ユグドライフ・オンライン   作:水代

8 / 23
蛮狼の領域④

 

「すみません、ボクの家に何か用ですか?」

 聞こえた声に視線を向けた先に居た黒髪の少年がそう尋ねる。

 年の頃、十二か三ほどだろうか。

 浅黒く日焼けした肌が、先ほど出会ったばかりの男を思い出させて。

「もしかして、キミがペラム?」

 自身の口から出た名前に少年が目を丸くする。

「はい、そうですが…………あの、この村の人ではありませんよね?」

 どこか不審そうに、自身を視線を向ける少年、ペラムに一つ頷き。

「村長に助けられた人間なんだが…………聞いてない?」

 そんな自身の言葉に、ペラムが何かを思い出したかのように、ああ、と一つ声を挙げ。

「もしかして、依頼を受けてくださったウィザードの人ですか?」

 その視線が自身の肩へと、正確にはそこに座るホタルへ向けられる。

「俺はナグモ、んでこっちがホタル…………見ての通りのネイバー」

「…………よろしく」

 一度だけペラムに視線を向け、つっけんどんに一言呟くとまた視線を逸らすホタルに思わず苦笑いする。

「本当の本当にネイバーだ…………ウィザードなんて初めて見ました」

 一方ペラムのほうはそんなホタルの態度も全く気にしてないようで、目を輝かせていた。

「あの、ウィザードの人って『魔法』が使えるんですよね?」

「え…………ああ、そう言うことらしいな」

「ナグモさんの魔法ってどんなのですか?」

 

 聞かれた瞬間、答えに詰まる。

 

 この後フィールドで適当に戦闘しながら試そうと思っていたので、実のところまだ自身の魔法について知らないのだ。

「えーっと…………あー、今度見せるよ、その時までのお楽しみってことで」

「分かりました!」

 お茶を濁した答えだったが、ペラムは素直に頷く。その瞳には魔法への憧れや期待がありありと見えていて、これで魔法しょぼかったら一気に信頼落ちそうな気もする。

 まあ後のことは後で考えるとして。

 

「取りあえず要件を済ませていいかな?」

「あ、はい。父さんを呼んできましょうか?」

「いや、キミに聞きたいことがあって来たんだ」

 そんな自身の言葉に、ボクにですか? とペラムが首を傾げる。

「二週間前に、(くだん)の依頼の獣の痕跡をキミが見つけたんだよね?」

 尋ねた言葉に、ペラムがようやく理由に思い当たったのか、納得したように一つ頷き。

「そのことですね…………分かりました、何でも聞いてください」

 ようやく本題に入れそうだとほっと一息吐いた。

 

 

 * * *

 

 

 一つ、ペラムが見つけたと言う獣の痕跡は森で見た事の無い巨大な足跡と食い散らかした跡のある鹿の死骸らしい。

 一つ、発見から二週間、何度か同じ足跡が見つかっているらしい。しかも見つかる曜日の間隔が少しずつ短くなってきていることから、住処周辺に食べる物が無くなった肉食獣がこの辺りまで出てきているのではないか、と言うのが村長たちの見解らしい。

 

 それから。

 

「音?」

 ペラムから色々と話を聞いている内に、少しだけ興味深いことが分かった。

「はい、音です…………遠吠え、でしょうか、夜に村の外にいるとはっきり聞こえるんです」

「なんでまた夜に村の外に?」

「父さんに漁の方法を教わる傍らで、村唯一の猟師の方にも狩猟のやり方とかも教わってるんですけど、罠にかけた獲物を回収するなら夜が一番良いんですよ。明るくなると折角捕まえた獲物が魔物や肉食獣に食べられますからね」

 なるほど、こういう世界だとそういうこともあるのかもしれない、程度には納得する。

「それで夜に仕掛けた罠の様子を見に行った時に、何度か聞いたんです、山のほうから響いてくる何かの遠吠えを」

 これはけっこう重要な証言のような気がする。

 

 ここまでの情報を推理するなら、山で食べるものが無くなった巨大な獣が人里周辺まで降りてきている、しかも出てくる間隔が短くなってきている、と言うことは餌場として認識されつつある、と言うこと。

 

 そしてクエスト情報を見るに、この巨大な獣が蛮狼、と言う可能性は多いにあり得る。

 

 さすがに蛮狼なんて書いてあるのに、実は猪でした、とか鳥でした、とか言うオチは無い。『SR』は状況をそのまま書いているだけなので、この蛮狼なる獣は確かにどこかに存在するのだろうことは確かだ。

