自由浮遊惑星とは、恒星やコンパクト星などの引力に囚われることなく宇宙を放浪する惑星である。
その中でも、この『バラン』は、銀河系と大マゼラン雲の重力が均衡する空間に漂う、孤独そのものと言っていい惑星だった。
────だが、バランは偶然、この宙域に飛来し安定したのではない。
先史文明である『古代アケーリアス文明』が銀河系と大マゼラン雲をつなぐ『ゲートシステム』を構築するため、重力均衡点に何らかの手段で大量のガスを持ち込み、ゲートシステムのエネルギー炉を支える巨大ガス惑星を作成したのだ。
……そして現在、バランとゲートは大小マゼラン雲を支配するガミラス帝国の管理下にあり、彼らの銀河系進出を支えている────
「────以上が、ガミラスに渡されたこの『バラン星』についてのデータだ」
「……とんでもないスケールで、正直ピンと来ませんね」
「しかし、ここがガミラスにとってかなりの重要拠点なのは見て伝わります、この大きさの基地に、空を覆う艦隊……」
赤と黄色、バランよりにじみ出たガスによって夕焼けの色に光るバラン星宙域は現在、ガミラスの持つ多種多様な艦艇に埋め尽くされていた。
「ガミラスからの通達によると、現在1万近い艦艇が集合しており、まだ集結の途中だそうだ」
「……ガミラスの国力であれば、一箇所にこれだけの戦力を集中させることは不可能ではない……ですが、それにしても圧巻です」
古代の呟きは、ヤマトクルー全員の気持ちでもあった。
ヤマトの戦力が如何にガミラスの水準をも上回る圧倒的なものと言えど、1万隻ともなるとどうにもならない。
「狂言にしても、流石にヤマト一隻にこの戦力を集めるってことはないでしょうね、ひとまず安心と言ったところでしょうか」
「南部、まだ疑ってたのか……」
「そりゃあそうだよ、突然降って湧いた新しい敵に対抗するため、お手々を繋いで戦いましょうって言われても……ねぇ、証拠もなしには……」
「証拠が必要という意味ならば、まだ信頼することはできん」
真田副長が、甘さも疑いもまとめて切り捨てるような冷たい声で言う。
「……例え基礎的なメンタリティが同じだったとしても、異文明であるガミラスが何を考えてるかなんて、我々には分からないってことですか」
「その通り、この申し出の受諾はひとえに、沖田艦長の意向によるところが大きい」
士官たちは、自分たちの副長が『あの御方は賭け事と信じることが非常にお好きなのだ』とはっきり言ったように聞こえ、バツの悪い思いをした。
ヤマトクルーはこの異常な局面において、一周回って落ち着いたのか、上の空になってしまったのか、のんきな会話を繰り広げている。
しかし、それは長くは続かなかった
「ガミラス軍旗艦より入電です」
「艦長をお呼びする、暫し待てと伝えろ」
「了解しました」
弛緩していたブリッジクルーはバタバタと持ち場に戻り、艦長と、呉越同舟の友軍の司令官に対して礼を失せぬよう努めた。
ヤマトの艦長室は、艦長が容易く状況を把握するのを助けるため艦橋部の頂上に配置されている。
そして、艦長はレール付きの艦長席によっていつでも艦橋と艦長席の間を移動することが可能になっているのだ。
クルーが焦るのもムリはない、彼らの艦長は前触れもなくするりと降りてくることができるのだから。
「繋げ」
1分も経たないうちに、沖田艦長が現れた。
我らの『提督』、アキラ・クロガネがそれを見たならば、幾度も画面越しに見てきたシーンの再現に興奮を覚えると同時に、その機構が間接的な原因となって命を失った幾人の艦長を思い出し、なんとも言えぬ顔を見せてくれるに違いない。
ヤマト艦橋と艦長席の間のレールは、数多くの緊急事態からヤマトを守ってきた装備であると同時に、艦橋と第三艦橋を最も強く守るバリアーを持つヤマトにあってなお、危険なウィークポイントの一つであるのだ。
兎にも角にも、沖田の短い指令に応じて回線は開かれ、メインスクリーンに大きく、青い顔が映し出された。
『私は、ガミラス軍基幹艦隊臨時指令官、エルク・ドメル上級大将だ、そちらの司令官とお話したい』
「私が本艦の艦長、沖田十三です」
『貴方が……』
何かを言いかけて口を噤んだドメルがその後に何かの言葉を飲み込んだのは明らかであったが、ヤマトクルーにはそれが何を指しているのか知るすべはない。
