俺と私のマゼラン雲航海日誌   作:桐山将幸

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かかってきなさい。

 『敵』と俺の距離は刻一刻と縮まっていく。

 

 そんな中、俺は主力機体であるバイドシステムαを全面に出して戦闘を開始する前に、要撃生命体『リボー』を偵察としてある程度突出させ、現状では足りない正確な敵の情報を探ることにした。

 『リボー』とは、ブースターに粒子機関砲を直結させた粗雑な赤色の武装体に、黒い回転するリングを嵌めた形のバイド機体である。

 環境を選ばず発揮できる高い機動性を持っているものの、武装の貧弱さと構造の脆さは如何ともし難いものがあり、直接的に戦力として計上するよりは妨害や囮(すぐに壊れてしまうので本当に緊急時にしか使えないが)、そして偵察、データリンク用の『目』として使うのが基本的である。

 ……と、いった情報を、『俺』の『RTT2』プレイ記録と『私』の戦闘経験を組み合わせて引きずり出していると、『リボー』の目に敵が映った。

 

 敵は濃緑色(もちろん、ここはある程度隣の星系から離れた空間であるため光は少なく、人間の肉眼なら色は認識できないだろう)の船体に、黄色からオレンジのグラデーションで光る楕円形の部位を持った船であり、意匠をそのままに大小複数種存在している。

 ……何か、どこかで見たような気がするが、頭の中にモヤがかかったように思い出せない、代わりに地球の思いつく限りの艦艇を上げ、それと一致しないことを確認することでひとまず自分を誤魔化す。

 

 さて、敵が見えたからにはその分析を始めよう。

 『俺』がやっていたゲームではカーソルを合わせればどんな艦艇でも一瞬にしてデータが出るし、提督として過ごした『私』の記憶の中でも、大抵のバイドや艦艇は自分の知識や記憶、そして副官の助言で大抵はカバー出来た。

 しかし、これは全くの未知との遭遇である……で、あるからには俺自身で敵艦の特徴を見極め、対策を立てねばならない。

 

 まず、敵艦の容姿を確認する、敵艦は紡錘形をベースにした船体に武装や、艦橋その他の構造物が設置されている。

 地球軍、グランゼーラ革命軍、バイド軍、どの軍隊にもこのような形状の兵器は見られない。

 まるで空力にでも配慮するような形状だ、完成された慣性制御装置を搭載した文明の機体は、ある程度自由な形状を取ることが出来るはずだが……。

 あの文明は十分な慣性制御装置を持っていないのだろうか。

 であれば、彼らの文明は我々の文明圏(地球とバイドは戦闘状態に突入してから、頻繁に汚染、鹵獲と言う名の技術交流を行っているため、兵器に関する技術は殆ど共有している)より劣っていると判断できそうだが……。

 と、そこまで考えて事実を再確認する、彼らは我々が向かおうとした星系からやってきているが、恒星までの距離を考えると、我々が目を覚ましてから彼らがやってくるまで、光速移動をしても全く足りないのである。

 ……つまり、彼らは何らかの超光速航行技術、それも我々が跳躍空間と呼ぶ空間を経由する方法よりも遥かに手軽なものを持っているということになる。

 

 慣性制御は未熟でありながらも、超光速航行技術は超一流と言うとどうにもチグハグな印象が否めないが、そのあたりの発展は文明によって異なるのだろう。

 地球上でも、ある分野では(20~21世紀当時で言うところの)現代文明にも伍する力を持ちながらも、金属や文字などの西洋文明においては極めて基本的な技術を持っていなかった文明もあるのだ。

 むしろ彼らにとっては我々こそが、超光速航行すら満足にできないのにも関わらず、慣性制御だけは異常な練度を持つ文明なのかもしれない。

 

 ────さて、最も重要なのは武装だ。

 全ての艦に共通するのは車のウォッシャーノズルに旋回機能を付けたような印象の砲塔らしき構造、ミサイル発射管らしき開口部だ。そして、小型艦にのみ有砲身の砲塔らしき構造の存在が見受けられる。

 兵器の種類と威力に関しては完全に未知数としか言いようがないが……艦が地球軍のものよりもかなり小さくなっている(大きい方でも300m程度でしかなく、地球軍の駆逐艦よりも小さい)理由が兵器威力の増大による大型艦の陳腐化であったとしたら……。

