遥か過去より、オンラインRPGとはリソースの奪い合いだ。
分かりやすく言えば狩場。モンスターが生成されるフィールドのことだ。
効率とかけた時間がそのままレベルやステータス、ドロップアイテムと言った実績が数値で表されるネトゲにおいて、効率の良い狩場を確保し、狩り…………つまり経験値稼ぎに走ることは必要不可欠と言える。
だが実際問題、一つのサーバーにつき同じ狩場は一つしか存在しない。
複数人でのプレイで効率が上がるならそれもまた一つの手かもしれないが、だいたいどんなゲームでも一つのフィールドにポップする…………沸くモンスターの上限と言うのが存在するし、一度に沸く数と言うのもある程度決まっている。
当たりまえだが、無制限に沸き続けてフィールドがモンスターだらけ、と言うことになると、サーバーへの負担が大きすぎてプレイヤーが入った瞬間、回線切断される、なんてことにもなりかねないし、最悪サーバーが落ちて、ゲームがプレイ不可になることだってある。
と、なると一つの狩場におけるリソース…………つまりモンスターの数と言うのはある程度固定されてくる。
さらにボスが出てくるフィールドなど、最近はもうほぼID(インスタントダンジョン、つまりパーティー単位で個別のフィールドに飛ばされる)形式が多くなったとは言え、そう言うフィールドがあって、しかもそのボスに有用なドロップが存在するならば、それを独占しようとするプレイヤーもまた存在するだろう。これもまた一つのリソースの占有だ。
少し話は変わるが、ゲームによってもまた違うのだが、とにかく数を倒して経験値を稼ぐゲームと、ある程度敵を選びながら戦い経験値を稼ぐゲームと二種類存在する。
前者は基本的に狭いフィールドに敵が密集して出てくるため、敵を一撃でしかも複数まとめて倒せる火力があることが前提となり、そうなるとフィールドごとの敵の経験値とリポップ数、そして最後に地形の三つである程度フィールドごとの経験値効率と言うのが決まって来る。
そうなると、レベル帯ごとに効率の良い狩場に同じレベル帯のプレイヤーが集中し、24時間いつでも誰かいる、と言った一部のプレイヤーのみが狩場を独占する問題が出てくる。
だからこそ、徐々にだが後者、敵を選びながら戦うゲームが増えてくる。
例えばやたらHPが高くしぶとい敵や、やたら防御力が高い敵など倒すために攻撃回数が求められる敵は基本的には経験値が高く設定される。倒すのに苦労する分、得られる物も多くなる、と言うことだ。
数十年に渡ってヒットし続ける某大人気RPGの金属のスライムなど分かりやすいのではないだろうか。
だが実際のところ、ネトゲだとその敵を倒すために費やした労力をその辺りの一撃で倒せる雑魚に割り振るとより簡単により高い経験値を得られたりすることが多い。しかも金属のスライムと違ってだいたいそう言う敵が攻撃力も洒落にならないほどに高い中ボス格が多い。
敵を選びながら戦うゲームと言うのは、基本的に同じフィールドにいるモンスターの強さが大きく異なっていることが多い。非常に弱い敵とターゲットされてしまうと一人では死を覚悟するほど強い敵。そんなものが一緒のフィールドに闊歩していればそれはまとめて倒す、なんてできなくなるし、出来るようになるころにはそのフィールドの経験値効率は大きく下がっている。
ただし複数人で役割を分担して強敵を倒すことにより、安全に、かつ効率良く狩りができるようになる。
けれどこの場合、最低でも三人前後のプレイヤーが必要になる。リソースを共有することで全体の分母を減らそうと言う試みである。
だがいつでも都合よくプレイヤーが揃っている、と言う状況があるか、と言うのもあるし。
そもそも野良…………つまり見知らぬ他人といきなり共同で狩りをする、と言う時点で大半のプレイヤーにとっては敷居が高いと言う問題がある。
その手はゲームは基本的に複数で戦うことが前提となっている場合が多いので、ソロプレイヤーは結局プレイヤースキルを磨いてソロで苦労しながら強敵を倒すか、それともひたすらに雑魚を倒してちまちまと経験値を稼ぐかの選択を迫られる。
結局どちらのゲームにしても、一長一短、とでも言うべきか。
否、これはもうオンラインゲームの宿命とでも言おうか。
と、思っているならばそれは違う。
敵に設定された経験値がフィールド内にいる全プレイヤーに入るゲーム、と言うのもまたある。
ただしこれはそもそもフィールド内にいるプレイヤー数に制限がある場合が多い。
モンスターを倒せば経験値が手に入る。
RPGの大原則であり、不動とも言えるこの法則を変えない限り、リソースの奪い合いと言うのは無くならない…………。
と、思われていた。
レジェンダリーアドベンチャーオンライン。
かの『アーティファクトカンパニー』はここでもまた伝説を立てた。
奪い合いが無くならない、と言うか。
全ては『SR』の仕業である。
例えばAと言う効率の良かったフィールドでプレイヤーがモンスターを狩り続けた、とする。
