月の死後にゲーム好きの高校生がデスノートを拾ったら 作:マタタビ
夕斗は歯ぎしりした。
今日は日曜日、夕斗は部活の帰りだった。そのときに見てしまったのだ。煜とあのアリスとかいうあばずれ女と図書館のある方角から仲良く話しながら歩いているのを。嫉妬の吐息が食いしばった歯の間から漏れ、強烈な怒りがアリスに向いていた。
「あのー夕斗君?」
不意に後ろから声をかけられて夕斗はそのままの表情で振り返ってしまった。
「ひっ、ごめん何か気に触ることした?」
夕斗に声をかけたのは同じクラスの桃原 ちひろだった。夕斗は素早く笑顔を取り繕って、何事もなかったかのように振る舞った。
「え、別に怒ってないよ」
「そう、すごい怖い顔してたからびっくりしちゃって」
「あーごめんごめん、今日の練習でヘマやらかした奴がいて監督にすげー理不尽に怒られてさ、それ思い出してたわ」
「あはは、なにそれ」
夕斗の言葉を信じたのか、ちひろは安心したように笑った。
「ところで俺に何か用でもあったの?」
ちひろは少し考えてから用ってわけじゃないんだけど、と切り出した。
「あそこ歩いてるのって煜君とアリスちゃんだよね、コンビニ行った帰りに見つけちゃってさ、こっそりついてってたら夕斗君がいたから」
「ふーん、二人はどこから歩いてきてた?」
「多分図書館じゃないかな、一緒に勉強してたんだと思う。でもずっと二人で歩いてるしあっちは確か煜君の家の方だし、もしかしてそのまま家まで行っちゃうんじゃないかって」
夕斗はなんでもなさそうに聞いていたが心の中は穏やかではなかった。今すぐノートにアリスの名前を書き殴ってやりたい衝動に駆られた。
「ねえ、一緒に尾行してみない?私すごく気になっちゃって」
ちひろはクラスの中でも情報通でこの手の話には目がない。好奇心が体からにじみ出ているようだった。夕斗としても是非尾行して事の顛末を見届けたいと思ったし、ちひろとは仲良くしておいて損はないと判断した。
「たしかに気になるなー。詳しくは明日煜に聞くとしてもここは友達として見届けてやらないとな」
こうして、二人の尾行は始まった。
アリス、もといジェニファーは二人の尾行者がいることに気づいていた。彼らはたしか、同じクラスの西谷と桃原だ。あれで隠れているつもりらしいが、尾行の基礎も踏まえていないやり方に思わず笑ってしまいそうになる。もっとも、隣を歩く煜はそんなことには気づいていないが。おそらく同級生の色恋沙汰の行方が気になるといったところだろうか。全く、平和な頭の中だな。ジェニファーはそんな彼らを見下したが、同時に少し羨ましくもあった。
「結局、夕斗が尾行してたなんて私信頼されてないの?」
家に帰ると、アイスが不服そうに詰め寄ってきた。
「いや、お前は最初から信用してないから傷つかなくていいぞ。それに、自分の目で見ておきたかったんだよ」
夕斗はいつになく不機嫌そうに自室の椅子に腰をおろした。
「明日もし、あの女が煜から手を引かないってんならこのノートの第2の犠牲者になってもらう」
「私が言うのもなんだけど、仮にも警察の上官を目指すあんたがそんな私欲のためにノートを使っちゃっていいの?」
「煜のことに関しては別問題だ」
夕斗ははっきりと言い切った。
「そもそもなんでそんなに煜って子にそこまで執着するのかが私は不思議なのよね」
アイスはいつもの癖で髪の毛をいじりながら翼と胸を揺らして、仰向けの状態で宙に浮いている。
「言ってなかったっけ、俺が中学生の時の話」
「そんなの聞いたことないよ。教えて」
興味津々といった風にアイスは食いついてきた。
「まあ、俺たちが初めて出会ったのは入学式が終わった後、教室に集められたときだったな。みんな小学校からの知り合いとか、新しくできたばかりの友達なんかと喋ってて結構騒がしい感じになってたんだけど、一人だけ席に座ってるやつがいたんだよ」