 

 

 と、思考しているうちにリボー隊と敵の距離がかなり近くなってきた、このままではリボーが撃墜されてしまう。

 本来、戦力的には弱小極まりないリボー隊が失われてもそう変化はないが、艦隊が極めて小さい現状ではこのリボーすら失いたくない重要な手駒と言える。

 

 俺はリボーを後退させ、代わりにバイドシステムα2部隊(一つはフォース付き)と、腐れパウアーマーのデコイを前面に出す。

 

 バイドシステムαとは、地球連合軍の主力戦闘機、『Rwf-9A アローヘッド』がバイドによって鹵獲され、変質した上で量産された『生命機体』だ。

 赤茶の肉の塊に青い『目』がついた、一見肉の塊のような機体だが、後部は機械で構成されている。

 

 二部隊あるバイドシステムα部隊の内一方は、人類が開発したバイド兵器フォースが更に『バイド化』した、青い球体に肉塊が付着したような外見を持つ『バイドフォース』を装備している。

 

 そして、腐れパウアーマーは、肉の塊で出来た球体に足が生えたような形状をした補給機であり、本体と同様の姿をした、爆発性の『デコイ』を生成する能力を持っている。

 本来デコイは敵を騙し攻撃を誘発させるものだが、今回は戦場が広く、敵が『腐れパウ』を補給機と認識し攻撃を集中するかは未知数であるため、移動する爆弾兼弾除けとして運用する。

 

 それに先程のリボーを戻して追加し、四部隊(うち一つは装着されたフォース)+デコイ一の布陣を行う。

 

 

 さて、交戦距離に突入するという段になっても敵艦は距離を緩めない……俺が一隻しか居ないことを探知して、艦載機を無視したまま打撃を加える気でいるのだろう。

 母艦を失った艦載機の末路は悲惨だ、ここでノーザリーが破壊されればバイドシステムαに拡散した俺の意識のみが、寂しく宇宙を漂うことになる。

 

 ……敵は速度をそのままにバイドシステムαを大きく避け、俺と距離を置いてすれ違う形の航路で近付いてくる。

 俺の武装が貧弱であることも理解しているのだろう、あまり距離は遠く取っていない。

 

 俺のバイドシステムαは連中の船の航跡を捉えようとするが、ある程度近づいた所敵艦が急加速し、すれ違う形に持ち込まれた。

 

 こうなると、航空機は旋回しながら再び攻撃を行うか、もしくは逆噴射によって再加速して追いすがる他ない。

 そうこうしている内に連中は母艦である俺に怒涛の攻撃を加え撃沈する。

 そうなったらもう航空機にできることはない、敵艦の全速力にバイドシステムαは追いつけず、冷え切った星間物質の中永遠に漂い続ける他ない。

 

 

 ───とまあ、こんな未来を向こうは想像しているのだろう。

 航空機に対してこのような態度を取ること自体が、向こうの文明の持つ慣性制御装置の未熟さを証明している。

 

 俺はバイドシステムαを殆ど真後ろに向けて、先程までと同じ速度で移動させる。

 

 地球軍及びバイド軍の艦艇と艦載機は全て『ザイオンググラビティドライバ』によってニュートン力学における通常の慣性の法則を無視した機動が可能になっているのだ。

 

 さて、振り切った筈の戦闘機が猛然と後ろ向きのまま向かってくるのを確認した敵艦隊はどうやら動揺しているらしく、対空装備を放つどころか、ろくに回避行動も取れないままむやみに加速し振り切ろうとしている。

 しかし、バイド化しているとはいえ、Rはそう甘い機体ではない、こちらも機体を更に加速させ、敵艦に追いすがることに成功する。

 フォースを装備していない5機のバイドシステムは、名前もそのまま『目玉追尾ミサイル』を発射、フォースを装備した更に5機のバイドシステムは敵艦と並行になるまで移動したのち、フォースより『ガウパーレーザー』を発射した。

 

 回避行動すら取らない大物に攻撃が命中しないはずもなく、初弾からミサイルとレーザーは敵艦に命中した。

 ミサイルを食らった艦はあっけなく撃沈した、地球連合軍の艦艇なら、輸送艦ですら数十発は耐えるミサイルだが、連中はどうやら装甲がべらぼうに薄いらしく、当たりどころによっては数発で致命打が出そうだ。

 そして、レーザーが命中した船だが……なんと、レーザーの大部分は何かしらの撹乱を受け、敵艦の後方に逸れていった。

 

 

 連中は光子に何らかの干渉を行うことが可能なのか?

