赤い
亜光速で宇宙を駆け抜けるそれは、一本ではなく、一本や二本ではない、という言葉でもなお不足であった。
空間航跡は1000本を大きく上回る数で、その進行方向は2つ。
一つは緑色の大軍勢から放たれたもので、細く、多い。
一つは暖色を基調とする不気味な集団から放たれたもので、太く、少ない。
細く多い航跡は広がった軍勢から、広がった集団に。
太く少ない航跡は集団の中心域から、まっすぐ軍勢の中心に突き進んでいく。
両者はぶつかり合うことなくすれ違い────
(────やられた!)
緑の軍勢、その白き旗艦の主であるドメルは思った。
(自軍艦艇の圧倒的な防御力と高い統率力を十分に利用し、魚雷を無抵抗に、しかし慎重に、『受ける』……なるほど、我々にはとても取れない手段だ)
メインスクリーンには、体液を噴出させながらもその傷を癒やし魚雷をその身に飲み込み続ける『ゴースト』、そして、しきりに船腹のビーム砲を乱射し、各所から爆煙を噴出させながらも揺るがぬその偉容を誇示する『巨大戦艦』の姿が映し出されていた。
「閣下、これでは我が航空隊は無抵抗に敵陣に突入することに────」
ドメルの傍らでは最も信頼する幕僚が盛んに警鐘を鳴らしている。
だが、宇宙の狼エルク・ドメルはここで引くような男ではない。
「────構わん!航空隊の攻撃は続行する!!魚雷の迎撃を準備しつつ前衛艦隊ごと本艦を進撃させ、魚雷攻撃の『焦点』をずらすとともに、航空隊を援護する!突撃用の分艦隊は、天舷、地舷※方面より突入し、敵艦隊中心を叩け!」
※それぞれ自艦から見て上方と下方を差す用語。あまり一般的ではない
航空隊とミサイルの同時攻撃は破れた、ならば、作戦を中止するか、別の形で実現するほかない。
ドメルが選んだのは頑なな作戦の継続であった。
「このまま焦って腕を引き抜けば肉を引き裂かれるのみ、こちらも奴の
勇将の下に弱卒なし。ドメルの気勢に応じるように軍団は集団へと襲いかかってゆく。
しかし────
「────ここまでは、予想通りだ」
騒がしくも孤独な艦橋で、群集の主がうそぶく。
ミサイルでの飽和攻撃を仕掛けてくる敵に対し、自らは肉を切らせて骨を断つ集中砲火で対抗してみせ、敵の攻勢を誘う。
そして、この程度の戦力差であれば、
当然、いかに対抗可能と言っても、押し止め続けるだけで勝てるような戦力差でも、敵手でもない、ならば当然─────
「作戦は進行中、第三段階に入る───と言ったところか」
赤い空を食いつぶす巨大な黒い星。
惑星上であれば、これは禍々しく恐ろしい凶兆として史書に刻まれるに違いない。
いや、これは、この異様極まる情勢はガミラスにとって凶兆であった。
少なくとも、メルトリア級航宙巡洋戦艦の艦橋にて指揮を取る、戦傷を顔に刻み、壮年に差し掛かろうとする年代の軍人にとっては、確実にそう見えていた。
(……はぁ、ドメル閣下も無茶を言うよ、まったく)
無茶、という言葉はドメル艦隊には付き物だ。
何しろ、指揮しているのがあの天才的な戦術立案能力と実行力を持つガミラスの勇者であるし、彼が求める戦術的なハードルはまさしく、幽霊師団、宇宙の狼の名を支えるに足る、敵味方にとっての『予想外』を積み重ねていくものであるからだ。
だが、それでも今回は度が過ぎる……そう、フォムト・バーガー少佐は窓の外をにらみながら、思う。
(敵の意図に乗ってやるってのは威勢よくていいんだが、途中下車の方法がこれじゃあな……!)
窓の外には巨大な黒、黒が纏う巨大な赤い光の帯。
すなわち、連星系を構成するブラックホールが持つ事象の地平線と降着円盤であった。
”敵は高度な慣性制御技術、すなわち重力と空間に干渉する技術を持っており、なおかつ我々にはそれがないことも知っている、ならば当然、その優位を活かせる地形を選択しない理由はない……そして、我々が戦闘を拒否すればその時間を使って奴らは更に戦力を増強し、天然のジャミングが行われている空間という地の利も得ることになる”
そのような環境で想定される攻撃は必然的にブラックホール周辺の厳しい環境を利用しての伏兵攻撃に絞られる。
事象の地平線スレスレを航行し自らの存在を隠蔽しつつ接近、然る後、無防備な姿を晒したガミラス軍に突撃し、持ち前の火力と乱戦能力を生かして思う様食い荒らす。
これが、本海戦においてドメルが想定した二番目の『最悪のシナリオ』であった。
(正直、『最悪』ってのが多すぎて嫌んなっちまう、奴らはいくつの『最悪』を持ってやがるんだ?)