「それが煜だったってわけね」
「いや違う。そいつに話しかけたのが煜だったんだよ。ねえ、一緒に話そうよって」
夕斗にとってそれは驚くべき発見だったのだ。
「ああいう風に一人でいるやつってさ、普通は気にも留めないんだよ。俺もたまたま目に入っただけだったし。そんなやつと喋っても楽しくねぇって心のどっかで思ってるんだ。結局俺たち人間はそういう損得勘定の中で生きてる。でも、煜は違った。何も考えない、ある意味無責任なほど純粋な優しさだったんだよ。それが俺には異質だった、ある意味怖かった。そういう無垢なやさしさは使い方を間違えればとんでもないことになる。しかもそれに本人は気づかない」
いつになく饒舌な夕斗はその後も小一時間ほど煜と仲良くなった経緯や魅力を長々と話し続けた。
「これが俺と煜の出会いだったってわけ、で、ここからが長いんだけど…」
「ちょっと待って」
アイスは慌ててまた話し出そうとする夕斗を押しとどめた。
「ま、まだ話すの?」
「いやこれからが本番なんだけど」
「それはまた今度聞く。あんたが煜のことをどれほど好きなのかはよく理解したわ」
「それは良かった」
夕斗は満足気に頷いた。少し機嫌が直ってきたのだ。
「よし、今日はさっさと寝て、明日に備えるか」
夕斗は話を聞き疲れてぐったりしたアイスにそれ以上構うことなく、明日の用意を始めたのだった。
翌日、いつものように登校中に煜を見つけた夕斗は後ろから近づいたのだが、煜に勘付かれてカバンを顔に叩きつけられるという手痛い反撃を食らってしまった。
「いってぇ!」
「やっぱり夕斗か」
「いきなり何すんだよー」
「それはこっちのセリフだよ。また後ろから抱きつこうとしてたろ」
「いいだろそれは。それよりさーお前アリスちゃんとどういう関係なのー、昨日部活の帰りに見ちゃったんだよねー、一緒に歩いてるところ。転校してきたその週の日曜日にいきなりデートかー」
「ちがうよ。あれは一緒に勉強をしてただけだって」
「またまたー金曜日も一緒に帰ってたくせにーお前も隅に置けねーなー。でも、俺もあの子にガンガンアタックしていくからな。今日は部活オフだし、帰りは俺も一緒に帰るからな!約束だぞ忘れたら夕斗怒るからね!」
夕斗はそれだけ話すと先に走り出した。もっと話したかったが、今日は日直でいつもより早く教室につかないといけないのだ。
その日の4時間目、授業科目は体育だ。冬ということもあって、男子はグラウンドでサッカーだった。
夕斗と煜は同じチームだった。サッカー部である夕斗にはボールを持っていない時でも二人のマークがつけられていた。それでもパスをもらってひとたびドリブルを始めれば、数人がかりでもなかなか止められない。だがやはり、ゴール前まで来ると守備の人数も増えて一人ではどうにもなくなる。攻めあぐねていた時、夕斗に人数を割きすぎてガラ空きになった逆サイドから煜の声が聞こえた。
「夕斗こっち!」
夕斗がパスを出そうとした瞬間だった。
「え、うわっ」
何故か煜が何もないところで転んでしまった。そして夕斗がそれに目を奪われている隙にボールは奪われてしまった。
「いててて」
「おい煜、大丈夫か?」
夕斗は手を差し出して、煜を立ち上がらせた。
「ごめん、急に足がもつれちゃったみたい」
「なんだそりゃ。このことをアリスちゃんに言ったらどう思われるかなー」
夕斗は少し意地悪な笑みを浮かべた。
「え、ちょっとそれはやめてくれよ」
「じゃあさ、今日、食堂に行くんだけどそれに付き合ってくれたら黙っといてやるよ」
「はいはい、分かったよ」
煜は諦めたように笑って返事をした。
「でさー今日の体育のサッカーで煜、何もないところで転んでみんな大爆笑だったよホントあれは見ものだったなー」
「ちょっと!それは言わない約束だろ」
「そうだっけ?ていうかアリスちゃん聞いてる?」
