俺と私のマゼラン雲航海日誌   作:桐山将幸

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喰らい合う『英雄』!!ブラックホール連星の決戦!!【3】

 「後方、空母群に大型ミサイル接近!!」

 

 レーダー手が叫ぶ。

 

 「迎撃間に合いません!!」

 

 通信手が悲鳴を上げる。

 

 「……ブラックホールは囮か!」

 

 指揮官が、小さく唸る。

 

 レーダーの中で友軍を表す光点が消滅する様と、複数の空母が艦載機もろとも炎を上げ、星系に漂うガスに溶けてゆく映像を前に、ドメルは歯噛みした。

 ドメルの心中を覆ったのは、奪われた多くの部下の命でも、失われた大量の戦力でもない。

 ドメルが感じていたのは、絶対無敵の恐怖すべき敵が取り続けた守勢の不気味さに怯えながらも、何も有効な手立てを取ることが出来なかった自分、切り札が伏せられていることに気付きつつも、何が伏せられているかも分からなかった自分への怒りである。

 

 「閣下、ご指示を、お願いします」

 

 傍らに控えた老兵が、遠慮がちで小さな、しかしはっきりとした声で指示を乞う。

 ……諌められたのだ、とドメルは理解した。

 

 「再度の攻撃に備え、対空火器を持つガイデロール級を二隻、随伴艦ごと送れ」

 

 「ザー・ベルク」

 

 続けてもう一言、普段ならしない、自分らしくない焦りだと理解しつつも、言わざるを得ない言葉を放つ。

 

 「……バーガーとの通信はまだ取れないか」

 

 「は、申し訳ありません、現在超空間通信及び電波通信を試みていますが重力変動とガスによる干渉が大きく、未だ通信確立には至っておりません」

 

 必死の通信手の姿に発破の必要なしと悟ったドメルに、レーダー手が報告を重ねる。

 

 「こちらはたった今、バーガー艦隊の艦影を確認しました、バーガー艦隊は多数の落伍艦を出しつつも敵の『戦艦改』のコースに割り込む形で進撃中」

 

 「バーガーも、覚悟を決めたということですな」

 

 「そのようだ……!」

 

 だが、ドメルはバーガー任せにはできない。

 敵は何らかの手段でこちらの空母群を捕捉し、情け容赦のない断続的なミサイル攻撃を行っている。

 このままではバーガー艦隊の到達前に防御網ごと空母群は破壊され、総戦力と陣形に大きなダメージを受けた自艦隊は、今押している敵本隊の逆襲を受ける可能性すらある。

 

 (……考えろ、エルク・ドメル!貴様の御大層な戦歴は全部が全部蛮族を嬲って手に入れた勲章ってわけではないだろう!!)

 

 ドメルは考える。

 今しがた送り込んだ護衛だけでは、空母群を守り切ることは難しいだろう。

 だが、これ以上戦力を裂けば、敵の破滅的な攻撃を待たずとも、敵本隊に付け入る隙を与えることになる、自分と同格かそれ以上の指揮官を相手に、絶対に晒せない、晒してはならない、与えてはならない隙だ。

 

 (違う、俺が考えるべきは悲観的な未来でも、あり得ない防御策でもない、俺が考えるべきはこの状況を打開し、敵を打ち倒すための一手────)

 

 ドメルは更に考える。

 まず、敵が予測される攻撃距離を越えて攻撃を行った事例はこれが初めてではない、事実、()()という超弩級の予測不能事態がなければ、攻撃距離が基本的な予測射程範囲を上回っていても尚、空母群を守りきれる陣形を、ドメルと参謀たちは練り上げていた。

 ではなぜ、()()が起きたのだ?

