俺と私のマゼラン雲航海日誌   作:桐山将幸

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長らくおまたせしました。
連続投稿を再開します。


【1】宇宙を引き裂く緑の恐怖

 『宇宙が破裂した』

 あるガミラス士官の意識は、突如発生したその認識を最後に終了した。

 

 彼が乗艦していたデストリア級航宙重巡洋艦が、来襲したグリーン・インフェルノの狙撃によって随伴艦数隻とともに消滅したのだ。

 デストリア級はゲートから見てバランの丁度隣の宙域を航行中であったが、ゲートからバランまでの数光秒程度の距離はグリーン・インフェルノにとって物の数ではない。

 彼の戦争は、誰にも語られることのない若者の命は、そこで終わった。

 

 

 ────この戦場では、同様の悲劇が数秒おき数百数千ずつ発生してゆく。

 そこには艦の大小も、装甲の厚みも、指揮官の器もなかった。

 そこにあったのは、ただグリーン・インフェルノとの間に開いた距離と、グリーン・インフェルノを支配する意識の『気分』だけだった。

 最低でも数十人が乗った軍船が数十隻、一つの惑星国家を壊滅に追いやるに十分な戦力が数秒ごとに消滅していく。

 苦し紛れに放たれる陽電子の槍は憎まれるべき緑の装甲表面の原子を剥離させ、乾坤一擲の魚雷攻撃はグリーン・インフェルノが纏う小型バイドの残弾をわずかに減らした。

 『絶望』、その一言が矢面に立ったガミラス軍を包み込む。

 大小マゼラン雲を統一した最強の軍隊は、この戦場において、削られゆく数値以外の何者にもなり得ない。

 

 作戦を共有する段階で周知されていたその『現実』を事前に理解していた人間は、この宇宙に存在していなかった。

 

 「クロガネ提督より入電、敵戦力予想範囲内、作戦第一段階開始への同意を求む」

 

 「返信、『作戦第一段階開始に同意する、我が艦隊に合わせ、突入を開始されたし』」

 

 そう、この作戦の立案者、二つの文明圏を代表する最高の名将二人以外は。

 

 

 「作戦第一段階の開始を宣言する!装甲突入型ゼルグート級、前へ!!」

 

 その掛け声とともに、長方形の巨大な影が亜光速で突き進んでゆく。

 

 装甲突入型ゼルグート級。

 ドメルの旗艦『ドメラーズ三世』の艦級であるゼルグート級は本来、敵地に突入し望む位置にて座礁、そのまま要塞となるという強引な用法を前提とした戦艦である。

 その本来の設計思想を反映された改修型である装甲突入型は、自らの装甲に加えて『盾艦』『ガミラス臣民の壁』と呼ばれる超巨大な板状の自動操縦艦艇を前方に配すまさに鉄壁の巨艦であった。

 

 「ガミラス臣民の壁、敵旗艦の主砲に対し防御効果あり!」

 

 「亜光速航行中にあの威力の砲撃を受けてもまだ無事とは、名付け親に似た石頭ですなぁ」

 

 「ハイデルン、仮にも上官をその言い草はないだろう」

 

 そう言うドメルにも、多少の余裕の笑みが浮かんだ。

 ……名前の主とは、この作戦に横槍を入れようとして失敗した貴族出身のガミラス軍人のことであるが……、彼について語るのはまた別の機会となるだろう。

 ただ、今後彼にとって都合のいい展開は二度と訪れないとだけ、彼について知る者のために付記しておく。

 

 「クロガネ提督の突入部隊も移動を開始したようですな……、あの金色の『ゲシュタム・エミッタ』が今は、黒に見えます」

 

 「『ベルメイト』だ、『肉塊』と呼ばれる強固なバイド細胞の塊によって身を包みつつ、ダメージを負った肉塊は回収、再生し再放出し、防御力を回復し続けている……、クロガネ提督はあれを『生命要塞』と言っていたが、今の姿はまさしくそれだ」

 

 圧倒的な火力と命中精度に加え、潤沢な艦載機の護衛を持つグリーン・インフェルノに対抗する方法は一つしかない……、迎撃能力を上回ることだけだ。

 それを支えるのが、ドメルが多様な戦線から引き抜いた装甲突入型ゼルグート群と、提督が緊急増産したベルメイト群だ、

 

