コンバイラリリル。
全身を武装で包み、金色の竜骨を背負ったその姿は、まるで脊索が発生した段階の受精卵にも見える。
……だとするのであれば、それは一体何に成長しようとしているのだろうか。
バランのガスの残滓を纏いながら、コンバイラリリルはグリーン・インフェルノに向けて迫る。
大都市や山脈を消し飛ばすに足る攻撃の応酬も、2つの超大型バイドの間では装甲表面や武装が炸裂する程度の撃ち合いに過ぎない。
だが、その周辺で戦いを続ける小型バイドにとっては、命中どころか一部にかすっただけでも全体を死に至らしめる、絶対的な暴威に他ならなかった。
「グリーン・インフェルノの直掩バイド群、出現時の60バーゼルが消滅!」
「未統制バイド群はクロガネ艦隊の攻撃を受け、戦場の中心から追いやられつつあります」
「……こりゃあ、バランのコアを食っただけのことはありますな」
「ああ、だが私は総統になんとお詫びすればよいのやら……」
ドメルは浮かない口振りだったが、その口には笑みが浮かんでいた。
エネルギーコアの1つや2つ、失われても惜しくはないと確信しているのだ。
「おや、クロガネ提督はお咎めなしですか」
「もう彼に文句をつけられる者はいまい」
「ははは、そりゃあそうですな!」
猛烈に回転しながら突き進むコンバイラリリルは、少し身じろぎしては、行く先にある大型バイドにフラガラッハ砲を、小型バイドには追尾ビーム砲を放ち、同時にグリーン・インフェルノにファットミサイル砲を叩きつけ続けている。
集団で突撃した小型バイドの一部が運よく接近することもあるが、コア部から発射される曲射兵器『フラガラッハシャワー砲』によって即座に殲滅されてゆく。
コンバイラリリルもまた、グリーン・インフェルノの苛烈な砲撃や、グリーン・インフェルノ側のゲインズなどによって傷を負いつつあるが────
『目標を射程に入れ次第、全力で砲撃せよ!グリーン・インフェルノの主力兵器は砲台だ、敵が存在する方位が多ければ多いほど火力の柔軟性が失われ、こちらの有利になる!』
────"副官"率いる残存艦隊による全方位攻撃が火力集中を妨げることにより、提督は更にグリーン・インフェルノに肉薄し、距離が近づくごとに双方の兵装は消耗し続け、砲台、ブースター、発進口など、全ての装備が失われていく。
それを見守る全ての戦士の脳裏に、ある言葉が浮かぶ……『千日手』だ。
回復能力を持った2つの超巨大戦艦は、お互いの兵装までは破壊できても、船体を破壊し尽くすだけの火力は持たない。
だが、それを打ち破る鍵は、既に用意されていた────
「波動砲発射用意!」
ガスの雲間から飛び出したヤマトは、艦長沖田の指令に従い、ついに波動砲の発射体勢に入った。
……世界を問わず、艦首砲はその艦艇において最も優れた兵器である。
その理由は主に、通常の砲塔よりも大規模な発射装置を搭載出来ること、発射時の反動抑制を艦そのものの慣性制御装置に頼る事ができることにある。
だが、波動砲────この世界においては、『次元波動爆縮放射器』────は、その兵器としての格が他の兵器とは一線を画するものであるという、第三の特徴を持っている。
『この』ヤマトにおいて波動砲の次に大火力を誇る兵器は、主砲が放つ陽電子衝撃砲……すなわち、変わり種の反物質兵器と、三式融合弾と呼ばれる小型の水爆だが、これらはあくまでニュートン物理学とアインシュタイン物理学に基づく兵器だ。
一方、波動砲の原理は、タキオンを媒介にして余剰次元を展開・爆縮することによってマイクロブラックホールを作成、それらの蒸発によって発生するエネルギーと、一連の事象によって発生する空間異常を相手に叩きつけることで全てを破壊するという量子論・超紐理論・大統一理論に基いた兵器であり、まさしく究極の兵器と呼ぶにふさわしいものである。
原理的に言って、どのような大質量と硬度を持った物質でもこの兵器を防ぐことはできない。
「最終セイフティ解除、ターゲットスコープオープン」
最終兵器を縛る最後の枷、ストライカーボルト突入口の物理ロックが解除され、スコープの照準器に明かりが灯る。
「薬室内圧力上昇……エネルギー充填、120%!」
薬室内に蓄えられたエネルギーは常に規格を20%上回り、絶対的な破壊力を保証している。
「砲台を失ったグリーン・インフェルノは速度を鈍らせながらも移動中、本艦の旋回能力により十分補足可能です!」
コンバイラリリルの猛攻によって一時的に火器を失ったグリーン・インフェルノは、自らに突きつけられた刃を退けることも出来ず、緩慢な速度で回避行動を取り続けている。
……時は来た、そう誰もが確信するに足る光景だった。
「電影クロスゲージ、明度40、総員対ショック対閃光防御!」
それを確信した古代が、発射シーケンスの最終段階である、乗員の防御姿勢指示を行い────
「波動砲発射!」
────青き輝きが、放たれた。
宇宙そのものを揺るがしながら、波動砲が突き進む。
掠めたバランの大気が飲み込まれ、空間変動により核反応を引き起こし燃え上がる。
それは、青と白の輝きが全てを破壊し尽くすに相応しいものであることを見るもの全てに示す光景であった。
────輝きが、揺らいだ。
白い光条が一瞬のうちに四散し、うねり、宇宙を焼き尽くす。
「波動砲命中せず!!」
「ガミラス軍とのデータリンク混乱!多数の艦艇が消滅したものと思われます!」
「一体何が……!?」
引き金を握ったままの古代が、自らの行為の結果を虚空に問う。
問わざるを得なかった。
バラ撒かれた空間変動は、バラン星宙域全てを落書きのように抉り、爆炎へと変えている。
落書きになぞられた艦艇は成すすべなく消し飛び、その近くにあっただけの艦が、ガスの融合爆発とホーキング輻射の残滓に揺られ、必死に空間にしがみついている。
「……慣性制御装置か!!」
「真田さん!どういうことですか!?」
「慣性制御装置は基本的に重力と空間に作用するものだ、であれば、その出力が高ければ、波動砲のような空間干渉兵器に影響を及ぼすことも十分に可能……」
なぜ早く気付けなかった!
