ユグドライフ・オンライン   作:水代

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蛮狼の領域⑤

 数十年前の非VR対応オンライン型RPGでは。

 

 近接ジョブと遠距離ジョブとはつまりイコールだった。

 

 なんて言うと、意味が分からないだろうが。

 例えばファンタジー系のRPGでよくある遠距離と言えば『魔法使い』や『弓使い』などだろうか。『銃使い』なども作品によっては存在するかもしれない。

 これが普通の家庭用RPGだと遠くから攻撃できる、敵を寄せ付けない、などの遠距離ならではの特色を生かしたプレイングで遊べるかもしれないが…………。

 

 ネットゲームではこれらは遠距離職のレンジ…………つまり戦闘時の敵との距離は、ぶっちゃけた話、近接職とほぼ変わらない。

 何せ、一々敵を遠くからじっくり狙いながら攻撃するのは余りにも効率が悪く、かと言って適当にやっても命中率が悪く、近接職に守ってもらいながらでも、敵を回避しながら攻撃する近接職と遠くから安全に攻撃する遠距離職では当然ながらトータルダメージで大きな差が開くため、敵の攻撃対象は必然遠距離職が多くなり。

 だったらもう全員、適当に狙っても当たる至近距離で遠距離攻撃連打して、敵の攻撃避けながら倒せばいいじゃん、などと言う意味の分からない状態が良くあった。

 ゲームによっては、近接ジョブのスキルのエフェクト部分にまでダメージ判定があり、場合によっては遠距離職より近接職のほうが射程が長い、などと言う本末転倒な状況になることだってあった。

 

 そして実際にHPなどを比較すると近接ジョブのほうが総じて近距離で戦うために生存しやすいよう作られており、だったら遠距離は不遇だったのか、と言われるとそうでも無い。

 近接攻撃が効かない敵、と言うのがいる場合、遠距離攻撃で無いとほとんどダメージが出なかったりして、そう言う敵を相手にする時は遠距離職でないとならない、と言ったこともあったりする。

 

 つまり、過去のネトゲにおいて、近接職と遠距離職の違いとは扱う武器の種別の違いであり、どの相手の弱点を突けるか、どの相手の耐性に引っかからないか、と言った程度の違いしか無いことが多かった。

 後は時折、遠距離職だけに使えるスキルが有用だったりする場合にそれを選択するプレイヤーがいるくらいか。

 

 これらの最大の問題は、2D画面でリアルタイムに侵攻するネトゲにおいて、照準(サイト)と言う遠距離特有の問題の相性の悪さに起因する。

 つまり、先ほども言った通り、一々敵にじっくり狙いを付けられない。と言うのが問題なのだ。

 さらに照準を付けるために立ち止まれば、逆に的にされるだけだし、かと言って動きながら敵に狙いを付けるなどと言うこと、手が三本も四本も無いと無理だろ、と言うかそれ以前に、動くのと狙うのが同じボタンが割り当てられていることが多く、最初から同時操作は不可能、と言うようなことすらあるのだ。

 

 だがその問題とて、世代が変わりソフトがVRに対応するまでの話だ。

 

 自分自身の感覚でゲーム内キャラクターを意のままに操作できる『フルダイブ』VRの誕生により、これらの問題がかなりの割合解決し、遠距離職は復権を果たす。

 距離を取りながら戦い、後退しながら敵を一方的攻撃できる遠距離職が復活したのだ。

 とは言う物の、自身の感覚で動かしているだけあって、その照準の精度はプレイヤースキルが大きく関わる。

 システムアシストを付けられる場合もあったが、無理矢理照準を合わせられる感覚に慣れないプレイヤーも割合多く、アシストも良し悪しと言う意見も多かった。

 さらにゲーム内の状態に慣れてしまい、今度は逆に現実での照準に齟齬が出るなどと言う問題も発生する。まあ大半の人間には関係ないだろうが、部活などで弓道をやっている人間やプロスポーツの選手など現実でもそう言ったことをしている人間からすると、ゲーム内の感覚と現実での微細な感覚な違いが照準を狂わせるらしい。

 それもまたゲームがリアルに近づき過ぎた故の弊害、と言うのかもしれない。

 

 まあここまでの内容ほとんど関係ないのだが。

 

 実のところ、ユグドラの前作LAOで自身はどちらかと言うと遠距離職をやっていた。

 いや、どちらかと言うと、という曖昧な言い方になってしまうのには色々事情があるのだが、実際問題、剣を持って鎧をつけて走りながら戦う、などと言うこと今作が初めての経験なのだ。

 基本的に自身は遠距離から一方的に敵を攻撃するほうに惹かれて遠距離攻撃のできるジョブになったので今作『ユグドライフ・オンライン』でもそれを踏襲しようと思っていたのだが。

 

「ホタル! 後ろは?!」

 

 ――――二匹! すぐに来るわよ!

