俺と私のマゼラン雲航海日誌   作:桐山将幸

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復活の刻、見知らぬ宇宙で

 『俺』が目を覚ましたとき、俺は、見たことのない服装で、悪趣味な肉壁に囲まれていた。

 『私』が目を覚ましたとき、私は、着慣れた軍服で、肉と金属の塊の中に存在していた。

 

 『俺』は覚えている、21世紀初頭の平凡な一般市民として、サブカルチャーに浸りながら暮らした平穏なる日々の事を。

 『私』は覚えている、22世紀中盤の地球連合軍士官として、グランゼーラ、バイド、そして太陽系解放同盟との戦いの日々の事を。

 

 覚えている、『俺』の、『私』の、それぞれ異なる両親を、故郷を、友人を、恩師を、先輩を、後輩を。

 

 二つの思い出は、思考の奥深くより、競うようにして溢れ出した!

 そうだ、『俺/私』は『日本/地球連合』の『学生/軍人』で、故郷は『地球』であり、『名古屋/ノートニー』出身の両親と────

 

 音を立てて二つの記憶がぶつかり合い、せめぎあい、その度に痛みと見まごうほど強烈さをもったノイズが頭部に走る。

 

 【違う!】【違う!】【違う!】『俺/私』はそんなやつではない、私の好みは、俺の愛読書は………!!!

 

 

 異なる記憶がぶつかる中、一度意識を手放した『俺』と『私』は同一であり、同時に異なるものでもあるらしいということを、二度目の目覚めを経験した自分は強制的に理解させられることになった。

 

 

 

 

 ───どうやら俺は、R-TYPEの世界に提督として転生し(提督になったのであって提督に生まれたのではない、といった違和感が溢れたが、話を単純化させるため、押さえ込む)、バイド、グランゼーラ革命軍、太陽系解放同盟との戦闘を勝ち抜き……そして。

 太陽系内に侵入した大型バイドとの戦闘の末突入した謎の空間で意識を失い、目覚めた時にはここにいた。

 

 ……つまり、俺が転生した先は『R-TYPE TACTICSⅡ』という戦略シミュレーションゲームの世界であり、『私』はその主人公、『地球連合軍の提督』ということになる。

 R-TYPE TACTICSⅡのストーリーはこうだ。

 

 十数年前、地球は外宇宙からやってきた凶悪な戦闘生命体『バイド』の侵攻に脅かされていたが、地球連合軍が差し向けた『若き英雄』と呼ばれる提督が反攻作戦を成功させ、太陽系に平和をもたらした。

 しかし、バイドと戦うために作られた強力な兵器『フォース』は、バイド生命体の種子を培養し、その攻撃性を利用するものであり、バイドの脅威が去ると同時に多くの批判が集まることになる。

 それでもなお『フォース』などのバイドを利用した兵器の開発をやめない地球連合軍の在り方に異を唱えた反乱分子は火星の都市『グランゼーラ』を中心に蜂起し、『グランゼーラ革命政府(革命軍)』を結成。

 直ぐに鎮圧されると予想された反乱だったが、グランゼーラ革命軍は各方面の協力者の手を借り、有力な軍事、経済的拠点を数多く占拠する事に成功してしまう。

 ───その結果、太陽系は二分され、人類同士の戦いが始まった。

 そんな中、主人公は、地球連合軍、もしくはグランゼーラ革命軍のどちらかに所属する提督として、人類、そして残存するバイド相手の戦争を戦い抜くことになる。

 

 ……のだが、どちらの勢力を選択しても、最終的に主人公は両軍により編成された艦隊を率い、グランゼーラ革命軍より離反した過激な戦闘組織やバイドと戦闘し…。

 そして、ラスボスである強力な『バイド』を撃破すると同時にそれに『取り込まれ』、宇宙に存在する人類と無関係な文明(ゲーム内では『戦闘文明』と呼ばれていた)や同じバイド、そして地球の軍隊と戦っていくことになる。

 

 

 俺が『RTT2』の主人公、『提督』であるという事実は、この沙○の唄だとか真・女○転生Ⅱのアバドン体内みたいな肉々しい空間が

 地球連合軍バイド生命体種族識別コードBCS-Nth、”輸送生命体”ノーザリーの内部、艦橋に相当する空間である事実を克明に表していた。

 要するに、だ。

 

 気がつくと私はバイドになっていた。

 

 ………………バイドかぁ。

 少し反応が薄いと思うかもしれないが、俺はこれでも十分に混乱している、というか、異常事態が多すぎて感覚が麻痺しているというべきか。

 ……あるいは、すでに思考までバイド化して感覚が狂っているのかもしれない。

 だが、一つだけ確信があるから、『俺/私』はこの状況を、受け入れているのだと思う。

 なぜならば。

 

 ───なぜならば、理由は分からないが俺は狂ってはいないからだ、少なくとも明確には。

 だから大丈夫だ、愛するあの青い星を、共に戦った戦友を、人類を傷つけてしまうことは、きっとないということだ。

 そう思っているから、そう思うことが出来ているから、『俺/私』はこんな状況にも耐えられているんだと思う。

 

 

 さて、俺と私、つまり、我々はバイドと化してしまったわけだが、おかしなことに、ここは黒一色の空間ではないし、琥珀色の空間でもない、ましてや滑らかな青に包まれたバイド帝星の内部でもない。