 もしくは、この先の未来で誕生するか、だが。

 『SR』の予測演算で、稀にそう言う未来を先取りしたクエスト文と言うのがあるので決して今存在する、とも限らないのが面倒だが、取りあえず居ることを前提にして動いておいた方が良いだろう。

 

 前にもそう言う事例があったのだが、LAOで『魔神を倒せ』みたなクエスト内容で始まったのは良いが、最初に出てきた雑魚悪魔を倒すとクエストが終了した、みたいなこともあった。そのクエストはそこで雑魚悪魔を倒そうとすると逃げだすのだが、逃がしてしまうと連鎖的に各地の仕掛けが作動して最終的に魔神が復活する仕組みになっていたらしい。

 だが最初の一歩目でいきなり躓いてクエストクリアになって、莫大な報酬ウマーになったラッキーマンもいる。

 クエストを信じるな、とは言うが。決してそれは悪い方向ばかりでも無いのが、面白いところ。

 結局のところ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ、システム的には。

 ゾンビに占領された村を解放しろみたいなクエストで村一つ全部爆破してクリアした例もある。因みにその後、指名手配されているが。

 上手くやれば正攻法は必要ないのがやけに現実的で、ネットでは痛しかゆしに手が届く、と割と評判は良かった。勿論マイナス方面の評判もあるが。

 

 まあそれは置いておくとして。

 

「取りあえず村の外の様子を見て見るか…………その痕跡とやらも見て見たいしな」

 ペラムにそう告げて、村長宅を出ようとするとまた番犬が吼えてくる。

「こら、ユージロ! 落ち着いて」

 吼える番犬をペラムが抑え、ようやく番犬が吼えるのを止めるが今度は唸る。

「なんか吠えられてるよな、来た時から」

「すみません、村の外の人ってことで多分興奮してるんだと思います、ユージロ、落ち着いて」

「うーん、何で吠えられてるのか分からないけど、興奮してるみたいだし、これでお邪魔するよ」

「あ、はい。すみません、なんだか」

 いいよいいよ、と軽く手を振りながら今度こそ村長宅を後にする。

 少しだけ名残惜しそうに犬を見ていたホタルに、少し笑った。

 

 

 * * *

 

 

 『ユグドライフ・オンライン』最大の売りは?

 

 ――――答えは『魔法』である。

 

 その他も色々凄すぎて忘れそうになるが、一人一人独自の『魔法』を使える、それこそがこのゲーム最大の特徴であると言えよう。

 チュートリアルでの魔法は恐らく固定されているのだろう。あのステータス、出てくる敵などを考えみて、フレイ王の魔法『極限』を使い、ボスを倒すと共に『魔法』と言うチートスキルを奮う楽しさを覚えさせているのだろうと思う。

 実際自身だって『魔法』の凄さをしっかり体感し、その期待も確かにある。

 

「で、ホタル…………『魔法』ってどうやって確かめるんだ?」

 

 村から出てすぐの森…………では無く、少し離れた平原。魔法とか言われると火とか出てくるイメージとかあったので、万一森の中で使用した場合のことを考えこちらにやってきている。

 穏やかな風の吹く平原はそのまま進むと例の山へと続く人が土を踏みしめただけの荒れた道と、恐らく他の村か街へと続いているのだろう舗装された道がそれぞれの方向に延びていた。

 

 周囲は見渡すかぎり何も無く、安全を確認しながら問うた言葉に、ホタルがふわり、と肩から浮き上がる。

 ざわり、と風が吹く。靡く草原と前髪に少しだけ目を瞑る。

 ホタルは吹いてくる風を気にした様子も無く、自身の目の前で浮かび。

「ちゃんと説明するから、聞いてなさい」

 そのまま自身の右手に嵌めた『ユニゾンリング』の中へと姿を消した。

 

 ――――聞こえるわね?