 

「りょうっかい!」

 

 軽く地面に刺した足を軸に体を独楽のように回転させながら、剣を振り回す。

 背後から飛びかかってきていた二匹狼型のモンスターの片方の胴体を斬り裂き、その体を黒い粒子へ変えていく。だが残った片方が自身の腕へと噛み付いてこようとして。

 

 ――――避けて!

 

 咄嗟にホタルが発動した『魔法』の効果により、ほんの僅かな差で回避に成功し、返す刀でその体を袈裟斬りにする。

 直後の隙を突いて、さらに正面と横から一匹ずつ、モンスターが襲来し。

「一歩下がって…………払う!」

 軽く仰け反りながら、後退し真横に薙いだ剣が襲いかかる二匹を同時に斬る。

 消滅するモンスターを意識から追いやりながら、周囲の警戒をし。

 

「ワォォォォォォ」

 ()()()()()()()()()に、咄嗟に剣を振り上げる。

 

 ――――間に合って!!

 

 『魔法』が発動し、一瞬の加速を得る、そのお蔭か僅かな差でこちらの剣がモンスターの頭部に突き刺さり、その体を黒い粒子へと変える。

 そうして、ようやく静かになった森の中で、周囲を見渡し。

 

「…………いない、か?」

「…………多分?」

 

 ようやく止んだモンスターの襲撃の終わりに、ほっと一息を吐く。

 草原で魔法の確認をしていたところに突然山の方角から十匹ほどの狼のようなモンスターの群れが襲来してきた時はさすがに死ぬかと思った。

 咄嗟に森に逃げ、木々を盾にして、敵の数を制限しながら判明したばかりの『魔法』を使って半数を撃破、半数となった残りも何とか倒したが、本当に何とか、と言った感じではある。

 ただ、チュートリアルから今まで、何度か戦闘をしていて一つ気づいたことがある。

 

「意外と剣も面白いな」

「…………は?」

 

 ホタルが何言ってんだこいつ、みたいな表情をしているが、放っておくとして。

 チュートリアルからここまで、装備の問題で剣ばかり使ってきたが、意外と肌にあっていることに気づく。

 と言っても、敵を誘い込み、カウンター気味に斬って落とすこのやり方は、真っ当な剣術ではないのだろうが。

 それからもう一つ、分かったことがある。

 

 ――――アシストが弱い。

 

 同じように剣を振っていても、チュートリアルの時ほど上手に扱えていない感覚がある。

 恐らく、チュートリアルの時と同じ程度に使えれば、先ほどの狼型のモンスターも『魔法』抜きで十匹圧倒できていただろう。

 否、剣だけではない。接近して戦う、と言う行為自体がチュートリアルの時より下手になっている感じがある。

 この違いは何なのだろう、と考え。下がったレベルを考えれば、恐らくステータスか何かの数値でシステムアシストの度合いと言うのが変わるのではないか、と考える。

 そもそもVRが現実に近づいた時、絶対に逃れられない問題として挙げられるのが『プレイヤースキル』である。

 昔のゲームだと、プレイヤーのゲームの腕前、と言った意味だったが、現在だと意味合いが異なる。

 言ってしまえば、リアル技能。現実で培ったプレイヤーの持つ技能と言う意味合いで使われることが多い。

 スキルアイコン一つクリックすればスキルを使えていた昔のゲームと違って、例えば物を作るのにも、一つ一つ手作業する必要がある。

 作り方は当然として、作った経験がある人は作れるし、経験の無い人は全然作れない。

 

 ――――なんて格差を無くすために備えられているのがシステムアシストである。

 

 つまるところ、システムがある程度正しいやり方や、最善の動き方と言うのを補正してくれるのだ。

 セミオート、と言ったところだろうか。完全になんでもやってくれるわけではないが、ある程度はシステムの誘導に従っていれば、ある程度のものは作れる、と言った救済システムが存在する。

 

 最近では、思考アシスト、なるものが存在し。

 例えば、今回の場合。

 

 十匹の狼に囲まれた状況で、剣一本持った自分はどう動けばいいのか?