 これまでに積み上げた思考と、調べ上げた敵の情報が、ドメルに自明の答えを与える……いや、自明という言葉は、謎を自らの頭脳の中で踊らせる事ができる者にのみ与えられたものだ、ドメルにはその資格があった。

 

 (敵群体による射程外への攻撃は、大型エネルギー兵器と自立飛行兵器のみ、……つまり、元から射程が高い兵器のみが本来の『射程』を上回って攻撃している、であるなら、敵群体にはデータリンクのような能力があり、しかもその通信能力は極めて高く……)

 

 データリンク。

 ドメルの直感が、この言葉を掴んで離すなと叫んだ。

 奴らが社会性動物のような性質にしろ、多数の存在の思考力を統括し、一つの知覚力を持った存在として振る舞うそれぞれ対等な存在にしろ、広大な宇宙において一つの群れとして統率を取って動くのであれば、何らかの通信能力が必要となる、そしてそれは、容易く断ち切られてしまうようなものではないはずだ。

 

 (しかし、いかに射程外からの攻撃があり得るとしても、敵本隊の照準能力ではどれだけ大きく見積もっても空母を狙うことは不可能だ)

 

 宇宙戦士特有の極限まで圧縮された思考の中、静かに、しかし着実にドメルは答えに近づきつつあった。

 

 (いる、狙いを定めることができる、存在が)

 

 それは、ガミラスにおいては数百年、数千年、いや、もしかしたら存在すらしなかったかも知れない太古の戦いにおいては当然の、しかし、現代のガミラスにとっては全く未知の領域に踏み込んだ思考だった。

 

 (次元潜航能力を持った機体に『表』の情報を獲得する能力、そして、表に存在する他の仲間と通信を行う能力が存在しているとすれば────)

 

 ならば、大規模な火器など、むしろ()()()に過ぎない。

 安易な超兵器などよりも、その存在そのものが最大の武器……情報をもたらす無限の戦力に他ならない。

 

 ドメルは思案をやめ、目を見開いた。

 

 「機関長!ゲシュタム・コアの射出はまだ可能か!」

 

 「大丈夫です閣下、いつでもブチかませるようにちゃあんと守ってありますとも!」

 

 「良し!本艦隊後方の領域に、ばら撒く形で射出しろ、できるな?」

 

 「もちろん、準備は万端です!」

 

 各所から爆煙を吹き上げる白い巨艦が、自沈と見紛う程の光を放った、そして────

 

 

 

 『空間震によるダメージ甚大!アンフィビアン全機活動不能、異層次元の制御を失い、消滅しました!』

 

 「……………………」

 

 やるじゃないか、ガミラス。

 

 「武本はどうしている?」

 

 『ミサイル攻撃を中止し、速力を上昇させ敵後方に向け進撃を続けています』

 

 「それでいい、こちらはあいつを信じて耐えるだけだ」

 

 ……ガミラスにとっては、二重に予測不能な作戦だったはずだ。

 それを立て続けにぶつける作戦を実行してもなお、半ばで止められた。

 

 「奴らが持つ最高の能力はホーム・グラウンドゆえの潤沢な戦力でも、こなれた兵士でもない、奴らの指揮官そのものだった……というわけだ」

 

 この短期間で亜空間への攻撃手段を確立する優秀な技術者集団を使いこなし、迷わず最大の作戦に投入。

 作戦当初にばら撒いて『亜空間はナシだ』と宣言するわけでもなく、最大の局面に投入し、こちらの目を潰してきた。

 

 『それはこちらも同じですよ、提督』

 

 「その言葉、ちょっと前までならこそばゆい、で済むんだが、今言われると不気味だな」

 

 ……さて、余裕が戻ってきた。

 状況を整理しよう、まず、双方の戦力は減少の一途を辿っている。

 あちらの脆い艦はいかにうまく運用しようと、こちらの兵器がうまく命中すれば簡単に沈む、小型の艦艇から順に失われ、戦闘艦の数は開戦当初の7割程度にまで減少した。

 更に、先程の空母群への打撃によって、数多くの航空機が失われると共にその運用能力も大きく減ぜられ、生きていても活かすことが出来ない航空機がチラホラと増えつつある。

 

 次はこちらだ、こちらも状況は芳しくないと言える。

 バイド軍艦艇の多くが持つ再生能力と腐れ工作機の修理能力、搭載能力を持った艦艇が持つ艦載機の修復能力は、攻撃を受ければダメージコントロール程度しか打つ手のない敵に比べて圧倒的なまでの優位性を持っているが、当然敵はそれを活かさせてはくれない。