隣にはBと言う余り効率の良くないフィールドが存在して、プレイヤーには人気の無い狩場だった、とする。
そしてこの状況が長く続いた時『SR』は極めてリアルに、現実的な処理を行う。
つまり。
Aのフィールドからモンスターが逃げ出して、Bに移動するのだ。
LAOにおいて、モンスターはポップ式では無かった。
そこまで現実的にするのか、と言いたいことだが、モンスターも番を作り、子を為し、増えていく。
さすがに成長に関する加速は存在し、生まれたモンスターの幼生体は半月ほどで個体として独立するのだが。
それでも、無茶苦茶だ。
効率の良い狩場で狩っているとモンスターが逃げていき、どんどん効率が下がっていく。最終的にはモンスターたちが消えて
ただしこれも一つのギミックとしてちゃんと仕様があり。
大よそ区画にして10~20程度の隣接したフィールドからモンスターを一層すると、建国イベントと言うのを起こせ、プレイヤーの国を作れる、と言う仕様が存在する。
とは言っても、一つのフィールドからモンスターを駆逐するのにも廃人プレイヤーが一人なら一月、二人でも半月以上狩り続けなければならず、その間に隣のフィールドで着々とモンスターが増えるので実質メンバー百前後の大規模なギルドが総出でやってようやく最低ラインをクリアできる程度、と言った難易度だったので、建国したプレイヤーはそう多く無かったが、建国を為したプレイヤーは破格の報酬もあったので、狙うプレイヤーと言うのは多かった。
因みに複数人で建国した場合、全員が建国メンバーに認定されるが、国王と言うのは代表者が付くらしい。
では。
ユグドラにおける狩場の扱いとはどう言ったものなのか。
それは……………………。
* * *
「まあ、初めたばっかじゃ分かるわけないよなあ」
「…………何言ってんの?」
こっちの話、と告げながら、さてどうしようか、と悩む。
恐らくこのクエスト、『蛮狼を討伐せよ』と名前が出ている通り、ボスは『蛮狼』と言うことになるのだろう。
そしてクエスト文を読むかぎり、村長の言っていた獣、と言うのが『蛮狼』かもしくはそれに関連する存在と思われ、さらに一筋縄ではいきそうに無い。
LAOの仕様として、最初に運営が設定だけ決めて『SR』が演算した世界で現実に今起こっていることをNPCに依頼されることでクエストとして確定される。
つまり運営が設定したチュートリアルなどの確実に起こるクエストを除けば、ほとんどのクエストが
だから、LAOではレベル帯にあった難易度のクエストを、なんてことあり得ないし、時にはカンストレベルでも厳しいようなクエストを初心者プレイヤーが受注して、トラウマを作ることだってあった。
故に前作LAOのプレイヤーは一つの教訓を得た。
クエストを信じるな。クエストを受けたら、実際に動く前にまず情報収集しろ、と。
恐らくユグドラもだが、LAOのクエスト難易度がバラバラなのには『SR』による現実的処理の弊害と言うのが最大の理由だ。だが同時に現実的に処理されているが故に、因果関係と言うのは確実に存在する。
どんなに大規模になっていくだろうクエストでも、最初に調べてみればそれらしい片鱗と言うのが確かに存在するのだ。
そう考えれば今回のクエストは恐らくそこまで難易度は高くないだろう、と思う。
まあ現状の判断で、だが。
理由としてはそれほど状況がひっ迫した様子が無い、そして村長曰く『村の男衆でなんとかしようとしていた』と言う言葉。
恐らくその獣の痕跡があったのだろうが、それを見て村長が『村の男衆でなんとかできる』程度だと判断したと言うことが比較的難易度は低いのではないか、と言う判断をさせる。
因みにだが、クエストに難易度設定なんてものは無い。依頼をそのままシステムがクエストとして処理しているので、当然報酬だって依頼時に提示されたものが基本となる。依頼人が善人だったり、余りにも話が違っていたりすれば多少の増額も望めるかもしれないが、少なくともシステム側から提示される報酬は依頼時に提示されたもののみと言う扱いになる。
なので例えば、今から受ける依頼が後々この世界を脅かすような大事件に発展するとしても、それを自身が解決したところで報酬は装備と金だけになる。
なので報酬が全く難易度に見合っていないことも多々あり、総じて新人プレイヤーたちへの洗礼として扱われており、クエストに悪態を吐く新人を温かい目で見るのがベテランプレイヤーたちの恒例となっている。
「まずは情報を集めてみるか…………」
倉庫から出て感じたのは、潮の香り。
海辺の村と言うのは聞いていたが、倉庫は村の中では海の反対側にあるらしい。波の音も潮の香りも中までは届かなかったが、こうして外に出てみれば、なるほど、と実感する。
周囲を見渡してみるが、幸いにして…………と言うべきか。それほど建物の数は多く無い。
二十かそこらか。それが村の全てらしい。何故分かるかと言えば、村の周囲を柵で囲ってあるからだ。