 『肉塊による防御、現在損耗率36%』

 

 『ベルメイト及びゼルグート、グリーン・インフェルノより1光秒に接近!』

 

 『敵艦載機群に動きあり、前衛艦隊への攻撃準備と思われます』

 

 「ゲインズⅡ発進、肉塊に紛れさせ、敵艦載機群を牽制させろ」

 

 『前衛艦隊への攻撃集中率上昇中、接敵まで持つか……』

 

 「……うむ、本艦が前に出て敵の攻撃を誘引する、『ボルドボルドゲルド』及び旗艦『コンバイラベーラ』前進!」

 

 バランから溢れるガスをかき分け、三隻の赤い巨艦が現れた。

 中央には人型にも見える超巨大な赤と金の艦、その両脇を固めるのは甲殻類ともケダモノとも付かぬ異様な雰囲気を纏った、同じく赤と金に彩られた艦だ。

 超巨大な旗艦は、地球連合軍バイド生命体種族識別コード“B-BS-Cnb2”、“暴走戦艦”コンバイラベーラ。

 識別コードと名称が表す通り、『コンバイラ』が更に成長し、戦闘能力を向上させた艦だ。

 変則的な縦長ながらも美しいフォルムを保っていたコンバイラの面影は失せ、上部の構造が肥大化し、左右と前方にに巨大な構造が張り出したコンバイラベーラはさらなる異形に成り果てていた。

 脇を固める甲殻類とケダモノに似た印象を持った艦は、B-Bld3”暴走巡航艦”ボルドボルドゲルドだ。

 ボルドが肥大化し変容した『ボルドガング』が更に進化した艦艇であり、機動性はそのままに攻撃力、防御力を戦艦級にまで高めた、ボルドの最終進化体だ。

 大きな特徴として、艦そのものが海老のように丸くなり、ボルドガングに存在した鉤爪状の器官が発達し、まるで手足のように変化している。

 それらクロガネ艦隊の中核戦力が持つ異様な姿は、バイドという存在が持つ過剰なまでの攻撃性を象徴しているようにも見えた。

 

 「ファットミサイルⅢ、ファットミサイル砲HⅡを敵の前面に向け一斉射、並行して各艦の艦首砲を充填し、敵の攻撃を誘引する』

 

 『このコンバイラベーラですら、奴を前にしては単なる囮ですか』

 

 「チャージ兵器を敵前面にちらつかせて囮にするのは常套手段だ、だろう?」

 

 『……はぁ、生身の人間が乗っている艦でやったら文句を言っていましたよ』

 

 「これでも、罪悪感は少しあったんだ、今は自分が痛みに耐えるだけで済んでありがたいよ」

 

 最早、元が誰であったのかも分からないぼやけた『副官』相手に軽口を叩くと、クロガネ提督は覚悟を決めた。

 

 「各艦回避行動開始!どこがどうなっても構わん、艦首砲だけは死守し、敵の攻撃を誘引し続けろ!」

 

 

 

 「ガミラス軍、及びクロガネ艦隊の前衛艦、グリーン・インフェルノに接近!」

 

 「どちらも脅威的な防御力です、盾として配置された艦艇は損傷を受けつつもあの砲火を防ぎ敵に肉薄しつつあります」

 

 二艦隊によってバランの影で守られるヤマトにも、惑星の反対側で繰り広げられる熾烈な戦いの情報が与えられていた。

 

 「巨大な『盾』を前面に配し、その背後から味方を流し込む……、砲熕兵器の性能で負けているが故の特殊な解答ですが……」

 

 「この状況では、これしかあるまい」

 

 艦長と副長の意見は、希望的な観測を含みつつも正確であった。

 

 「両軍とグリーン・インフェルノ、距離接近!艦載機隊が動き出しました!!」

 

 中央パネルに表示されたレーダーの中で、ベルメイトとゼルグートの後方からグリーン・インフェルノに向け、万を超えんとする勢いの光点が流れ込む。

 ガミラス艦隊とバランから発艦した戦闘機、そして、更に制御範囲を増やしたクロガネ提督が放つR、それらは圧倒的な戦闘力を持つだけではなく、一つの惑星を火の海にすることも可能な火力を持っていた。