バーガーはいくつも想像を巡らせた。
奴らの旗艦が持つチャージ式のエネルギー砲の威力はいかほどだろうか、少なくとも、自分が乗り込んだメルトリア級はあっけなく消し飛ばしてしまうだろう、ガミラス最高の戦艦の一つであるドメラーズ三世でも持たないかもしれない、いや、そもそも連中の旗艦は
悪い方向へと向かい続ける考えを振り払い、バーガーは自らの司令官の言葉を思い出す。
”奴らがこれまで明確に別働隊を運用した事実はない、この原因が生物学的、あるいは機能的なものなのか、指揮系統に起因するものか、単にこれまで別働隊を運用する必要性を感じなかったのかは分からん、だが────”
────この局面でそれが覆されたとしたら、ドメル艦隊は確実に壊滅する。
ドメルが如何に猛将と言えど完全なる兵器の性能差、相性差を覆すことは不可能なのだ。
そしてこの局面でのドメルの敗北はイコールで対ガトランティス戦線の崩壊に繋がり、それは小マゼラン雲の失陥と同義である。
そうなれば失われるものは小マゼラン雲の領土と戦力だけではない。
大ガミラス帝星という惑星国家が、ガミラス帝国が、ガミラス民族の築き上げた自信と自尊心、領土内外の異種族を相手に築き上げた信頼と畏怖が、失われる……崩れ落ちるのだ、完膚なきまでに。
……フォムト・バーガーは、自分たちと、自分たちの司令官が失われることを、そう認識していた。
「今の所、反応はなしか」
「探査任務に慣れた艦ばかりのこの艦隊でも、大半が航行するので精一杯の場所です、敵が居たとして……」
「確実に観測できるかは分からない……ってか」
バーガーは、パネル越しに
この荒れた海の中だ、例え各種レーダー反応を統合した擬似的な視野であっても、人間の知覚機能で判別できるものではない。
……はずだった。
「……おい、レーダー、恒星方面をスキャンしろ」
「はい、了解しました」
突然の指示に疑問符を飛ばすこともなく従うレーダー手に胸の内で感謝と賞賛を送りながら、バーガーは宙を見続ける。
一瞬の違和感の真実を……いや、それが本当に存在したのかを確かめるために。
「────感あり!各種データは敵艦艇がもたらすエネルギー変動値をこの星系に当てはめたものと一致します!」
だが、まさか、こんな……!!!そう言ってレーダー手は目を見開き、呻く。
レーダー手の異様な状態を見たバーガーは、信頼する部下から狼狽を伝染されながらも、努めて平静を装い問いかけた。
「それで、敵は現在どこにいるんだ」
「恒星からこのブラックホールに吸収されるガス帯を高速で航行中!!このままだと数分で本隊の後方に突入可能な位置に到達します!!!」
(……なんてこった、これじゃあドメル閣下でも分からねえわけだ)
空間を捻じ曲げ宇宙を飛ぶ艦が深い重力の底を潜航するのは容易に想像可能だ。
だが、それでも、あくまで物質でできたはずのその艦が、万物を焼き尽くすプラズマ化した恒星のエネルギーを浴び……いや、浸りながら平然と航行し、それを作戦行動に利用するなど、想像できるだろうか。
不可能だ、少なくともこのイスカンダル文明圏でそんなことをする指揮官も、できる艦もない。
「この艦隊が急行したとして、敵の到達に間に合うか?」
「相当数の落伍を許容するのであれば可能かと思われますが、かなり危険です」
バーガーは一瞬の、しかし高密度の葛藤を重ねた。
彼の予測では、あの敵は少数もしくは単体、艦種は本隊がこの場に確認していない『戦艦』である。
『戦艦』の戦闘力と決して低くはない艦載機運用能力は、たとえたとえ一隻だとしても後方に通してしまえば大損害は免れないものだ。
だが、自艦隊はこの領域を航行するだけで精一杯の有様、強引な進軍を行えば、戦力の逐次投入というだけでは済まない大惨事を招きかねない……!