獣避けなのだろう柵の内側の建物を数えればそんなものだろう。
取りあえず聞いておかなければならないことをまとめてみる。
一つは件の獣について。
誰かが見たのか、それとも何か痕跡があったのか、痕跡だとしたらそれはどんなものなのか。
実際にどんな種の獣なのか分かっているのか。
いつから現れているのか、今もなお現れるのか。そしてどこに現れたのか。
後は獣以外に最近何か変わった事が無かったか。
特に最後は重要だ。
ALOにおける教訓、クエストを信じてはならない、と言うのはここに最も現れていると言って良い。
クエストに関係ないから、と思っていたことが実は後々伏線だったと発覚する、なんてこと良くある事態だっただけに、例えクエストを見て、ああなんかボスみたいなの倒せば良いのか、みたいに思ったとしても油断してはならない。
例えクエストタイトルが『蛮狼を討伐せよ』だったとしても。
クエストクリア条件と言うのは基本的に『SR』がクエストの起点となっている問題を解決した、と判断した時、なのだ。
この余りにも面倒な仕様に騙されて、ボスを倒してクエストクリアだ、と油断した瞬間実は裏に隠れていた黒幕とでも言うべき別のボスに殺されクエスト失敗した、などと言う事態も往々あり得ることで。もうクエストなんて信じれないと人間不信ならぬクエスト不信に陥ったプレイヤーは数知れない。
なので、蛮狼を討伐することを、ひとまずの目的、として考えておくのがLAOプレイヤー脳である。
まあ最悪、蛮狼は実は味方で、討伐したらクエスト失敗になる可能性と言うのもあるのだが。
クエストタイトルや本文は
まあこういうと本当にクソゲー染みてるが、実際プレイしていれば面白いのだから不思議なものである。
クエストにトラウマを植えられたプレイヤーたちも、実際にゲームを辞めたプレイヤーと言うのはほんの一握りで、ほとんどのプレイヤーはクエストを避けながら普通に楽しく遊んでいるし。
まあそれはさておいて。
息まいて情報収集に出向いたわけなのだが。
一つ大問題に気づく。
「…………朝かあ」
現実では午後十時と言ったところか、だがユグドラは現実の三倍速で時間が過ぎていくため、
チュートリアルのマップはどうやら恐らく昼に時間が固定されているのだろうが、チュートリアルを過ぎて通常マップに入ると通常の時間帯に戻されるらしい。それとも一昼夜寝過ごしていたか、だが。
この世界、と括っていいのかは分からないが、取りあえずこの村に時計などと言うものは無いらしく、太陽が昇ると皆、漁に出て行ってしまうらしく、夕方まで村の半数近い人間が居なくなってしまうらしい。
実際、村長も言っていた通り、獣の討伐に赴くのは男衆であり、情報も大半は男衆のほうが知っているらしい。なので村に残っている奥様たちからは十分な情報は集まらなかった。
ただそれでもいくつか分かったことはある。
一つ、漁村だが稀に村の外の森に狩りや果物などを採取しに行くことがあるらしく、その時に何らかの獣の痕跡を発見したらしい、と言うこと。
一つ、痕跡を発見したのはちょうど二週間前。
一つ、痕跡は村長の息子ペラムが発見した。
どんな痕跡だったのか、それから獣は出てきているのか、などは分からなかったが、まあ知りたかったこともいくつか聞けたし、本命の村長のところに行くことにする。
先ほど依頼しに来たばかりだし、村長の家と言うのを教えてもらったので恐らくいるだろうと予想し。
「ワンッ!」
村長の家は村の中央にある一番大きな家だった。
正確には家が大きいのではなく、村の備蓄が置かれた倉庫が併設されているらしく、そのために必要に応じて拡張されただけらしい。
いざという時、村人の避難場所にもなっているらしく、敷地全体に壁が張り巡らされ、一目見てここが重要な場所だと理解できる。
そうして、敷地に一歩、足を踏み入れると動物の鳴き声が聞こえる。
視線をやれば、縄に繋がれた犬がこちらを見て吼えていた。
「へえ…………こっちの世界に犬なんているのか」
LAOには動物と言うのはだいたいモンスターだったので、飼い犬、なんて居なかったが、ユグドラにはいるのか、と少し感心する。
それに何と言う犬種なのだろうか。青いメッシュの入った灰色の毛並みは、どこか上品であり、雑種と言う言葉は似つかわしく無い雰囲気を纏っていた。
こちらを警戒するように、唸りを上げる姿はまさしく番犬と言ったところか。
ふさふさかつふわふわなその毛並みを見ていると。
「…………もふりてえ」
「…………良いわね」
肩に座るホタルがツッコミを放棄して、自身に同意する。
唸る番犬と、それを見て癒される自身たち。
とは言え、いい加減本来の目的を果たそうかと動き出そうとして。
「ユージロ!」
響いた声に、ぴたり、と番犬の唸り声が止まる。
そして聞こえた声に、視線を向けると。
「すみません、ボクの家に、何か用ですか?」
そこに十二か三ほどの、黒髪の少年が佇んでいた。