真田はそう自らを責めたが、目の前に広がる現実が変わることは決してない。
彼らの目の前には、決して取り返しのつかない、最早挽回不能とも言える光景が広がっていた。
そう、被害を受けたのはガミラス艦隊だけではなかった。
「クロガネ艦隊旗艦、球体巨大戦艦大破……!」
「提督!!」
武本が悲痛な声を上げた。
それも無理はない、彼女が敬愛する指揮官の『体』の半分が跡形もなく消し飛び、断面からは無数の構造材や循環液、エネルギーが流出しているのだ。
これまで、弱ることはあれど決して鈍ることのなかった旗艦のコア光も、消えかかった命を反映するように、薄れ、瞬くように霞んでいる。
「……艦を立て直し、速やかに突撃せよ!!グリーン・インフェルノを戦線復帰させてはならん!!」
ドメラーズ三世はドメルの決死の意思が乗り移ったかのように突き進む。
ガミラス最大の戦艦にも関わらず、通常では決してありえない速度の進撃を前に、全ての部下が先駆けを譲ることを強いられていた。
「ドメル閣下に先陣を切らせる気か!俺達もさっさと行くぞ!!」
各分艦隊指令も次々体勢を整え、グリーン・インフェルノへ吶喊していく。
無理のある機動で、配下の艦隊は次々に脱落していくが、止まるわけにはいかない、止まってはいけない理由が、その場全ての軍人の目にはありありと見えていた。
────ここで抑えきれなければ、もう二度とグリーン・インフェルノを制圧することは、できない。
『………提督の意識が薄れて……このままでは我々も……!』
クロガネ艦隊の残存勢力もまた、ともすれば崩壊しそうな意思をまとめ上げ、決死の猛攻に加わっていた。
「グリーン・インフェルノより再び未統制バイド放出!!」
「閣下!このままでは砲台再生に間に合いません!!」
刻一刻と『タイムリミット』が近付く中。
「……クロガネ提督!!」
最強の将軍すらもが、ただ、祈ることしか────
「総員、砲雷撃戦用意、曲射攻撃を中断し、直射攻撃にて再生中の敵砲台を狙撃する」
「艦長!」
「南部、可能なはずだ」
────否。
戦い続けるものは、確かに居た。
戦場の音が、遥か遠くに聞こえる。
どこかで俺を呼ぶ声が、聞こる。
……だが、それに答えようと開いた口からは、ただ吐息が漏れていく。
………………失策に気づいたのは、『あれ』が私の体を引き裂く一瞬前のことだった。
そう、あれ、あれだ。
あれを回避する手段があることに気付けなかったのは、俺がまだあいつらに支配されているからだったのか?
どちらにしても、俺はもうダメだ。
もう、体の形を保つことすらできない、抉られた断面からはどんどん構成物質が吹き出ていて、エネルギーも流れ出る一方だ。
どうしてこうなったんだ?
────そうだ、俺は、戦っていたはずだ。
戦って、負けて、こうなったんだ。
何のために戦っていた?
……そうだ、あの星のためだ、あの、青い星の……今は、赤い星の……。
赤い星を救う、あの船のためだ!
ヤマト!!!
ヤマトはどうなった、ヤマトは生きているのか?
俺は、霞んだ目を開く、そうだ、高度なレーダーは動かずとも、コアからならば光学観測が────
────青い光の筋が、見える。
ヤマトだ、ヤマトのショックカノンだ。
ヤマトはまだ、生きている。
ヤマト、生きているならば、ここから離れてくれ、勝てなくてもいい、逃げてくれ。
地球を救ってくれ、地球が死ぬならば、地球の子として血脈を繋いでくれ。
ヤマトよ。
生きているなら………。
生きて
→消えかかった意識で祈る
次話、次々話は予定を変更し、二話同時投稿とさせていただきます。
それではみなさん、また3日後まで、ごきげんよう。