 

 敵艦は艦体に何かしらのエネルギー的な防御手段を纏わせることで、こちらのレーザー攻撃を防いだ、これをひとまず『バリア』と仮称することにする。

 

 

 『バリア』の存在が明らかになったのと同時に浮かんだ疑問が一つある、それは彼ら自身の武装についてだ。

 船体に張り付く形で設置された無砲身の砲塔らしき装備は恐らくレーザー、もしくはビーム砲塔だ。

 彼らはレーザー攻撃を無効化する手段を持っているのにも関わらず、自分はエネルギー武装を主武装の一つとして選んでいる。

 もし彼らの艦が、彼ら自身にとっての別文明に対抗するべく作られたもので、その文明はあの『バリア』を所有していないというわけではないのなら。

 彼ら自身の武装は、あのレーザーを弾く『バリア』を貫通するに十分な威力を持っていることになる。

 ……当たったら、とても痛そうだ。

 

 

 さて、俺はレーザーによる攻撃をひとまず中断し、ミサイルによる攻撃を継続する。

 10機のバイドシステムが放つ目玉追尾ミサイルは20……今回は同じ艦艇を狙わせるようなことはせず、ある程度的を分散させる、戦力の集中は戦術の基本だが、過剰投入は単なる無駄だ。

 

 バイドシステムα本体から千切れるようにして射出された目玉追尾ミサイルだが、流石にこれはザイオンググラビティドライバを搭載していない、今回は敵艦が回避行動を十分に取ったため幾つかは外れ、数隻の後部に命中して艦隊から落伍させるに留まった。

 

 それを見た俺が次の手を取ろうと考えバイドシステムαを操った瞬間に、連中の小型艦の背中から何らかの飛翔体が射出された……ミサイルだ!

 俺はすぐさまバイドシステムにミサイルを回避させるべく別方向に向かわせる……その瞬間、敵艦が加速し、こちらに向かってくる。

 

 ……やられた、少し下げていたため狙われず、回避行動も取らなかった腐れパウのデコイと、持ち前の速度でギリギリ追いすがったリボー以外の機体は完全に敵艦隊から引き離された。

 戦闘機に全速力で追わせてはいるが、それよりも俺のもとに敵艦がやってくる方が早いだろう。

 

 敵艦の襲来に備え、俺は自ら……輸送生命体ノーザリーのデコイ生成を準備する。

 向こうはますます速度を上げてこちらにやって来ており、バイドシステムの攻撃は間違いなく間に合わない……リボーは追いついているが、射程距離的にもあてにならない。

 リボーに無駄な抵抗をさせながら、敵の動きを待つ…………来た!

 

 敵艦の前面より飛翔体多数、バイドシステムを狙ったものよりも明らかに強力なミサイルだ。

 俺は、ミサイルの軌道上にデコイを生成し、その大半を請け負わせる……ミサイルが命中、爆発しデコイはその体力の半分弱を失った、半壊というところだが、バイド生命体は半壊程度ではへこたれないものだ。

 ミサイルを防御されたと見るや否や、敵艦は旋回し、ノーザリーを側面に回す機動を取った、彼らの砲台を活かし、砲撃戦に移行するつもりだろう。

 まずはデコイを予想される敵艦の進路に向けて移動させる。

 このデコイは出現させるところを確認されてしまった以上、そのままの意味での『デコイ』として使うことは出来なくなったが、それでも使いみちはある。

 同時にバイドシステムによる追跡をとりやめ、敵艦が攻撃を終え、回頭した際に到達するであろう地点に向けて飛ばす。

 

 敵艦がデコイに対して攻撃を開始した、……あれが有効射程だとするなら、我々の文明が持つ砲戦装備とそう変わらないものがあると言える、……ビームやレーザーを武器として使うなら、物理的にある程度の限界があるのだろうか。