だが、沖田艦長とガミラスの8年間にも渡る激戦と、ヤマト出港から数ヶ月の戦いを考えると、その沈黙は、何を指していても不思議ではないように思えた。
『……いや、ご失礼を』
「構いません、して、要件はなんでしょうか」
『今回の作戦の概要をお伝えします』
ドメルは星図を含めた様々なデータを送信すると、通信の終了を待たずして言葉を続けた。
『既にお察しでしょうが、我々には『グリーン・インフェルノ』と『ヤマト』双方を知る地球人の協力者を持っています、この作戦は彼と協議した結果です』
「彼……つまり、その協力者は個人、ということでしょうか?」
沖田は厳しく問い詰めるような口調と裏腹に、訝しげな色を少しも見せずドメルを見る。
地球人がガミラスに渡る可能性は、決してゼロではなかった。
太陽系のあらゆる人類国家を代表する国際連合がガミラスに対する恭順を否定していたのは事実だが、その中から、国家、組織、個人、個艦レベルで『抜け駆け』する者が現れるのは、常に想定されていたし、実際に逮捕者も多く出ていたからだ。
────しかし、イズモ計画だけならばともかく、ヤマトについて深く知り、なおかつ、小マゼラン雲に突如現れた超巨大戦艦に対する知識を持っている地球人、ましてや、宇宙船を個人で運用して地球圏を脱出し、ガミラスと対等な協力関係を結ぶ『個人』というのは、聞き捨てならない、完全に理解を越えた出来事と言ってもいいだろう。
『……彼が『個人』と言えるのか、我々にも掴みかねているのですが、たしかに、彼は地球人で、そして個人として振る舞っている』
「…………?」
ここに来て、沖田艦長の顔が僅かに歪んだ。
『我々にとっても、『彼』は全く未知の存在なのです。ただ、地球人を名乗るヒューマノイドで、恐らくグリーン・インフェルノと『同じ場所』から来たということ、そして、地球を守ることに並々ならぬ執念を持っている優秀な指揮官であるということだけが、我々の知る彼の全て……』
極めて不気味な存在を語る語り口で、しかし、その目には明らかな信頼がこもっていた。
『彼は、地球を守るため、我々ガミラスに攻撃を仕掛けてきた、しかし……グリーン・インフェルノの存在に裏切られ、今度はあれから地球を守るため、我々と共に闘っているのです』
「……彼の名は?」
『アキラ、アキラ・クロガネ地球連合軍大将です』
「そのような組織は存在しません」
『……でしょうね』
ドメルはわかりきっていた、といった様子で戦友の存在を否定しかねないその一言を受け入れた。
艦橋のクルーたちは、沖田の落ち着き払った様子を見てもなお、連続する理解不能にたじろいていた。
なぜ存在しない軍組織の大将を名乗っているのか、どうして個人かくも強大なガミラス帝国に抗しえたのか。
『何度も繰り返すようですが、これは我々の理解も越えているのです、彼自身は自らを並行世界の出身者と名乗っていますが……』
見計らったかのように、バランのガス中から、巨大な赤の構造物が姿を表した。
その姿を無理に何かに例えるのであれば、右に90度回転させ横倒しにした巨大な『E』の中央に赤い突起が生えている……だろうか。
不気味にうごめく突起を持つそれは、地球が、ヤマトが知るあらゆる建造物、艦艇からかけ離れた存在だった。
「あれは……」
『あれが、あの艦と、それに続く艦隊こそが、我々の協力者……『アキラ・クロガネ提督』です』
「艦長、あの構造物……いや、艦艇は全長・全幅、全高がそれぞれ約2、8、4キロメートルはあります」
真田が小さく口をはさむ。
「……個人であって個人ではない、彼は集合意識体であると、そう言いたかったのですな?」
『その通り、彼は多数の存在、多数の意識の集合体であり、その統括者です。……最もこれは、我々の理解にすぎませんが』
巨大な赤の後を追うように、『生物的艦艇』が続々とバランの大気を突き破り現れる。
蠢く突起、脈動する装甲、中にはまさしく肉そのもので形成された艦艇までもがあった。
「……あれら全てが、クロガネ提督のお体ですか」
『その通りです、沖田艦長』
自分自身でも未だに信じられないという口調であった。
異常な事実を飲み込みきれずに、しばし艦橋に沈黙が響く。
