕はただここに隠していたものを取りに来ただけですよ?」
煜は怯えた声を出した。アリスも捜査員なら当然この男も父親というわけではなく、捜査員の1人なのだろう。とてもまずい状況だ。どうすればいい?煜は考えた。どうにかしてこの状況をくぐり抜けなければ。
「とぼけるのはよせ、その箱の中に入っているのはデスノートだろう!」
こうなったらヤケだ。やるだけやってみよう。
煜は箱の中身を取り出した。
「これがそのデスノートというものなんですか?」
「そっそれは///」
煜が手にしていたのはエロ本だった。箱の中身を偽のデスノートにしていてはこういう事態になったとき言い逃れができないと思って中身をこんなものに変えていたのだ。
「どうですか?これでも僕がキラなんですか?」
「いやっしっしかし、アリスがもし君が家を出たら死神にも一応気を付けて尾行し、自分に危害が及びそうだったらそのときは状況に合わせて動いてくれと言っていた。だから私はてっきりついにデスノートの隠し場所が分かったのだと」
そういうことか。アリスは賢い。事前にこれが罠かもしれないと勘づいていだ、そしてちゃんと対策をしてやって来た。だが、それも虚しい努力に終わるだろう。こいつは間違いなく馬鹿だ。冷たい自分がそう判断する。こいつなら言いくるめられそうだ。そういうゲームだと思ってしまえばいい。
「僕はただこれを見られたくなかったからこんなところにこんな仕掛けをして、隠していたんです。アリスは何かを勘違いしてここにクラークさんがいうデスノートを隠していると思ったんじゃないですか?」
アンディはすでに銃を下ろしていた。
「だとすると私はとんでもないミスを...」
「それよりどうしてアリスはこの場所が分かったんだろう?それになぜクラークさんは銃を持っていて僕をキラなんかと間違えていたんだろう?」
「それはニアが君を、いやっそれは言えない。だが、君の持っているゲームソフト!あれは死神を使って盗んだものだろう!?それは分かっているんだぞ!」
そういうことか。煜は全てを理解した。あのゲームはニアが仕掛けた罠だったのだ。おかしいとは思った。あんな人気ゲームが地域限定、数量限定で先行販売されるなど。煜がゲーム好きということを利用したに違いない。予約していない人間がそのソフトを持っているのはおかしい。つまり煜が怪しまれる要因となった。ゲームのナンバーやオンライン情報から煜の住所を特定、捜査員を送り込んだのだろう。
「クラークさん、あなたちょっとおかしいんじゃないですか?死神だのデスノートだの、さっきから訳のわからないことばかり言っている」
まだこいつからは情報を得られそうだ。1人でペラペラと喋ってくれる。
「そんなことはない!ほら見てくれこれが証明だ」
アンディが見せたのは警察手帳だった。これで2人が捜査員ということは確定か。
「ちょっと見せてください」
「ああ、いいとも正真正銘本物だ」
煜はアンディの本名を確認した。
「確かに本物みたいだ。でもいいんですか?
僕に捜査員ということがばれても。今までこんなに回りくどいことをニアや他の捜査員がしてきたのに」
煜は追及を続ける。立場が最初とは入れ替わっていた。
「あの、このことは誰にも言わないでくれ」
その言葉が聞きたかった。
「じゃあもうあなたは僕がキラなんかじゃないと分かってくれたんですね?」
「ああ、分かった」
「分かりましたこのことは誰にも言いません。アリスは僕が連れて帰ります」
「すまない」
アンディはトボトボと帰っていった。やっと邪魔がなくなった。煜は眠っているアリスを見た。彼女はアンディのようにはいかない。アンディはとりあえず本名と顔が分かる、いつでも殺せる。煜はアリスの体を拘束した、だがそこからどうすればいいのか、彼にも分からなかった。
ジェニファーはゆっくりと目を開けた。あたりは暗い、立ち上がろうとしたが体が言うことを聞かなかった。だんだん意識がはっきりしてくると自分が拘束されているのが分かった。そうだ、自分はノートのありかをついに見つけ、箱を開けたのだ。そして中に入っていたガスを思い切り吸い込んでしまった。
「目が覚めたかい?」
煜がペンライトをつけた。
「煜?私、どうしてここにいるんだろう?」
「もう演技する必要はないよ。アンディからすべて聞いた。彼はもう僕のことを信じて家に帰っていった」
あの無能め。どうやったらこの状況から煜を信じるんだ?しかもそれだけでなくすべて話してしまっただと?私を置いて帰っただと?ふざけている。
「私が捜査員だってどうやって気付いたの?」
「リュークが教えてくれたんだ。君が偽名を使っているって。それに君の日本語は少しうますぎたよ。僕へのアプローチも露骨すぎた」
死神はそんなことまで教えるのか?所有者に対しても非協力的なんじゃないのか?完全に油断していた。煜が死神の目を持っていないということは裁かれた犯罪者を見れば分かったが、まさかそんなところからバレるとは。
「私をどうするつもり?」
「本当の名前を教えてほしい」
「殺すつもりなの?」
「分からない。君は演技だったんだろうけど、僕は君を好きになってしまった。だけど僕にとって君はとても危険だ、だからどうしていいか自分にも分からない。僕はただの君の名前を知りたいだけかもしれない」
この言葉を聞きジェニファーはまだ完全に逆転の機会を失ったわけではなさそうだと思った。
「私の名前、知りたい?」
「うん」
「うーん、そうだなーじゃあもう一回好きっていってくれたらね」
煜はこの言葉に大きく動揺したようだ。男とは本当に簡単に扱える。まあ今回ばかりはそれに感謝しなければ。
「す、好きだよ」
「ふふっありがとう。私の名前はね、ヴェネーナ A ホワイト。私の本名を知っているのはニアと煜、それから死神だけだね。あと、ニアからはジェニファーって呼ばれてる」
ジェニファーは本当の名前を煜に教えた。どうせ偽名を使ってもバレるからだ。
「君の名前はヴェネーナ A ホワイト」
「そう、それで煜はどうするの?」
ここまでやればそう簡単には殺さないだろう。ううん、この男は心底私に惚れている。殺すことなんてできない。ここから一気にたたみ掛けよう。
「ねぇ煜、私ねーー」
ジェニファーはそれ以上何も言うことができなかった。煜がデスノートを取り出したからだ。
「ちょっと待って!まだあなたに言いたいことがあるの!」
「もう君の演技には騙されない。さようならアリス」
煜は素早くペンを走らせた。