 砲撃の色は赤、スペクトル分析と星間物質との反応から推測するに、敵艦は陽電子ビームを主砲として用いているらしい。

 ……照射時間、陽電子質量共に十分なものを持つビームだが、保持しているエネルギー量という観点で見ると、あまり優れたものには見えない。

 しかし、あの『バリア』を貫通するだけの威力はある……ノーザリーを集中砲火で攻撃したら、すぐに破壊されてしまうだろう。

 

 俺はデコイに回避行動を取らせ、即時の沈没を避ける……しかし、艦側面ブースター部に攻撃が命中し爆炎を吹き上げる。

 

 敵艦は武装らしい武装も持っていないボロボロのデコイへの攻撃を取りやめ、俺への攻撃を本格的に開始────

 

 

 しようとした所で、敵艦隊を挟む形で戦略水爆級の爆発が二つ発生した。

 強烈な『波動エネルギー』の奔流により敵小型数隻は完全に消滅、更に数隻は艤装に引火し誘爆。

 少数のみ存在した大型艦は側面にエネルギー流を受け溶解を開始、中破状態となった。

 

 ノーザリー、そして追跡を続けていた腐れパウのデコイが炸裂したのだ。

 まともな武装を持たない『補給生命体』、『輸送生命体』が持つ最大の攻撃がこの『デコイ爆破』である。

 

 

 小型艦を全て落伍、もしくは大破により失い、自身も中破に追い込まれた大型艦が急加速を始めた。

 どうやら、戦域からの離脱を図っているらしい……が、その後方から『バイドシステムα』が迫る。

 

 敵艦はミサイルと後部砲塔を半ばめくら撃ちの形で乱射し、バイドシステムを振り払おうとする……が、全く命中しない。

 当然だ、バイドシステムαは『腐っても』人類の鏑矢たる『R-9Aアローヘッド』なのだ、物量だけの攻撃など通用するはずもない!

 

 バイドシステムα後方の空間に紫色のエネルギー発光が発生する……機体の全幅にも満たない小さなエネルギー体だが、これは実際には超高エネルギーが特殊な力場により収束した砲弾なのである。

 

 そして、ついにその光はベクトルを与えられると同時に過剰なまでの収束から開放され、バイドシステムそのものより大きな実体を現し、機体を回り込み前方に向かう。

 恐るべきそのエネルギー体はミサイル、艦砲射撃を飲み込み直進し……合計10個のエネルギー塊は敵大型艦を全て飲み込み……跡形もなく消滅させた。

 

 これが、我々人類が生み出した決戦兵器が搭載する最強の装備……、波動砲である。

 特殊力場によってエネルギーを無理やり収束させ、力場により射出する、高い汎用性、応用性を持ったこの兵器は、一機が放つそれだけで我々の文明が持つ主力戦艦の艦砲射撃に匹敵する威力を持つ。

 それが10機により放たれたのだ……これで形を保っているならば、それは化物だと言わざるを得ない……問題は、人類もバイドも、数斉射程度なら余裕を持って耐える艦艇を多数所有していることだが。

 しかし、幸いながら敵艦にはそれだけの防御力を持っては居なかったようだ。

 

 

 

 敵艦隊は我々によって完全に無力化され、残るは艦隊を落伍し今なお迷走し続ける数隻のみである。

 俺は腐れパウによってバイドシステムαへの補給を済ませた後、補給を終えたバイドシステムと、腐れ工作機に編隊を組ませ、落伍した艦の拿捕を試みることとした。

 

 

 『この作戦エリアを鎮圧しました、艦長、我々の勝利です』

 

 

 ……どこか懐かしい声が、聞こえたような気がした。

 

 

→帰還する




リボーはあるならあるで便利、普通は別の出すけど。


入手トレジャー
【真空エネルギー抽出機】
 余剰次元を利用して真空エネルギーを吸収する装置。
 敵文明の基礎科学の高さを伺わせる。


3月19日修正:ザイオング慣性制御装置、という単語の出典が曖昧だったためイリーガルミッションの表記である『ザイオンググラビティドライバ』に変更、その他多少の校正。
11月15日追記:同書内に『ザイオング慣性制御システム』との表記を確認、どうやら、こちらで用語を混同したが故に産まれた表記ゆれだったようだ。

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