 

 「まずは艦載機が突入し、敵の周囲を守る兵器群を抑え、続いて高速艦が敵の砲台に向け突撃、全火力を持って砲台を破壊し離脱する……、うまく行くでしょうか」

 

 「分からん、だが我々には現状、見ていることしかできないのも確かだ……」

 

 「それにしても、凄まじい火力のぶつかり合いです、我々が戦ってきた全てのガミラス軍を合計しても、あの戦場では焼け石に水と言ったところでしょう」

 

 「これだけの兵器を配備しているなんて……」

 

 レーダー手の森雪が、恐怖と嫌悪をにじませて呟いた。

 1万隻の軍艦に、それ以上の艦載機。

 ガミラス戦役直前の地球に望むだけの波動コアを与えて『ヤマト』を増産させても、ガミラスには敵わない。

 それほどの戦力が『何のために』用意されたものであるかは、明らかだった。

 

 「配置を離れられない戦力はこの数倍存在していると見ていいだろう」

 

 「その任務は、侵略戦争と占領地の維持、クロガネ提督は確か、地球の防衛と言っていましたが……」

 

 古代が暗い顔で繋げる。

 彼らの住む宇宙を守る救世主は、同時に、数多の星々を痛めつけ、貪り、屈服させてきた悪魔の軍隊でもあった。

 

 「だが、今は彼らと我々はれっきとした同盟関係にある、彼らの勝利と、無事を祈るしかあるまい」

 

 ……だが、ようやく口を開いた沖田の言葉もまた、真実だ。

 そこには正義はなく、大義と信義だけがあった。

 

 

 ────ヤマトが見守る中、戦闘はさらなる局面へと進行していた。

 大量になだれ込んだバイドシステムとガミラス戦闘機は戦力を大きくすり減らしつつもグリーン・インフェルノの随伴小型バイド体をほぼ完全に抑え込でいる。

 そして、更にその後方より飛来した大量のガミラス高速艦艇群もまた、盾から漏れ迎撃を受けつつもグリーン・インフェルノに齧りつき、その兵装と装甲を破壊しつつあった。

 

 『ノーザリー14、デコイを使用、直後砲撃によりデコイ喪失』

 

 『本艦右舷突出部脱落、汚染防止のため自壊します』

 

 「……バーガー艦隊の攻撃は順調……か、ドメラーズに通信、『作戦第二段階開始を提案する』」

 

 各所から煙を吹き上げ、数々の構造が脱落したコンバイラベーラは、それでもなお健在であった。

 対するもう一つの旗艦ドメラーズは、戦場の爆炎に汚れつつも、未だに傷を負うことなくその姿を保っている……。

 

 「────クロガネ提督に返信、『了解した、即座に攻撃を開始する』、作戦第二段階開始!!」

 

 「命令は聞いたか!惑星間弾道弾を順次発進させろ!!」

 

 「ザー・ベルク!」

 

 バラン鎮守府の大規模ドックに仮設されたサイロから、炎とともに惑星間弾道ミサイルが持ち上がってゆく。

 その影は、全長にしてデストリア級の5倍強、惑星を効率的に破壊することに特化した終末兵器だ。

 それが今、列を成して単一の戦闘艦に向けて進みつつあった。

 

 『惑星間弾道弾発射確認!』

 

 「よろしい、ファインモーション発進せよ」

 

 クロガネ提督が号令をかけると、バランのガスを突き破り卵型の銀色、ファインモーションが飛びたつ。

 それも一つや二つではなく、二ケタの大台に登る小艦隊であった。

 

 「バイド体自体の機能を抑制することにより、統制に必要なリソースを削減……、当然、そのままでは空を飛ぶだけのバイド化した金属の塊だが……」

 

 『満載された軽元素の塊は、命中と同時に同時に重力波フィールドにより核融合を誘発され、ペタトン級のエネルギーを放射します』

 

 「火力過剰な上、非効率的な馬鹿げた兵器だ……」

 

 そう言いながらも、クロガネの顔には笑みが浮かんでいた。

 

 「だが、この局面においては、全ての戦略的リソースをつぎ込んでもお釣りが来る」

 