 

 直後に響いてくる声に、聞こえる、と返答を返す。

 

 ――――この状態は、アンタと私の精神が繋がっているから、返答は念じるだけでも良いわ。

 

 なんか漫画でありそうな設定だな、と思いつつ、今の状況はまさしく、漫画の中の登場人物と言ったところか、と思うとワクワクしてくる気持ちを抑えきれない。

 そんな思いを他所に、ホタルに了解、と念じて返答する。

 

 まあそんなこんなでホタルが色々と教えてくれたことを要約すると。

 

 魔法の行使には魔力が必要である、まあRPGなら定番の設定だ。

 また魔力を構築し、魔法を発現させるのは自身だが、魔力を操作し、魔法を制御するのはホタルなので、ホタルが自身と『同調接続(ユニゾン)状態』になっている時でないと魔法は使えない。

 魔力は自身が生きているだけで自然と発し、それをホタルが取り込んで溜めこむことができる、これは恐らくネトゲでよくあるMPの自然回復の概念だろうと思う。

 魔力が足りないのに魔法を使用すると大きな反動が体に返って来る。某TRPGのようにMP0になると強制気絶するみたいなものだろうか。

 そこまで魔力を消費すると、魔力で生きているネイバー、つまりホタルもまた自身の体の中に入ったまま出てこれなくなる。つまり自身の体に宿る=肉体を得ることで魔力消費を極限まで抑え、自然回復する魔力をある程度吸収するまで出てこれなくなるらしい。

 ただしこれらには例外があって、外部から魔力を供給した場合…………例えば世界樹のよう魔力を発する物から魔力を得れば回復時間を大きく早めることができる。

 

 ――――ここまでが前提ね。ウィザードが魔法を使う前に知っておかなければならない知識。

 

 まあゲーム的に言えば、魔法自体の仕様と言ったところか。

 魔法が目玉、と言っただけあって割合これまでのRPGの王道的システムを踏襲しながら各部に独自の設定を盛り込んでいるところが面白いと思う。

 まあ人からすればややこしい、三行で、と思うだけかもしれないが。

 

 取りあえずここまで前提、となれば次はいよいよ実際に魔法を行使するにあたって、と言う話。

 

 魔法は詳細を指定して使うこともできるし、大まかなイメージで使うこともできる。

 例えば『極限』の魔法の場合、取りあえず強く、とイメージすれば全ステータスに補正がかかるが、このステータスを、と詳細設定をすることで、特定のステータスを強化することもできる。

 魔法は個人個人で異なっているが、総じて言えるのは応用性があり、適応範囲が広い、と言うこと。

 だから、似たような魔法があっても、使い方次第では全く違う魔法にしか見えない、と言うこともあるらしい。

 魔法を行使するのに必要な魔力は、使用する魔法の効力や範囲に応じて決まる。ただし、自分自身に適用する魔法は消費魔力が少なく、他人に適用する魔法は魔力が高くなる傾向にあるらしい。

 そして魔法は成長する。使用回数の問題なのか、それとも消費魔力量なのか、条件は不明だが、魔法には位階が存在し、三つに区分される。

 つまり魔法にもレベルが存在し、使うか何かすればレベルアップする、と言うことだ。

 魔法の名前もレベルごとで変わるらしいが、基本的にはレベルが上がると、上がる前の魔法の上位版へと変化していくらしい。

 

 ――――ま、こんなところね。

 

 結構内容が大雑把な気がする。

 

 ――――仕方ないでしょ! 魔法なんて極論言えば『人それぞれ』としか言えないんだから!

 

 まあ、そう言われれば仕方ないのかもしれない。

 それで、肝心なことをまだ言ってないのだが。

 

 ――――分かってるわよ。

 

 つまり。

 

 ――――アンタの魔法、よね?

 

 そう、自身の魔法。結局、これ次第で今後の方向性がかなり異なると言っても良い。

 無意識に戦闘系に絞っていたが、前作レジェンダリー()()()()()()()オンライン、と違い、今作ユグド()()()・オンラインは、決して冒険しかできない、と言うわけではないのだ。

 ファンタジー世界でのスローライフ、とまでは行かなくても、必ずしも冒険する必要も無ければ、戦う必要も無い。プレイング次第ではあるが、田舎の村で漁業に勤しんでも、のんびり釣りをしていても、畑を耕していても、鉱山を掘っていても、街で物作りをしていても、前作のように独自で人を集めて国を作っても良いのだ、そう言うプレイができるのだ。

 

 なので魔法だって、必ずしも戦闘系が来るとは限らない。

 

 もしこれで生産系の魔法が来たら、今回のクエスト詰む可能性だってある。まあ戦闘系でも普通に詰むかもしれないのが困りものだが。

 

 まあだからこそ、少しだけ緊張する。

 

「それで…………俺の魔法は?」

 

 念じることも忘れて、口が言葉を作る。

 

 ――――アンタの魔法は……………………。

 

 そんな自身の緊張も他所にホタルが語りかけて。

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。