「え、ああうん、聞いてるよ。煜、運動も苦手なんだね」
その日の放課後、夕斗は宣言通り、アリスと煜と一緒に帰っていた。ここで煜に幻滅させて、手を引いてもらう。それが夕斗の作戦だった。
「運動もってどういうこと!?「も」って!?」
「だって英語全然ダメだったじゃん」
「あーそうそう煜って他の教科はともかく英語はホントダメだもんなー」
他人事のように言っているが実は夕斗も英語が苦手だ。
「西谷くんは勉強得意なの?」
「えっそれは、まあまあ」
「えーなんだか朝の煜みたいな言い方だなー」
朝だと?この女、朝も煜と一緒にいたのか。
「西谷くんは勉強得意なの?」
「えっそれは、まあまあ」
「えーなんだか朝の煜みたいな言い方だなー」
危ないもう少しで思考が飛んでぶん殴るところだった。このままではまずい、話題を変えなければ。
「そんなことよりアリスちゃん、俺のことはしたの名前で呼んでくれていいよ」
俺としたことが話しの貼り方が少し不自然だ。夕斗は内心失敗したと思った。
「じゃあそうするね、夕斗くん」
「ああ、そうきたか」
煜のことは馴れ馴れしく呼び捨てにするくせに。夕斗はすでに自分の作戦が失敗するであろうことを予期していた。
「俺こっちだからまた明日ねー」
夕斗は諦めて、二人を残して家路に着いた。煜もアリスと喋っているときは楽しそうだったし。俺なんかがいくら煜のことを好きでもやっぱり煜にとって俺は友達なんだろうな。
夕斗は家に帰り、部屋の布団に倒れこんだ。
「あら、今日は勉強しないの?」
珍しく落ち込んでいる夕斗を見て、アイスは少し心配そうだった。
「ああ、今日はもうなんかいい」
「何かあったの?」
「だいたいわかるだろうけど、あの二人を引き離すのに失敗した」
夕斗は元気なく答えた。
「それは残念だったね、でノートを使うの?」
「いや使わない。もう諦めた。アリスが死んだら煜も悲しむだろうしな。俺はもうあの二人を応援することにしたよ」
うつ伏せのまま絞り出すような声で夕斗は泣いた。人生で初めての失恋だった。
「もう、男の子なんだから泣かないの」
アイスが慰めても夕斗は泣き止まなかった。
「うるせえ、死神に何が分かるんだよ!てゆーかこの際、女に産まれたかったわ!」
「いや、私は天使だからね?っていうかそんなどうしようもないこと言ってないで元気だしなって。ほら私のプチトマトあげるから」
アイスはそう言ってどこからともなく、茶色くしなびた謎の物体を取り出した。
「なんだよこれ」
「プチトマト」
「いや、どう見ても違うだろ」
夕斗は思わず吹き出した。
「はい笑ったー私の勝ちー」
「あぁ、はいはいもう勝ちでも負けでもなんでもいいよ。それよりアイス付き合え」
「え、それって告白?」
「違う、今日一晩中俺の愚痴に付き合えってことだよ」
こうして夕斗は半ば自暴自棄になり、一晩中アイスと喋り続け、寝不足が祟って一週間後にインフルエンザの餌食となったのだった。
母親が家にいないため、夕斗は一人で、いや、一人と一匹でインフルエンザと戦うことになった。
「はい氷」
夕斗の額に心地いい冷たさが伝わった。
「ああ、ありがと」
「死神の看病も悪くないでしょ」
「やっぱり死神かよ。しかもこれ氷じゃなくてお前の手じゃねーか」
「いや、私は天使!氷の天使アイスなのだ!」
アイスの声が頭に響いてクラクラした。
「分かったから静かにしろ。もうお前の手でいいや気持ちいいし」
「もう、素直じゃないなぁ」
アイスは満更でもなさそうに夕斗の看病を続けた。
その頃、煜がキラとして、ニアとの戦いに挑もうとしていることを夕斗は知る由もなかった。
終わりです。なにも考えずにただ書きたいように書きました。笑
夕斗にはできれば今後もノートを使わずに夢を叶えて欲しいですね。それでは最後まで読んでいただいてありがとうございました。