 ドメルもまた、笑っていた。

 

 「……戦艦一隻相手に数千隻、万機の通常戦力で戦力を封じ込めつつ、惑星3つ分の大量破壊兵器をぶつけ行動不能に追い込み、更に数千隻の後詰めで完全に封殺し、最終兵器をぶつける……贅沢な作戦だが、この宇宙を守るのだ、決して浪費ではあるまい」

 

 「ですが、これはお偉方が黙っちゃいませんな」

 

 「それはまた別のお偉方に任せるだけさ」

 

 波動エネルギーの関与なしに星を砕くエネルギーの塊がグリーン・インフェルノに殺到する。

 各部砲台、メイン・サブブースターは沈黙し、随伴機は完全に圧倒され迫りくるミサイルに対処することはできない。

 

 「グリーン・インフェルノの砲台再生力、支配能力を最大に見積もっても、これで────」

 

 『────グリーン・インフェルノより大量の小型バイド出現!!』

 

 「なんだと!?」

 

 グリーン・インフェルノ各部の露出した部分から、次々に多様な小型バイドが湧き出してゆく。

 弱小な『リボー』から、頑強な『ストロバルト』、高い攻撃力を持つ『ゲインズ』に、主力戦闘機とも言える『バイドシステムα』まで。

 15キロの体のほんの数%は、極めて危険な大戦力になりつつあった。

 

 「何が起こった!」

 

 『わかりません、突如グリーン・インフェルノが自らの手に余る数のバイド体を生産し始めたとしか……!』

 

 「いや、理由はあるはずだ……、やつが有利になる、決定的な理由が!」

 

 『小型バイド体、無差別に攻撃を開始────ガミラス機、ガミラス艦に攻撃を集中させています!』

 

 「……統制されずとも、バイドは同じバイドより人間を襲う……ということか!」

 

 

 戦況は一変した。

 快調に進撃していたガミラス航空機部隊は突如発生した小型バイドに後背を突かれ挟撃の憂き目にあい、グリーン・インフェルノに取りつきだめ押しの破壊を繰り返していた高速艦艇群は強制的にひきはがされ撤退を余議なくされた。

 

 「艦隊は撤退前に航空機の離脱を援護しろ!全力で離脱し、弾道弾とともに再度突撃を────」

 

 『数小隊の敵機が包囲より脱出!ミサイル群に向け突撃を開始しました!!』

 

 「なんだと!?」

 

 脱出したバイド体は、B-Cnc”要撃兵器”キャンサー、不完全な人型をしたその機体の持ち味は、中速の移動力に見合わぬ体当たりの威力だ。

 それが群れから離脱した意味を、誰もが即座に理解した。

 

 「弾道弾を下がらせろ!!」

 

 「駄目です、間に合わな────」

 

 その瞬間、ゼルグートの艦橋がビリビリと揺れた。

 莫大なゲシュタム・エネルギーの開放に伴う次元振動だ。

 

 「惑星間弾道弾に敵機激突!続いて衝撃波来ます!!」

 

 「くっ………!!」

 

 ガトランティス艦の主砲直撃時に匹敵する衝撃がブリッジを揺るがす。

 

 「前線とのデータリンク途絶!」

 

 「レーダーの正常動作を確認、ですが爆炎が……」

 

 「通信の復旧を急げ!」

 

 「クロガネ提督より通信です!『砲台の再生を確認、作戦第二段階失敗を宣言する、再突入と遅滞戦闘に向け戦力を再編されたし』」

 

 ドメルは暫しうつむきながら苦虫を噛み殺していたが、ようやく現実を認めて顔を持ち上げた。

 

 「返信、『全面的に同意する』」

 

 「ザー・ベルク」

 

 「……一度の巻き返しは、予想の範疇だ」

 

 大分戦力は目減りしたが、あちらにもダメージが無いわけではないのだ。

 この戦場の全てをかき集め、奴にゲシュ=ダールバムの一撃を。

 ドメルはそう心のなかで唱え、目を閉じて開き、爆炎を睨みつけた。

 

 

→つづける




延期に次ぐ延期、申し訳ありません。
ここからは3日おき投稿を途切れさせず、最終回まで一気に投稿させていただきます。

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