「…………構わねえ、全隊に進撃を命令しろ、目標はここから一番近い割り込み可能な座標」
ドメル艦隊において、どんな大規模な作戦でもまず発せられることのない、死を含んだ命令。
「どの艦が落伍しようとお構いなしだ、エンジンが故障してブラックホールに落ちる艦が出ても、助けに戻ることは許さねえ」
軍を支えるのは希望だ。
大義のための死ではない、命賭けであっても、死を前提としていないからこそ、兵士たちは
「それが、この艦だろうと同じこと!あれを止める、なんとしてもだ、どんな手段を取っても構わえねえ!!」
死を前提とした攻撃が許される時は、二つ。
一つは、兵士本人が志願した時。
「以上、直ちに命令を決行せよ」
もう一つは、命令を行うもの自らが断固たる決意のもと、共に命を投げ出す時だ。
フォムト・バーガーは時に大きく、時に小さく、しかしブラックホールのうねりをかき消して響き渡る指揮官としての声で、全隊諸共の突撃を命令した。
B-Bld2"暴走巡洋艦"ボルドガング。
それが、私に与えられた別働隊の旗艦であり、私の乗艦の名です。
以前艦隊全隊の旗艦であったボルドを改装……というよりは、一つの生物としてのボルドが『変態』した先にある姿。
機動力は据え置きに一回り大型化した船体には、それ相応の強力な兵器の数々が搭載されています。
ボルドガングを旗艦に2個のファインモーション、各種補助機体(腐れ、と提督が呼んでいる、補給や修復機能を持った二種の機体です)に、ゲインズ、それにいくつかの本隊で死蔵された機体を与えられた(いくつかは押し付けられたと言っていいかも知れませんが、戦力はあるにこしたことはありません)私に与えられた任務は……。
”いいか武本、俺の予測が正しく、戦闘になるとしたら……その戦いは、本格的に戦力的に言って完全に不利な戦いだ”
その言葉の正しさを証明するように、レーダー上に表示される本隊は完全に敵に押し込まれ、補助艦艇を中心にその数と生命力を着実に削られつつあります。
……押し込まれている、削られている、そんな言葉でこの状況を表現できてしまう、状況を制御できているのは、提督の非凡の一言では済まされない技量とバイド群の性能によるものでしかありません。
本来ならば、あのような状況に持ち込まれた時点で負け、と言っていいほどの局面が広がっています。
”敵はおそらくガミラス最強の名将、その艦隊は最前線を支え続ける無敵の熟練兵、それが、小マゼランの留守を守れるギリギリの数を残して、全て投入されると見ていいだろう”
レーダーに映る敵の数はまさに無数、前方のブラックホールの事象の地平線近くにもガミラス艦隊が控え、ボルドガングの気配を感じ取ったのか、いくつもの艦を落伍させつつも高速で移動しつつあります。
”ブラックホール近くに我々が潜伏するのは奴らも予想しているだろう、だが、恒星に潜り込むのは決して予測不可能だ、お前はそこを突き────”
『アンフィビアンとのデータリンク確立!敵艦隊後方の情報、入ります』
パネルには、前衛の艦隊に守られ艦載機の発着を行う敵空母群の姿。
提督が操るコンバイラからの迂回では遠く、露骨に過ぎますが……。
「ファットミサイル装填、本艦のみガス帯から一時脱出し、空母群にミサイル攻撃を仕掛けます!」
私の指示に従い音も慣性も感じさせずに移動したボルドガングは、ファットミサイルを放出。
これで、敵本隊は我々に気付いてしまうでしょうが……。
「敵空母群を破壊することができれば、我々の絶対的不利は覆す事ができます」
そして、遊撃戦力の消失は、そのままこのボルドガングを敵陣にねじ込む隙を生み出すということにも繋がります。
……この攻撃が、うまく成功すれば、ですが……!
→つづける
お久しぶりです。(舌の根も乾かぬうちに前書きと矛盾する作者の屑)
ついにドメル戦も佳境に入って参りました、本SSもここいらで折り返しといったところです。
進めたさに任せて手を抜く気はサラサラありませんが、見えてきた描きたいシーン、描きたい道程、次作への展望に希望が高まり、執筆速度はかなり早まっているところです。
ヤマト界隈は現在、資料集の発売が終了し、後の2202展開はノイ・バルグレイと小説五巻、超合金魂のガミラス艦、あとは私も購入中のアシェットヤマトくらいになり、概ね落ち着いたように見えますが、今から予告された『次のヤマト』が楽しみでなりません。
ファン界隈ではMMDが流行しており、多くの作品がツイッターなどに流れてきて実に楽しそうなのですが、私は新しいものが苦手なばかりに手が出せず、無念なばかりです、MMDがにはR-TYPE系もあるので、扱えるようになれば挿絵代わりなど色々遊べそうなのですが……。
ともかく、終盤に差し掛かった『俺と私』、このやる気が続けば早期投稿!
続かなければ……続かなくても半年以内にはお出しできるようにがんばります。
それでは皆さん、ごきげんよう。