 不思議に思い、周りを少し”見渡す”と星間物質すら希薄な通常の宇宙空間が広がっており、天球には見事なまでの星空が広がっている。

 ……21世紀の大都市部に住む若者であった俺には珍しく、そして美しい風景だが、22世紀に宇宙艦隊の提督を務めていた『私』にとってはなんら感慨も抱かない、俺にとってのアスファルトとコンクリートに包まれた街のような、見慣れた空間である。

 

 ───さて、ここはどこだろうか。

 数分かけ祈るような心持ちで20等星以上の星を全て精査しスペクトルを確認したが、この星空の中に我らが父なる太陽のスペクトルは存在しない。

 ……つまり、我々は母なる星から相当離れた星域(暗黒星雲や他の恒星の陰に隠れてしまっている可能性を除くなら、少なくとも35,000光年以上離れている)であるか、全くの別宇宙を漂っているということになる。

 後者であった場合我々は絶望する他無いので、なるべくなら前者であって欲しいところだが……。

 宇宙は人間が頭の中で思うよりも遥かに広い、この俺が今座乗している(というか、恐らく『俺』の本体と思われる)艦、『ノーザリー』は大体全長200m程の大きさであり、主力艦載機であるBwf-1Dαの最大戦速を持ってしても、光秒の単位を移動するのには多少の手間がかかる、ノーザリーは全速力はそれより出るものの、戦闘速度ではそれより少し遅い。

 対して、宇宙空間は秒速30万キロの光速ですら一年かかる距離を『光年』として、太陽から一番近い恒星で4光年強という途方もない距離を隔てた先にあり、銀河、星雲は数千、数万光年の大きさがザラ、一つの恒星ですら『光時』の単位を必要とする大きさを持っているものすらある。

 跳躍空間を経由するなどの超光速航法を用いることによって距離的問題はある程度軽減することができるが、正直言って、太陽が見えない距離からの移動というのは、地球連合軍にとっても、そしてバイドにとってもかなりの遠征となる。

 もし太陽を目指し、何らかの形での地球への帰還を目指すならば、我々はとてつもない距離を移動しなければならないということだ。

 

 しかし、太陽を探すよりも早くにすべきことがある、それは近隣の恒星系に向かいエネルギーを吸収することだ。

 いくらバイドという人知を半ば超越した存在とはいえ、我々は生命体だ、放っておけば輻射熱でどんどん熱量が拡散していってしまうし、ただ思考したり、行動するのにも何らかの形でエネルギーが必要となる。

 手っ取り早い手段はガス惑星に飛び込んで水素やヘリウムを吸収し、それによって核融合発電を行うことだが……、残念ながら、近傍の宇宙空間には自由惑星は存在していない。

 

 ……と、バイドとしての体から、これらの情報が一気に流れ込んできた。

 人間の感覚として言い換えるなら、『腹が減った』『何かを食って解決する』『近場に食えるものは無いようだ』『近くの森にはあるかもしれない』……程度のことだが、バイド生命体はそれすらダイナミックだ。

 

 さて、そうと決めたら一番近い恒星系(運良く、それなりの大きさのガス惑星が目視できた)に向かおう、これも、バイドの体ならそう時間はかからず行けるはずだ。

 

 ───その時だった。

 向かおうとする先の空間から、超高速で飛来する物体を感じる。

 物体は複数あり、少しずつ軌道を変えながら移動している……つまり、これは人工的に作成された飛行物体である可能性が高いということだ。

 俺は速やかに警戒態勢を取る、旗艦がノーザリーの艦隊(というか、単艦に艦載機が配備されただけの状態)では大分不安だ、敵ではないと良いのだが……。

 

 

 ……飛行物体の速度が上がり、軌道が直撃コースから少しずれた方角に変化した。

 各物体の配置も完全にまとまったものから、ある程度の余裕を持ったものへと形を変えた……これは、艦隊を布陣したと考えるのが正解だろう。

 つまり、向こうも我々の存在に気が付いたようだ、いや、そもそも我々の存在を何らかの手段で探知したため、こちらに急行したと考えるべきか。

 

 彼らが戦闘態勢を取ったという事は、我々に対する明確な敵対意思の存在を意味している。

 俺も速やかに艦隊の布陣を開始した。

 ……といっても、要撃生命体『リボー』、戦闘機バイドシステムα二機とそのフォース一つ、補給生命体『腐れパウアーマー』を展開し、パウのデコイ(これは放棄する際爆発し、敵を巻き込んだ場合それなりの攻撃になる)を放出させる程度の備えしかできないのだが。

 そして、艦隊にはもう一機だけ工作機……、名前もそのまま『腐れ工作機』が存在するがこれは速度が遅いため、万一の備えとして俺……旗艦である、輸送生命体『ノーザリー』の内部に格納しておく。

 

 

 そこで急に我に返った俺は、周りを見渡し、慎重に様々な帯域の電波を探る。

 ────地球連合軍、グランゼーラ革命軍、太陽系解放同盟のIFF(敵味方識別装置)の信号は存在しない。

 

 つまり連中は、バイドと戦うべく編成された人類の艦隊ではなく………

『戦闘文明』と同じで問答無用で殲滅してよい異文明の『敵』ということだろう。

 俺は美しい地球を一目見る、私は愛すべき人類のために戦う、……そして、我々は目の前に敵が在れば破壊するだけだ。

 

 さあ、行こうか。

 

 

→出発する




入手トレジャー

【命の証】
 死んだ時/バイドを討った時握りしめていたもの。
 我々は確かに生きていた。

2018/1/26:距離と等級についての考証ミスを訂正

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