 こちらのノーザリーはそのすべてが失われた。

 ……うむ、ノーザリーの喪失はこの局面においては大きな意味を持たない、自己再生する盾はそれなりに便利だったが、それだけだ。

 問題は他の戦力の喪失である、最初に敵に痛打を加えたタブロックは三機中の二機が失われ、戦闘機やミサイルを相手に七面六臂の活躍をしているベルメイトは、両者とも満身創痍、折れた棘よりも無事な棘の方が少ない有様だ。

 バイドシステムαの二小隊と、二セット用意した『腐れ』のみが母艦バイドによる修復を受けつつも健在であり、艦隊を駆け回りなんとか戦線を支えている。(デコイは早々に使い切ってしまった)

 そしてこの俺が宿るコンバイラも、各所から煙を吹き上げ、ビーム出力やファットミサイルの放出に支障が出る有様だ。

 

 「今や、敵にとっても、こちらにとっても武本の動きこそが────」

 

 

 ────私の選択こそが、この戦場すべてを左右する、要。

 

 『敵艦隊、会敵までおよそ2分』

 

 「……このままぶつかった場合、勝率は極めて高いはずですよね?」

 

 『は、おっしゃる通りかと思われます、ボルドですらガミラス相手には絶大な戦力であるところを、本艦はさらに進化した『ボルドガング』であり、随伴艦、艦載機の存在から考えても、強引な進撃で疲弊した『戦巡』主体の艦隊を相手にすれば、敗北の可能性は皆無です』

 

 「そう、絶対に敗北はない、例えここに座っているのが私ですらなく、ただの訓練中の学生であっても彼らを撃滅できる」

 

 しかし……、負けない、私の副官として設計されたその人格が放つ言葉には強い毒が含まれています。

 負けない戦いは出来ても、負けないだけでは、敵を殺せるというだけでは決して勝つことはできません。

 

 「我々に、彼らに構っているヒマはありますか?」

 

 『無いでしょう』

 

 「はっきり言いますね……、あの方の一部らしいといえば、らしいですが」

 

 その通り、押取り刀で駆けつける彼らは疲弊し、戦力も分散している……それだけならこちらに都合のいい状況にも見えますが、それは彼らを撃滅するのを目標にした時だけ。

 私の目的は敵の後背を突き、空母群と隊列を今度こそ完膚無きまでに破壊すること、それを考えれば、よたよたと次々に現れるであろう敵の隊列は、最悪の敵に等しいのです。

 ……アンフィビアンが生きていれば、ガス帯からミサイルを放つだけの簡単なお仕事だったのですが。

 

 「彼らを素直に殲滅してやることは、こちらの敗北に等しい、ならば────」

 

 ────ならば、ならば、ならば。

 ならば、…………ならば、彼らと戦闘しないには、どうすれば……。

 きっと手段はあるはずです、提督が見せてくれた戦いの数々は私に、戦闘には、与えられているかのように見える選択肢を無視してこそ得られるものがあるのだということを、教えてくれました。

 (提督自身は、策を見せつける度、自分のガラではない、本領ではないとおっしゃいますが、私はあれも圧倒的な指揮能力に劣らない、提督の強さであると思っています)

 

 「…………戦わないだけなら、このガス帯にとどまりさえすれば…………、………………この、ガス帯」

 

 ガス帯に隠れれば、彼らは私に迫ることすら難しくなります、しかし、ガス帯から出なければ、敵本隊に攻撃を加えることは出来ない。

 

 「ガス帯に…………」

 

 ────この二律背反の、裏側。

 そう、この二つの事実、AとBの選択し得ない選択肢の間()()()()、二つの選択肢の、裏側にこそ。

 答えが。

 

 「…………、腐れPOWアーマーのデコイ、その爆発に本艦の『カラドボルグ砲Ⅱ』の光学エネルギー体の炸裂を合わせ威力を増すことは可能ですか?」

 

 『可能です、それで敵を撃滅するのは困難だと思われますが……』

 

 「ガス帯の内部にて炸裂させ、ガス流を敵に誘導します」

 

 『……なるほど、一定の効果は見込めるかと』

 