 

 と言う思考に対して、通常そんな状況に陥ったことの無い人間は、どうすればいいのか、なんてことが分からない。まあこれは当然である。

 対して、思考アシストは、ある程度だが、一度引いた方が良い、だとか、迎え撃ったほうがいい、だとか。そう言う風に思考誘導をしてくれる。させられる、と言うべきか。

 ただこれは一歩間違えば洗脳にも値するため、相当に規制が厳しく、余り強いアシストは使えないのだが。

 自身は前作でけっこう戦闘を熟してきたが、さすがに剣一本持って敵と接近して戦うやり方なんて学んでこなかったので、咄嗟の判断と言うのがところどころ遅れている部分があった。

 ホタルが要所要所で『魔法』を使ってくれたお蔭で何とか凌ぎきれたが、戦闘をメインにやっていくならば、これからは『魔法』を自分で使う必要があるだろう。そのために、どこでどういう使い方をすればいいのか、と言うのはこれから先付き纏う問題となってくるのは予想できる。

 

「ステータスが隠されてるのが困るよなあ」

 

 システムアシストは結局のところ、プレイヤーが自分で出来ない部分を補ってくれるシステムだ。

 だから、今回で例えれば、自分自身で近接戦闘時の動き方、と言うのを理解し、動けるようになれば、アシストの強弱など必要無くなる。

 実際、こう言うのは邪道だと嫌う人間もいるため、アシストのあるゲームではオプションなどのゲーム設定でアシストをオフにできるようになっている。

 さらにやばいくらいに極めてしまっている廃人プレイヤーなどは、逆にアシストに足を引っ張られて上手く動けないから切ってしまう、と言う意見もあるらしい。

 

 ふう、と一つため息を吐くと同時に、同調が解除されて、ホタルが指輪から抜け出てくる。

「怪我、無いわよね?」

 少しだけ心配そうに問うてくるホタルに、一つ頷く。

「何とか、ね…………ホタルが途中途中で魔法を使ってくれたおかげで無傷だよ」

 ありがとう、と言うとふいっ、と顔を背ける…………紅潮した頬は隠しきれていないが。

「いきなりきつい戦闘になったけど、これでレベルは上がっているかな?」

 レベルアップ音、みたいなのが無かったからもしかしたら上がってないかも、と言う嫌な疑念も湧いてきたが。

 

ナグモ Lv12

 

アイテムインベントリー

地の魔石(小)×3――――モンスターから取れる小さな魔力の結晶。地属性の魔力を持つ。

焔の隕鉄×1――――炎の巨人の体の一部。未だに熱を帯び、僅かに邪悪な気配を感じさせる

山岳狼の毛皮×6――――山に住む狼の毛皮。毛並みは悪い。

 

 

「お…………レベル上がってる」

 確か村を出る前が6だったから、一気に6レベルの上昇だ。

 意外とレベリング緩いのか? と思うが、けれどさして体に変わった感じは無い。と言うことは、もしかするとレベル上限がかなり高いのかもしれない。

 某日本一な会社のインフレ系RPGのように9999レベル上限とかだと、レベル10や20ぽんぽん上がるので、そう言う系統なのかもしれない。

 

「レベリングしないとダメかも…………それに、もっと剣使った戦闘に慣れないとな」

 

 今作では、剣をメインに使っていくのも悪くないかもしれないと現状では思っている。

 自身の『魔法』も、ほぼ何にでも使える万能性みたいなものがあるが、近接戦闘ではより恩恵が高いと思う。

 周囲を見渡せば、鬱蒼と茂った森。村からも、街道からも外れ、奥に分け入るほどに密度を増す森に、先ほどまで居た草原。そして今回のクエストに関連していると思われる山。

 まだこの辺りにプレイヤーはいないらしい、それらしい話を聞いたことが無いので、狩場は好きに使える、と考えれば効率の良いレベリング方法でも探すべきだろうか、いや、こんな序盤で効率も何も無いだろうが。

 

 それから、ペラムから聞いた話によれば、森でも小型のモンスターが何種が出るらしい。と言ってもそれほど強くは無いらしいが。

 先ほどの狼型のモンスターは情報に無かったが、恐らくペラムも知らなかったのだろう。

 あれは『魔法』が無ければ自身でもやばい相手だった。まして、戦闘技能も無いだろうペラムや他の村人たちが襲われればあっという間にやられてしまうだろうことは想像に難くない。

 

 だが近隣の山にあんなのがいて、知らない、と言うのも不自然な話だ。

 

「…………今回のクエストと何か関係あるか?」

 

 蛮狼に、狼型モンスター、ドロップ名を見るかぎり山岳狼、とでも呼ぶベきか。

 これに関連性が無い、と思わないほうがどうかしているレベルで出来過ぎている。

 とは言え、例えばの話、山岳狼の群れのリーダー的存在が蛮狼だとするならば。

 

「…………うわ、勝てねえ」

 

 手下に苦戦している内は、勝てないだろう…………少なくともソロじゃ無理だ。

 

「…………やっぱレベリングだなあ」

 

 取りあえず、この上がり幅のままどこまで行けるかは分からないが、レベル30程度を目標にし、その間に剣を使った戦闘に慣れること。それから、魔法の使い方を考えること。

 後は森を探索し、獣の痕跡を見ておくのもいいかもしれない。レベリングついで、と言うならば、それもありだろう。

 

 そうやって一つ一つ、今出来ることを再確認し、再び剣を握ると森の奥へと歩き出した。

 

 

 


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