────その沈黙を破ったのは、スクリーンの向こうのドメルではなく、その更に後方の、名もなきガミラス士官であった。
『ドメル指令!ゲート内を航行中のジー・ゼオ・ジー仮設師団からの連絡が途切れました!!』
『何、まさか────』
「ドメル指令?」
『────沖田艦長……奴が、来ます』
どのような事態が発生したのかは、誰の目にも明らかだった。
想定された到達時刻から大きくズレた来訪、いや────
「────ゲートが生じさせる亜空間を何らかの手段でキャッチしたのか……!」
『……そちらの副長の言う通りだ、奴はゲートの生み出す空間に便乗し、超高速でこちらに接近している』
ヤマト、ゼルグート三世双方の艦橋にただならぬ緊張感が漂う中、それを加速させるように、通信兵が叫んだ。
『指令!クロガネ提督より入電です、『武本をヤマトに送る、私は戦闘配置を整える、我々の持てる全てを奴にぶつける、作戦の成功を祈る』以上です』
『相変わらず一方的な通告だ……!』
そう言いながらも、ドメルは不敵に笑い────
『沖田艦長!こうなれば我々が出来ることは一つ、作戦を遂行しつつ、ヤマトを
「ヤマトには戦う力がある、貴方方だけを矢面には……」
『艦長、我々は共に戦ってくれと手を伸ばした相手をみすみす死なせることはしません、それに……ヤマトこそが、我々にとっても最後の希望なのですから』
「……………ドメル指令」
『見ていることを耐えるのも、また戦い……貴方ほどのお方ならば、分かっていただけるはずです』
最早、何も言うまい、何も言うことはない。
沖田はそう思い、口を噤んだ。
『もしこのドメラーズが撃沈されたとしても、誰かが貴方方を守り、必ず奴にその『大砲』を突き立てる時をお伝えします』
「……了解した、我々はこの場で待機し、波動砲発射の時を待つ」
沖田とドメルは、示し合わせたように瞑目した。
『────最後に一つ、クロガネ提督が我々より奪取した元捕虜の国連軍士官が現在、そちらに向かって飛行中です、受け入れをお願いしたいのですが……』
ヤマトの後部ハッチに、見慣れない機体が着艦した。
……金属と肉が絡まり合い、うぞうぞと動くその機体は、異様な風体とは裏腹に、本来そこを使う艦載機達よりも遥かにスムースな機動で静止に至った。
「あれにクロガネ提督が乗ってるのか?」
「いや、なんでもガミラスさんの捕虜になってたウチの士官らしい」
「じゃあガミラスの捕虜になった後、内地への移送中に救い出されて、それ以来ずっと一緒に居たってことか」
「君たち、本人を前に噂話もないだろう」
「だ、そうだ、さあどいたどいた」
航空隊のパイロット達の噂話を古代が諌めていると、機体の側面の肉が開き金属製のコックピット殻が現れ、次いでプラスチック状の物質で出来た階段が『成長』していく。
しばらくすると、コックピット殻が開き、パイロットたちにとっては懐かしい、しかし見覚えのある軍服を着た女性が現れた。
ヤマト以前の国連軍の、女性士官用の制服だ。
古代はその姿を認めると、迷いなく国連宇宙軍式の敬礼を行い、彼女を迎えた。
「宇宙戦艦ヤマト戦術長、古代進三等宙尉です、ヤマトは貴官を歓迎します」
女性士官は敬礼を返し、すぐ向き直る。
「……国連宇宙軍三等中尉、武本洋子です、駆逐艦ハタカゼ壊滅のため、所属部隊はありません、ヤマトへの配属を希望します」
決戦が数分後に迫る中、新たな波乱が生まれようとしていた。
→はじめる
やっと準備パートは終わり、次回から決戦パートです。
……つまり、本SSももうすぐ終わりということですが、その『もうすぐ』もそれなりに長くなりそうです。
出来うる限り3日おき更新を守るつもりですが、最後までお付き合いいただけると幸いです
それでは皆さん、ごきげんよう。
・8月20日追記
活動報告にも書きましたが、最終戦を一度に書き上げるため連続投稿を中止し、プロットを練り書き溜めを行うことにしました。
大体、今月末から来月初めに再開出来ると思います。
・9月22日追記
完全に執筆が送れています、申し訳ありません。
現在、プロット作業は100%完了しているものの、執筆作業が思うように進まず、現状書き上げられた分は半分程度に留まっています。
難産ながらも執筆を続けておりますので、来月中旬までにはなんとか……。