 私の副官(ていとくのにすがた)が、その領分を越えた『関心』の色を見せてくれます。

 ですが、まだ不足、とも彼は伝えてきます。

 

 「更に、ファインモーションの重力フィールド攻撃を応用し、跳ね飛ばしたガスの動きを敵の妨害に適す形に制御……可能ですね?」

 

 『可能です』

 

 そう答えた副官は一瞬だけ提督の顔をして、直ぐに真面目な表情で計算作業に入りました。

 ……及第点をもらった、ということで、いいのでしょうか。

 

 「では、直ちに作戦を実行し敵の侵攻を妨害、我々はガス帯に飲まれた敵を迂回し、敵後方に突撃します!」

 

 

 連星をつなぐガス帯にて爆発が起こり、高温のガスがブラックホールに向け激しく飛び散り、それに巻き込まれたガミラス艦が次々迷走、沈没していく。

 武本はうまくやったようだ。

 

 「さて、連中は分艦隊の壊滅とボルドガング、ファインモーションの接近を前に焦っている、月並みだが……当然、今が叩き時だ!」

 

 俺はコンバイラの艦首にエネルギーを集中し、陽電子の蓄積を開始する。

 ここまで徹底的に温存し続けてきたコンバイラ最強の兵器、フラガラッハ砲の発射準備だ。

 射程はゲインズや地球の長射程波動砲搭載機に一歩及ばないものの、絡み合うように突き進む二条のビームがもたらす殲滅力と、戦艦ゆえの高威力を持つこの兵器は、決してそれら長射程の波動兵器に劣るものではない。

 

 『エネルギー充填、100%!』

 

 『敵旗艦、本艦の正面に位置し、微動だにしません!』

 

 「当然だ、ここで引けば、やつがこれまで築き上げてきた司令官としての立場も、この戦場における指揮系統も、全てが失われる」

 

 極めて厳格な軍規によって統制された地球連合軍にはあり得ない問題だが……それも、彼の誇りなのだろう。

 

 「遠慮せず叩き潰す!目標敵旗艦、フラガラッハ砲発射!!」

 

 艦首で精製された陽電子が二本の突起部を通じて収束、波動砲と同様のシステムによって、一瞬にして亜光速のビームと化す!

 捩れながら突き進む二条のビームはいくつかの艦艇やミサイルをあっけなく飲み込みつつ白い敵旗艦に────

 

 『────フラガラッハ砲命中!』

 

 「待て、一瞬、不自然な陽電子ビームの散乱が見られたが……」

 

 『……了解、解析を……!?』

 

 レーダー手が『何も言わずとも分かってくれ』とばかりの表情をすると、中央パネルの光学映像が拡大され、()()()()()()()()()

 煙を撒き散らし、装甲が剥がれ内部構造を晒すもはや白とは言えない戦艦は、艦首を持ち上げた姿で、健在であった。

 

 「……なるほど、楔形の艦首をフラガラッハ砲の『よじれ』にねじ込み、強引に散らして身を守った……と」

 

 理屈の上ではあり得る、自分でもそうするかも知れない、だが……出来てたまるものか、あんなこと!

 

 「ははは、ははははは!!ふざけてるな、俺も私も、お前も!」

 

 俺は、腹からゲインズを発進させ、目の前でボロボロの偉容を晒す敵に、波動砲を─────────

 

 その時だった。

 時空が裂け、巨大な緑色が、天舷を押しつぶしたのは。

 

 あの緑色はガミラスでも、ガトランティスでもない、俺はそれを知っている。

 

 『天舷に超巨大質量のワープ反応!全長15キロの艦艇が出現しました!!』

 

 『艦種識別完了!艦影はB-SBS"超巨大戦艦"グリーン・インフェルノです!!』

 

 そんなことは分かっている。

 なぜあれが、ここにある?

 俺はバイドを撒き散らしていない、武本以外の部隊も放ってはいない。

 そもそもグリーン・インフェルノは純粋なバイド体ではなく、異文明の総力を結集して作られた最終決戦兵器がバイドに取り込まれたもの、そう、例えるならばヤマトのような究極の戦艦で────

 

 

 

 ヤマト?

 

 

 


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